いつ受ける
3行でわかるあらすじ
博打に負けて金に困った辰五郎が、女房、母親、息子の着物を順番に質入れしようとする。
みんなから「いつ受けて返すんだい?」と同じ質問をされて、だんだん腹を立てていく。
最後に犬の尻尾を踏んでしまい、犬に吠えられたときにも「いつ受けて返す」と聞こえるオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
博打に凝ってろくに仕事もしない辰五郎が、また博打で負けて遅く帰ってくる。
女房に叱られながらも、これから目が出るところだったので金を貸してくれと頼む。
金がないので女房の袷を質屋に入れたいと言うと、女房は「いつ受けて返すんだい?」と聞く。
辰五郎は腹を立てて、今度は母親の着物を借りようとする。
母親も同じく「いつ受けて返すよ」と聞いてくる。
さらに息子の金坊の羽織も借りようとすると、金坊までもが「いつ受けて返す」と聞く。
辰五郎は「餓鬼まで同じこと言いやがって」と怒って表へ飛び出していく。
そこで寝ている犬の尻尾を踏んでしまい、犬が「キャン、キャン!ウゥ~ワンワンワン!」と鳴く。
辰五郎が「この野郎、ぶち殺すぞ!」と怒鳴ると、犬の鳴き声が「いつ受けて返す」と聞こえる。
家族だけでなく犬にまで同じことを言われたように感じるサゲのオチ。
解説
「いつ受ける」は江戸時代の庶民の生活と質屋文化を背景にした滑稽噺である。
「受ける」は「請け出す」の意味で、質に入れた品物を金を払って取り戻すことを指している。
辰五郎は典型的なダメ亭主として描かれ、博打に夢中になって家族を困らせる人物だが、憎めないキャラクターでもある。
この噺の面白さは、家族全員が同じ質問「いつ受けて返す?」をすることで、辰五郎の困窮ぶりと家族の呆れ具合を表現している点にある。
特に幼い息子まで同じことを言うのは、この家庭では質入れが日常茶飯事であることを示している。
最後の犬の鳴き声が「いつ受けて返す」と聞こえるオチは、辰五郎の心理状態を表現した秀逸なサゲで、追い詰められた男の滑稽さを際立たせている。
あらすじ
博打に凝ってろくに仕事もしない辰五郎が帰って来る。
女房 「こんな遅くまでどこをのたくっていやがんだい」
辰 「蛇じゃねえや、のたくってるとはなんだ」
女房 「お前みたいのと一緒にされんのは御免と蛇の方が怒るよ。どうせまた博打で取られて来たんだろ」
辰 「これから目が出るとこんなって、肝心かなめの銭がないときやがった。いくらかうちにあったら出してくれ」
女房 「馬鹿言ってんじゃないよ。おあしなんぞあるわけないだろ」
辰 「なきゃしょうがねえや、お前の着ている袷(あわせ)ちょっと貸せよ」
女房 「人の物、引っ剝いでどうすんだよ」
辰 「横丁の伊勢屋へ持ってってぶち殺すんだ」
女房 「いつ受けて返すだい」
辰 「勝負はこれからだ」
女房 「だからいつ受け返すんだよ!」
辰 「くそ、いらねえや、・・・おふくろ、その着物ちょっと貸してくれねえか」
おふくろ 「これ、どうすんだい」
辰 「質屋へ持ってってぶち殺すんだ」
おふくろ 「いつ受けて返すよ」
辰 「畜生、いつもいがみ合っているくせして、こんな時だけ腹を合わせてやがら、・・・おう、金坊、いい羽織着てんじゃねえか」
金坊 「おばあちゃんがこさえてくれたんだ」
辰 「へえ、そうかい、それお父っつぁんに貸しとくれ」
金坊 「これどうすんの?」
辰 「伊勢屋へぶち殺すんだよ」
金坊 「いつ受けて返す」
辰 「餓鬼まで同じこと言いやがって、畜生、もういいや、借りねえよ!」、頭にきて表へ飛び出した辰公、寝ている犬の尻尾を踏んじまった。「キャン、キャン!ウゥ~ワンワンワン!」
辰 「この野郎、ぶち殺すぞ!」
犬 「いつ受けて返す」
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 受ける(うける) – 質屋に入れた品物を金銭を払って受け出す(取り戻す)こと。「質受け」とも言います。江戸の庶民にとって質屋は身近な金融手段でした。
- 質屋(しちや) – 品物を担保に金銭を貸す商売。江戸時代には庶民の重要な金融機関で、着物や家財道具などを預けて短期的に現金を得る方法として広く利用されていました。
- 伊勢屋 – 質屋の屋号として非常に多かった名前。「江戸の三大」として「火事、喧嘩、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われるほど、伊勢屋という屋号は江戸中にあふれていました。
- ぶち殺す – この噺では「質に入れる」という意味の隠語として使われています。江戸の職人言葉で、着物を「殺す」とは質に入れて動きを止めることを指します。
- 袷(あわせ) – 裏地のある着物。春秋に着用する普段着で、質に入れる対象としても一般的でした。単衣(ひとえ)よりも高値で質入れできました。
- 博打(ばくち) – 賭博のこと。江戸時代は禁制でしたが、裏では盛んに行われていました。サイコロ賭博の「丁半博打」などが代表的です。
- おあし – 金銭の江戸言葉。「お足」と書き、お金が足のように移動することから来た言葉とされています。
- 羽織(はおり) – 着物の上に着る上着。子供用の羽織は比較的高価で、祖母が孫に作ってやるという設定は当時の家族愛を表現しています。
- 横丁 – 大通りから入った小路。「横丁の伊勢屋」は近所の質屋を指しています。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ辰五郎は家族全員から同じ質問をされるのですか?
A: この家庭では質入れが日常茶飯事であり、辰五郎が質に入れたものを取り戻さないことが常態化していることを示しています。家族全員が「いつ受けて返すのか」と問い詰めるのは、過去の経験からの当然の疑問なのです。
Q: 幼い息子まで同じことを言うのはなぜですか?
A: 金坊(息子)までもが「いつ受けて返す」と言うのは、この質問が家庭内で頻繁に交わされている証拠です。子供が大人の言葉を真似る様子を描くことで、この家の困窮ぶりをより強調しています。
Q: 最後に犬の鳴き声が「いつ受けて返す」と聞こえるのはどういう意味ですか?
A: これは辰五郎の心理状態を表現した秀逸なオチです。家族全員から同じ言葉を浴びせられて精神的に追い詰められた辰五郎には、犬の鳴き声までもが「いつ受けて返す」に聞こえてしまうのです。落語における「音曲オチ」の一種です。
Q: 「ぶち殺す」という表現は物騒ですが、なぜこの言葉を使うのですか?
A: 江戸の職人言葉で「質に入れる」ことを「殺す」と表現していました。着物を質蔵に入れて動きを止める(使えなくする)ことから来た隠語です。辰五郎の粗野なキャラクターを表現する効果もあります。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。江戸の庶民生活と質屋文化を背景にした典型的な滑稽噺で、江戸弁での語り口が特徴です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 五代目古今亭志ん生 – 戦後を代表する落語家。くだけた語り口で辰五郎のダメ亭主ぶりを愛嬌たっぷりに演じ、人間国宝として多くの名演を残しました。
- 三代目古今亭志ん朝 – 端正な語り口ながら、辰五郎の困窮と家族の呆れ具合を繊細に表現。音曲オチの処理が巧みでした。
- 十代目柳家小三治 – 現代の人間国宝。細やかな心理描写で、追い詰められていく辰五郎の心境を丁寧に表現します。
- 立川談志 – 独特の解釈で知られる名人。辰五郎を単なるダメ亭主としてではなく、博打の魅力に取り憑かれた人間として描き出しました。
関連する落語演目
同じく「博打」がテーマの古典落語

同じく「質屋」が登場する古典落語

ダメ亭主を描いた古典落語

この噺の魅力と現代への示唆
「いつ受ける」は、江戸時代の庶民の生活苦と家族の絆を軽妙に描いた作品です。博打に溺れる辰五郎は典型的なダメ亭主ですが、単純に批判される悪人ではなく、どこか憎めない人物として描かれています。これが落語の人間描写の妙です。
家族全員が「いつ受けて返す?」と同じ質問をする場面は、単なる繰り返しの笑いではなく、この家庭で何度も同じやり取りが繰り返されてきたことを示しています。女房も母親も、そして幼い息子までもが同じ言葉を口にするのは、辰五郎の博打癖が家族全体を苦しめてきた証拠なのです。
現代社会でも、ギャンブル依存症は深刻な社会問題です。辰五郎の「これから目が出るところだった」という言い訳は、まさに依存症者の典型的な思考パターンを表現しています。「次こそは勝てる」という根拠のない期待が、本人だけでなく家族全体を不幸にする構造は、江戸時代も現代も変わりません。
最後のオチ、犬の鳴き声が「いつ受けて返す」と聞こえる場面は、辰五郎の精神状態を見事に表現しています。家族からの追及に耐えかねて飛び出したものの、犬の鳴き声にまで同じ言葉を聞いてしまう――これは、罪悪感と後ろめたさが作り出す幻聴のようなものです。追い詰められた人間の心理を、笑いに転化する落語の技法が光ります。
この噺が描く質屋文化は、現代の消費者金融やカードローンと本質的に同じ金融システムです。江戸時代の庶民にとって質屋は、一時的な資金繰りのための重要な存在でした。ただし、辰五郎のように「受けて返す」ことができなければ、家族の衣服すら失ってしまうという厳しい現実も描かれています。
実際の高座では、演者によって辰五郎のキャラクター(完全なダメ人間か、少し同情の余地がある人物か)や、家族の反応(呆れているのか、怒っているのか、諦めているのか)が異なります。また、最後の犬の鳴き声をどう表現するかも演者の腕の見せ所です。機会があれば、ぜひ複数の演者の高座を聴き比べてみてください。


