茶代
3行でわかるあらすじ
田舎からお大尽の旦那が江戸見物に来て、お供の吾助と茶店で支払いの暗号『六助は六文、八助は八文』を決めている。
茶店の親父がそれを聞いていて、旦那が先に行った後に吾助に『百助からもらう』と嘘を言う。
吾助が『三十二助しかねえずら』と答える言葉遊びのオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
田舎からお大尽の旦那がお供の吾助と江戸見物にやって来る。
昨日は両国の回向院で見世物小屋を見て散財したが、旦那は江戸を気に入る。
今日は浅草界隈の見物で、茶店での支払い暗号を決める。
『六助と言ったら六文、八助と言ったら八文払え』と吾助に言いつける。
雷門近くの茶店で休憩中に雨模様となり、吾助を傘買いに行かせる。
待っている間に晴れてしまい、旦那は先に仲見世から観音様へ行く。
茶店の親父と女房が旦那と吾助の暗号を盗み聞きしていた。
親父が『ひと儲けしてやろう』とたくらんで吾助に嘘をつく。
『百助からもらうように旦那が言っていた』と親父が吹っかける。
吾助が『三十二助しかねえずら』と困って答えるオチ。
解説
「茶代」は、江戸時代の旅行文化と商売人の機転を描いた古典落語の代表的な店噺です。物語の舞台となる浅草は江戸時代から庶民の娯楽地として栄え、地方からの観光客も多く訪れていました。回向院の見世物小屋や雷門、仲見世といった実在の名所が登場することで、当時の江戸の風景を生き生きと描いています。
この作品の核心は、田舎者の旦那が考えた支払い暗号システムです。『六助は六文、八助は八文』という仕組みは、当時の庶民の知恵を表現したもので、旅先での無用な出費を避けるための工夫でした。しかし、これを盗み聞きした茶店の親父が逆手に取って『百助』と言い出すのは、江戸商人の抜け目なさを表現しています。
最後のオチである『三十二助しかねえずら』は、吾助の田舎なまりと素朴さを表現した絶妙な表現です。百文という大金に対して三十二文しか持っていないという現実的な困窮と、『助』の部分を人名として受け取ってしまう素直さが同時に表現されており、江戸落語特有の言葉遊びの妙味を示した名場面として評価されています。
あらすじ
田舎からお大尽の旦那が江戸見物にやって来た。
お供の吾助と馬喰町の旅籠に泊まって昨日は両国橋を渡って回向院境内の見世物小屋に入った。
大イタチだとか大ベナなんて変てこな物に散財させられたが、旦那は江戸というところは面白いところだと感心しきりだ。
今日は浅草界隈の見物だ。
旦那は吾助に、「茶店に寄って茶代を払う時は、わしが”おい、六助行こうと言ったら六文、八助行こう”と言ったら八文払うことにするべえ」と言いつけてある。
雷門近くの茶店で休んでいると、空模様が怪しくなってきた。
旦那 「こりゃあ雨になるべえや。ここに来る途中にあった傘屋で傘、買って来てくんろ」と、吾助を買いに行かせた。
旦那は茶店の親父と話しながら待っていたが、道に迷ったのか吾助はなかなか戻ってこない。
そのうちに晴れてもう雨の心配はなくなった。
待ちくたびれて、
旦那 「わしは先に仲見世通って観音様へ行くから供の八助が来たら茶代をもらってくだせえ」と出て行ってしまった。
これを見聞きしていた茶店の女房、「おまえさん、あの旦那はこの前来た時は供の人を六助と呼んでいて茶代を六文置いて行ったよ。なぜ同じ人なのに今日は八助と呼んだんだろ?」
親父 「ははぁ、そうか、旦那が六助と言ったら六文、八助と言ったら八文払えということだな。よっしゃ、ひと儲けしてやろう」
やっと吾助が傘を買って戻って来た。
親父 「旦那さんは先に仲見世から観音さまに行きやした。茶代は百助からもらうようにと仰って・・・」
吾助 「えっ、百助? こりゃあ困った、三十二助しかねえずら」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 回向院(えこういん) – 両国にある寺院。江戸時代は見世物興行の中心地として有名。相撲の聖地としても知られる。
- 馬喰町(ばくろちょう) – 現在の東京都中央区。江戸時代は旅籠が多く集まる宿場町として栄えた。
- 文(もん) – 江戸時代の貨幣単位。1文は現在の約20~30円相当。茶代6文は約150円程度。
- 雷門(かみなりもん) – 浅草寺の総門。正式名称は「風雷神門」。江戸時代から浅草のシンボル。
- 仲見世(なかみせ) – 雷門から浅草寺本堂に至る参道の商店街。江戸時代から土産物屋が並んでいた。
- 大イタチ – 見世物小屋で見せられた珍獣。実際は別の動物を大イタチと偽っていることが多かった。
- お大尽(おだいじん) – 大金持ち、資産家のこと。地方の豪農や豪商を指すことが多い。
- 茶店(ちゃみせ) – 街道沿いや観光地にある休憩所。茶や団子などを提供していた。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ「三十二助」なのですか?
A: これは32文しか持っていないという意味です。吾助は「助」を金額の単位だと理解し、百助(100文)に対して三十二助(32文)しかないと答えました。田舎者の素朴さと、言葉の勘違いが生む絶妙なオチです。
Q: 当時の茶代はどのくらいでしたか?
A: 一般的な茶店での茶代は4~8文程度でした。現代の価値で100~200円くらいです。百文(約2,500円)は茶代としては法外な金額で、親父の悪だくみが分かります。
Q: 回向院の見世物小屋とは何ですか?
A: 江戸時代、回向院の境内では様々な見世物興行が行われていました。珍獣、奇術、からくり人形など、庶民の娯楽の中心地でした。「大イタチ」のような怪しげな見世物も多く、観光客がよく騙されていました。
Q: この噺は実話に基づいているのですか?
A: 直接的な実話ではありませんが、江戸時代の旅行事情や商売人の駆け引きは史実に基づいています。地方から江戸見物に来る旦那衆と、彼らを相手にする江戸商人の関係は実際にあったものです。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 五代目柳家小さん – 素朴な田舎者と狡猾な江戸商人の対比を見事に演じ分ける。
- 三代目三遊亭金馬 – 軽妙な語り口で、吾助の困惑を絶妙に表現。
- 八代目桂文楽 – 端正な語りで、江戸の風景を鮮やかに描写。
関連する落語演目
同じく旅・江戸見物を題材にした古典落語
言葉の勘違い・言葉遊びが楽しい古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「茶代」は、単純な言葉遊びに見えて、実は都会と地方、商売人と客という普遍的な関係性を描いた作品です。田舎の旦那が考えた暗号システムは、現代のパスワードや暗証番号に通じるセキュリティ意識の表れとも言えます。
しかし、その暗号を盗み聞きされて逆手に取られるという展開は、現代のソーシャルエンジニアリングやフィッシング詐欺にも通じる教訓を含んでいます。どんなに巧妙なシステムを作っても、人間の隙を突かれれば意味がないという警告でもあるのです。
また、吾助の「三十二助しかねえずら」という答えは、素朴な正直さの表れです。騙そうとした親父に対して、持ち金を正直に答える吾助の姿は、したたかさよりも誠実さの価値を示しています。
実際の高座では、演者によって吾助の田舎なまりの強弱や、親父の悪だくみの描き方が異なります。ぜひ複数の演者で聴き比べて、それぞれの解釈の違いを楽しんでください。





