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犬の目 落語|あらすじ・オチ「電信柱を見ると足が上がる」意味を完全解説

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話芸の殿堂-古典落語-犬の目
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犬の目

3行でわかるあらすじ

目を患った男がシャボン先生に治療を受けると、目玉をくり抜いて薬湯に浸けて干していたところ犬に食べられてしまう。
困ったシャボン先生は犬の目をくり抜いて男に移植するが、裏返しや逆さまに入れるなど失敗を重ねる。
ようやく正しく移植できたものの、男は電信柱を見ると片足を上げてしまう犬の習性が身についてしまった。

10行でわかるあらすじとオチ

目を患った男が友達から紹介された目医者の洗井シャボン先生の治療を受けに行く。
シャボン先生は男の両目をくり抜いて薬を溶かした湯につけて治療を開始する。
しばらくして目を洗って入れようとするが、薬湯につけ過ぎて目がふやけて入らない。
先生は日向の縁側に目を干して元の大きさになるのを待ち、浪曲まで語り始める余裕を見せる。
ところが庭の木戸から入ってきた犬が、干してあった目玉を食べてしまった。
困ったシャボン先生は犬の目をくり抜いて男の目に入れることにする。
最初は裏返しに入れて何も見えず、次は逆さまに入れてひっくり返って見える。
三度目でようやく正しく入って、男はよく見えるようになり大喜びする。
ところが外に出ようとした男が「電信柱を見ると片足上げてしまいます」と困ってしまう。
犬の目を移植されたために、犬の習性が身についてしまったという荒唐無稽なオチとなる。

解説

「犬の目」は古典落語の代表的なナンセンス噺で、「目玉違い」という別題でも知られています。医者ものの落語の中でも特に荒唐無稽な設定で、現代医学では考えられない杜撰な目玉移植手術が描かれています。

この噺の魅力は、シャボン先生の無責任で適当な治療態度と、患者の男が最終的に犬の習性を身につけてしまうという突拍子もないオチにあります。目玉をくり抜いて薬湯に浸ける、ふやけたので干すという発想から、犬に食べられたので犬の目で代用するという展開まで、すべてが非現実的で愉快です。

落語の中でも「単純明快なばかばかしいナンセンス」の典型として位置づけられ、現在ではあまり演じられることは少なくなりましたが、落語の原点ともいえるエッセンスが詰まった作品です。シャボン先生の名前も「石鹸」を意味する「シャボン」から来ており、目を洗うという行為との言葉遊びも含まれています。

あらすじ

医者にも様々あります。「藪医者」、藪になる前の「たけのこ医者」、どんな病気にも葛根湯を飲ませる「葛根湯医者」、なんでも手遅れにしてしまう「手遅れ医者」。
屋根から落ちてすぐ連れてきたのに手遅れという。
いつ連れて来たら手遅れにならないのかと聞くと、落ちる前に連れて来なければだめだという迷医だ。

目を患った男が友達から洗井シャボンという目医者を紹介されて治療に行く。
シャボン先生は男の両目をくり抜いて薬を溶かした湯につける。
しばらくして目を洗い、入れようとするが入らない。

シャボン先生 「どうやら薬の湯につけ過ぎて目がふやけたらしい。日向へ出して乾かそう」と、日当たりのいい縁側に干して目が元の大きさになるのを待つ。
先生は浪曲の、お里沢市「壷坂霊験記」など語りだす余裕だ。

シャボン先生 「もうよかろう。おやおやお前さんの目が見当たらない」

男 「冗談じゃねえ。どうしたんです、先生?」

シャボン先生 「庭の木戸からあの犬が入って来て目を食べてしまったようだ。
心配するな、犬の目をくり抜いてお前さんの目に入れてやろう。うまく合わなければセメントで固定すればいい」

男 「そうしたら犬が困るでしょう」

シャボン先生 「なあに、犬の腹の中にはお前さんの目が二つ入っているから、春になったら芽(目)をふくだろう」、先生は弟子に犬を捕まえさせ目をくり抜いて、男の目に入れるとしっくりと合った。

シャボン先生 「ああ、ちょうどいい。さあ、目を開けてごらん」

男 「真っ暗で何も見えないですが」

シャボン先生 「そんなはずはないんだがな、どれどれ・・・いや失礼、裏返しに入れた。すぐに入れ替えてやる・・・どうじゃ、これで」

男 「ああ、よく見えます。・・・けど、逆さまです」

シャボン先生 「いけない、逆さまに入れてしまった。・・・今度は大丈夫だ」

男 「うわぁ~、こりゃあ、今までよりもずっとよく見えます。・・・先生、あそこに怪しいやつがうろついていますよ。ひとつ脅かしてやりましょう。・・・ウ~ッ、ワンワンワン!」

シャボン先生 「おいおい、まだ目ん球は入れたてなんだからあんまり大きな声出したり、力を入れたりすると飛び出してしまうぞ」

男 「へぇ、ありがとうございます。さようなら・・・あっ、こりゃあ、うっかり表へ出られねえ」

シャボン先生 「どうしてだ?」

男 「電信柱を見ると片足上げてしまいます」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • シャボン – 石鹸を意味する外来語。江戸時代にはポルトガル語の「sabão(サボン)」が訛って「シャボン」となりました。目を洗うという治療法との言葉遊びとして、医者の名前に使われています。
  • 洗井(あらい) – 目を洗うという意味を持つ苗字。シャボンと合わせて「洗井シャボン」となり、目医者らしい名前になっています。
  • 藪医者(やぶいしゃ) – 医療技術が未熟で誤診や誤治療をする医者のこと。「藪」は見通しが悪いことから転じて、診断能力が低い医者を指します。
  • たけのこ医者 – 藪になる前のたけのこ、つまり藪医者よりもさらに未熟な医者という洒落。
  • 葛根湯(かっこんとう) – 漢方薬の一種。風邪の初期症状などに用いられますが、どんな病気にもこれを処方する医者を「葛根湯医者」と呼びました。
  • 電信柱(でんしんばしら) – 明治時代以降に普及した電線を支える柱。犬がマーキングのために片足を上げる習性があることから、オチに使われています。
  • 壷坂霊験記(つぼさかれいげんき) – 浪曲の有名な演目。お里と沢市の夫婦愛を描いた物語で、目の不自由な沢市が登場します。目の治療中にこの演目を語るのは皮肉な演出です。

よくある質問(FAQ)

Q: この噺は実際にあった話ですか?
A: いいえ、完全にフィクションです。現代医学どころか江戸時代の医学でも、このような目玉の摘出と移植は不可能でした。あくまでもナンセンス噺として楽しむ作品です。

Q: なぜ犬の目を移植すると犬の習性が身につくのですか?
A: これは科学的根拠のない落語ならではの荒唐無稽な設定です。臓器移植でドナーの習性が移るという迷信めいた考えを、極端に誇張して笑いに変えています。

Q: シャボン先生の「春になったら芽(目)をふく」とはどういう意味ですか?
A: 犬のお腹の中に患者の目が入っているから、春になれば植物のように芽(目)が出てくるという言葉遊びです。もちろん医学的にはありえない話ですが、シャボン先生の無責任さを表現しています。

Q: この噺は現代でも演じられていますか?
A: 現在では上演頻度は少なくなっています。医療倫理に対する意識の変化や、ナンセンス噺自体の人気低下が理由です。ただし、古典落語の原点を知る上で重要な演目として、時折演じられています。

Q: 「目玉違い」という別題もあるそうですが、違いはありますか?
A: 基本的なストーリーは同じですが、演者によって細部が異なります。「犬の目」は犬の習性に焦点を当てたタイトルで、「目玉違い」は取り違えという事態に焦点を当てたタイトルです。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の大名人。シャボン先生の無責任さと患者の困惑を、絶妙な間とテンポで演じ分けました。
  • 古今亭志ん生(五代目) – 独特の語り口で、荒唐無稽な展開を自然に聞かせる名手でした。
  • 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。現代では演じる機会は少ないものの、古典落語の粋を感じさせる口演で知られています。
  • 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。上方では「目薬」という演目として演じられることもあります。

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この噺の魅力と現代への示唆

「犬の目」の魅力は、徹底的にナンセンスを貫くことで生まれる笑いにあります。現代医学の常識からすれば荒唐無稽すぎる内容ですが、だからこそ落語の原点である「ばかばかしい笑い」を純粋に楽しめる作品です。

江戸時代の医療水準を考えると、当時の人々も「こんなことはありえない」とわかった上で笑っていたはずです。つまり、この噺は医療批判ではなく、純粋なエンターテインメントとして成立していました。

現代社会では、科学的根拠やエビデンスが重視され、非合理的なものは排除される傾向があります。しかし、時にはこのような「ばかばかしさ」を楽しむ余裕も必要ではないでしょうか。「犬の目」は、理屈抜きで笑える娯楽の大切さを教えてくれる作品です。

また、シャボン先生の無責任な対応は、現代の医療ミスや責任回避を風刺しているようにも見えます。「春になったら芽をふく」という言い訳は、現代のいい加減な説明責任と重なる部分があり、時代を超えた普遍的な笑いを感じさせます。

実際の高座では、演者によって患者の困惑度合いやシャボン先生の無責任さの強弱が異なります。古典落語の奔放な想像力を味わうには絶好の演目ですので、機会があればぜひ生の落語会でお楽しみください。

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