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【古典落語】大名房五郎 あらすじ・オチ・解説 | 天明飢饉と偽物掛け軸!義賊房五郎の痛快仕返し劇

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話芸の殿堂-古典落語-大名房五郎
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大名房五郎

3行でわかるあらすじ

天明の飢饉で江戸中が餓死者だらけの中、心優しい大工の棟梁房五郎がドケチな質両替商万屋万右衛門に母の形見の掛け軸を売ろうとするが断られる。
後日、偽物の掛け軸(雨が降ると傘をさす絵)で万屋を騙して200両で売りつけ、その金で貧民に施しをする。
最後に種明かしをして「旦那があまり欲が深えから、あなたの金を食い物にしました」と痛快なオチで締めくくる。

10行でわかるあらすじとオチ

天明の飢饉で江戸中が餓死者だらけの中、心優しい大工の棟梁房五郎は困った人を家に住まわせて年中貧乏している。
ドケチな質両替商万屋万右衛門に母の形見の岩佐又兵衛の掛け軸を50両で売って施しをしたいと申し出るが、万屋は「施しが大嫌い」と断る。
半月後、房五郎は武家から預かった橫谷宗珉の目貫の鑑定を万屋に見せに行く口実で再訪する。
夕立が降る中、万屋が厠から戻ると掛け軸の傘を提げた人が雨で傘をさしているのを発見して大興奮する。
万屋は言い値の50両に10両ずつ上乗せして最終的に200両で掛け軸を買い取り、大名が買いに来て一万両になると皮算用する。
万屋が宣伝のため人を集めて見せるが、雨が止んでも傘は一向に閉じずに泣きべそをかく。
そこに房五郎が現れて「旅絵師が描いた偽物で、200両で米を買って貧民に施しをした」と種明かしをする。
本物の又兵衛の掛け軸を差し上げるから雨と晴れで掛け替えて楽しめと提案する。
万屋が「大儲けしようと思っていたのに米になってしまったのか」と嘆くと、房五郎が最後の決め台詞を言う。
「旦那があまり欲が深えから、あなたの金を食い物にしました」で痛快にオチを付ける。

解説

「大名房五郎」は古典落語の中でも社会派の色彩が強い人情噺として知られ、江戸時代の天明の飢饉(1782-1788年)という実際の歴史的災害を背景にした作品です。この飢饉は江戸時代でも特に深刻な災害で、全国で数十万人の餓死者を出し、江戸市中でも多くの庶民が困窮しました。

主人公の房五郎は大工の棟梁でありながら書画骨董の目利きという設定で、当時の職人の中には教養と技術を兼ね備えた人物がいたことを物語っています。彼が九代目市村羽左衛門に似ているという設定は、実在の人気歌舞伎役者(1724-1799年)への言及であり、当時の江戸庶民の文化的関心を反映しています。

この落語の巧妙さは、単なる詐欺話ではなく、心優しい房五郎が社会正義のために行う「義賊」的行為として描かれていることです。岩佐又兵衛は実在の江戸初期の著名な絵師で、橫谷宗珉も実在の江戸中期の金工師であり、これらの固有名詞が物語にリアリティを与えています。

「雨が降ると傘をさす絵」という発想は、江戸時代の「化け物絵」や「だまし絵」の伝統を背景にしており、万屋の強欲さと無知を突いた巧妙な仕掛けとなっています。最後の「旦那があまり欲が深えから、あなたの金を食い物にしました」というオチは、強欲な金持ちへの痛烈な風刺であると同時に、房五郎の機知と正義感を表現した名台詞として評価されています。

あらすじ

下谷車坂町に住む大工の棟梁の房五郎。
茶室を作らせれば天下一品、書画骨董の目利き、鑑定にもすぐれ、九代目の市村羽左衛門にそっくりで、世間では”あいつは大名の落とし子じゃねえか”と噂されるほどで、「大名房五郎」というあだ名がついている。

大名、武家や大商人の得意先もあってけっこうな実入りもあるが、面倒見がよくて、困った連中を見ると、「おれんとこへ来いや」といつも家には居候が多くて、年中貧乏している。

時は天明の飢饉で江戸市中でも米の値段が高騰して餓死者も出て、まさに”ひもじさと、寒さと恋を比ぶれば、恥ずかしながらひもじさが先”という有様だ。
房五郎の弟子は今日も坂本で親子の餓死者を見たという。

こんなご時世でも新寺町のドケチ、しわい屋、赤螺屋の質両替商の万屋万右衛門は自宅に茶室を作ろうなんて、酔狂を通り越して時代錯誤なふざけた金持ちもいる。
こんな依頼は断ると思いきや、房五郎は金が無ければ施しも出来ないし居候も置けないと引き受け、母親の形見で最後に残った掛け軸も買ってもらうと万屋へ出掛けた。

万屋で房五郎は掛け軸を見せる。
それには遠い山の下に橋があり傘を提げた人が描かれている岩佐又兵衛の絵だ。
房五郎は、母親の形見で手放したくはないが五十両でどうか、その金で二人連名で飢饉の施しをしたいと申し出るが、

万屋 「嫌だよ、あたしは昔から塩辛と施しが大嫌いでね。あたしは恩を受けたことも、恩を施したこともありゃしない」とつれない。
ついには、

万屋 「この掛け軸ぐらいの物は蔵にいっぱい転がっているから今回は要らない。それから茶室も造ってもらわなくてけっこうだ」と、房五郎には意外な展開となって悔しいが、引き下がるしかない。

それから半月ほど経ったころ房五郎は、ある武家の屋敷から橫谷宗珉作の牡丹の目貫の鑑定を依頼され持ち帰った。
弟子に万屋に行って、「橫谷宗珉の目貫を預かっているのでお見せします」と伝えにやると、万屋は喜んでやって来た。

この間の掛け軸の掛かっている部屋で目貫をじっくりと見ていると、にわかに夕立になった。
厠に立った万屋が部屋に戻ってふと掛け軸を見ると、傘を提げていた人はちゃんと傘を広げてさしている。

万屋は目貫なんぞはそっちのけで掛け軸を丸めて、「言い値で買うから」と弟子が止めるのも聞かずに雨の中を掛け軸を持って帰ってしまった。
追いかけて来た弟子に、

万屋 「言い値の五十両に十両付けて六十両で買うから・・・」、房五郎に聞きに行って、

弟子 「売り物でないんで返してください」、万屋は七十両、八十両・・・百両と吊り上げて、その度に、弟子は雨の中を万屋と棟梁のところを往復でたまったもんじゃない。
ついに、

弟子 「それでは二百両で、びた一文欠けてもだめだと棟梁は言ってます」、なんと万屋は二百両で掛け軸を買い上げた。

万屋の魂胆は、”傘を提げていた人が、雨が降る出すと傘を差すという素晴らしい絵で、この噂を聞いた大名が買いに来るだろうから、値が上がって一万両となる”という、「はてなの茶碗」のような皮算用だ。

早速、この絵の噂を広めようと店の者から長屋の連中まで呼んで掛け軸の前に座らせて、「雨が上がれば絵の中の人は傘をつぼめますよ」と、得意満面、みんなも固唾を飲んで絵を見つめている。
だが雨が止んでも一向に傘は閉じない。
こんなはずじゃないと万右衛門、ついには泣きべそをかきだした。
そこへ現れた、

房五郎 「二百両で売ったのは、あっしのところに二月ばかりゴロゴロしていた旅絵師が描いた偽物で、旦那が銭の使いようをご存知ねえから、ちょいといたずらしたまでで、薬が強すぎたようでどうか勘弁なさってくだせえ。
又兵衛の本物はここにあります。
差し上げますから雨の時と、晴れの時で掛け替えてお楽しみなさってください。
旦那から頂いた二百両ですぐに米を買って下谷、浅草の貧乏人に施してやったら涙こぼして喜んでた。まんざら悪い心持はしねえでしょう」

万屋 「なにを言いやがる。
あの掛け軸で大儲けしようと思っていたのに。あの二百両は米になっってしまったのかい」

房五郎 「旦那があまり欲が深えから、あなたの金を食い物にしました」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 天明の飢饉(てんめいのききん) – 1782年(天明2年)から1788年(天明8年)にかけて日本を襲った大飢饉。浅間山の噴火や冷害が原因で、全国で数十万人の餓死者を出した江戸時代でも特に深刻な災害でした。
  • 質両替商(しちりょうがえしょう) – 質屋業と両替業を兼ねた商売。江戸時代の金融業の中心的存在で、大きな店は富を蓄えました。
  • 岩佐又兵衛(いわさまたべえ) – 江戸時代初期(1578-1650年)の著名な絵師。荒木村重の子とされ、「浮世絵の祖」とも呼ばれる画家です。
  • 橫谷宗珉(よこやそうみん) – 江戸時代中期(1670-1733年)の金工師。特に刀の装飾品である目貫(めぬき)の制作で知られました。
  • 目貫(めぬき) – 刀の柄に付ける装飾金具。実用性と美術性を兼ね備えた工芸品として珍重されました。
  • 茶室(ちゃしつ) – 茶道を行うための建物。大工の中でも茶室を作れる棟梁は高い技術を持つとされました。
  • 市村羽左衛門(いちむらうざえもん) – 江戸時代の歌舞伎役者の名跡。九代目(1724-1799年)は当時の人気役者でした。
  • 両(りょう) – 江戸時代の貨幣単位。一両は現在の価値で約10-15万円に相当すると言われています。つまり200両は2000-3000万円相当です。

よくある質問(FAQ)

Q: 天明の飢饉は実際にどれくらい深刻だったのですか?
A: 天明の飢饉は江戸時代の三大飢饉の一つで、1783年の浅間山大噴火も重なり、全国で90万人とも言われる餓死者を出しました。江戸市中でも多くの庶民が困窮し、この噺で描かれているように餓死者が出る深刻な状況でした。

Q: 房五郎が騙したのは正しい行為だったのですか?
A: この噺は「義賊もの」として、強欲で施しを拒む金持ちから金を得て貧しい人々に分配する房五郎を肯定的に描いています。江戸庶民の価値観として、飢饉の中で困窮者を見捨てる金持ちへの批判と、義を重んじる職人への共感が表現されています。

Q: 雨が降ると傘をさす絵は実際に存在したのですか?
A: これは落語の創作です。ただし、江戸時代には「だまし絵」や「化け物絵」といった視覚トリックを使った絵画が人気で、そうした文化的背景が物語のリアリティを支えています。

Q: この噺は江戸落語と上方落語のどちらですか?
A: 江戸落語の演目です。江戸の地名(下谷車坂町、新寺町など)が登場し、江戸の職人文化を背景にした人情噺として演じられています。

Q: 200両は現代の価値でいくらぐらいですか?
A: 諸説ありますが、一両を10-15万円とすると、200両は約2000-3000万円相当です。房五郎がこれだけの大金で米を買って施したことの意義が理解できます。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 戦前戦後を通じて活躍した名人。人情噺を得意とし、房五郎の義侠心と万屋の強欲さを対比的に描く語り口が評価されました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。格調高い語り口で、天明の飢饉という歴史的背景を重厚に描きながら、痛快なオチへと導く演出が秀逸でした。
  • 柳家小さん(五代目) – 軽妙な語り口ながら、房五郎の機知と正義感を鮮やかに表現。オチの決め台詞が特に印象的な高座でした。
  • 古今亭志ん朝 – 昭和を代表する名人の一人。颯爽とした房五郎像と、万屋の欲深さを巧みに対比させた演出が人気でした。

関連する落語演目

同じく「義賊もの」「人情噺」の古典落語

江戸時代の職人を主人公にした噺

騙しや機知が光る古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「大名房五郎」のオチ「旦那があまり欲が深えから、あなたの金を食い物にしました」という決め台詞は、単なる痛快さだけでなく、深い社会批判を含んでいます。

天明の飢饉という未曾有の災害の中、困窮者を見捨てて財を蓄える金持ちと、私財を投げ打って人々を助ける職人。この対比は現代の格差社会や災害時の相互扶助の問題にも通じるテーマです。

房五郎は単なる詐欺師ではなく、高い技術と教養を持つ職人として描かれています。書画骨董の目利きができ、茶室を作る技術を持ち、市村羽左衛門に似た容姿を持つという設定は、江戸時代の職人が単なる肉体労働者ではなく、文化的教養を兼ね備えた存在だったことを示しています。

また、「雨が降ると傘をさす絵」という発想は、江戸時代の庶民の想像力と遊び心を表現しています。現代のSNSでバズる「だまし絵」や視覚トリックと通じる発想が、すでに江戸時代にあったことが興味深いですね。

実際の高座では、房五郎と万屋の対比、偽物の掛け軸のトリック、そして最後の痛快なオチまで、演者の力量が試される噺です。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


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