引窓与兵衛
3行でわかるあらすじ
極道者の与兵衛が囲われ者のお早の面倒を見るが金を持ち出し、恩人の与次兵衛を誤って殺してしまう。
死体を利用して博打場で100両、遺族から50両を詐取して合計170両を手に入れる。
お早を連れて江戸に向かうが途中で殺害し、「悪い奴ほどよく眠る」で終わる悪人伝説。
10行でわかるあらすじとオチ
上州の豪農与次兵衛が柳橋芸者のお早を身請けして囲っていたが女房にバレて通えなくなった。
江戸から来た与兵衛をお早に付けたが、外面は良い与兵衛は実は極道者だった。
与兵衛はお早の金を博打・酒・女に使い込み、何日も帰らなくなった。
お早が与次兵衛に相談中、与兵衛が帰ってきて間男扱いして暴力を振るう。
止めに入った与次兵衛が与兵衛の足に当たって死んでしまう。
与兵衛は死体を博打場に運び、博打をやめろと言いに来た与次兵衛が殴り殺された事件に仕立てて100両を騙し取る。
さらに山崎家で女房を脅し、与次兵衛の自殺に見せかけて50両を巻き上げる。
合計170両を手に入れたお早を連れて江戸に向かう。
途中でお早を殺害して江戸に入る。
「悪い奴ほどよく眠る」「憎まれっ子世に憚る」というオチで悪徳の栄えを皮肉に描いた問題作。
解説
「引窓与兵衛」は三遊亭円朝作の長編人情噺「雨夜の引窓」の一部として演じられる古典落語の名作である。円朝は「芝浜」「死神」「鰍沢」などの創作落語で知られ、江戸落語を集大成し近代落語発展への道を開いた偉大な落語家として評価されている。
この演目の最大の特徴は、主人公の与兵衛が徹底的な悪役として描かれていることである。一般的な落語では愛嬌のある人物が多い中、与兵衛は恩人を殺害し、死体を利用した詐欺を働き、最後には無関係なお早まで殺害するという極悪非道ぶりを見せる。これは円朝の人情噺特有の重厚なドラマ性を示している。
見どころは与兵衛の巧妙な詐欺の手口と、声色を駆使した演技力が求められる点にある。特に山崎家で女房を騙す場面では、与次兵衛の声色を使って「面目ねえからおっ死ぬぞ」と言わせ、女房の「おっ死になっしゃい」という言葉を引き出す技巧が光る。
このような残酷な内容ながら、「悪い奴ほどよく眠る」「憎まれっ子世に憚る」というオチは、悪徳の栄えを皮肉に描いた円朝の社会批判精神を表している。現代でも演じられる古典落語の重要な演目として位置づけられている。
あらすじ
上州大間々の早川村の豪農で名主、山崎与次兵衛。
折々江戸へ出て遊んでいたが、柳橋の芸者のお早を身請けして郷里に連れて帰り、近村の家で囲っていた。
ところが嫉妬深い女房にそれがバレ、村人にも知られて口汚く噂されるので、お早のところへは行けなくなってきた。
お早を可哀そうに思った与次兵衛は世帯を持たせようと考える。
ちょうど江戸から流れて来て与次兵衛の世話になっている与兵衛と一緒にさせた。
この与兵衛はうわべは柔和で、如才がないが裏の顔は飲む、打つ、買うの極道もので相当な悪だ。
しばらくすると地金を出してきて、酒、女、博打でお早の金を持ち出して何日も帰って来なくなるようになった。
困り果てたお早は与次兵衛を家に招いて、「与兵衛と別れたいと」打ち明けた。
お早から与兵衛の本当の顔と、不行跡を聞いた与次兵衛は、呆れかえって納得、二人で今後のことなどを話しているところに与兵衛が帰って来た。
与次兵衛の説教を始めは黙って聞いていた与兵衛だが、そのうちに怒り出し、与次兵衛に向かって亭主の留守にこっそりとお早と酒なんか飲んでいる間男呼ばわりをし始めた。
あまりの言いように聞きかねて、
お早 「さんざんお世話になった旦那さんに向かって不理屈を言うにもほどがある。恩を知らないのは人間じゃない畜生だ」と、言ったもんだから逆上した与兵衛はお早の髪をつかんで引きずり倒し、足で蹴ろうとした。
その足が止めに入った与次兵衛の胸をドーンと突いてしまい、そのまま死んでしまった。
うろたえるお早に、そこは悪才を働かせて、
与兵衛 「仕方がねえ。
いくら気揉んだって死人は生き返らゃしねえ。まあ、どうかすらぁ」と、死骸を担いで出て行った。
村はずれの博打場の清五郎の家まで来た与兵衛は、門口へ与次兵衛の死骸を寄りかけて立たせ、遠くから窓へ砂利を投げつけ、戸に近寄って、「博打やめろ、博打やめろ・・・」を繰り返す。
清五郎は「うっちゃっておけ」と、動じないが、若い連中はあまりのしつこさに、「もう、勘弁なんねえ」と、薪を持って戸を開け、倒れ込んできた与次兵衛の死骸をボコボコに殴った。
倒れている男の顔を見てびっくり、「た、大変だ、山崎の旦那さまだ」、みんな真っ青になってどうしていかも分からずに進退ここに極まれりだ。
そこへ現れた与兵衛、座敷の真ん中の自分が殺した与次兵衛の死骸を見て、揺り動かしながら、
与兵衛 「旦那さま、こんなとこで酔っぱらって寝ていちゃお風邪でも引きますよ・・・」としらじらしい芝居だ。
やっと与次兵衛が死んでいると気づいたふりで、
与兵衛 「親分、旦那を殺した野郎をここへ出してくだせえ。大恩人を殺したそいつの首を打ち落として敵討ちしなきゃおさまりがつきやせん」、清五郎はみんなをかばって、「おれの首を打ち落とせ」と申し出る。
与兵衛は困ったような顔をして、「お前さん方がこの罪を背負(しょ)わないですむように工夫いたしやしょう。
万一やりそこなったらこの罪はわっちがかぶりやしょう。
その代わりみなで百両の金こしらえてもらいてえ。その金で江戸へ戻ろうと思いやす」
清五郎はじめみんな、金でケリが着くのなら願ったり叶ったり。
またもや与兵衛は死骸を担いで山崎家へやって来た。
雨戸を叩いて与次兵衛の声色を使って、
与兵衛 「ここさ、開けてくんろ」
女房 「今頃帰ってきて開けてくんろもねえもんだ。お早んとこ泊まったらよかんべ」
与兵衛 「面目ねえからおっ死(ち)ぬぞ」
女房 「おっ死になっしゃい、おっ死になっしゃい」、この言葉を待ってましたとばかりに、与兵衛は井戸のそばに与次兵衛の下駄を並べて、井戸の中に死骸をドボーン。
水音に驚いて家中の者が出て来て与次兵衛の死骸を引き上げて大騒ぎ。
頃合いを見計らって与兵衛の登場だ。
女房から、「おっ死になっしゃい、おっ死になっしゃい」と言ったというのを聞いて、
与兵衛 「他所の人にそんなこと言ったなんて絶対に言ってはだめですよ。あなたが死ねと言ったから旦那が井戸へ飛び込んで死んだことになれば、亭主殺しで、引き廻しの上、鈴ヶ森か小塚っ原で磔(はりつけ)です。・・・」、なんて脅かして、自分が喋るかも知れないとちらつかせて五十両巻き上げてしまった。
これから清五郎の家に行くと、
清五郎 「みなの頭数で百両、おれの餞別が二十両だ。これを持って江戸へ行ってくれ」、山崎家からの五十両と合わせて百七十両、お早を連れてその夜のうちに江戸に向かった与兵衛。
すぐに早川で足手まといのお早を殺して江戸に入った。
その後の与兵衛はどうなったのか。「悪い奴ほどよく眠る」、「憎まれっ子世に憚る」、「悪徳の栄え」かも。
落語用語解説
三遊亭円朝(さんゆうていえんちょう)
幕末から明治にかけて活躍した江戸落語の大名跡。本名は出淵次郎吉。「芝浜」「死神」「鰍沢」「牡丹灯籠」「真景累ヶ淵」など多くの名作人情噺を創作し、江戸落語を集大成して近代落語発展への道を開いた偉大な落語家。「引窓与兵衛」は円朝作の長編人情噺「雨夜の引窓」の一部として演じられる。円朝の作品は重厚なドラマ性と社会批判精神が特徴。
人情噺(にんじょうばなし)
落語のジャンルの一つで、人間の情愛や義理を描いた物語性の強い演目。滑稽噺とは対照的に、感動や涙を誘う要素が含まれることが多い。円朝が得意とした分野で、「芝浜」「子別れ」「文七元結」などが代表作。「引窓与兵衛」は人情噺の枠組みながら、極悪非道の主人公を描いた異色の作品となっている。
身請け(みうけ)
遊郭や芸者置屋などに抱えられている女性を、金を払って自由の身にすること。江戸時代には身請けは一種のロマンスとして描かれることが多く、この噺では豪農の与次兵衛が柳橋の芸者お早を身請けして囲い者としている。身請けには多額の金が必要で、富裕層の特権的な行為だった。
囲い者(かこいもの)
身請けした女性を別宅などに住まわせて囲うこと。妻とは別に愛人として囲う形態で、江戸時代の富裕層の男性によく見られた。この噺では与次兵衛がお早を近村の家で囲っていたが、嫉妬深い女房にバレて通えなくなってしまう。囲い者は当時の身分制度と男女関係を反映した文化的現象。
声色(こわいろ)
他人の声真似をする技術。落語家にとって重要な技能の一つで、この噺では与兵衛が与次兵衛の声色を使って女房を騙す場面がある。「ここさ、開けてくんろ」という上州訛りの台詞を与次兵衛の声で演じ、女房から「おっ死になっしゃい」という言葉を引き出す巧妙な詐欺の手口が描かれている。
磔(はりつけ)
江戸時代の死刑方法の一つで、罪人を柱や十字架に縛りつけて槍で突き殺す刑罰。重罪人に対して行われた最も重い刑の一つで、鈴ヶ森や小塚っ原などの刑場で執行された。この噺では与兵衛が女房を脅す際に「亭主殺しで引き廻しの上、鈴ヶ森か小塚っ原で磔」と言って恐怖を煽る場面がある。
上州(じょうしゅう)
現在の群馬県に相当する地域の旧国名。江戸時代には養蚕業や絹織物業が盛んで、豪農が多く存在した。この噺の舞台は「上州大間々の早川村」で、主人公の与次兵衛は豪農で名主という設定。上州訛りの「~べ」「~んろ」などの方言が物語に特色を与えている。
よくある質問(FAQ)
なぜ与兵衛は恩人の与次兵衛を殺してしまったのですか?
与兵衛が意図的に殺したわけではなく、事故による殺人です。お早を暴行しようとして足を振り上げた際、止めに入った与次兵衛の胸に足が当たり、そのまま死んでしまいました。しかし与兵衛は動揺するどころか、この死体を利用して詐欺を働くという冷酷さを見せます。恩人の死を悲しむのではなく、金を巻き上げる機会として利用する点が、与兵衛の極悪非道ぶりを象徴しています。
与兵衛はどのようにして170両を手に入れたのですか?
与兵衛は二段階の詐欺で170両を手に入れました。第一段階は博打場での詐欺で、与次兵衛の死体を博打場の門口に立たせておき、「博打やめろ」と叫ばせたように見せかけます。博打場の若い者が薪で殴ってしまったように仕立て、博打場の清五郎らから100両(+餞別20両)を騙し取りました。第二段階は山崎家での詐欺で、与次兵衛の声色を使って女房から「おっ死になっしゃい」という言葉を引き出し、その後死体を井戸に投げ込んで自殺に見せかけ、女房を「亭主殺し」で脅して50両を巻き上げました。合計170両という当時としては莫大な金額を手に入れています。
なぜお早まで殺されてしまうのですか?
お早は与兵衛にとって全ての犯罪の目撃者であり、江戸に向かう途中で口封じのために殺害されます。与兵衛は詐欺で得た170両を持ってお早を連れて江戸に向かいますが、早川で「足手まといのお早を殺して江戸に入った」と描写されています。お早は最初から最後まで被害者であり、与次兵衛の好意で与兵衛と一緒にされたことが不幸の始まりでした。与兵衛の徹底的な悪人ぶりを示す最終的な犯罪として、この殺害が描かれています。
「悪い奴ほどよく眠る」というオチの意味は?
これは皮肉を込めた社会批判のオチです。通常、悪事を働いた者は良心の呵責で眠れないはずですが、与兵衛のような極悪人は良心を持たないため、罪悪感もなく安眠できるという皮肉です。「憎まれっ子世に憚る」(嫌われ者ほど世の中で幅を利かせる)という表現とともに、悪徳が栄えてしまう世の中の不条理を描いています。円朝の社会批判精神が込められたオチで、勧善懲悪で終わらない現実の厳しさを表現しています。
名演者による口演
六代目三遊亭円生
円生は円朝の正統な継承者として「引窓与兵衛」を重厚に演じました。特に与兵衛の二面性を巧みに表現し、表向きは柔和で如才ない人物が、裏では極道者という複雑なキャラクターを立体的に描き出しています。声色の技術も見事で、与次兵衛の上州訛りと与兵衛の江戸言葉を明確に使い分けています。
五代目古今亭志ん生
志ん生の「引窓与兵衛」は、与兵衛の悪人ぶりをある種の痛快さとして演じるスタイルが特徴です。詐欺の手口を巧妙に描きながらも、観客を引き込む話術で、恐ろしい内容ながら最後まで聞き入らせる技術が光ります。「悪い奴ほどよく眠る」のオチも、志ん生独特の間合いで皮肉を効かせています。
八代目桂文楽
文楽の口演は完璧主義で知られますが、「引窓与兵衛」でも一つ一つの場面を緻密に構築しています。博打場での死体を使った詐欺、山崎家での声色を使った脅迫など、それぞれの詐欺のシーンを丁寧に演じ分け、与兵衛の冷酷な計算高さを際立たせています。
十代目柳家小三治
小三治の「引窓与兵衛」は、登場人物それぞれの心情を深く掘り下げる演出が特徴です。お早の苦悩、与次兵衛の善意、そして与兵衛の冷酷さを対比的に描き出すことで、物語の悲劇性を強調しています。最後のオチも、単なる皮肉ではなく、社会の不条理への深い洞察として表現されています。
関連する落語演目
- 芝浜 – 同じく三遊亭円朝作の人情噺の名作。こちらは改心する人物を描く
- 死神 – 円朝作の怪談噺。欲望に駆られた人間の末路を描く
- 鰍沢 – 円朝作の怪談人情噺。因果応報をテーマにした作品
- 文七元結 – 人情噺の代表作。善意と恩返しを描く
- 子別れ – 人情噺。家族の絆を描いた感動作
この噺の魅力と現代への示唆
「引窓与兵衛」の最大の魅力は、落語としては異例の徹底的な悪人を主人公に据えた点にあります。一般的な落語では愛嬌のある人物や改心する人物が描かれることが多い中、与兵衛は最初から最後まで極悪非道を貫きます。恩人を(偶然とはいえ)殺害し、その死体を利用して詐欺を働き、最後には無関係なお早まで殺害するという展開は、落語の枠を超えたドラマ性を持っています。
円朝の人情噺特有の重厚な物語構成が、この演目の核心です。単なる笑いを超えて、人間の悪の本質を描き出そうとする円朝の意図が感じられます。与兵衛の二面性—表向きは柔和で如才ないが裏では極道者—という設定は、現代のサイコパスの描写にも通じる心理的リアリティを持っています。
詐欺の手口の巧妙さも見どころの一つです。博打場での詐欺では、死体を立たせて「博打やめろ」と叫ばせたように見せかけ、博打場の若い者に殴らせることで罪悪感を植え付けます。山崎家では与次兵衛の声色を使い、女房から「おっ死になっしゃい」という言葉を引き出して、それを脅迫の材料にします。これらの手口は計算され尽くしており、与兵衛の冷酷な知能犯としての側面を浮き彫りにしています。
最後のオチ「悪い奴ほどよく眠る」「憎まれっ子世に憚る」は、勧善懲悪で終わらない現実の厳しさを表現しています。多くの物語では悪人は最後に罰を受けますが、この噺では与兵衛がその後どうなったかは明示されず、「悪徳の栄え」を暗示して終わります。これは円朝の社会批判精神を示すものであり、世の中の不条理を観客に突きつける効果があります。
現代社会においても、この噺は多くの示唆を与えてくれます。まず、表面的な善良さの裏に隠された悪意の存在です。与兵衛のように「うわべは柔和で如才ない」人物が、実は「飲む、打つ、買うの極道者」であるという二面性は、現代の詐欺師や犯罪者にも共通する特徴です。人を見る目の重要性と、表面的な印象だけで判断することの危険性を教えてくれます。
また、死体を利用した詐欺という発想は、現代の保険金詐欺や偽装事件にも通じるものがあります。与兵衛が巧妙に状況を作り出し、他人の罪悪感や恐怖心を利用して金を巻き上げる手口は、心理操作の恐ろしさを示しています。
お早の悲劇は、善意の第三者が巻き込まれる犯罪被害の典型です。お早は与次兵衛の好意で与兵衛と一緒にされただけで、何の罪もありません。しかし与兵衛にとっては都合の悪い目撃者として最後には殺害されてしまいます。現代の犯罪においても、無関係な人々が巻き込まれる悲劇は後を絶ちません。
「悪い奴ほどよく眠る」というオチは、現代社会にも当てはまる皮肉です。良心の呵責を感じない人間ほど、罪悪感に苦しむことなく平然と生きていけるという現実は、今も昔も変わりません。この噺は、そうした人間の本質的な悪の側面を直視させる作品として、時代を超えた価値を持っています。
「引窓与兵衛」は、落語の枠を超えた重厚な人間ドラマであり、円朝の創作力と社会批判精神が結集した傑作です。笑いではなく、人間の悪の本質と社会の不条理を描くことで、観客に深い印象を残す作品として、今も多くの落語家によって演じ続けられています。この噺を通じて、私たちは人間の善と悪、正義と不条理について考えさせられるのです。


