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【古典落語】ちきり伊勢屋(下) あらすじ・オチ・解説 | 死なない男の奇跡の再生物語

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話芸の殿堂-古典落語-ちきり伊勢屋2
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ちきり伊勢屋(下)

3行でわかるあらすじ

死期が来ても死ななかった伝次郎が、易者に人命救助の功徳で寿命が延びたと告げられる。
南へ行けと勧められ、旧に200両で救った母娘と再会し、娘と結婚して質屋を継ぐ。
結果、麹町の店も買い戻してちきり伊勢屋を再興し、「積善の家に余慶あり」で大成功を収める。

10行でわかるあらすじとオチ

年が明けて2月になり、伝次郎は自分の死の準備をして生き通夜を行うが、正午になっても死なない。
寺から20両をもらって放浪し、高輪で易者の白井左近と再会する。
左近は伝次郎が母娘の命を救った功徳で寿命が延びたと告げ、南へ行けば運にぶつかると勧める。
伝次郎は南へ向かい、勘当された伊之助と出会い、駕籠屋を始めるがうまくいかない。
翌日、幇間の一八から着物を奪い取って品川の質屋へ質入れに行く。
その質屋の女中に伝次郎だと気付かれ、奥で旧に200両で命を救った母娘と再会する。
おかみさんから、娘の婿になってくれと懇願され、伝次郎はこれを承諾する。
入り婿となった伝次郎は後に麹町の店も買い戻し、再びちきり伊勢屋の暖粖をあげて大繁盛。
「積善の家に余慶あり」という結語で、善行が報われた美しい結末を迎える。

解説

「ちきり伊勢屋(下)」は、上巻から続く人情噺の結末部で、死ななかった主人公の再生と大成功を描いた感動的な物語です。この演目の最大の特徴は、「積善の家に余慶あり」という儎教的な教訓を具現化したストーリーであることです。

物語の中心にあるのは、人命救助という善行がもたらす因果応報の思想です。伝次郎が母娘の命を救ったことで寿命が延び、さらにその母娘との再会が新たな幸福をもたらすという構成は、古典落語の中でも特に美しい希望に満ちた結末として評価されています。

また、死の準備をしたのに死なないというコミカルな設定や、幇間の一八とのやり取り、駕籠屋の失敗など、古典落語らしいユーモアも織りまぜられています。特に「駕籠屋が世に出るてえのはあてにならねえ」という一八のセリフは、江戸時代の職业観を反映した興味深い表現です。

あらすじ

さあ、年も明けて二月になった。
伝次郎は自分で早桶、お寺、通夜、葬式の手配をする大忙し。
十四日は生き通夜ということで、残った店の者たち、幇間、芸者をあげての今生の別れの大騒ぎ。

明けて十五日の朝に、店の前に「忌中」の札を掲げると近所ではびっくり仰天。
早速、くやみに来る者もいる。「このたびは、とんだことで・・・」だが、見ると前に死んだはずの伝次郎が座っている。「・・・?どなたがお亡くなりで・・・」
伝次郎 「わたくしです。今日の正午きっかりに死にますからどうぞお見送り願います」、びっくり、呆れて弔問客は帰って行った。

番頭 「旦那さま、そろそろ湯灌をなさらないと・・・」

伝次郎 「ああ、そうかい。いい湯加減にしておくれよ」、のんびりと鼻歌なんか歌って湯灌をすませ、白地の帷子(かたびら)に頭陀袋をかけて自分で早桶の中にすっぽりと収まった。

幇間、芸人連中が物珍しそうに面白半分、真面目半分な顔でやって来る。「えっへっへ、ご退屈そうで」、「心おきなくご臨終を・・・」、「迷わずご成仏を・・・」、「へっへっへっ、お達者で・・・結構で」、なんて勝手な事言っている。

伝次郎 「おい、一八、一緒にお入りよ」

一八 「へっへっへっ、それだけは御免蒙りたく、へっへっへえ」

伝次郎 「何だこの野郎、若旦那にはどこでもお供、死んでも一緒って、くっついて来やがったくせに。おい一八、煙草吸わせてくれ」、しょうがないので煙草を渡して早桶の蓋に穴を開けると、そこから煙が立ち上って出て来る。
まるで焼芋屋の煙突だ。

一服した伝次郎は疲れもあって早桶の中でコックリコックリと居眠りを始めた。
正午になっていよいよ出棺だ。
白無垢姿の芸者連が五十人ばかり、それに続いて紋付袴の幇間たちも五十人ほど、花魁道中+大名行列のようなのが深川の霊厳寺を目指して行く。
沿道は一目見ようと人垣がずっと続いてその賑やかなこと。

さあ、霊厳寺に着くとお調子者の一八が、「どうだい、早桶を景気をつけてお神輿のように揉もうじゃねいか」てんで、大きく揺らしたもんだから、気持ちよく眠っていた伝次郎は目を覚まし、「痛っ、痛え!早く蓋開けろ!」、”♪死んだはずだよ伝次さん、生きているとは・・・”、死ぬはずだった仏はまだ生きたまま。

これじゃ、墓に埋めるわけにも行かない。
何か夢でもさめたような白けた気分になってみんなぞろぞろと帰ってしまい、あとに取り残された伝次郎は寺の和尚に事の仔細顛末を話す。「そういうこともないとは限らない。それでは、祠堂金の百両をお返し申すから、それを持って再度、身をお立てなさい」、百両全部をもらうわけにもいかず、二十両の金を受け取って寺を出た伝次郎、麹町には戻れもせず、頼る親類縁者もなく、その金でぶらぶら遊んでいるうちに一文もなくなってしまった。

あてもなく芝の札の辻から高輪の大木戸あたりまで来ると、易者の白井左近が道端で占っているのに出くわす。
死にもしない伝次郎の命数を読み、世間を騒がせたことが奉行所に知れて所払いになったと言う。

左近 「もしもお前さんが”おれをだました”と、言うならわしの首を差し上げよう。だがその前にもう一度、人相を見せてくださらんか」、天眼鏡で食い入るように伝次郎の顔を見て、
左近 「お前さん、長命の相が出ておる」

伝次郎 「今さら、そんな馬鹿なこと言って・・・」

左近 「お前さんが大勢の人にほどこしをしていたことは知っておるが、人の命を助けたことはあるか?」、伝次郎が食違い見付での母娘の一件を話すと、膝を打って

左近 「それだ、それだ、金で命を買うようなもので、二人の命を助けたがためお前さんの寿命が伸びた。
これは天理のしからしむる所だ。・・・この報いがきっと来るから南の方へおいでなさい。きっと運にぶつかる」。

人のいい伝次郎は、「ありがとうございます」と礼を言って、南に歩いて行くと、昔なじみの大店の息子の伊之助に出くわす。
遊びが過ぎて勘当され、品川の小さな借家にいるという。

行く当てもない伝次郎は伊之助の家に転がり込んでぶらぶらと遊んでいると、二、三日てして大家がやって来た。
伊之助は店賃の催促と思っていると、「お前さんたち二人、いい若い者がぶらぶらしていないで駕籠屋でもやってみないか」、大家の長屋にいた駕籠屋が借家を出て行く時、店賃の抵当(かた)に駕籠を預けて行ったのだが、それ以来、音信不通で邪魔でしょうがないから、ただで貸してくれると言う。

駕籠はそんなに簡単に担げる物ではないのだが、若い二人は面白そうだと遊び半分で引き受ける。
早速、札の辻あたりで商売を始めるが、客はほかの駕籠屋に取られてしまうし、たまに客を乗っけても重くて歩けやしない。

するとそこへ、「品川へやっていただきたいね」と、粋な身なりの芸人風の男がやって来た。
羽織と着物にはちきり伊勢屋の千切紋が入っている。
伝次郎がよく見るとこれが幇間の一八。
羽織を脱がせ、一両出させて、
伝次郎 「なあに、世に出たら、きっと返すから・・・」

一八 「駕籠屋が世に出るてえのはあてにならねえ。こんなとこで雲助に追いはぎされるとは恐れ入った」、すぐに駕籠屋は閉店、伊之助と帰って一両で飲みに行ってしまった。

翌朝、伝次郎は羽織と着物を持って品川の質屋へ行く。
番頭に見せると、伝次郎の身なりと質草の羽織、着物を見比べ怪しんで、「手前どもには目が届きかねます(値踏みができない)ので」と、断られる。

仕方なく店を出ようとすると女中が後を追って来て、「あなた様は麹町のちきり伊勢屋伝次郎様では?」
伝次郎 「面目次第もございませんが、ちきり伊勢屋伝次郎のなれの果てでございます」

女中 「主人がお目にかかりたいと申しておりますのでどうか奥へ」、奥の広い座敷には品のいいおかみさんと、十五、六の綺麗な娘が恥ずかしそうに座っている。

おかみさん 「お久しぶりでございます。よくまあ、お達者で・・・昨年、食違いの所で二百両というお金をいただいた者でございます」

伝次郎 「ああ、あの時の・・・」

おかみさん 「おかげさまで命も助かり、こうして店をやっておれますのも、みんな、あなた様のおかげでございます」

伝次郎 「へえ、そりゃあようございました。それに引きかえ、わたしは易者の言葉を信じて身代を全部ほどこし、遊んでしまってこんな姿に・・・長生きしたところでもう仕方ございません」

おかみさん 「あのう、あなた様に一つお願いがあるのでございますが・・・、この娘の婿におなりあそばして、一家を助けてくださいまし・・・婿になるのがお嫌なら、嫁に差し上げます。・・・どうぞご承知くださりませ」と、涙ながらに懇願された。
そばには娘が恥らった赤い顔でもじもじしている。

伝次郎も慣れない駕籠屋をやっているより、こんな綺麗な娘を女房にして質屋をやった方がよっぽどいい。
今度は南に行けと言った白井左近の占いも当たったようで大満足。

目出度く話もまとまって入り婿となった伝次郎。
後に麹町の店も買い戻し、再びちきり伊勢屋の暖簾をあげて大繁盛。
「積善の家に余慶あり」、ちきり伊勢屋の一席。


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • ちきり(千切) – 家紋の一種。糸巻きの軸を図案化したもので、商家の暖簾や着物に家紋として使用されました。
  • 生き通夜(いきつや) – 死期が決まっている人が生きているうちに行う通夜。江戸時代には実際にこうした風習がありました。
  • 霊巌寺(れいがんじ) – 深川にある浄土宗の寺院。江戸時代は大きな寺院で、多くの檀家を持っていました。
  • 祠堂金(しどうきん) – 寺院に納める供養料。位牌を祀るための費用として納められます。
  • 天眼鏡(てんがんきょう) – 易者が人相を見る際に使う拡大鏡。細かい相を見極めるために使用されました。
  • 早桶(はやおけ) – 急ぎで作る簡易な棺桶。座った姿勢で入る樽型の棺。
  • 幇間(ほうかん) – 太鼓持ちとも呼ばれる男性の芸者。宴席を盛り上げる職業的な遊び人。

よくある質問(FAQ)

Q: 「積善の家に余慶あり」とはどういう意味ですか?
A: 中国の古典『易経』にある言葉で、「善行を積み重ねた家には、必ず余った幸福が子孫にまで及ぶ」という意味です。伝次郎の善行が報われたことを表す、この噺の主題となる言葉です。

Q: なぜ死ぬはずだった伝次郎は死ななかったのですか?
A: 物語では、母娘の命を200両で救った功徳により、天が伝次郎の寿命を延ばしたと説明されています。これは仏教的な因果応報の思想を反映しています。

Q: 品川の質屋はなぜ重要な舞台なのですか?
A: 品川は江戸四宿の一つで、多くの商店が並ぶ繁華な宿場町でした。また、易者が「南へ行け」と言った通り、江戸から見て南の方角にあたり、運命的な再会の場所として設定されています。

Q: この噺は実話に基づいているのですか?
A: 具体的な実話の記録はありませんが、江戸時代には質屋の盛衰や、善行による家運回復の話は多く語られていました。これらの話を元に創作された可能性があります。

Q: 上巻と下巻に分かれているのはなぜですか?
A: 長編落語のため、寄席では二回に分けて演じられることが多く、上巻で破産と善行、下巻で再生と成功という構成になっています。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 三遊亭圓朝 – 明治の名人。この噺の原作者とも言われ、人情噺の大家として知られています。
  • 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。飄々とした語り口で、伝次郎の人の良さを見事に表現しました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 端正な芸風で、長編を飽きさせずに演じる技量を持っていました。人間国宝。
  • 古今亭志ん朝(三代目) – 父・志ん生の芸を継承しながら、現代的な解釈も加えた名演で知られます。

関連する落語演目

同じく長編人情噺の名作

善行が報われる古典落語

商家の盛衰を描いた落語

この噺の魅力と現代への示唆

「ちきり伊勢屋」は、単なる成功譚ではなく、人間の善意と運命の不思議な巡り合わせを描いた深い作品です。現代社会では「善行は必ず報われる」という考えを素朴だと捉える向きもありますが、この噺が長く愛される理由は、そうした価値観への憧れが人々の心に根強くあるからでしょう。

特に印象的なのは、伝次郎が破産してもなお、困っている人を助けようとする姿勢です。現代の資本主義社会では非合理的に見える行動ですが、そうした損得を超えた行為こそが、真の豊かさをもたらすという教えは、今なお私たちに大切なことを示唆しています。

また、易者の白井左近が示す「南へ行け」という助言も象徴的です。これは単なる方角の指示ではなく、新しい方向へ踏み出す勇気の大切さを表しているとも解釈できます。人生の転機において、過去にとらわれず新たな道を選ぶことの重要性を教えてくれます。

実際の高座では、演者によって伝次郎の人物像が異なります。素朴で人の良い商人として演じる者もいれば、破産してもなお品格を保つ人物として演じる者もいます。それぞれの解釈によって、物語の印象も大きく変わるのが、この噺の奥深さです。

現代においても、企業の社会的責任(CSR)や持続可能な経営(SDGs)が重視される中、「積善の家に余慶あり」という考え方は新たな意味を持って蘇っています。ちきり伊勢屋の物語は、ビジネスと道徳の両立という永遠のテーマを、江戸時代の商人を通じて現代に問いかけているのです。


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