七度狐
3行でわかるあらすじ
喜六と清八が煮売屋から逃げる際に投げたすり鉢が古狐の額に当たり、怒った狐が七度続けて復讐を開始。
麦畑を川に見せかけて渡らせ、山寺での恐怖体験や霊の幻覚で二人を散々に化かし続ける。
最後に百姓が現れて「狐がムシロ持って立っている」と指摘、狐の尻尾を掴んだら大根が抜けるオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
喜六と清八が煮売屋で「村雨」という薄い酒を飲まされ、店主を騙してイカの木の芽和いが入ったすり鉢を持って逃走。
山道で木の芽和いを食べ尽くし、すり鉢を草むらに投げ捨てると昼寝していた古狐の額に直撃して血だらけに。
この狐は「七度狐」という性悪狐で、人に仇を受けると七度続けて復讐する習性を持っていた。
第一回目の復讐では麦畑を川に見せかけ、二人を裸にして「深いかぁ浅いぞぉ」と東海道大井川の渡しのように歩かせる。
麦畑を踏み荒らされた百姓に見つかって我に返るが、道を間違えてどんどん山を登ってしまう。
日が暮れた頃に山寺を発見し、尼さんに一晩の宿を乞い、本堂で通夜させてもらうことになる。
尼さんは親切に雑炊を振舞うが、これが赤土と藁と草とイモリの「ベチョタレ雑炊」で食べられたものではない。
尼さんが村の金貸し婆お小夜後家の通夜に出かけると、夜中に墓場で骸骨が相撲を取る音や死んだ娘の子守唄が聞こえて恐怖。
棺桶を担ぎ込まれると中からお小夜後家が「金返せぇ」と現れ、二人が伊勢音頭を歌うと気味悪く合いの手を入れる。
百姓が現れて「寺などない、狐がムシロ持って立っている」と指摘、狐の尻尾を掴んで引っ張ると「ズボッ」と大根が抜けるオチ。
解説
「七度狐」は上方落語の代表的な道中記シリーズ「東の旅」の一部として演じられる演目で、狐の化かしをテーマにした怪談噺の要素を含む作品です。原典は1798年の笑話集「無事志有意」に収録された「野狐」で、古くから親しまれてきた演目です。
この噺の最大の特徴は「七度」という数字にあります。古来より「七」は完全数とされ、「七度狐」とは人に仇を受けると必ず七回続けて復讐する執念深い狐を意味します。これは日本の民間信仰において狐が持つとされる復讐心の深さと超自然的な能力を表現したもので、聞き手にとって馴染み深い設定となっています。
構成面では、前半の煮売屋での滑稽な逃走劇から、中盤の幻覚による恐怖体験、そして最後の痛快なオチまで、落語の醍醐味である起承転結が明確に描かれています。特に麦畑を川に見せかける場面では、二人が「深いかぁ浅いぞぉ」と東海道大井川の渡しを真似る様子が、上方落語特有の身振り手振りとともに演じられ、視覚的な笑いを生み出します。
最後のオチ「狐の尻尾と思って掴んだら大根だった」は、すべての恐怖体験が幻覚だったことを一瞬で明かす秀逸な落としです。これは古典落語でよく使われる「考えオチ」の技法で、聞き手に「なるほど」という納得感と「やられた」という驚きを同時に与える効果があります。
この演目は桂米朝をはじめとする上方落語の名人たちによって受け継がれており、現在でも関西弁の軽妙な語り口と豊かな表現力を要求する演目として重要視されています。単独で演じられることは稀で、通常は「東の旅」シリーズの一環として上演されることが多く、旅路の途中で起こる奇怪な出来事として位置づけられています。
あらすじ
煮売屋で「村雨(醒め)」という村の迷(銘)酒を飲まされた清八と喜六、オヤジをだましてその隙に、イカの木の芽和いの入っているすり鉢を抱えて逃げ出した。
山道にさしかかる所で木の芽和いを全部たいらげ、すり鉢を草むらに放り捨てた。
それが昼寝をしていた古狐の額に当たり血がたらたら。
この狐は七度狐といって人に仇(あだ)を受ければ、七遍続けて人を化かす性悪狐、勘弁ならんとポ~ンとトンボを切ってだましに取り掛かった。
二人はすっかりだまされて、麦畑を川と思って裸になって、東海道の大井川の渡しのように「深いかぁ 深いかぁ」、「浅いぞぉ 浅いぞぉ」と渡って行く。
自分の麦畑を踏み荒らしている百姓に見つかり我に返る。
今度は道を間違えたのかどんどん上って行き、いつの間にか日もとっぷり暮れて野宿も覚悟し始めた頃、前方に山寺を見つける。
尼さんに一晩の宿を乞うが、尼寺で男は泊められないが、本堂で通夜するということにしてくれて、雨露をしのげることになった。
尼さんは親切にも雑炊でもてなしてくれる。
喜んだ二人だが、これが赤土、藁、草、イモリの「ベチョタレ雑炊」で食えた代物ではない。
尼さんは村の金貸し婆のお小夜後家の通夜に行くので二人に留守番を頼む。
夜中には裏の墓場で骸骨がガチャガチャと相撲を取って賑やかで、さらに夜が更けると腹に赤子を残して死んだ娘が、廊下を赤子を「寝ん寝ん子」とあやしながら歩きとても情があるいう。
すっかり怯える二人に尼さんは阿弥陀さんの前の灯明さへ消さなければ、そんな物は出ないと言って出かけてしまう。
喜六は灯明に油を差そうとして醤油を注いで灯りが消えてしまって大騒ぎ。
すると尼さんと行き違いに村人がお小夜後家の棺桶をかつぎ込んで置いて行ってしまう。
二人は隅に棺桶を置いてガタガタ震えている。
すっかり夜が更けた頃、棺桶の蓋を破り白髪を振り乱したお小夜後家が立ち上がり恨めしそうに、「金返せぇ~、金返せぇ~」
二人は悲鳴を上げ、金を借りた者ではなく、伊勢参りの旅の者というと、お小夜後家は伊勢音頭を歌えだ。
仕方なく♪「お伊勢七旅、熊野にゃ三度」と歌い始めると、お小夜婆さんが「よぉ~い、よぉ~い」と気味の悪い合の手を入れる。
そこへさっきの百姓が現れ、石の地蔵の前で歌っている二人に、「寺などあらゃせん、狐がムシロ持って立ってんのじゃ」。
百姓は悪狐を懲らしめようと追い詰めて尾をつかんで引っ張ると、ズボ~ッ。
百姓 「狐の尾が抜けた」、よく見ると畑の大根を抜いとった。
落語用語解説
- 七度狐 – 人に仇を受けると七回続けて復讐する習性を持つとされる狐。「七」は完全数として、執念深さを強調しています。
- 煮売屋 – 煮物や惣菜を売る店。「村雨」という薄い酒は「村迷酒」と「醒め(すぐ醒める酒)」を掛けた洒落です。
- 東の旅 – 上方落語の代表的な道中記シリーズ。大坂から伊勢参りへ向かう道中で起こる出来事を描いた連作です。
- 付き馬 – 無銭飲食客に支払いを求めるために店の者が付いて行くこと。またその人。
- 大井川の渡し – 東海道の難所。川越人足が「深いか、浅いか」と声を掛け合いながら渡りました。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ狐は七回も復讐するのですか?
A: 日本の民間信仰で「七」は完全数とされ、狐の執念深さを表現しています。七度続けて化かすことで、狐の超自然的な能力と復讐心の深さを強調しています。
Q: 最後の「大根が抜けた」というオチの意味は?
A: 狐の尻尾を掴んで引っ張ったら、実は畑の大根だったというオチです。これにより、すべての恐怖体験が狐の幻覚だったことが一瞬で明かされる「考えオチ」の技法が使われています。
Q: 「東の旅」シリーズとはどんな落語ですか?
A: 大坂から伊勢参りへ向かう喜六と清八の珍道中を描いた上方落語の連作シリーズです。「七度狐」はその一部として演じられることが多く、旅路の途中の奇怪な出来事として位置づけられています。
名演者による口演
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。上方落語の復興に尽力し、「七度狐」を含む「東の旅」シリーズを現代に伝えました。
- 桂枝雀 – 独特の表現力で、狐に化かされる場面を身振り手振りを交えて演じました。
- 桂文珍 – 現代的な感覚を取り入れながら、怪談と笑いのバランスを巧みに演じています。
関連する落語演目
同じく「狐」が登場する古典落語


旅・道中がテーマの古典落語


怪談・化け物が登場する古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「七度狐」は、上方落語の道中記シリーズ「東の旅」の中でも人気の高い演目です。狐に化かされるという日本の民話的なモチーフを、落語特有のユーモアで描いています。
この噺の面白さは、恐怖体験の連続から一転して「大根だった」という脱力系のオチへの落差にあります。山寺での骸骨の相撲や幽霊の子守唄など、聞き手を怖がらせておいて、最後に全てが幻覚だったと明かす構成は見事です。
「東の旅」シリーズの一部として演じられるため、喜六と清八というおなじみのコンビの掛け合いも楽しめます。


