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【古典落語】源平盛衰記 あらすじ・オチ・解説 | 平家物語の傑作パロディ

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話芸の殿堂-古典落語-源平盛衰記
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源平盛衰記

3行でわかるあらすじ

平家物語の名文から始まり、源氏と平家の武者たちの物語を現代ギャグでパロディ化。
熱坂長範が実は今坂(饅頭)だったり、鶵越で「戦時特別手当」が支給されたりする。
最後は壇ノ浦で「踊れる(おごれる)平家は久しからず」というオチで締めくくる。

10行でわかるあらすじとオチ

『祗園精舎の鐘の声』の名文から始まり、平治の乱で敗れた源義朝の愛妎常盤御前の話へ。
牛若(後の義経)が鞘馬山で天狗から武芸を学び、五条大橋で弁慶を家来にする。
義経が金売吉次と奥州に向かう途中、美濃国で熱坂長範と出会うが、実は今坂(饅頭)だった。
木曽義仲が都に乱入し、倖利伽羅峽で火牛の計で平家を破り、「焦け牛に水」と掶揄する。
義経が範頼と共に都に乗り込み、粟津で義仲を滅ぼし、鶵越で平家を攻める。
鶵越の断崖絶壁を馬が下りられるか実験し、源氏の方の馬が成功して「金メダル確定」。
侍たちが危険手当を要求し、義経が「戦時特別手当」を支給して「費用取越(ひよどりごえ)」。
屋島の合戦で那須与一が扇の的を射落とし、壇ノ浦で平家を追い詰める。
二位の尼が辞世を八木節で詠い、義経や教経も踊り出して「踊れる(おごれる)平家は久しからず」。

解説

『源平盛衰記』は、平家物語をベースに現代的なギャグや時事ネタを連発して数々の小噂で笑いを取る、異色の古典落語です。
元々は7代目林家正蔵の十八番であり、その息子の初代林家三平が立川談志に伝授したことで知られます。

この落語は江戸初期の落語草創期の形態を残すものと考えられ、平家物語の粗筋を断片的に話し、それに関連するか微妙なギャグやジョークを連発する構成が特徴です。
最終的な「踊れる(おごれる)平家は久しからず」のオチは、『おごれる人も久しからず』と『踊る』をかけた地口落ちで、古典の威厳を破天荒なユーモアで飾った独特な作品です。

あらすじ

「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、・・・」(平家物語)

平治の乱で敗れた源義朝の愛妾の常盤御前は三人の子どもを抱えて悲しみに暮れている。
そこへ訪ねて来たのが平宗清で、「うちの大将はお前さんにぞっこん惚れこんでいるよ。
大将の意に従えば三人の子どもの命は助かけてもらえる。これが”操を破って操を立てる、破る操が真の操”ということだ」と説得され、平清盛に身をまかせて世話になる。

牛若は七歳になると鞍馬山へ預けられ仏門に入らされるが、鞍馬の天狗から武芸十八般を教わり、鞍馬を抜け出し五条大橋で弁慶をこらしめ家来にする。

牛若は元服して義経と名を改め、金売吉次に伴われて奥州、藤原秀衡のもとに向かう。
途中、美濃国の青墓長者の家に泊まった。

その夜、大泥棒の熊坂長範の一味が押し入った。
義経はここはまかせろと長範と渡り合い、長範が切ってかかるところを”丁”と小手を打つ。
あまりの痛さに”半”べそをかいて薙刀を取り落とした長範が後へ下がるところを義経はえいっと首を切ったが血が出ない。

そこで今度は向う脛をかっ払った。
長範がばったりと倒れるところを踏んづけると、血が出ないでアン(餡)が出た。
思わず義経、「こりゃあ、熊坂でなくて今坂(饅頭の種類)だ。つぶして出たからつぶしアンだ」、義経は杖にしてきた葦を地面にさして、「さしおくも形見となれや後の世に 源氏栄えば よし竹となれ」と詠んで東国へ向かった。

一方、京の都では清盛以下、平家の増長、専横ぶりに以仁王の平家追討の令旨が下る。
これに呼応していち早く都へ乗り込んできたのが木曽義仲だ。
倶利伽羅峠の一戦で牛の角に松明をつけた火牛の計で平家の軍勢に突っ込んだ。
急に火がついたバーベキューの群れが飛び込んで来て平家勢は大混乱、水をかけても”焼け牛に水”とはまさにこのこと。
ついに義仲勢は平家軍を蹴散らして都に攻め入った。

入京した義仲は所詮、木曽の山中育ちの山猿で乱暴、狼藉、放埓な行いは平家以上だ。
困った後白河法皇は伊豆に配流中の源頼朝に義仲追討の命を下した。
絶好のチャンス到来と頼朝は東海道を上って喜瀬川の宿に陣を張っていると、奥州から頼朝の挙兵を聞いた義経が馳せ参じて、兄弟の初対面となる。

義経は範頼と六万余騎を率いて都へ乗り込んで粟津の一戦で義仲を滅ぼした。
義経はその勢いを以って西海に平家を追討すべく寿永三年二月七日、摂津播磨の国境の鵯越(ひよどりごえ)の天険に上る。
下の一の谷には平家十万の白旗が翩々(へんぺん)と翻っている。

さあ、この断崖絶壁を馬は下りられるのか。
義経は源氏と平家になぞられた馬を下ろして見る。
平家の方の馬は前足を折って倒れたが、源氏の方の馬は見事に着地成功でスックと立って金メダル確定だ。

早速、義経は軍勢に下りろと命令したがみなたじろんで動かない。
侍 「大将、ここを下りるんですかい。こんなすごいとこは普段の手間賃では御免蒙りたい」

義経 「この期に及んで足元を見るのか。よし、戦時特別手当を支給しよう」ということで手を打った。
これが名代の費用取越という。

義経軍は平家を屋島の合戦へと追い込んで行く。
夕刻がせまり、戦いも一段落した頃、平家方から一艘の舟。
その先へ棹を立てて、棹の先に扇を開いて結んでこの扇を射てみよと手招きをしたのが、ミス平家と歌われた、柳の前という美女。

よし見ておれと義経が数多の強者(つわもの)の中から選抜したのが、下野住人、下野高校の剛速球投手で弓の名人のた那須与一宗高だ。

那須与一、おまかせあれと、白毛の駒に打ちまたがり、波打ち際へ来て、はるか彼方の扇の的を見渡し、ザブッザブッと駒を波間に乗り入れ、弓に矢をつがえ、満月のごとく引き絞り、弓矢八幡を念じ、再び目を開けば、 風もいささか収まれり。

矢をヒョ ウと放てばあやまたず、見事、扇の要を射貫き、はるか中天に飛んだ扇面は春風に一揉み二揉み揉まれて波の上に漂う。
折から、沈みかけたる夕日に照
り添え、得も言われぬ風情。
静まり返っていた敵も味方も一度にどっとどよめき渡り、歓呼の声はしばし鳴りやまず。

壇の浦で平家軍を追い詰めた義経が、笛の音がする一艘の御座船に飛び移ると、これが安徳天皇を抱いた二位の尼、平時子の泣き声。
義経は時子の後ろに回り介錯しようとすると、能登守教経が割って入る。
強弓の教経は屋島の合戦で義経を狙って矢を放ったが、忠臣の佐藤継信が身代りとなって矢を受けて死んでいる。

時子すこしも騒がず、声朗らかに辞世を八木節で、♪「あ~あ、さても一座の皆さま方よ、ちょいと辞世を読み奉る。長門壇の浦で切らりょとままよ」

義経 ♪「抜いた刀がしまわりょか、よいしょ」、教経も仕方なく「ピッ、ピッ、ピィヒャララ・・・」と踊り出した。

能登守が踊ったばっかりに、平家が西海に没落した。「踊れる(おごれる)平家は久しからず」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 源平盛衰記(げんぺいせいすいき) – 源氏と平家の興亡を描いた軍記物語。平家物語と並ぶ代表的な作品です。
  • 平家物語 – 平家の栄華と没落を描いた軍記物語。「祇園精舎の鐘の声」の冒頭が有名です。
  • 倶利伽羅峠(くりからとうげ) – 源氏と平家の合戦地。木曽義仲が火牛の計で平家を破った場所です。
  • 鵯越(ひよどりごえ) – 一の谷の合戦で義経が平家を急襲した険しい崖。断崖を馬で駆け降りた伝説があります。
  • 屋島の合戦 – 源平合戦の一つ。那須与一が扇の的を射た名場面があります。
  • 壇ノ浦 – 源平最後の合戦地。平家が滅亡した場所です。
  • 地口落ち – 語呂合わせで笑いを取る落語のオチ。「おごれる」と「踊れる」を掛けています。
  • 八木節 – 群馬県の民謡。この噺では二位の尼が辞世を八木節で詠うパロディが登場します。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜ平家物語をパロディ化したのですか?
A: 江戸時代から平家物語は庶民にも広く知られており、誰もが知る物語をギャグにすることで笑いが生まれるからです。教養ある聴衆ほど元ネタとのギャップを楽しめました。

Q: 「熱坂長範が今坂(饅頭)」とはどういう意味ですか?
A: 熊坂長範という実在の盗賊の名前をもじり、切ると餡が出る饅頭にしたギャグです。「つぶしアン」まで続く言葉遊びです。

Q: 「踊れる平家は久しからず」の意味は?
A: 平家物語の「おごれる人も久しからず」と「踊る」を掛けた語呂合わせです。能登守が踊ったから平家が滅びたという破天荒なオチです。

Q: この噺は誰が得意としていましたか?
A: 7代目林家正蔵と初代林家三平が得意としました。三平から立川談志にも伝授された演目です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 7代目林家正蔵 – この噺の継承者として知られ、十八番としていました。
  • 初代林家三平 – 7代目正蔵の息子で、この噺を立川談志に伝授したことで知られます。破天荒な芸風でパロディを楽しませました。
  • 立川談志 – 三平から伝授を受け、独自の解釈で演じました。知的なパロディと破天荒さを両立させる演出が特徴です。

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この噺の魅力と現代への示唆

「源平盛衰記」は、歴史的名作をパロディ化することで笑いを生み出すという、現代にも通じる手法を示しています。

最大の魅力は、誰もが知る平家物語を徹底的にギャグ化する大胆さです。「祇園精舎の鐘の声」という荘厳な冒頭から始まりながら、次々と現代ギャグが炸裂する。現代でも、名作映画のパロディや歴史ドラマのコメディ化など、同じ手法が使われています。知名度の高い作品ほど、パロディの効果は大きくなります。

「熊坂長範が今坂(饅頭)」というギャグは、言葉遊びの極致です。刀で切ると血ではなく餡が出る。この荒唐無稽さが笑いを生みます。現代のコメディでも、予想外の展開は基本テクニックです。シリアスな場面で突然ギャグが入ると、そのギャップが笑いになります。

「焼け牛に水」という言葉遊びも見事です。「焼け石に水」と火牛の計を組み合わせた造語。こうした言葉の創造性は、現代のダジャレ文化にも通じます。SNSでバズるツイートも、言葉の意外な組み合わせが多いです。

鵯越で「戦時特別手当」を要求する侍たちの描写は、労働条件交渉の原型です。危険な仕事には危険手当が必要。現代の労働運動や賃金交渉と同じ構図です。歴史上の武士も、実際には給料や待遇を気にしていたのです。

「費用取越(ひよどりごえ)」という語呂合わせも秀逸です。鵯越と費用を掛けることで、合戦の緊張感を一気に現代的なお金の話に変換する。現代でも、シリアスな状況で現実的な金銭問題が浮上することはよくあります。

那須与一の扇の的のエピソードは、平家物語でも最も有名な場面の一つです。これを「下野高校の剛速球投手」というギャグで現代化する。歴史と現代を接続する手法は、現代の歴史教育でも使われています。生徒の興味を引くために、歴史を現代に置き換えて説明する教師は多いです。

二位の尼が辞世を八木節で詠うという破天荒な設定は、荘厳な場面をコミカルに変換する典型例です。現代でも、シリアスなシーンに突然陽気な音楽が流れると、雰囲気が一変します。映画やドラマでよく使われる演出技法です。

「踊れる(おごれる)平家は久しからず」という最後のオチは、地口落ちの傑作です。平家物語の最も有名な一節を語呂合わせで落とす。この大胆さは、現代のパロディ作品にも通じます。名言や名場面をもじることで、新しい笑いが生まれるのです。

この噺が示すのは、教養と笑いの関係性です。平家物語を知っているからこそ、パロディが面白い。現代でも、元ネタを知っている人ほど、パロディを楽しめます。「エヴァンゲリオン」のパロディは、エヴァを知らないと面白さが半減します。

また、この噺は歴史の相対化も示しています。荘厳な歴史物語も、見方を変えればギャグになる。歴史は絶対的なものではなく、解釈次第で様々な姿を見せます。現代の歴史修正主義とは違いますが、多角的な視点の重要性は共通しています。

演者の力量が問われる噺でもあります。平家物語の格調高い語りと、破天荒なギャグを両立させる。この緩急のコントロールは、現代のお笑い芸人にも求められる技術です。ボケとツッコミのバランス、シリアスとコメディの切り替えなど、すべてがここにあります。

この噺は、文化的知識を共有することの楽しさも教えてくれます。平家物語という共通の土台があるからこそ、聴衆全員が同じポイントで笑える。現代でも、共通の文化的基盤は、コミュニケーションを円滑にします。

実際の高座では、荘厳な語りと破天荒なギャグの落差、次々と繰り出されるパロディの嵐、そして「踊れる平家」のオチまでの流れが見どころです。ぜひ実際の高座や動画でお楽しみください。

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