花筏
3行でわかるあらすじ
提灯屋の徳さんが大坂相撲の人気力士「花筏」の替え玉として巡業に参加することになる。
土俵入りだけの約束だったが、地元の千鳥ヶ浜との取り組みをすることになり困惑する。
お互いを恐れて涙を流す相撲で、徳さんの張り手が決まり「張るのは上手いはずで、提灯屋でございます」でオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
大坂相撲の人気力士「花筏」の親方が提灯屋の徳さんに、病気の花筏の替え玉を依頼する。
土俵入りだけで日当二分、酒食い放題の条件に徳さんは飛びつく。
播州高砂での巡業は大成功で、徳さんは宿で酒食三昧の日々を過ごす。
ところが地元の千鳥ヶ浜との取り組みが決まり、徳さんは青ざめる。
親方は後ろにひっくり返る作戦を教え、千鳥ヶ浜の父親も息子に相撲をやめるよう説得する。
しかし千鳥ヶ浜は呼び出しの声に引き込まれるように土俵に上がってしまう。
土俵で仕切る二人は、お互いを恐れて涙を流し念仏を唱え始める。
行司の軍配で徳さんが両手を広げて突進し、千鳥ヶ浜の横面に張り手が飛ぶ。
千鳥ヶ浜が先に倒れて徳さんの勝利となり、見物人は花筏の張り手を褒める。
最後に「張るのは上手いはずで、提灯屋でございます」でオチとなる。
あらすじ
「一年を二十日で暮らすよい男」と言われた相撲取りだが、地方巡業であちこちに稼ぎに回っていた。
提灯屋の徳さんの所へ、大坂相撲の人気力士、大関花筏の親方がやって来る。
花筏が病気で巡業に出られないので顔が似ている徳さんに替わって行ってもらいたいと言う。
徳さんは相撲なんぞ取ったこともなく、太っちゃいるが稽古で鍛えた体ではなく、ただの水膨れだと断る。
親方は一日に二分の日当で、土俵入りの真似事だけして相撲は取らず、あとは宿屋で酒は飲み放題、食い放題で威張っていたらいいという。
一日中、提灯を張ってもせいぜい一分ぐらいしかならず、日に二分もらって酒は飲める、美味い料理も食えるとは、こんな旨い話はないと、徳さんは、「ほな、やらしてもらいまひょか」で話はついた。
花筏になりすました徳さんは部屋の一行とともに巡業先の播州高砂に乗り込んだ。
「花筏は病気のため土俵入りのみ勤める」と前触れは出してはいたが、花筏を一目見ようと人気は上々、初日から満員御礼となった。
化粧まわしをつけ、へっぴり腰で土俵へ上がり、怪しげな四股を踏む花筏とは真っ赤な偽りの提灯屋の徳さんだが、「花筏ー! 日本一!」とやんややんなの大盛況。
宿屋へ戻ると宿屋の亭主、勧進元、土地の顔役らが丁重に挨拶に来る。
山海の珍味で舌鼓、若い女がチヤホヤで、徳さん飲んで食ってゴロっと寝てしまう。
これに日当が二分とはこんなボロい商売はない。
巡業場所は順調に進んで行く中、土地の網元のせがれの素人力士の千鳥ヶ浜大五郎が玄人相手に勝ち進んで行く。
いよいよ九日目、明日千秋楽の取り組みを行司が披露する。「千鳥ヶ浜に~花筏~」、びっくりして真っ青になった徳さんは宿へ帰って、約束が違うと大坂に帰ると荷物をまとめ始めた。
困った親方、「大酒、大食いはまだしも宿屋の女子(おなごし)の所へ夜這いをかけたちゅうやないか。
勧進元にあんな元気があるなら素人相手に一手や二手取ってもらってもようろう。と言われ千鳥ヶ浜との取り組みを承知してしまった」と明かす。
泣き顔の徳さんに、親方は八方丸く収まる手立てを伝授する。「千鳥ヶ浜の前で立派に仕切って、立ち上がったら何も見ないで両手を突き出して突進し、手が相手にさわったと思ったら後ろへコケろ。これなら怪我はなく、見物客も花筏でも病いには勝てなかったと納得、同情して花筏の名前にも傷がつかずに済む」という算段だ。
なるほどと感心、納得した徳さん、二階へ上がって尻もちをつく稽古をしてグッスリと寝込んでしまった。
一方の千鳥ヶ浜、家に帰って親父に明日はいよいよ花筏と相撲が取れると話すと親父は、「お前は今度の興行に金を出している網元の息子だから、大坂の力士はわざと負けてくれていることが分からんのか」と説教し始める。「花筏はわざと負けた力士の無念を晴らすためにお前を土俵の上でたたき殺すぞ」、「花筏と相撲が取れれば腕の一本、足の一本ぐらい」とまだ分からない千鳥ヶ浜に、親父「親の心、子知らずじゃ。相撲でも何でも取れ、勘当じゃ、この親不孝者」、さすが孝行息子の千鳥ヶ浜、これには参った。
相撲は取らないが、花筏の取り口だけは見に行くということで落着した。
さあ千秋楽、まわしをつけて浴衣を羽織った千鳥ヶ浜は土俵下で見物だ。
徳さんは上手く後ろへひっくり返ることばかり考えている。
呼び出しの、「東~花筏~、西~千鳥ヶ浜~」で、千鳥ヶ浜、芋わず浴衣を脱ぎ捨て引き込まれるように土俵に上がってしまう。
一方、初めて土俵へ上がる徳さんは、青ざめてブルブル震えながら土俵へ上がった。
土俵の中央で仕切る二人、徳さんは千鳥ヶ浜はどんな顔をしてるのだろと、恐い物見たさでよせばいいのにヒョイと顔を上げた。
徳さん「ああ、えらい顔しとる。
こっちが尻もちつく間もなくピーっと引き裂かれてしまうぞ。大坂で提灯張ってりゃよかったものを二分の金につられて、ここで命を落とすとは」、これがこの世の見納めかと思わず大きな涙が「ポロリポロリ」、「南無阿弥陀仏(なんまんだぶつ」。
これを見た千鳥ヶ浜、「ああ、やっぱりお父っつあんの言ったとおりだ。
こいつ俺を殺す気だ。そやけど可哀そう思うて涙流して念仏唱えてくれてる」、これがこの世の見納めかと、涙ポロポロ、「なんまいだぶつ」。
行司が軍配を上げるや徳さんは両手を広げて前へ突進した。
怖い怖いと取る気も失せている千鳥ヶ浜の横面に徳さんの両手が飛んできて思わずヨロヨロ、ばったり。
先にコケるはずが相手に先を越された徳さん土俵上でウロウロ。
行司が「花筏~」の勝ち名乗り、
見物人➀ 「どうです、やっぱり花筏は大坂の大関、千鳥ヶ浜なんぞいくら威張ったかて、高砂の田舎相撲の素人や、花筏がパァーと張ったら、バタッと飛んでしもたがな」
見物人② 「あれ張り手ちゅうやつで、花筏は張るのが上手いなあ」
張るのは上手いはずで、提灯屋でございます。
解説
「花筏」は江戸時代の大坂相撲を背景とした滑稽噺の傑作です。当時の相撲界の事情や地方巡業の様子、そして庶民の生活が生き生きと描かれています。提灯屋という庶民が一時的に力士になりすまし、思わぬ騒動を巻き起こすという設定が絶妙です。
この演目の最大の見どころは、お互いを恐れて涙を流し念仏を唱える土俵上の場面にあります。徳さんは千鳥ヶ浜を恐れ、千鳥ヶ浜は花筏(徳さん)を恐れるという、双方の誤解による滑稽さが巧妙に描かれています。恐怖のあまり「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える場面は、落語ならではのユーモアに富んだ表現です。
オチの「張るのは上手いはずで、提灯屋でございます」は、提灯を「張る」という職業と相撲の「張り手」を掛けた秀逸な言葉遊びです。偶然の結果とはいえ、提灯屋らしい技で勝利してしまうという皮肉な結末が聞き手を笑わせます。
作品中には江戸時代の相撲界の慣習も詳しく描かれており、巡業の仕組み、土俵入りの様子、勧進元との関係など、当時の相撲文化を知ることができる貴重な資料としての価値もあります。庶民の夢と現実を軽やかに描いた名作といえるでしょう。
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 花筏(はないかだ) – 力士の四股名。桜の花びらが水面に浮かんで流れる様子を指す言葉で、優雅で力強いイメージを持つ名前です。大坂相撲の人気力士という設定です。
- 大坂相撲(おおさかずもう) – 江戸時代に大坂で行われていた職業相撲。江戸の相撲と並ぶ二大勢力で、地方巡業も盛んでした。明治になって東京相撲に統合されました。
- 地方巡業(ちほうじゅんぎょう) – 力士が地方を回って興行を行うこと。「一年を二十日で暮らすよい男」という言葉は、江戸での本場所と巡業で年間わずかな日数働けば生活できた力士の恵まれた境遇を表しています。
- 土俵入り(どひょういり) – 力士が土俵に上がって行う儀式的な所作。化粧まわしをつけて四股を踏む姿は、相撲の花形場面です。この噺では徳さんが「へっぴり腰で怪しげな四股」を演じます。
- 勧進元(かんじんもと) – 興行の主催者。資金を出して力士を招き、興行を取り仕切る役割です。地元の有力者が務めることが多く、この噺では千鳥ヶ浜の父親が網元として関わっています。
- 張り手(はりて) – 相撲の技の一つで、手のひらで相手の顔や体を叩く技。この噺では提灯を「張る」という職業と掛けた言葉遊びになっています。
- 一分・二分(いちぶ・にぶ) – 江戸時代の通貨単位。一両の四分の一が一分です。日当二分は当時としてはかなり良い報酬で、提灯屋の徳さんの一日の稼ぎの倍にあたります。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ親方は提灯屋の徳さんに花筏の替え玉を頼んだのですか?
A: 花筏が病気で巡業に出られなくなり、顔が似ている徳さんに白羽の矢が立ちました。巡業は前売り券も出ており中止できないため、土俵入りだけで相撲は取らないという条件で替え玉を立てたのです。当時の巡業興行の事情を反映しています。
Q: 千鳥ヶ浜の父親はなぜ息子に相撲をやめさせようとしたのですか?
A: 千鳥ヶ浜は勧進元の息子で、他の力士たちが遠慮して負けてくれていることに気づいていませんでした。父親は花筏が本気で戦えば息子が大怪我をすると心配し、また八百長相撲で勝った息子の無念を晴らすために花筏が本気で潰しに来ると思ったのです。
Q: オチの「張るのは上手いはずで、提灯屋でございます」の意味を教えてください
A: 提灯を作る仕事は紙を骨組みに「張る」作業が中心です。偶然にも相撲の「張り手」で勝ってしまった徳さんですが、提灯を張る職人なのだから張り手が上手くて当然だという言葉遊びのオチです。職業と相撲技を掛けた秀逸な地口オチです。
Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 「花筏」は上方落語の演目です。舞台が大坂相撲と播州高砂であり、徳さんの言葉も大阪弁で演じられます。江戸落語にも類似の演目がありますが、この形は上方の作品です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の重鎮として、この噺の標準的な演出を確立しました。徳さんと千鳥ヶ浜が互いを恐れる場面の描写が絶妙で、二人の心理を丁寧に表現します。
- 桂枝雀(二代目) – ダイナミックな演出で知られ、土俵上の場面を身体を使って表現する高座が人気でした。徳さんの恐怖と千鳥ヶ浜の誤解を大げさに演じて笑いを取ります。
- 桂文珍 – 現代的な感覚を加えながらも、古典の良さを残した演出が特徴です。宿での酒食三昧の場面を楽しげに描き、庶民の夢を表現します。
- 桂南光(三代目) – 軽妙な語り口で、徳さんの軽い性格を前面に出した演出です。親方との掛け合いや宿での様子をテンポ良く描きます。
関連する落語演目
同じく「なりすまし・替え玉」を描いた古典落語
「言葉遊び・地口オチ」が秀逸な古典落語
上方落語の他の名作
この噺の魅力と現代への示唆
「花筏」の最大の魅力は、普通の庶民が有名人になりすますという夢のような設定にあります。提灯屋の徳さんが人気力士として扱われ、美味い料理と酒を楽しむ様子は、現代でいえば「一日社長体験」や「有名人なりきり企画」に通じるものがあります。
日当二分という好条件に飛びついた徳さんですが、結局は約束にない取り組みをさせられることになります。「美味い話には裏がある」という教訓を、この噺は軽妙に描いています。現代でも、高額報酬の仕事には相応のリスクが伴うという原則は変わりません。
親方の作戦「後ろへひっくり返れ」は、一見合理的ですが、実際には徳さんの恐怖心が勝ってしまいます。机上の空論と現場の実情のギャップを示す好例です。現代のビジネスでも、計画通りに行かない理由の多くは人間の感情にあります。
千鳥ヶ浜の父親の説教も興味深い場面です。息子が八百長で勝っていることに気づかず喜んでいる姿を見て、真実を伝えようとします。しかし「花筏に殺される」という誇張した説得方法は、逆に息子の恐怖心を煽る結果になりました。正しい情報でも伝え方を間違えると逆効果になるという教訓です。
土俵上で互いを恐れて涙を流し念仏を唱える場面は、この噺の白眉です。徳さんは千鳥ヶ浜の「えらい顔」を見て恐れ、千鳥ヶ浜は徳さんの涙を見て「殺す気なのに優しい」と誤解します。この相互誤解による滑稽さは、コミュニケーション不全の極致を表現しています。現代でも、お互いが相手を誤解したまま関係が悪化する例は少なくありません。
最後の張り手による勝利は、完全な偶然です。計画も実力もないのに結果が出てしまうという皮肉は、「運も実力のうち」という言葉を思い起こさせます。しかし徳さんは提灯を張る職人なので、「張り手が上手くて当然」という落ちで締めるのが見事です。
この噺は江戸時代の相撲文化の貴重な記録でもあります。地方巡業の仕組み、力士の待遇、勧進元との関係、観客の熱狂など、当時の相撲興行の様子が詳しく描かれています。現代の大相撲とは異なる、地域密着型の興行形態を知ることができます。
実際の高座では、徳さんの浮かれた様子、親方の困惑、千鳥ヶ浜の父親の必死さ、そして土俵上での二人の恐怖など、多彩なキャラクターを演じ分ける技術が求められます。ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。







