武助馬
3行でわかるあらすじ
転職を繰り返す武助が役者を目指して修行し、上方で猪や牛の役、江戸では中村芝翫の元で馬の後ろ足の役をもらう。
旦那たちが贔屓になって新富座の「一谷嫩軍記」を見に来てくれ、武助が嬉しくて舞台で馬がいなないてしまう。
親方に「なぜ後ろ足で鳴いた」と怒られると「熊右衛門さんは前足でオナラをしました」と言い訳するオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
転職を繰り返す武助が芝居で身を立てようと上方で嵐璃寛の弟子になる。
「蜜柑」の名前をもらうが、忠臣蔵の猪や菅原伝授の牛役しかもらえない。
江戸に戻って中村芝翫の弟子になり「一貫五百」と名前を変える。
新富座で「一谷嫩軍記」の馬の後ろ足役をもらって大喜びする。
旦那が店の者を連れて贔屓連として芝居見物に来てくれる。
前足のベテラン熊右衛門が酒に酔ってオナラをして武助が困る。
舞台で旦那たちが「武助馬、日本一!」と声をかけてくれる。
嬉しくなった武助が馬の上で跳ね上がり「ヒヒヒィーン」といななく。
観客が大笑いして芝居が台無しになり、親方の芝翫が怒る。
「なぜ後ろ足で鳴いた」と問われ「熊右衛門さんは前足でオナラをしました」がオチ。
解説
「武助馬」は、江戸時代の役者の世界を舞台にした古典落語の代表的な芝居噺で、転職を繰り返す庶民の生活と芝居への憧れを描いた作品です。武助の職歴が八百屋、魚屋、本屋と多岐にわたることは、江戸時代の庶民の流動的な労働環境を反映しており、最終的に芝居に行き着くのは当時の芸能への憧れを表現しています。
特に印象的なのは、武助が上方で猪や牛の役しかもらえず、江戸でも馬の役という動物役専門になってしまう設定で、これは役者としての才能の限界を表現しながらも、本人の純粋な情熱を描いています。「蜜柑」から「一貫五百」への芸名の変更も、上方と江戸の芸能文化の違いを示した細かい設定です。
最後のオチである「熊右衛門さんは前足でオナラをしました」は、武助の舞台での失態を前足役の失態と相対化して言い訳にするという、苦し紛れながらも機転の利いた返答として笑いを誘います。この作品は、芸能界の厳しさと庶民の素朴な夢を同時に描きながら、人間の愛すべき愚かさを温かく描いた名作として評価されています。
あらすじ
店を辞めてから久しい武助がぶらりとやって来る。
武助は八百屋・魚屋・本屋・・・と色々やってみたがしくじったり、飽きたりして長続きせず、どうせなら好きな芝居で身を立てようと、上方へ行って嵐璃寛の弟子になったという。
蜜柑(みかん)という名をもらって励んだが上手くいかず、やっと3年経った頃、初めて役を貰った時は嬉しくて前の晩は寝られなかった。
何の役か旦那が聞くと、これが「忠臣蔵五段目」の猪の役で、これが上手かったのか「お前は猪に向いている」と褒められた。
それから次は「菅原伝授忠習鑑」の牛の役だった。
人並の科白(せりふ)のある役はつかず、思い切って江戸へ帰って来たという。
旦那「今はどこにいるんだい」、武助「今は中村芝翫のところで弟子に」、旦那「親方代えていいのかねえ 相変わらず蜜柑か?」、武助「いえ、一貫五百といいます。この度やっと新富座へ出ることになりましたので、是非ひとつご贔屓(ひいき)に」、旦那「こんどは何をやっているんだ」、武助「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)で、”組み討ち”のところに手前も出ることになりました」、旦那「そうかい、でもあそこはあんまり役者は出てこないよ」、武助「へえ、馬になって大将乗っけて一生懸命歩いています。是非みなさんと見にいらしてください」
こんな成り行きで人のいい旦那は店の者を引き連れ、俄か贔屓連となって新富座へ芝居見物となった。
旦那は楽屋の方にも気を配っていろいろと差し入れをする。
楽屋の連中がそのお礼を武助にするから武助も気分がいい。
二幕前から馬の歩く稽古をしてやる気満々だ。
出番が近づいてくると差し入れの鰻を食って、酒に酔って寝ている馬の足13年のベテランの熊右衛門を起こしにかかる。
まだ酔ってヒョロついている熊右衛門が前足に入る時に一発放った。
その臭いこと。
後ろ足の武助はたまったもんではない。
さあ、いよいよ熊谷直実の芝翫を乗っけて花道に登場だ。
馬上の芝翫には声が掛かるが、武助の方には掛からない。
そりゃ当たり前だ。
旦那は連れてきた贔屓連に褒めろと催促する。
褒めないと割り前を取るとおどされた連中は、「いいぞ、馬の足、本物」、「よっ馬の足 後足の方だ。動きが細かいぞ、武助馬、日本一!」とやけくそだ。
役者になって初めて声が掛かって喜んだ武助はピョンピョン跳ね上がり、前足の方は酔ってフラフラしているから乗っている親方はしがみついているのがやっとで芝居どころではない。
花道から本舞台へかかった途端、武助さん、ここ一番と気合を入れて「ヒヒヒヒィヒヒィーン」といなないた。
観客は大笑いで芝居にはならず一幕、目茶苦茶となってしまった。
怒った親方(芝翫)は武助を呼ぶ。
武助 「相済みません。
嬉しかったもんですから、跳ね上がったりし。さぞかし乗りにくかったことでしょう」
親方 「そんなこたぁ グズグズ言わねぇ てめえ、鳴きゃあがったろ」
武助 「へえ、鳴き声はいかがで・・・・」
親方 「まだ分からねえか なんだって後ろ足で鳴きゃあがったんだ」
武助 「でも、熊右衛門さんは前足でオナラをしました」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 新富座(しんとみざ) – 明治時代の東京の代表的な劇場の一つ。1872年に開場し、歌舞伎を中心に上演。現在の東京都中央区新富町にあった。1923年の関東大震災で焼失。
- 嵐璃寛(あらし・りかん) – 上方歌舞伎の名門の名跡。多くの名優が襲名した大名跡で、特に初代から六代目まで続いた。
- 中村芝翫(なかむら・しかん) – 江戸・東京の歌舞伎の大名跡。明治から大正にかけて活躍した四代目中村芝翫は特に有名で、立役として人気を博した。
- 一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき) – 人形浄瑠璃・歌舞伎の演目。源平合戦の一ノ谷の戦いを題材にした時代物。熊谷直実と平敦盛の悲劇を描く。
- 贔屓連(ひいきれん) – 特定の役者や劇場を応援する観客グループ。掛け声をかけたり、差し入れをしたりして役者を支援した。
- 花道(はなみち) – 歌舞伎劇場の特徴的な構造で、客席を通って舞台に通じる通路。役者の登場・退場に使われ、重要な演技空間。
- 科白(せりふ) – 芝居における台詞のこと。「科」は仕草、「白」は言葉を意味する。
よくある質問(FAQ)
Q: 武助は実在の人物ですか?
A: いいえ、武助は落語の創作上の人物です。しかし、江戸時代から明治時代にかけて、実際に多くの素人が役者を志し、動物役から始めたという記録はあり、そうした実例を基にした噺と考えられます。
Q: 馬の役は本当に二人で演じていたのですか?
A: はい、歌舞伎では実際に二人の役者が前足と後ろ足に分かれて馬を演じる「馬の足」という役がありました。これは「ぬいぐるみ」と呼ばれる演技法の一つで、主に下級の役者が担当しました。
Q: なぜ武助は動物役ばかりなのですか?
A: 歌舞伎の世界は厳格な序列社会で、新人は動物役や群衆役から始めるのが一般的でした。武助のように才能が限られている場合、なかなか人間の役に昇格できないという現実がありました。
Q: 「一貫五百」という芸名の意味は?
A: これは金銭の単位から取った洒落た芸名です。一貫は千文、つまり一貫五百文という金額を表します。上方の「蜜柑」という果物の名前から、江戸では金銭の名前に変えたという設定が、東西の文化の違いを表現しています。
Q: 現代でも「武助馬」は演じられていますか?
A: はい、現在でも寄席や落語会で頻繁に演じられる人気演目です。特に歌舞伎や芝居の話題が身近だった時代を懐かしむ演目として、また転職を繰り返す現代人にも通じるテーマとして親しまれています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。武助の人物像を愛嬌たっぷりに演じ、特に馬のいななきの場面での表現力が秀逸だった。
- 桂文楽(八代目) – 緻密な構成と端正な語り口で、武助の転職遍歴から芝居への憧れまでを丁寧に描写。品格ある「武助馬」を演じた。
- 三遊亭圓生(六代目) – 芝居の知識を活かした本格的な演出で、歌舞伎の世界の厳しさと武助の純真さの対比を見事に表現。
- 柳家小三治 – 人間国宝。武助の人間味あふれる性格と、芝居への純粋な憧れを温かく描く。現代の名演として高く評価されている。
関連する落語演目
同じく「芝居・役者」がテーマの古典落語
転職・失敗を繰り返すキャラクターの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「武助馬」は、夢追い人の悲哀と滑稽さを同時に描いた傑作です。武助は転職を繰り返しながらも、最終的に自分の「好きなこと」である芝居の世界に飛び込みます。しかし、才能の限界から動物役しかもらえないという現実。それでも腐らずに一生懸命に馬の後ろ足を演じる姿は、現代の私たちにも通じるものがあります。
現代社会でも「好きを仕事に」という言葉がもてはやされますが、現実はそう甘くありません。武助のように、夢を追いかけても思うような役割を得られないことも多いでしょう。しかし、この噺の面白さは、そんな武助を馬鹿にするのではなく、温かく見守る周囲の人々の存在にあります。旦那や店の者たちが「武助馬、日本一!」と声をかける場面は、不器用な人間への応援歌のようです。
最後のオチ「熊右衛門さんは前足でオナラをしました」は、単なる言い訳のようで、実は役者としての連帯責任を示唆しています。前足と後ろ足、どちらが欠けても馬は成立しません。武助の失敗も熊右衛門の失態も、結局は一つの「馬」としての責任なのです。
実際の高座では、演者によって武助の人物像が大きく変わります。愛すべきお調子者として演じる人もいれば、真面目だけど不器用な男として演じる人もいます。馬のいななきの表現も演者の個性が光る場面で、観客を爆笑させる重要なクライマックスとなります。
この噺は、「成功」だけが人生の価値ではないことを教えてくれます。馬の後ろ足でも、それを一生懸命演じる武助の姿に、私たちは自分の仕事や役割について考えさせられるのです。






