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【古典落語】縁切り榎 あらすじ・オチ・解説 | モテ男の贅沢すぎる恋愛相談

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話芸の殿堂-古典落語-縁切り榎
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縁切り榎

3行でわかるあらすじ

元旗本の梨原平也は芸者の小糸と武家の娘のお里、二人の美女から求婚されてどちらを選ぶか悩んでいる。
刀屋の近江屋から板橋宿の縁切り榎の皮を削って飲ませれば縁が切れるという話を聞き、効果を試しに行く。
榎で皮を削っていると二人が鉢合わせし、他の女との縁を切らせるためではなく自分との縁を切りたくて来たと言う。

10行でわかるあらすじとオチ

元旗本の次男梨原平也(35歳)は二人の女性から求婚されて選べずに悩んでいる。
一人は柳橋の芸者の小糸、もう一人は武家の娘のお里で、性格も顔も全く違う美女。
平也は二人の気持ちを試そうと、西国への長期旅行の話をして別れを促す。
しかし二人とも何年でも待つと言って諦めず、平也はますます困ってしまう。
知り合いの刀屋の近江屋に相談すると、板橋宿の縁切り榎の伝説を教えられる。
榎の皮を削って飲ませれば縁が切れるが、心底切れたくない相手には効き目が薄いという。
平也は板橋宿の縁切り榎へ向かい、皮を削って効果を試そうと考える。
榎で皮を削っていると、まず小糸が現れ、続いてお里も現れて三人で鉢合わせ。
平也は二人が他の女との縁を切らせるために来たのかと思って問いただす。
「いいえ、あなたとの縁を切りたくて参りました」と二人が答えるオチで終わる。

解説

「縁切り榎」は三遊亭円朝作の古典落語で、実在の板橋宿の縁切り榎伝説を巧みに題材にした恋愛コメディです。円朝は珍しく「人情噺と落語のあいの子」と自ら説明していますが、内容的には滑稽噺として楽しまれています。

舞台となる板橋宿の縁切り榎は、中山道の最初の宿場町にあった実在の大榎で、江戸時代から縁切りの霊力があると信じられていました。最も有名な逸話は1861年の和宮降嫁の際で、この榎が不吉とされたため約1キロメートルもの迂回路が作られたほどです。庶民の間では榎の皮を削って茶にして飲ませると悪縁が切れるという俗信があり、「鎌倉(縁切寺)まで行かずに板橋詣」とまで言われていました。

この落語の面白さは、主人公の思惑と結果の完全な逆転にあります。平也は二人の女性のうちどちらかとの縁を切りたくて榎の効果を試そうとしますが、最終的に二人の方から「あなたとの縁を切りたい」と言われてしまいます。これは典型的な「逆さオチ」の技法で、聞き手の予想を完全に裏切る円朝らしい巧妙な構成です。

演目の構造的特徴として、主人公が二人の女性の間で迷うという設定は「権助提灯」や「悋気の火の玉」といった妻妾ものに近く、相手の気持ちを試すという筋書きは「星野屋」「辰巳の辻占」のような演目とも共通性があります。しかし最後のオチの突然の逆転は、この演目独特の面白さを生み出しており、二股をかける男性への皮肉な教訓ともとれる仕上がりになっています。

あらすじ

元旗本の次男の梨原平也は三十五歳にして今だ独り身。
醜男で女にもてないのでも、女嫌いでもない。
二人の女から惚れられて、どちらを嫁に取るかで悩んでいるのだ。

一人は柳橋の芸者の小糸、もう一人は武家の娘のお里で、性格も顔かたちも随分と違っているがどちらとも別れがたく決められずに迷っている。

平也は二人の気持ちを試そうと、「よんどころない事情で、西国へ旅立つこととなった。
二、三年、悪くすると五、六年帰れないかも知れない。
その間、そなたにわたしの帰りを待たせるのは偲びない。どうかいい縁談、好きと思う男ができたら嫁いでくれ」。

だが、二人とも何年かかろうと帰って来るまで待つという返事。
困った平也は知り合いの刀屋の近江屋に相談する。
近江屋は、「中山道は板橋宿に縁切り榎というのがございます。その木の皮を削って、縁を切りたい相手に飲ませれば、すっぱりと縁が切れると言います。”板橋へ三行半の礼参り”とも言われますゆえ、一度、二人に飲ませて効き目を試して見る価値はあろうかと・・・」。

平也 「二人に飲ませれば二人とも縁が切れてしまうではないか」

近江屋 「あなたが心底では切れたくないと思っている方には効き目は薄いと思いますが」

早速、平也は板橋へ行って縁切り榎の皮を削っていると、すぐに小糸、続いてお里も来て鉢合わせ。
平也「そうか、他の女との仲をさいて自分がわたしの女房になれるようにとやって参ったのか」

お糸・お里 「いいえ、あなとの縁を切りたくて参りました」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 縁切り榎(えんきりえのき) – 板橋宿にあった大榎の木。縁切りの霊力があると信じられ、皮を削って飲ませると悪縁が切れるという俗信がありました。
  • 板橋宿(いたばしじゅく) – 中山道の最初の宿場町。江戸から約2里(約8km)の距離で、現在の東京都板橋区にあたります。
  • 三行半(みくだりはん) – 江戸時代の離縁状。夫から妻に渡す離婚届のことで、正式には「去状(さりじょう)」と呼ばれました。
  • 旗本(はたもと) – 江戸幕府直属の武士で、将軍に直接お目見えできる身分。一万石未満の知行を持つ武士階級でした。
  • 芸者(げいしゃ) – 宴席で三味線や踊りなどの芸を披露する女性。柳橋は隅田川沿いの花街として知られていました。
  • 柳橋(やなぎばし) – 江戸時代の花街の一つ。現在の台東区にあり、芸者の町として栄えました。
  • 和宮降嫁(かずのみやこうか) – 1861年、孝明天皇の妹・和宮が徳川家茂に嫁いだ政略結婚。縁切り榎を避けて迂回路が作られました。
  • 逆さオチ – 落語のオチの技法の一つ。聞き手の予想を裏切り、全く逆の結末を迎える演出方法です。

よくある質問(FAQ)

Q: 縁切り榎は実在したのですか?
A: はい、実在しました。板橋宿にあった大榎で、江戸時代から縁切りの霊力があると信じられていました。現在も東京都板橋区に「縁切榎」として祠が残っています。

Q: なぜ女性たちは平也との縁を切りたがったのですか?
A: 明確には語られていませんが、二股をかけている優柔不断な平也の態度に愛想が尽きたと解釈できます。これが落語の皮肉な教訓になっています。

Q: この噺は三遊亭円朝の作品ですか?
A: はい、明治時代の名人・三遊亭円朝の創作落語です。円朝自身が「人情噺と落語のあいの子」と説明していますが、滑稽噺として楽しまれています。

Q: 和宮降嫁で迂回路が作られたというのは本当ですか?
A: はい、実話です。1861年、和宮が江戸に嫁ぐ際、縁切り榎が不吉とされたため、約1キロメートルもの迂回路が作られました。これは縁切り榎の霊力がいかに信じられていたかを示すエピソードです。

Q: この噺のオチの技法は何ですか?
A: 「逆さオチ」という技法です。聞き手は平也が女性との縁を切るために来たと思っていますが、実際は女性の方から平也との縁を切りたがっていたという、予想を完全に裏切る結末になっています。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。モテ男の平也の困惑と、女性たちの心変わりを絶妙に演じました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。師匠筋にあたる円朝作品を、格調高く品位を保ちながら語りました。
  • 柳家小三治 – 現代の名人。平也の優柔不断さと、女性たちの気持ちの変化を丁寧に描写します。
  • 春風亭一朝 – 軽妙な語り口で、オチの意外性を効果的に表現する演出が人気です。

関連する落語演目

同じく「恋愛・女性」がテーマの古典落語

「逆さオチ・予想の裏切り」がある古典落語

「三遊亭円朝」作の古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「縁切り榎」のオチは、二股をかける優柔不断な男性への痛烈な皮肉になっています。平也は自分が選ぶ立場だと思っていましたが、実際には女性たちから選ばれなかったのです。この予想を完全に裏切る「逆さオチ」は、三遊亭円朝の巧妙な構成力を示しています。

現代的な視点で見ると、この噺は「二股恋愛の末路」を描いた教訓話とも言えます。二人の女性を天秤にかけ、どちらか選べずに曖昧な態度を取り続ける平也は、現代でも見られる優柔不断な男性の典型です。そして最終的に両方から愛想を尽かされるという結末は、現代の恋愛にも通じる普遍的な真理を示しています。

また、板橋宿の縁切り榎という実在の伝説を巧みに取り入れることで、落語に歴史的なリアリティを与えています。和宮降嫁のエピソードなど、実際の歴史的事件と結びつけることで、単なる笑い話以上の深みを持たせているのが円朝作品の特徴です。

実際の高座では、平也の困惑、二人の女性の性格の違い、そして最後の意外な展開を演じ分ける演者の技量が見どころです。特にオチの部分で、聞き手の予想を裏切る演出がどう表現されるかが、この噺の面白さを左右します。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


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