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【古典落語】ちきり伊勢屋(上) あらすじ・オチ・解説 | 運命に抗う質屋の大盤振る舞い

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話芸の殿堂-古典落語-ちきり伊勢屋1
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ちきり伊勢屋(上)

3行でわかるあらすじ

質屋の若旦那・伝次郎が易者に来年2月15日正午に死ぬと予告される。
父の因業な商売の祟りが原因とされ、善行を積むよう勧められた伝次郎は質物の無料返却や施しを開始。
死ぬ前の道楽として新宿から吉原へと遊び場を移し、湯水のように金を使って大盤振る舞いを続ける。

10行でわかるあらすじとオチ

麹町の質屋・ちきり伊勢屋の25歳の主人伝次郎が縁談占いに行くと、易者に来年2月15日正午の死を予告される。
父・伝衛門の阿漕で因業な商売で多くの人を苦しめ、恨みを買って自殺者まで出した祟りが原因とされる。
易者の勧めで善行を積むため、伝次郎は「入質の物すべて元利とも頂かずにお戻しします」の看板を立てる。
店前には長蛇の列ができ、5つの質蔵がすべて空になるほどの大盤振る舞いで施しの第一段階が終了。
店の者たちにも好きな物を好きなだけ食べさせ、さらに街へ出て困っている人々への施しを続ける。
死ぬ前の道楽として女遊びを決意し、まず番頭の勧めで内藤新宿の岡場所通いを始める。
帰り道で首吊り自殺しようとする母娘を発見し、200両の借金を肩代わりして命を救う。
新宿に飽きると吉原に乗り換え、花魁や芸妓をはべらせ、大勢の幇間や芸人に囲まれて豪遊する。
年末には奉公人たちに千両箱を並べて小判のつかみ取りをさせ、退職金代わりの大盤振る舞い。
権助の「田地田畑を取り戻すのに7両2分」という話にぶったまげながらも、また吉原へと向かっていく。

解説

「ちきり伊勢屋」は古典落語の代表的な人情噺で、死期を予告された男の心境の変化と善行を描いた名作です。この演目は上・下の二部構成になっており、上巻では主人公・伝次郎の施しと道楽の始まりが描かれています。

物語の核となるのは「親の因果が子に報い」という因果応報の思想で、父親の悪行の報いとして息子が若死にするという設定が、江戸時代の庶民の価値観を反映しています。伝次郎の性格は父親とは正反対の善人として描かれ、この対比が物語に深みを与えています。

注目すべきは、死を宣告された伝次郎の行動が、恐怖や絶望ではなく、積極的な善行と人生を楽しむことに向かう点です。質物の無料返却は当時としては破格の善行で、権助の「7両2分で田地田畑が取り戻せる」という話は、庶民の生活の厳しさと、伝次郎の散財の規模の大きさを対比させる効果的な場面です。

あらすじ

麹町五丁目の今年二十五のちきり伊勢屋の主人伝次郎が、平河町の易者、白井左近にいくつもある縁談を占ってもらいに行く。
天眼鏡でじっと見ていた左近先生、「失礼だが、お前さんの縁談は無駄になる。
お前さんの天庭(てんてい・額)に黒気が表れておる。来年の二月十五日、正午の刻にお前さんは死になさる」という占い。

ちきり伊勢屋を開いた伝次郎の父親の伝衛門は、阿漕で因業な商売で儲け、無慈悲に多くの人を苦しめ泣かせて今の身代を築き上げた。
伊勢屋を恨んで自ら命を絶った人たちも少なくない。
左近 「”親の因果が子に報い”という事だ。
お前さんは善人に生まれながらその身代を相続しても、先代に苦しめられたり泣かされたり、果ては命を絶った人たちの祟りで若死にする天命なのじゃ。天命は変えられないが、来世で幸せに暮らせるよう、今からでも遅くはないから多くの人たちにほどこしをしなさい」

素直な伝次郎は、「かしこまりました。ありがとうございます」、必ず死ぬなんて言われても礼なんか言って店へ戻った。
早速、伝次郎はほどこしを開始する。
番頭を呼び、「入質の物すべて元利とも頂くかずにお戻しいたします」の立て看板を作らせ、店の前にでーんと立て掛けた。

始めは通行人も見向きもせず、あんな強欲な質屋が悪い冗談を言っているぐらいにしか思われなかったが、一人が店へ入ってただで質物を受け取ると、すぐにこれが人の口から口へ伝わって、店の前には押すな押すなの長蛇の列。
なかには十八年前の質物をいまだに忘れず、仇討ちみたいに受け取りに来る者、何だか分からないけど列に並ぶ者なども居れば、ちゃんと全額、半額払って質物を引き取って行く良心的?な客もいる。

すぐに五戸前の質蔵はすべて空となり、ほどこしの第一段階は終了。
むろん新しい質物などはもう預からない。
大忙しで働いてくれた店の者たちには、いつもの粗末な食事に代わり、好きな物、今まで食べたことのないような物を勝手に選ばせて、好きなだけ食べてもらう大盤振る舞い。
これもほどこしのおまけか。

まだまだ、来年死ぬまでに使わねばならない金は山と残っている。
伝次郎は困っている人の情報を集めて、店を出て外へ積極的にほどこしに出掛ける。
東奔西走して、この出ほどこしも一段落だが、まだまだ金はある。

伝次郎は生まれてからこのかた父親譲りで仕事一筋。
近所の子供たちとも遊んだことはなく、年頃になっても飲む、打つ、買うの三道楽には見向きもしない。
死ぬ前に冥途の土産に何か道楽でもと考えたが、酒なんかいくら飲んでもたかが知れてるし、博打でもしも大勝ちしたらそれを使わなきゃならないのも大変で、女と遊ぶことに決めて番頭に相談する。

番頭 「ええ、結構でございます。なまじ素人では返って面倒でございますから、気兼ねなく遊べる遊女屋なんかで・・・いっそ新宿へいらっしゃいな」

伝次郎 「お前、なかなかくわしいな」、ということで内藤新宿の岡場所通いが始まった。
ある日、帰りに寂しげな喰違い見付のところまで来ると、中年の女と十五、六ぐらいの娘が泣きながら話をしている。
すると女は腰ひもを解いて木の枝にかけ、首をくくろうとする。
駆け寄って止めた伝次郎が仔細を聞くと、「実はこの娘(こ)がご主人様から預かった二百両を持って使いに行く途中で、落としたのか取られたのか分かりませんが無くしてしまいました。この娘にかかった濡れ衣を晴らすこともできずに、このようなことに・・・」

伝次郎 「お前さんたちは金がなくて死になさる。
わたしは金があっても命がない。金ですむのなら、二百両あげますから、死ぬのはおよしなさい」

女 「それは、・・・まあ・・・そんな大金を見ず知らずの御方から・・・何と有難いことで・・・どちらのお方さまでございますか?おところとお名前を・・・」

伝次郎 「どうぞ、ご勘弁を・・・それじゃあ、名前だけ申しまあげましょう。
わたしは伊勢屋伝次郎というもの。来年の二月十五日、正午の刻に死にますから、その日を命日と思って、お線香の一本でも手向けてくだされば結構ですから・・・」、伝次郎は母娘が止めるのを振り切って店へ駆け出して行った。

新宿での遊びにも慣れて、飽きてもきた頃、やっぱり遊びの本場は吉原と聞いた伝次郎は吉原へと乗り換えた。
遊びも大きくなり、花魁、芸妓をはべらせ、大勢の幇間(たいこもち)、芸人に取り囲まれ、湯水のように金を使って行く。

暮れも押し詰まった頃、店では奉公人たちの退職金代わりに千両箱を並べて小判のつかみ取りを開催。
まだ手が小さくて少ししかつかめない定吉には、「お前は親孝行だから百両やる。暇を取ったら商いでも始めなさい」、それを見ていた飯炊きの権助、泣き出しそうな顔で、「おやじと兄貴が道楽して田地田畑売り払って、身代ぶっつぶしてしめえました」

伝次郎 「そうか、田地田畑取り戻すには、よっぽどの金がいるだろ」

権助 「ぶったまげてはいけねえよ。・・・七両二分だ」に、ぶったまげた伝次郎、「みんな、すぐに暇を取るのも、ここで正月を越して二月までいるのも勝手だ・・・」と、また吉原へ遊びに出掛けた。


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 質屋(しちや) – 品物を担保にして金を貸す商売。江戸時代の庶民金融の中心で、生活に困った人々が衣類や道具を預けて金を借りていました。
  • 天眼鏡(てんがんきょう) – 易者が使う占いの道具。水晶玉のようなもので、人の運命を見通すとされていました。
  • 天庭(てんてい) – 人相学の用語で額のこと。顔の各部分に運命が現れるとされていました。
  • 岡場所(おかばしょ) – 幕府非公認の遊郭。吉原以外の遊里を指し、内藤新宿、品川、板橋、千住などが有名でした。
  • 幇間(ほうかん) – 太鼓持ちとも呼ばれる宴席の盛り上げ役。客の機嫌を取り、座を盛り上げる職業的な遊び人でした。
  • 千両箱(せんりょうばこ) – 小判千両を入れる木箱。現在の価値で約1億円相当の大金が入る箱でした。
  • 七両二分(ななりょうにぶ) – 江戸時代の貨幣単位。現在の価値で約70万円程度。権助の田畑を取り戻すのに必要な金額として、伝次郎の散財の規模と対比されています。

よくある質問(FAQ)

Q: 伝次郎は本当に死んでしまうのですか?
A: これは上巻なので結末は下巻で明らかになります。易者の予言通りになるのか、それとも善行によって運命が変わるのか、続きをお楽しみください。

Q: 質物の無料返却は実際に可能だったのですか?
A: 江戸時代の質屋にとって、これは破産に等しい行為です。物語の中だからこその大盤振る舞いで、伝次郎の覚悟の程が分かります。

Q: 内藤新宿とはどこのことですか?
A: 現在の新宿のことです。江戸四宿の一つで、甲州街道の宿場町でした。吉原に次ぐ歓楽街として栄えていました。

Q: なぜ父親の因果が子に報いるのですか?
A: 江戸時代の因果応報思想では、親の悪行が子孫に災いをもたらすと考えられていました。これは仏教的な業(カルマ)の思想に基づいています。

Q: この噺は実話に基づいているのですか?
A: 完全な創作ですが、江戸時代の質屋の実態や、因果応報の考え方など、当時の社会背景を反映した作品です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 三遊亭圓朝 – この噺の作者とされ、人情噺の名手として知られています。
  • 古今亭志ん生(五代目) – 独特の間と語り口で、伝次郎の心情を見事に表現しました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 格調高い語りで、物語の重厚さを表現。特に易者の場面が秀逸でした。
  • 古今亭志ん朝 – 現代的な解釈を加えながら、古典の良さを残した演出で人気を博しました。

関連する落語演目

同じく「施し」がテーマの古典落語

続編

この噺の魅力と現代への示唆

「ちきり伊勢屋」は、死を宣告された人間がどう生きるかという普遍的なテーマを扱っています。現代でも、余命宣告を受けた人がどう残りの人生を過ごすか、という問題は重いテーマです。

伝次郎の選択は、恐怖や絶望に陥るのではなく、積極的に善行を積み、人生を楽しむというものでした。これは「死を前にして初めて生きることの意味を知る」という逆説的な真理を表しています。

また、父親の悪行を息子が償うという構造は、現代の企業不祥事における世代交代や、戦争責任の問題などにも通じる普遍的なテーマです。過去の負の遺産をどう清算し、どう前を向いて生きるか――これは現代の私たちにも問われている課題でしょう。

権助の「七両二分」のエピソードは、価値観の相対性を示す秀逸な場面です。伝次郎にとっては端金でも、権助にとっては人生を取り戻す大金。この対比は、現代の経済格差問題にも通じる鋭い社会観察と言えます。

実際の高座では、伝次郎の心情の変化、施しを受ける人々の喜び、そして吉原での豪遊の描写などが見どころとなります。特に、死を覚悟した人間の達観と、それでも残る人間らしい感情の揺れが、演者の腕の見せ所です。

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