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【古典落語】一日公方 あらすじ・オチ・解説 | 親孝行大工が将軍様になった夢の一日!眠り薬トリックで200両ゲット→町名になって永遠の栄光

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話芸の殿堂-古典落語-一日公方
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一日公方

3行でわかるあらすじ

麻布の親孝行で有名な大工の市兵衛が、お茶の先生の珍斎の家で本物の公方様と出会い、『一日だけでも公方様になりたい』と願うと、公方様が眠り薬を使って本当に一日だけ公方様として扱ってくれる。
市兵衛は公方様として母親に200両を与える命令を出すが、目覚めて混乱し、本当に公方様だと勘違いして城に行き捕まってしまう。
最後に珍斎の家で真相が明かされ、親孝行の徳により住んでいる町を『市兵衛町』と名付けてもらうが、訳が分からず『こいつぁ麻布で気が知れねえ』とオチる。

10行でわかるあらすじとオチ

麻布六本木の親孝行で有名な大工の市兵衛が、久しぶりに麻布十番のお茶の先生・珍斎の家を訪ねると、品のいい客人(医者)がいて、公方様によく似ていると思い酒を振る舞う。
市兵衛が『公方様からお盃を頂いているような心持ちで死んでもいい』と言うと、客人が『何か望みがあるか』と尋ね、市兵衛が『一日でもいいから公方様になってみたい』と答える。
客人(実は本物の公方様)が珍斎に指示して酒に眠り薬を入れ、市兵衛は正体もなく眠ってしまう。
目覚めると立派な布団の上で老女中から『君は公方様です』と言われ、お召し替えをして御家来方が登城し、一段高い所に座らされる。
市兵衛は町奉行に『麻布の市兵衛の母親に金をやってほしい』と頼み、指を2本出して『リャンコ』と言うと奉行が『200金程遣わします』と答える。
再び眠り薬を飲まされて元の汚い着物に着替えさせられ、煎餅布団の上で目覚めると、母親から『公方様から200両の御褒美が届いた』と聞かされる。
市兵衛は『俺が遣ったんだ、俺は公方様だ』と言って城に行くが門番に捕まり牢屋に入れられ、正気に戻って『麻布の市兵衛です』と言って家に帰される。
珍斎の家に行くと本物の公方様がいて、『望みが叶ったろうな』と言われ、市兵衛の親孝行を愛でて『住んでいる一町四方を市兵衛町と称えろ』と命じる。
市兵衛が『市兵衛が公方様で、公方様が市兵衛で、どう考えても分からない』と言うと、公方様が『まだ分からんか』と尋ねる。
市兵衛が『こいつぁ麻布で気が知れねえ』と答えるオチで、麻布と『あざとい』の地口になっている。

解説

『一日公方』は親孝行をテーマにした心温まる古典落語で、江戸時代の身分制度と庶民の夢を巧みに描いた作品である。この演目の最大の特徴は、現実では絶対に不可能な『庶民が将軍になる』という願いを、公方様の温情と眠り薬というトリックを使って実現させる点にある。物語の舞台となる麻布は江戸時代から職人や商人が多く住む町で、市兵衛のような大工が住む場所として設定されており、当時の庶民の生活感が反映されている。

市兵衛の親孝行ぶりは物語全体を通じて一貫しており、公方様になった時でさえ最初に考えるのは母親への配慮である。『麻布の市兵衛の七十三になるおふくろが貧乏で困っているから金をやってほしい』という願いは、自分の立場を忘れて客観視する滑稽さがありながらも、その純粋な親孝行の心が感動を誘う。指を2本出して『リャンコ』と言った市兵衛に対し、奉行が『200金程遣わします』と答える場面は、庶民の感覚と武士階級の金銭感覚の違いを表現した巧妙な仕組みとなっている。

公方様の人物設定も秀逸で、お忍びで庶民の中に紛れ込み、市兵衛の純粋な心を理解して願いを叶えてやる温情深い為政者として描かれている。眠り薬を使って一日だけ公方様の体験をさせるという発想は、現実離れしていながらも物語として説得力を持たせる巧妙な仕掛けである。市兵衛が目覚めた後の混乱と、本当に公方様だと勘違いして城に行き捕まるという展開は、夢と現実の境界を曖昧にすることで生まれる滑稽さを描いている。

最後のオチ『こいつぁ麻布で気が知れねえ』は、麻布という地名と『あざとい』(巧妙で抜け目ない)を掛けた地口オチで、市兵衛の混乱した心境を表現している。親孝行の徳により『市兵衛町』という町名をもらうという結末は、江戸時代の価値観において親孝行が最高の美徳とされていたことを反映しており、庶民にとって最高の栄誉を与えられた形となっている。この落語は、身分の違いを超えた人間的な温かさと、親孝行という普遍的な価値を巧みに組み合わせた、古典落語の傑作の一つといえる。

あらすじ

麻布六本木の大工の市兵衛、親孝行で孝行市兵衛と呼ばれている。
久しぶりに麻布十番のお茶の先生の珍斎の家を訪ねる。
座敷には品のいい客人がもう一人座っている。

珍斎 「おぉ、市兵衛か、しばらくじゃな。ここにいる客人は・・・医者だ」、しきりに客人の顔を見ていた市兵衛は何を思ったのか表へ飛び出し、しばらくして一升入りの徳利を提げて帰ってきて、客人に盃で酒を勧める。

客 「左様か・・・」と盃で美味そうに飲むのを見て、市兵衛は飲みかけの盃を受け取って残りを飲み干して、「あぁ、これで死んでもいいい」

客 「はて、これで死んでもよいと申すはどういうことだ?」

市兵衛 「ヘぇ、実は公方様がお成りの時に、お駕籠の中をちょっと見た事があるんで。その公方様がお前さまによく似ているから、何だか公方様からお盃を頂いているような心持ちがして、もうこの世に思い残すことはねえ、死んでも構わねえと、こう思いましたので・・・」

客 「面白い男じゃな。そなた何か望みがあるか」

市兵衛 「だからもう何も思い残す事は無(ね)え・・・そりゃあ、無え事もねえがとても駄目だ。お天道様へ石をぶつけるようなものだ」

客 「それでもまずどういう望みであるか、申してみろ」

市兵衛 「じゃあ言いますが。わしはたった一日でもいいから、公方様になってみてえ」

客 「ほお、それがそなたの望みか。・・・左様か、今の盃でもう一献くれぬか」

市兵衛 「へぇ、気に入ったら幾らでも飲んでおくんなせえ」、それから客人は一口飲んで、珍斎に何やら申し付ける。
すると珍斎は市兵衛に気づかいないように酒の中へ眠り薬をちょっと入れた。

客 「どうだ市兵衛、わしの盃を受けてくれ」、これを飲み干した市兵衛は居眠りをはじめ、果ては正体もなく寝てしまった。
しばらくして目を覚した市兵衛、気がついてみると立派な布団の上に横になっている。

市兵衛 「どこだここは?誰かいねえか・・・」

老女中 「君には御目覚めにございまするか」

市兵衛 「君ィ?・・・あっしは麻布の市兵衛と申します。いつこんなとこへ来たんだか訳が分からねえ、済みませんが、うちへ帰しておくんなせえまし」

老女中 「はて、市兵衛とやらの夢を御覧じましたか?よく御心を落ち着けあそばせ。君は公方様でございます」

市兵衛 「市兵衛の夢、こりゃあ夢ん中か、そうかも知れねえ。
なにしろ有り難えな。
じゃぁあっしは公方様だね。道理で立派な布団の上に寝ていると思った」
そのうちにお召し替えで、しばらくすると御家来方が登城、一段高い所に座らされた市兵衛さん、前の御簾が上がると、一同平伏している。

市兵衛 「ほぉ~、これがみんな俺の家来か、・・・この内に町奉行がいるならちょっと前へ出てもらおうじゃねえか。・・・お前さんか町奉行は、麻布に市兵衛という者がいる。七十三になるおふくろがあるんだが、貧乏で困ってるから金を少しばかりやってもらいてえ」

奉行 「承知仕りました。いかほど遣(つか)わしましょうや」

市兵衛 「沢山やって一時に使っちまうといけねえから、“リャンコ”もやったらよかろう」、と指を二本出した。

奉行 「それでは早速、二百金程遣わします」

そのうちに御簾が下がる。
やがて御酒が出て、結構な御料理で飲んでいるうちに、また眠り薬を飲まされたようで、そのままぐっすり眠ちまった。
市兵衛さん、たちまち元の汚い着物と着せ替えられ、駕籠に乗せて麻布の市兵衛の家にかつぎ込まれ、煎餅布団の上へ寝かされたのを少しも気がつかない。
しばらくして目が覚めて、

市兵衛 「あぁ、いい心持ちだ。
公方様てぇ者は大したもんだ。おや、どうしたんだ、変だぜこりゃぁ・・・」

母親 「どうしたじゃあないよ、お前を喜ばせようと思っていくら起こしても起きないんだもの。
お前が親孝行というので公方様から御褒美が届いたよ。しかもお前お金が二百両だよ」

市兵衛 「あぁ、そいつは俺が遣ったんだよ。俺は公方様だ」

母親 「何を言ってるんだよ、この人は。お前は麻布の市兵衛だよ」

市兵衛 「俺は公方様だ。また金に困ったら何時でもそう言って来ねえ、金は幾らでもあるから」といきなり表へ飛び出し、お城へやって来て御門を入ろうとすると、

門番 「これ!其方は何者だ」、「俺は公方様だ」、「馬鹿な事をいうものでない」と たちまち縛られ牢屋に放り込まれてしまった。
やっと気がついて、

市兵衛 「もし、少々お願い申します。
よくよく考えましたが、どうも変で、私は麻布の市兵衛という者でございます。
どうかうちへ帰しておくんなさい。おふくろが心配していましょうから・・・」で、早速牢から出して麻布の宅へ送り届けられた。

母親 「どうしたお前、しっかりおしよ」

市兵衛 「何だか変だ。俺は何だか訳が分からねえ、とにかく珍斎先生の所へ行って来る」

珍斎の所へやって来ると、公方様がまたお忍びでまた来ている。
公方 「市兵衛どうかいたしたか、大分ぼんやりとしておるな。其方は一日でもよいから公方になりたいと申したが、公方になって望みが叶ったろうな」

市兵衛 「ヘぇ、何だかどうも訳が分からねえんで」

珍斎 「これこれ、市兵衛、粗相があってはならんぞ。このお方のは公方様であらせられるぞ」

市兵衛 「へぇ~、あなた様が本当の公方様で。・・・とんだ粗相をいたしました。
よく似ていると思ったもんだから、お盃を頂戴して、私はこれで殺されてもようございます。どうかスッパリとお手打ちになすって下さいまし」

公方 「其方は面白い男じゃによって、望みを叶えさせてやったのじゃ。
其方の親孝行を愛(め)で、其方が住んで居るところの一町四方をそちに遣わす。今日よりそこを市兵衛町と称(とな)えろ」

市兵衛 「へぇ、市兵衛町、有り難う存じます。・・・でも何だか考えてみると訳が分かりません」

公方 「分からぬ事はない。
其方が親孝行の徳によって、一日公方になって望みが叶い、其方の住まいおる一町余の地面を遣わし、町名を市兵衛と称える、親孝行の徳である。分かったであろうな」

市兵衛 「ヘえ? 市兵衛が公方様で、公方様が市兵衛で、どう考えても・・・

公方 「まだ分からんか」

市兵衛 「こいつぁ麻布で気が知れねえ」


さらに詳しく知りたい方へ

落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 公方様(くぼうさま) – 江戸幕府の将軍の敬称。江戸時代の最高権力者であり、庶民にとっては雲の上の存在でした。
  • 眠り薬 – 江戸時代には実際に睡眠作用のある薬草(朝鮮人参、曼陀羅華など)が使われていました。この噺では物語を進めるための重要な小道具となっています。
  • お忍び – 身分の高い人が身分を隠して外出すること。将軍が庶民の暮らしを見るために行ったとされる伝説が多く残っています。
  • 200両 – 江戸時代の一両は現代の価値で約10~13万円程度。200両は約2000~2600万円に相当する大金です。市兵衛が指で「リャンコ(2個)」と示したものを、奉行が「200金」と解釈した場面が笑いどころです。
  • 市兵衛町 – 実際に東京都港区には「市兵衛町」という地名が存在します(現在は廃止)。この落語がその町名の由来伝説として語られてきました。
  • 茶道の先生・珍斎 – 江戸時代、茶道は武士階級だけでなく裕福な町人も嗜む教養でした。珍斎は公方様とも交流がある教養人として描かれています。
  • 地口(じぐち) – 言葉の音が似ている別の言葉に置き換える言葉遊び。「麻布(あざぶ)」と「あざとい」を掛けたオチが秀逸です。

よくある質問(FAQ)

Q: この噺は実話に基づいているのですか?
A: 完全な創作ですが、江戸には実際に「市兵衛町」という地名が存在したため、その由来伝説として語られるようになった落語です。将軍がお忍びで庶民の中に入るという設定は、江戸時代の庶民の憧れを反映しています。

Q: 将軍が本当にこのようなお忍びをしていたのですか?
A: 実際には将軍が単独で庶民の家を訪れることは安全上ほぼ不可能でした。ただし、八代将軍・徳川吉宗は庶民の声を聞くために鷹狩りの際に町人と会話したという記録があり、このような伝説が生まれる背景となりました。

Q: なぜ市兵衛は「リャンコ」と言ったのですか?
A: 「リャンコ」は江戸の職人言葉で「2個」という意味です。市兵衛は庶民感覚で「両」という単位で2つ(2両)のつもりでしたが、奉行は「200金(200両)」と解釈しました。この庶民感覚と武士階級の金銭感覚の違いが笑いを生んでいます。

Q: 最後のオチ「こいつぁ麻布で気が知れねえ」はどういう意味ですか?
A: 「麻布(あざぶ)」と「あざとい(巧妙で抜け目ない)」を掛けた地口オチです。市兵衛は自分が将軍になったのか夢だったのか、全く理解できない状況を「麻布だから訳が分からない」と表現していますが、同時に公方様の巧妙な計らいに対する感嘆も含まれています。

Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。舞台が麻布という江戸の地名で、江戸弁で語られます。親孝行というテーマと将軍の温情という江戸落語らしい人情味あふれる内容が特徴です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 戦後を代表する落語家。独特の崩れた語り口ながら、市兵衛の純粋さと混乱ぶりを見事に表現。人間国宝として多くの名演を残しました。
  • 古今亭志ん朝(三代目) – 志ん生の息子。父とは対照的な端正な語り口で、公方様の品格と市兵衛の庶民性を丁寧に演じ分けました。
  • 柳家小三治 – 現代の人間国宝。細やかな心理描写と間の取り方で、市兵衛の戸惑いと感動を繊細に表現します。
  • 春風亭昇太 – 現代の名手。テンポの良い語り口で若い世代にも人気があり、市兵衛のキャラクターを親しみやすく演じています。

関連する落語演目

同じく「親孝行」がテーマの古典落語

身分違いを描いた古典落語

夢と現実の境界を描いた落語

この噺の魅力と現代への示唆

「一日公方」は、親孝行という普遍的な美徳を通じて、身分の壁を越えた人間的な温かさを描いた作品です。市兵衛が公方様になった時、最初に考えたのは自分の栄華ではなく、貧しい母親への配慮でした。この純粋な孝心が公方様の心を動かし、最終的に「市兵衛町」という永遠の栄誉を得ることになります。

現代社会では親孝行という言葉自体が古めかしく感じられるかもしれませんが、家族を大切に思う気持ちは時代を超えて変わらない価値観です。市兵衛が指で「リャンコ(2個)」と示した場面は、庶民の感覚と権力者の感覚の違いを笑いに変えながらも、公方様の寛大さと理解を示しています。

最後のオチ「こいつぁ麻布で気が知れねえ」は、単なる地口オチではなく、市兵衛の混乱した心境を巧みに表現しています。夢のような一日を経験し、本当に公方様になったのか、全ては夢だったのか、それとも公方様の粋な計らいだったのか――市兵衛の戸惑いは、私たちが人生で経験する「あまりにも良すぎて信じられない」瞬間の感覚と重なります。

この噺は、実際の高座では演者によって市兵衛のキャラクターが大きく異なります。朴訥とした職人として演じる人もいれば、少しおっちょこちょいな愛すべきキャラクターとして演じる人もいます。公方様の描き方も、威厳を保ちながらも人間味あふれる為政者として演じられることが多く、江戸時代の理想的な支配者像を反映しています。

機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でこの噺をお楽しみください。演者それぞれの解釈による市兵衛像の違いを比べるのも、落語鑑賞の醍醐味の一つです。


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