いもりの黒焼き
3行でわかるあらすじ
喜ィさんが甚兵衛さんに恋の相談をして、いもりの黒焼きを使った惚れ薬を教わる。
米屋の娘に振りかけようとしたが風で米俵にかかってしまい、米俵が動き出して追いかけてくる。
最後に「飯米に追われてまんのやがな」という地口オチで落とす江戸落語の名作。
10行でわかるあらすじとオチ
喜ィさんが甚兵衛さんの家を訪れ、女性にもてる方法を相談する。
甚兵衛が「一見栄、二男、三金」など十の条件を挙げるが、喜ィさんにはどれも当てはまらない。
喜ィさんは評判の米屋の小町娘に惚れたが、無理だからあきらめろと言われてしまう。
甚兵衛がいもりの黒焼きを使った惚れ薬があると教える。
オスのいもりの黒焼きを自分の身体につけ、メスの黒焼きを相手に振りかけると女性が惚れてくるというもの。
高津の黒焼き屋で購入し、米屋の前で娘が出てくるのを待つ。
いざ振りかけようとしたが運悪く風が吹いて、薬が娘ではなく米俵にかかってしまう。
すると米俵が動き出して喜ィさんの方へやって来て、どこまでも追いかけてくる。
家に逃げ込んでも戸を破って入ってくる有様で、通行人に「何をフーフー言いながら走ってんねや」と聞かれる。
喜ィさんが「飯米に追われてまんのやがな」と答えて落とす、「言い米(いいごめ)」の地口オチ。
解説
「いもりの黒焼き」は江戸時代の恋愛相談から始まる滑稽噺の代表作である。
甚兵衛が挙げる「一見栄、二男、三金、四芸、五精、六おぼこ、七ゼリフ、八力、九胆、十評判」は江戸時代の男性の魅力を表した言葉で、当時の価値観を知る上でも興味深い。
いもりの黒焼きは実際に江戸時代に惚れ薬として信じられていた民間療法で、オスとメスを組み合わせて使うという設定にリアリティがある。
オチの「飯米に追われる」は「言い米(いいごめ・言い訳)」との地口で、米俵に追いかけられるという荒唐無稽な展開から日常的な表現へと着地させる技法が見事。
風で薬が米俵にかかるという偶然の設定から、最後まで一気に駆け抜ける構成の妙味が楽しめる一席である。
あらすじ
甚兵衛さんの家へ、喜ィさんが女子(おなご)が惚れるいい工夫はないだろうかと聞きに来る。
甚兵衛 「昔から、一見栄、二男、三金、四芸、五精、六おぼこ、七ゼリフ、八力、九胆、十評判てなことを言うなあ。この中で一つでもお前にあったら女に持てるてなもんや」と言って、一つ一つ喜ィさんに当たってみるがどれにも当たらない。
喜ィさんは、評判の米屋の小町娘に惚れたという。
甚兵衛さんは無理だからあきらめろというが、喜ィさんは何かいい工夫はないだろうかと今にも泣き出しそうだ。
甚兵衛 「惚れ薬、何がよいかといもりに聞けば、今じゃわしより佐渡が上」、なんて歌があるが、いもりの黒焼きでも使ってみるかという。
オスのいもりの黒焼きを自分の身体につけ、相手にメスの黒焼きを振りかければ女子が惚れてくるというのだ。
ホンマのいもりの黒焼きでなくては効き目がないというので高津の黒焼き屋に行く。
買ったオスのいもりの黒焼きを自分の身体につけ、米屋の前で娘が出て来るのを待って、ぱっと振りかけた。
運悪く、ちょうど風が吹いてきて娘にかからず店の米俵にかかってしまう。
すると、高津のいもりの黒焼きの効果は抜群で、米俵が動き出して喜ィさんの方へやって来る。
びっくりして逃げ出すが米俵はどこまでもついて来る。
家に飛び込んで戸締りをしても戸を破って入ってくる。
甚兵衛さんの家に逃げ込むが、ここでも戸を破って入ってくる有様だ。
またも逃げ出すが米俵は後ろからヒョッコヒョッコとどこまでも追いかけてくる。
通行人 「お~い喜ィ公、何をフーフー言いながら走ってんねや」
喜ィさん 「あっはっは~、ああ苦しい助けてくれ」
通行人 「何がそんなに苦しいねん」
喜ィさん 「飯米に追われてまんのやがな」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- いもり(井守、蠑螈) – 両生類の一種。江戸時代、いもりの黒焼きは惚れ薬や強壮剤として信じられていました。特にオスとメスを区別して使用する民間療法が実在しました。
- 黒焼き(くろやき) – 動物や植物を炭化させたもので、江戸時代には薬として用いられました。いもり、とかげ、蛇などの黒焼きが様々な効能を持つと信じられていました。
- 高津(こうづ) – 大阪市中央区にある地名。高津神社があり、周辺には薬種問屋や薬屋が多く集まっていた地域でした。この噺では黒焼き屋がある場所として登場します。
- 一見栄、二男、三金… – 江戸時代の男性の魅力を表した言葉。一見栄(見た目の良さ)、二男(男らしさ)、三金(財力)、四芸(芸事)、五精(精力)、六おぼこ(初心)、七ゼリフ(話術)、八力(体力)、九胆(度胸)、十評判(世間の評判)の十ヶ条を指します。
- 小町娘(こまちむすめ) – 美しい娘のこと。平安時代の美女・小野小町にちなんだ表現です。
- 地口(じぐち) – 言葉遊びの一種。音の似た言葉を掛け合わせる技法。「飯米(いいごめ)」と「言い米(言い訳)」を掛けたオチがこの噺の見どころです。
- 米屋(こめや) – 江戸時代の米穀商。米は主食であり、米屋は庶民の生活に欠かせない商売で、裕福な家も多くありました。
よくある質問(FAQ)
Q: いもりの黒焼きは本当に惚れ薬として使われていたのですか?
A: はい、江戸時代には実際に民間療法として信じられていました。いもりの黒焼きは惚れ薬だけでなく、強壮剤や万能薬としても用いられました。科学的根拠はありませんが、当時の人々は真剣に効果を信じていました。オスとメスを別々に使うという設定も、実際の民間伝承に基づいています。
Q: 「飯米に追われる」とはどういう意味ですか?
A: これは「言い米(いいごめ=言い訳)」との地口(言葉遊び)です。文字通りには「米俵に追いかけられている」という意味ですが、「言い訳に追われる」という日常的な表現と音が似ていることを利用したオチになっています。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 「いもりの黒焼き」は上方落語の演目です。大阪の地名「高津」が登場することや、関西弁での語りが特徴的です。江戸落語にも似た構造の噺がありますが、この演目は上方の作品として知られています。
Q: なぜ米俵が動き出すという荒唐無稽な展開が面白いのですか?
A: これは落語の「荒唐無稽の妙」という魅力の一つです。真面目に惚れ薬を使おうとした男が、無生物である米俵に惚れられてしまうという意外性と、それを真剣に追いかけられる滑稽さが笑いを生みます。また、この荒唐無稽な展開から地口オチへと収束する構成の見事さも評価されています。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、現在も多くの落語家によって演じられています。特に上方落語の定席(天満天神繁昌亭など)では定期的に高座にかかります。惚れ薬という設定は古いものの、恋愛に悩む人間の姿は普遍的なので、現代の観客にも楽しまれています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語四天王の一人で人間国宝。この噺でも格調高い語り口ながら、喜ィさんの滑稽さを愛嬌たっぷりに演じました。米俵に追いかけられる場面の表現が秀逸です。
- 桂枝雀(二代目) – 上方落語の名人。独特の間と激しい身振り手振りで、米俵の動きを視覚的にも楽しめる演出が特徴でした。
- 桂ざこば(二代目) – 豪快な語り口で知られ、喜ィさんの必死さと滑稽さを存分に表現します。
- 桂南光(三代目) – 「べかこ」の愛称で親しまれ、軽妙な語り口でこの噺の面白さを引き出します。
関連する落語演目
同じく「恋愛」がテーマの古典落語


「勘違い・失敗」から生まれる笑いの落語


「地口オチ」が秀逸な落語


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この噺の魅力と現代への示唆
「いもりの黒焼き」が長く愛される理由は、その普遍的なテーマと絶妙な構成にあります。恋に悩む男性が非科学的な方法に頼ろうとする姿は、現代にも通じる人間の弱さを描いています。
現代でも恋愛成就のために占いやパワーストーン、恋愛マニュアルなどに頼る人は少なくありません。科学的根拠がなくても「何かにすがりたい」という心理は、時代を超えて変わらない人間の本質なのでしょう。喜ィさんの姿は、古代から現代まで続く「恋愛に悩む人々」の象徴とも言えます。
また、この噺は「計画通りにいかない人生」というテーマも含んでいます。完璧に準備したつもりでも、風一つで計画が台無しになってしまう——これは恋愛に限らず、人生のあらゆる場面で起こりうることです。そして、その失敗から生まれる予想外の展開(米俵に追いかけられる)が、新たな笑いを生むという構造は、「失敗も悪くない」という前向きなメッセージにも受け取れます。
最後の「飯米に追われる」という地口オチも秀逸です。荒唐無稽な展開を日常的な表現(言い訳に追われる)に着地させることで、聞き手に「なるほど」という納得感と笑いを同時に与えます。この「非日常から日常へ」という落とし方は、上方落語の言葉遊びの妙技と言えるでしょう。
実際の高座では、演者によって喜ィさんのキャラクター設定や、米俵に追いかけられる場面の表現方法が大きく異なります。特に米俵の動きをどう表現するかは、各演者の個性が最も出る部分です。機会があれば、ぜひ複数の演者の高座を聴き比べてみてください。同じ噺でも全く違う印象を受けることでしょう。


