羽団扇
3行でわかるあらすじ
熊さんが正月に見た夢について夫婦喧嘩になり、天狗に鞍馬山へ連れ去られてしまう。
羽団扇を借りて天狗から脱出し、海に落ちたところが七福神の宝船で、弁天様と仲良くなる夢を見る。
女房に夢の話をして、七福神の数が一つ足りないと言われると「一福はさっき一服つけてくれた」という言葉遊びのオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
正月の年始回りから帰った熊さんが、七福神のお宝を枕の下に置いて寝ていると、よだれを垂らしてニヤニヤしている。
女房がやきもちを焼いて夢の内容を問いただすが、熊さんは「夢なんか見てない」と言い張る。
新年早々夫婦喧嘩が勃発し、通りかかった男も熊さんに夢を話すよう迫るが、熊さんは頑固に拒否する。
男は正体を現して天狗となり、羽団扇で熊さんを鞍馬山へ連れ去ってしまう。
熊さんは「天狗裁き」と同じ展開だと気づき、夢の話をするから羽団扇を貸してくれと頼む。
天狗が羽団扇を渡すと、熊さんは羽団扇で空に飛び上がって天狗を置き去りにして脱出する。
海上で羽団扇をあおぐ手が緩んで落下し、七福神の宝船の上に落ちる。
弁天様に歓迎され、酒を飲んで歌って踊って、弁天様の膝枕で寝てしまう。
毘沙門に起こされて目が覚めると、現実の女房が起こしていて夢だったことがわかる。
女房に夢の話をして、七福神の数が一つ足りないと言われると「一福はさっき一服つけてくれた」というオチで終わる。
解説
「羽団扇」は夢落ちの構造を持つ古典落語で、壮大なファンタジー要素と最後の言葉遊びが特徴的な作品です。冒頭の夫婦喧嘩から始まり、天狗との攻防、七福神の宝船での冒険という展開は、まさに夢ならではのスケールの大きさを表現しています。
この演目の見どころは、まず熊さんの機転の利いた脱出劇です。天狗に連れ去られた熊さんが「天狗裁き」という他の落語を思い出し、同じ失敗をしないよう知恵を働かせて羽団扇を借り受け、逆に天狗を出し抜いて脱出するという展開は、落語の世界観を活かした巧妙な構成となっています。
七福神の宝船での場面は、正月の縁起物として親しまれた七福神を登場させ、特に弁天様との交流を描くことで、夢の中の理想的な世界を表現しています。熊さんが図々しく弁天様の隣に座り、膝枕で寝るという展開は、庶民の願望を率直に表現した落語らしい描写です。
最大の見どころは最後のオチです。「一服」と「一福」をかけた言葉遊びは、七福神の数を数える場面で自然に導入され、落語特有の機知に富んだ締めくくりとなっています。また、夢の中で弁天様に起こされたと思ったら現実の女房だったという二重構造も、夢落ちの技法として効果的に使われています。
あらすじ
正月の年始回りからほろ酔い気分で帰って来た熊さん。
女房が買ってきた縁起物の七福神のお宝を枕の下に置いて寝てしまった。
女房「あら、いやだもう寝ちまったよ。・・・まあ、いやらしい、ニヤニヤしてよだれなんか垂らして、・・・女の夢でも見てんだろう・・」と、やきもちを焼いて熊さんを揺り起こし、どんな夢を見たのか問いただす。「夢なんか見ちゃいない」と繰り返す熊さん。
「見た」、「見ない」でついに新年早々、夫婦喧嘩が勃発する。
そこへ割って入った通り掛かった男も、ついにはどんな夢か話すべきだと熊さんに迫る。「見てないものは、見てない」と正直で頑固者の熊さん。
男はこれじゃ埒(らち)があかんと、熊さんに当て身を食わせ、小脇に抱えると羽団扇をはたいてひとっ飛び鞍馬山の山中へと連れ去った。
気がついた熊さん「ここは何処だ。お前は誰だ」、「鞍馬山だ。
俺はこの山の天狗だ。
羽団扇で飛んでお前を連れて来た。ここでゆっくり夢の話を聞くぞ」、すると熊さんは何処かで見たような聞いたような不思議な感覚に襲われる。
そうだこれは『天狗裁き』と同じ展開だ。
ここで正直・強情を貫くとえらい目に遭うと、窮地から脱出する計略を思いつく。
熊さん「やっと思い出しました。
両国の花火の夢で・・・、どうも素手だと喋りにくいし、花火の見事な様が出ません。扇子か張り扇か・・・そこの羽団扇を貸してください・・・」、天狗「馬鹿を言うな、この羽団扇は貸すことなどできんわ」だが、どうしても夢の話を聞きたくて我慢がならず、「ちょっとだけよ」と羽団扇を熊さんに手渡した。
チャンス到来、しめたと「じゃあ触るだけ・・・」なんて言って熊さん、羽団扇を少しずつ動かし始めるとふわりふわりと熊さんの身体は浮き始め、天狗は下に置き去りとなった。
予期せぬ展開に天狗は「降りろ、降りろ!・・・」と絶叫するのみ。
熊さん「やーい、ざまあ見ろ馬鹿天狗、羽団扇なしの芸無し天狗・・・」と、悪口雑言、どんどん鞍馬山から遠ざかって飛んで行った。
いつの間にか下は大海原。
うっかり羽団扇をあおぐ手が緩むと、真っ逆さまに海上へと落下した。
ボッチャーンでなくストンと落ちたのが、七福神の宝船の上。
新年会で盛り上がっている連中。
珍客の来訪に大喜び、図々しい熊さん、弁天さんの隣に割り込み、別嬪さんのお酌で、”こいつぁ春から縁起がいいわい”と、踊って歌って酔って弁天さんの膝枕で寝てしまった。
やきもちを焼いた毘沙門が「図々しい奴だ。起こせ、起こせ・・・」、弁天さん「あの、潮風が身に沁みますから、お起きになって・・・・、ねえ、お前さん・・・ちょいと・・・」
熊さん 「分かった、分ったよ、弁天様・・・」
女房 「あら、あたしが弁天様」と満更でもない。
熊さん 「そうじゃねえ、・・・ああ、そうか夢か」
女房 「まあ、どんな夢、ねぇ聞かせて」
熊さん「今思い出すから一服つけてくれ」
夢の話、羽団扇・天狗・鞍馬山・七福神の宝船と、長々と話し、
熊さん「・・・弁天様に起こされたと思ったら、お前・・・お前も弁天様みたいに綺麗だ」と抜かりない。
女房「そんなお世辞言わなくとも・・・初春早々、七福神の宝船に乗ったって、そういう目出度い夢・・・」
熊さん「そうよ、恵比寿、大国、毘沙門、弁天、布袋に福禄寿」
女房「それじゃ六福神だよ。一つ足んないよ」
熊さん「あぁ、一(福)服はさっきお前がつけてくれた」
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
羽団扇(はうちわ)
天狗が持つとされる伝説の道具。これを扇ぐことで空を飛んだり、風を起こしたりできるとされます。落語ではこの羽団扇を使って天狗が人を連れ去ったり、逆に人間が羽団扇を奪って逃げたりする展開がよく使われます。
天狗(てんぐ)
日本の伝説上の妖怪。鼻が高く、赤い顔をし、羽団扇を持ち、山に住むとされます。鞍馬山の天狗は特に有名で、源義経に武術を教えたという伝説があります。この噺では熊さんを連れ去る役割を果たします。
鞍馬山(くらまやま)
京都市北部にある山で、天狗伝説で有名です。源義経が幼少期に修行したとされる鞍馬寺があり、天狗が住むという伝承が古くから伝わっています。落語では天狗が登場する舞台としてよく使われます。
七福神(しちふくじん)
福をもたらす七柱の神々。恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の七神です。正月の縁起物として宝船の絵とともに親しまれ、初夢に見ると良いとされています。
宝船(たからぶね)
七福神が乗る船。宝物を積んで海を渡るという縁起の良いイメージで、正月の初夢に見ると幸運が訪れるとされます。この噺では熊さんが羽団扇で落下して宝船に着地する場面が描かれます。
天狗裁き(てんぐさばき)
別の古典落語の演目。頑固者が天狗に連れ去られて裁きを受けるという内容で、「羽団扇」と似た展開を持ちます。熊さんがこの落語を思い出して同じ失敗をしないよう知恵を働かせる場面が面白いポイントです。
一服(いっぷく)
煙草を吸うこと、あるいは休憩すること。この噺では「一服つけてくれ」と熊さんが言い、最後に「一服(いっぷく)」を「一福(いっぷく)」にかけた言葉遊びのオチになっています。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ熊さんは夢の話をしなかったのですか?
A: 熊さんは正直で頑固な性格として描かれており、女房に「女の夢を見た」と疑われて意地を張ったからです。実際には弁天様の夢を見ていたので、女房の勘は当たっていました。この頑固さが物語を動かす原動力となっています。
Q: 熊さんはどうやって天狗から逃げたのですか?
A: 熊さんは「天狗裁き」という別の落語を思い出し、同じ失敗をしないよう知恵を働かせました。夢の話を身振り手振りで説明するために羽団扇を借りると言って天狗から受け取り、羽団扇で空を飛んで逃げたのです。落語の知識が役に立つという面白い展開です。
Q: 七福神は全員登場したのですか?
A: 熊さんの夢には恵比寿、大黒、毘沙門、弁天、布袋、福禄寿の六柱しか登場していません。女房に「一つ足りない」と指摘され、熊さんが「一福(寿老人)はさっき一服つけてくれた」と言葉遊びでオチをつけています。「一服」と「一福」の同音異義語を使った巧みなオチです。
Q: なぜ弁天様に起こされたと思ったら女房だったのですか?
A: 夢の中で弁天様が「お起きになって」と呼びかけている声が、現実の女房が起こす声と重なったからです。夢と現実の境界が曖昧になる「夢落ち」の技法で、熊さんが夢から覚める瞬間を効果的に表現しています。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
夢物語の展開を得意とした志ん生は、この噺の壮大なファンタジーを生き生きと演じました。特に天狗から逃げる場面の緊迫感と、宝船での図々しい熊さんの対比が見事でした。「一服」と「一福」のオチの間の取り方が絶妙です。
三代目 桂米朝
上方落語の人間国宝として、天狗伝説や七福神の由来を丁寧に説明しながら演じました。熊さんが「天狗裁き」を思い出す場面では、他の落語との関連性を巧みに示し、落語の世界観の広がりを感じさせる口演でした。
六代目 三遊亭圓生
格調高い語り口で、夢の場面と現実の場面を明確に演じ分けました。羽団扇で空を飛ぶ場面の表現が巧みで、聴衆を夢の世界に引き込む演出が特徴でした。七福神との宴会場面では楽しげな雰囲気を見事に表現しました。
柳家小三治
間の取り方が絶妙で、特に熊さんが羽団扇を奪う瞬間の緊張感と、逃げおおせた時の開放感のコントラストが印象的です。最後の「一服」と「一福」の言葉遊びへの持っていき方が自然で、聴衆を納得させる演出でした。
関連する落語演目
天狗裁き
この噺の中で熊さんが思い出す落語です。頑固者が天狗に連れ去られて裁きを受けるという展開が「羽団扇」と似ており、熊さんがこの知識を活用して脱出するという設定が面白いポイントです。
初夢・宝来
夢と七福神を題材にした噺として共通点があります。「羽団扇」では熊さんが宝船で七福神と宴会をし、「初夢・宝来」では旦那が七福神の役者の夢を見ます。どちらも正月の縁起物を扱った作品です。
芝浜
夢落ちの構造を持つ人情噺として関連があります。「羽団扇」は軽妙な夢物語ですが、「芝浜」では夢が人生を変える重いテーマが描かれています。どちらも夢と現実の境界を巧みに扱っています。
橋場の雪
夢を題材にした噺として共通点があります。「羽団扇」では壮大な冒険の夢、「橋場の雪」では艶やかな夢が描かれ、どちらも夢の中の理想的な世界を表現しています。
粗忽長屋
言葉遊びのオチを持つ噺として関連があります。「羽団扇」の「一服」と「一福」の掛詞と、「粗忽長屋」の勘違いから生まれる笑いは、どちらも古典落語の言語芸術を示しています。
この噺の魅力と現代への示唆
「羽団扇」の最大の魅力は、夢ならではの壮大なファンタジー展開と、最後の巧妙な言葉遊びのオチにあります。夫婦喧嘩から始まり、天狗との攻防、七福神の宝船での宴会という展開は、まさに夢の自由さを表現した構成です。
熊さんが「天狗裁き」という他の落語を思い出して知恵を働かせる場面は、落語の世界観が互いに繋がっているメタフィクション的な面白さを示しています。現代で言えば、映画やドラマのクロスオーバー作品に通じる発想で、聴衆に「あの落語を知っていればより楽しめる」という層を作り出します。
天狗から羽団扇を借りて逃げるという機転は、困難な状況でも知恵と機転で切り抜けるという教訓を示しています。力で対抗するのではなく、相手の欲望(夢の話を聞きたい)を利用して道具を手に入れるという戦術は、現代のビジネス交渉や問題解決にも通じる発想です。
七福神の宝船での場面は、庶民の願望を率直に表現しています。図々しく弁天様の隣に座り、酒を飲んで歌って踊って、膝枕で寝るという展開は、身分や遠慮を超えた理想的な世界を描いています。現代の「願望充足型のファンタジー」の原型とも言える描写です。
最後の「一服」と「一福」の言葉遊びは、古典落語の言語芸術の粋を示しています。七福神の数を数える場面で自然に導入され、煙草を吸う「一服」が寿老人の「一福」にかかるという巧妙な構成は、日本語の同音異義語の豊かさを活用した見事なオチです。
夢と現実の境界を曖昧にする「夢落ち」の技法も重要です。弁天様に起こされたと思ったら女房だったという二重構造は、夢から覚める瞬間を効果的に表現しており、現代の映画やアニメでも使われる演出手法の先駆けとも言えます。
「羽団扇」は、夫婦の機微、天狗伝説、七福神信仰、そして言葉遊びの技術を一つの物語に凝縮した、古典落語の傑作と言えるでしょう。夢という自由な舞台で展開される冒険と、笑いを通じた文化的な深みを織り込んだ名作です。


