鶉衣
鶉衣(うずらごろも) は、地主のわがまま娘が浪人の飼う鶉を欲しがる騒動から、浪人の武士としての矜持と誠実な番頭の奮闘を描く人情噺です。「鳩を食った?そいつは気をつけろ、豆鉄砲を喰うかも知れねえ」と地口で落とす結末に、重厚な人情話の余韻が残る名作。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 鶉衣(うずらごろも) |
| ジャンル | 古典落語・人情噺 |
| 主人公 | 曽根門太夫(浪人)・彦助(番頭) |
| 舞台 | 江戸の長屋・地主の伊勢屋 |
| オチ | 「鳩を食った?そいつは気をつけろ、豆鉄砲を喰うかも知れねえ」 |
| 見どころ | 武士の矜持、番頭の誠意、鶉を食べる決断の意外性 |
3行でわかるあらすじ
地主の伊勢屋のわがまま娘が浪人の曽根門太夫が飼う鶉を欲しがり、様々な人が交渉するがすべて断られる。
番頭の彦助が誠意を込めて交渉を続ける中、門太夫は娘のわがままに呆れて鶉を料理して食べてしまう。
娘は反省して謝罪し、門太夫は後に大名に召し抱えられて出世、最後は「豆鉄砲を喰う」の地口オチで締める。
10行でわかるあらすじとオチ
地主の伊勢屋のわがまま娘が、長屋の浪人・曽根門太夫の飼う鶉をどうしても欲しがって困らせる。
まず源兵衛が一両で譲ってくれと交渉するが、門太夫に怒られて投げ出され亀の尾を打つ。
次に家主が取り替えを提案するが、これも投げ出されて亀の尾を打って痛がる。
鳶の頭も馬が苦手で門太夫を怖がり、交渉を断ってしまう。
最後に番頭の彦助が誠実に通い続け、門太夫と親しくなっていく。
彦助が恩返しのため譲ってほしいと頼むと、門太夫は一晩考えて翌日返事をすると言う。
翌日、門太夫は鶉を料理して食べてしまい、「わがまま娘に譲るより自分の腹に納まる方が鶉も望みだろう」と告げる。
娘は反省して門太夫に謝罪し、門太夫は後に中川山城守に召し抱えられて出世する。
源兵衛が家主に出世の理由を聞くと「鶉を食べたのが出世の元だろう」と答える。
源兵衛が「鳩を食った、出世しますかね?」と聞くと、家主が「豆鉄砲を喰うかも知れねえ」と答える地口オチ。
解説
「鶉衣」は江戸落語の中でも人情噺として親しまれている名作である。タイトルの「鶉衣(じゅんい)」は粗末な衣服を意味し、浪人である門太夫の境遇を表している。同時に「鶉居(じゅんきょ)」という言葉が住まいの定まらぬことを意味するように、鶉という鳥そのものが浪人の不安定な暮らしの象徴として機能している。
この噺の最大の見どころは、鶉の譲渡をめぐる交渉過程にある。源兵衛、家主、鳶の頭と、それぞれ異なるアプローチで門太夫に挑むが、いずれも失敗する。金銭で解決しようとする源兵衛、権力で押し切ろうとする家主、そして腕力頼みの鳶の頭。これらの失敗は、武士の矜持を持つ門太夫に対して「力や金では動かせない」ということを示している。唯一、番頭の彦助だけが誠意を持って通い続けることで、門太夫の心を動かすことに成功した。
門太夫が鶉を食べるという決断は、この噺の核心部分である。彦助の誠意には報いたいが、わがまま娘の思い通りにすることは武士として許せない。このジレンマを解決するために、「誰にも譲らない」という形を選んだのである。鶉に「我が腹中に納まる方がそのほうも望みであろうな」と問いかける場面は、門太夫の武士としての誇りと、愛鳥への愛情が交差する名場面として知られている。
最後の地口オチ「鳩を食った→豆鉄砲を喰う」は、「鳩が豆鉄砲を食ったよう」という慣用句を逆転させた言葉遊びで、源兵衛の単純さを表現している。門太夫は「鶉を食べて出世した」のではなく、武芸の腕前で大名に召し抱えられたのだが、源兵衛はそれを短絡的に「食べれば出世する」と解釈してしまう。この誤解そのものが「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な驚きにつながるという、二重の意味を持つ秀逸なオチである。
この噺は滑稽さと人情の絶妙なバランスが魅力で、登場人物それぞれの個性が際立つ江戸落語の傑作の一つである。
成り立ちと歴史
「鶉衣」は江戸時代後期に成立した人情噺で、原話は江戸の噺本や随筆に見られる武士の逸話が元になっているとされています。鶉の飼育が武士の間で流行した江戸中期の風俗を背景に、浪人の矜持と庶民の人情を描く題材として発展しました。
この演目は古今亭系の噺家たちによって継承されてきた経緯があります。五代目古今亭志ん生がこの噺を得意演目の一つとして高座にかけ、その芸を三代目古今亭志ん朝が受け継ぎました。志ん生は門太夫の頑固さの中に温かみを感じさせる演出を確立し、志ん朝はそれをより洗練された形で表現しました。また、柳家小さん(五代目)も人情噺の名手としてこの噺を演じ、それぞれ異なる解釈で観客を魅了しています。
江戸落語の人情噺としては『芝浜』『文七元結』と並ぶ名作とされますが、登場人物が多く演じ分けが難しいこと、また噺が長くなりがちなことから、高座にかかる機会はやや少ない演目です。しかし、武士と商人という異なる身分の人間が誠意を通じて理解し合う物語は、時代を超えて多くの人の心を打つ普遍的なテーマを持っています。
あらすじ
地主の伊勢屋のわがまま娘は何でも自分の思いどおりにならないと気が済まない。
今日も伊勢屋が地主の長屋の浪人、曽根門太夫の飼っている鶉(うずら)がどうしても欲しいと言って困らせている。
番頭の彦助から頼まれた長屋の源兵衛が門太夫の家に行って、「地主が一両で譲って欲しいと言っている」と言うと、「無礼者!」と、首筋をつかまれて表へ放り出されて、亀の尾を打ってしまった。
地主からこの話を聞いた長屋の家主が、「私にまかせてください」と、自信たっぷりで門太夫のところへ行く。
内職の釣り針にやすりを掛けている門太夫に家主は、「自分の楽しみのために鶉を買いたい。その鶉を譲ってもらいたい」と持ちかけると、
門太夫 「伊勢屋の娘はことのほかわがまま者でござるな」と、すぐに見抜いた。
家主は、「別の鶉を買って来るから取り替えてくれ」と、なおも粘るが門太夫は首を縦にふらない。
業を煮やして、
家主 「今すぐに店を空けろ」と、強硬手段に出たが、これも首筋をつかまれ表へポイっと投げ捨てられて亀の尾を打って、その痛いの痛いの。
さあ、こうなると伊勢屋の方も意地になって来る。
今度は鳶の頭を呼ぶ。
頭はお嬢様の悩み事と聞いて飛んでやって来て、娘が自分に恋煩いをしていると早合点のとんだ勘違い。「女房と別れてお嬢様と一緒になります」、なんて馬鹿げたことを言っている。
だが鶉の一件と聞いて、「あの浪人と馬は苦手なので・・・」と断る。
頭 「連雀町の酒屋の前で馬が暴れてみな手がつけられねえ。
あっしも逃げようとしたが足がすくんで動けねえ。
そこへ通りかかったあの浪人が取り押さえたんでさあ。あの浪人を見るだけで、あの時の馬を思い出すので勘弁してくだせえ」と、情けない。
伊勢屋は娘にあの鶉はもう諦めろというが、娘は承知せず、薄情者と親をなじり泣き出す始末だ。
伊勢屋の困り果てた顔を見兼ねた番頭の彦助が、「それでは私が・・・」と、門太夫の家に乗り込む。
実直そうな彦助を気に入ったのか門太夫は彦助と話を弾ませる。
彦助もなかなか鶉のことは言い出せない。
五日、六日と訪ねて行くうちに、娘からは「鶉はまだか、まだか」の矢のようなきつい催促。
伊勢屋もすっかりふさぎ込んでしまった。
七日目に訪ねると鶉に餌を与えていた門太夫、「私は幼少の折から鶉をずいぶんと飼いました。
鶉居(じゅんきょ)とは住まいの定まらぬこと、鶉衣(じゅんい)は粗末なる衣服のことを申す。かく浪人の身となった拙者が鶉を好むというのも前世からの因縁でもあろうか」
彦助 「今から二十八年前のことでございます。
私は伊勢屋の前に捨てられた捨て子で、ご主人にここまで育ててもらいました。
そのご主人が鶉の一件でふさぎ込んでいて見ておられません。主人への恩返し、どう私にお譲りください」
しばらく腕組みをして考えていた門太夫は、「それにしても伊勢屋の娘は類まれなるわがままであるな。明日返事をしましょう」
翌日、彦助が門太夫の家に行くと、門太夫は小鍋をつつきながら一杯やっている。
彦助にも酒や鍋を勧める。
彦助が、「昨日お約束のお話の御返事を・・・」と切り出すと、「鶉はもういない。
この鍋の中です。
お手前に主人に仕える志あれば、拙者もまた己の心に仕えるところがある。
今朝、鶉に向かい"可愛きそちを金品に替えんよりは、むしろ我が腹中に納まる方がそのほうも望みであろうな"と問うたところ、鶉がグウグウと鳴いて承知いたした。
日頃、可愛がっていた鳥を自分の手で料理する手前の心中をお察しください。憚りながら曽根門太夫、鶉はお譲り申さぬ、と主人にお告げください」
彦助が店に帰ってこの話をすると、娘も夢から醒めたようになり、「私のわがままからとんだご心配をおかけいたし、何とも申し訳ございません。どうかお許しくださりませ」と、門太夫に謝りに行った。
伊勢屋も大喜びで元気になってこっちは一件落着だ。
一方、連雀町での荒馬を取り押さえた話を聞いた中川山城守という大名が曽根門太夫を召し抱えた。
それからしばらくして、源兵衛が槍持を従えて馬に乗って見違えるように立派になった門太夫に会った。
びっくりした源兵衛は家主に門太夫はどうして出世をしたのかと聞く。
家主 「どうもあの鶉を食べたのが出世の元だろう」
源兵衛 「へえ、あっしは昨日、鳩を食った。出世しますかね?」
家主 「鳩を食った?そいつは気をつけろ、豆鉄砲を喰うかも知れねえ」。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 鶉(うずら) – キジ科の小型の鳥。江戸時代には鳴き声を楽しむペットとして飼育されました。特に武士階級の間で鶉の飼育が流行し、鳴き声を競う「鶉合わせ」という娯楽もありました。
- 鶉衣(じゅんい) – 粗末な衣服のこと。「鶉」は粗末、質素を意味する言葉で、浪人の貧しい境遇を表現するタイトルになっています。
- 鶉居(じゅんきょ) – 住まいが定まらないこと。鶉が一定の場所に巣を作らない習性から来た言葉で、浪人の不安定な生活を表しています。
- 浪人(ろうにん) – 主君を失い仕官先のない武士。江戸時代には多くの浪人が長屋住まいで内職をしながら暮らしていました。
- 両(りょう) – 江戸時代の金貨の単位。一両は現代の価値で約10~15万円に相当します。
- 亀の尾を打つ – 尾てい骨を強く打つこと。「亀の尾」は尾骨の俗称で、ここを打つと非常に痛いことから、投げ飛ばされた様子を表現しています。
- 鳶の頭(とびのかしら) – 鳶職の親方。江戸時代の鳶は火消しとしても活躍し、町の有力者として尊敬されていました。
- 番頭(ばんとう) – 商家の支配人。店の運営を任される重要な役職で、主人に次ぐ地位にありました。
- 豆鉄砲を喰う – 「鳩が豆鉄砲を食ったよう」という慣用句から。驚いてきょとんとする様子を表します。この噺では「鳩を食った」と「豆鉄砲を喰う」を掛けた地口になっています。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ門太夫は鶉を譲らなかったのですか?
A: 単に愛着があったからだけでなく、武士としての矜持が関係しています。わがまま娘の思い通りになることを良しとせず、また金銭で動く人間ではないという誇りを持っていました。彦助の誠意には心を動かされましたが、最終的には鶉を食べることで、誰にも譲らないという意思を示したのです。
Q: なぜ門太夫は鶉を食べたのですか?
A: 娘のわがままに屈服して譲ることはできないが、彦助の誠意には報いたい。そのジレンマを解決するために、鶉を自分で食べてしまうという選択をしました。これにより娘に深い反省を促し、同時に武士としての誇りも守ったのです。
Q: 一両で鶉は買えたのですか?
A: 一両(現代の約10~15万円)は当時としても相当な高額です。普通の鶉であればもっと安く買えましたが、門太夫の鶉は長年飼い込んだ愛鳥であり、金銭では測れない価値があったのです。
Q: 最後のオチ「豆鉄砲を喰う」の意味は?
A: 「鳩が豆鉄砲を食ったよう」という慣用句(驚いてきょとんとする様子)を使った地口オチです。源兵衛が「鳩を食った」と言ったことに対して、「鳩→豆鉄砲を喰う」という言葉遊びで、源兵衛の単純さを笑っています。門太夫は「鶉を食べて出世した」のであって、鳩を食べても意味がないという皮肉も込められています。
Q: この噺は実話ですか?
A: 実話ではなく創作です。ただし、江戸時代に鶉の飼育が武士の間で流行したことや、浪人が長屋で内職をしながら暮らしていたことは史実に基づいています。
Q: なぜ門太夫は出世できたのですか?
A: 連雀町で暴れ馬を取り押さえた武芸の腕前が大名の目に留まったからです。これは鶉の一件とは直接関係ありませんが、落語では「鶉を食べたのが出世の元」と語られており、正しい行いが巡り巡って良い結果を生むという因果応報の教訓が示されています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 人情噺の名手として知られ、門太夫の武士としての誇りと、彦助の誠実さを丁寧に描き出す名演を残しています。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 父・志ん生の芸を受け継ぎながら、より洗練された語り口でこの噺の人情味を表現しました。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。柔らかな語り口で登場人物それぞれの心情を繊細に表現し、心温まる人情噺として演じました。
- 桂文楽(八代目) – 「黙阿弥」の異名を持つ名人。厳格な芸風で知られ、門太夫の武士らしい気骨を際立たせる演出が評価されました。
- 柳家さん喬(三代目) – 現代の人情噺の名手。登場人物の心の動きを丁寧に描き、この噺の深みを引き出しています。
関連する落語演目
同じく「人情噺」の名作



「正直者が報われる」話




「地口オチ」の落語


この噺の魅力と現代への示唆
「鶉衣」の最大の魅力は、一見すると理不尽な騒動から、人々の成長と幸福が生まれる展開にあります。わがまま娘、強引な地主、気弱な鳶頭など、最初は様々な人間の弱さが描かれますが、最終的にはそれぞれが良い方向に変わっていきます。
現代社会でも、私たちは時に理不尽な要求に直面します。門太夫のように、自分の信念を貫くことの大切さをこの噺は教えてくれます。金銭や権力に屈服せず、自分の大切なものを守る姿勢は、現代でも通用する普遍的な価値観です。
同時に、彦助の誠実さも重要なテーマです。彦助は権力を使わず、誠意を持って門太夫と向き合い続けました。その結果、門太夫の心を動かすことはできませんでしたが、少なくとも門太夫との信頼関係は築けました。これは現代のビジネスや人間関係においても、誠実さと継続的な努力の重要性を示しています。
門太夫が鶉を食べるという選択は、一見すると極端に見えますが、深い意味があります。「誰にも譲らない」という意思表示であると同時に、娘に深い反省を促す効果的な行動でした。この決断により、娘は自分のわがままを恥じ、謝罪することができました。時には厳しい対応が、相手の成長を促すこともあるという教訓です。
「豆鉄砲を喰う」という地口オチも秀逸です。源兵衛の単純さを笑いに変えながら、「鶉を食べて出世した」という結末を際立たせています。門太夫の出世は武芸の腕前によるものですが、鶉の一件で示した誇り高い態度も、巡り巡って良い結果につながったとも解釈できます。因果応報、正しい行いは報われるという江戸の価値観が表現されています。
この噺は、鶉という小さな鳥を巡る騒動を通じて、武士の矜持、商人の誠実さ、娘の成長、そして人々の幸福を描いた、奥深い人情噺です。実際の高座では、演者によって門太夫の厳格さや、彦助の誠実さの表現が異なり、それぞれの解釈を楽しむことができます。生の落語会や動画配信で、ぜひこの心温まる名作をお楽しみください。


