仏師屋盗人
3行でわかるあらすじ
情けない盗人が仏師屋に押し入るが、全然怖がらない仏師屋に振り回されて一両二分をもらってしまう。
盗人が奥の障子を開けると賓頭盧さんが立っていて、驚いて刀で切りかかって首を切り落としてしまう。
仏師屋に手伝わされて首を継いだ後、盗人が「捕まって首を落とされたら継いでもらいたい」と頼むオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
「十両盗めば首が飛ぶ」時代に、情けない盗人が仏師屋に押し入る。
仏師屋は全然怖がらず、逆に盗人に煙草を吸わせてもらう。
盗人が「二尺八寸の刀」と言うが一尺八寸しかなく「嘘つきは盗人の始まり」と言われる。
仏師屋が一両二分を渡し、盗人の煙草入れをちゃっかり懐に入れる。
盗人が奥の障子を開けると大入道のような賓頭盧さんが立っている。
驚いた盗人が刀で切りかかって賓頭盧さんの首を切り落としてしまう。
怒った仏師屋が盗人に首継ぎを手伝わせる。
七輪で膠を煮て、盗人をこき使って賓頭盧さんの首を継ぐ。
仏師屋が盗人を追い払おうとするが、盗人が一両二分を返すと言う。
盗人「捕まって首を落とされたら継いでもらいたい」と頼むオチ。
解説
「仏師屋盗人」は、江戸時代の職人と盗人の滑稽な攻防を描いた古典落語の代表的な店噺です。物語の面白さは、通常なら恐怖の対象である盗人が、仏師屋の飄々とした対応によって完全に主導権を奪われてしまう逆転構造にあります。仏師屋の「全然怖がらない」という態度は、職人の気質と度胸の良さを表現しています。
特に秀逸なのは、盗人が「二尺八寸の刀」と虚勢を張るものの実際は一尺八寸しかなく、仏師屋に「嘘つきは盗人の始まり」と言われる場面です。これは「盗人の始まり」という慣用句をもじった洒落で、盗人の情けなさを際立たせています。また、仏師屋が盗人の煙草入れをちゃっかり懐に入れる場面は、どちらが本当の盗人か分からない皮肉な笑いを生んでいます。
最後のオチである「捕まって首を落とされたら継いでもらいたい」は、江戸時代の刑法「十両盗めば首が飛ぶ」という現実と、仏師の技術を結びつけた絶妙な言葉遊びです。盗人が自分の将来の処刑を想定して、首継ぎを依頼するという発想は、暗い現実をユーモアに転換した江戸落語の機知を示した名場面として評価されています。
あらすじ
「十両盗めば首が飛ぶ」と言われた頃の噺です。
真夜中に仏師屋の表の戸を、ベリバリ、ボリバリ、バリバリ、ボリバリ・・・と、無理やりこじ開けようとする音がする。
仏師屋はうるさくて寝ていられずに、中から開けると見知らぬ男が立っている。
仏師屋が誰かと聞くと盗人と言うが、どう見てもまともな盗人には見えず、暗がりでうろついている盗人に灯りをつけさせ仏師屋は落ち着いたものだ。
盗人は「腰の二尺八寸ダテには差さんわい」、と居直るが見ると一尺八寸しかない、「嘘つきは盗人の始まりや」と逆襲され盗人も立場がない。
全然怖がらない仏師屋に盗人は張り合いがないから怖がれと変な注文を出すが、「コワイコワイ、コワイコワイ、コ ワイコワイ」、「 あ~れぇ~、ぬすびと様、こわい、こわい~」と、完全に舐められ切っている。
商売に切り替えようと「銭を出せ」と脅したが、仏師屋は煙草を切らしたので吸わせてくれという。
人がいいのか、馬鹿なのか盗人は印伝の鹿の皮の煙草入れから煙草を出して、銀の煙管(きせる)で吸わせてくれた。
美味い美味いと二服も吸った仏師屋は仕事場の引き出しから一両二分だけ持って行ってくれと言って、ちゃっかりと煙草入れは懐に入れてしまう盗人顔負けのやり口だ。
一両二分入り、やっと仕事を終えた盗人は表から出ればいいものを、何故か仕事場の奥の障子を開けた。
すると目の前を大入道が塞いでいる。 思わず刀を抜いて切りかかると、何か下に落ちてゴロッゴロッと転がった。
なんと仏師屋が大和の寺から首の落ちた賓頭盧(びんづる)さんを預って継いだ首を切り落としてしまっただのだ。
さっき盗人にやった一両二分はその修理賃なのだ。
怒った仏師屋は首を継げるのを盗人に手伝わせる。
七輪に火をおこし、鍋でニカワが沸いたら起せと命令し、仏師屋はひと眠りしてしまった。
さてニカワも沸き用意も整って盗人から起された仏師屋は、盗人をこき使って賓頭盧さんの首を継いだ。
もう盗人に用はない仏師屋は、「早いこと一両二分持って去(い)ね」と追い払うが、盗人は一両二分を返すと言う。
仏師屋 「お前、銭盗りに来たんやろ、持って帰れ。俺も男や、いっぺん出し たもん戻されへんねん」
盗人 「一両二分返しまさかい、頼み聞いてもらえまへんやろか?」
仏師屋 「どんな頼みやねん?」
盗人 「いずれ、わたいが盗人して捕まった時にね、親方来てもらえまへんやろか?」
仏師屋 「何で俺がお前とこ行かんならんねん?」
盗人 「捕まって首落とされたら、継いでもらいたいんですわ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 仏師(ぶっし) – 仏像を彫刻・修理する専門職人。江戸時代には寺院の仏像修理や新造を請け負う重要な職業でした。
- 賓頭盧(びんづる) – 釈迦の弟子の一人で、撫で仏として親しまれる仏像。病気の部分を撫でると治ると信じられていました。通常は赤い衣を着た老人の姿で表現されます。
- 十両盗めば首が飛ぶ – 江戸時代の刑法で、十両以上の窃盗は死罪とされた厳しい法律。一両は現在の価値で約10万円程度とされています。
- 二尺八寸(にしゃくはっすん) – 約85センチメートル。刀の長さの単位。一尺八寸は約55センチで、実際はかなり短い刀です。
- 一両二分(いちりょうにぶ) – 江戸時代の貨幣単位。一両の半分が二分で、合計一両二分は現在の価値で約15万円程度。
- 膠(にかわ) – 動物の皮や骨から作る接着剤。仏像の修理や木工細工に使用されました。七輪で温めて溶かして使います。
- 印伝(いんでん) – 鹿革に漆で模様を施した伝統工芸品。煙草入れや財布などに使われる高級品でした。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ仏師屋は盗人を全然怖がらなかったのですか?
A: 仏師は職人気質で肝が据わっており、また盗人があまりにも頼りなく見えたためです。江戸時代の職人は気が強く、度胸があったとされています。
Q: 賓頭盧さんはなぜ立っていたのですか?
A: 修理のために預かった賓頭盧像を仕事場に立てかけていたためです。暗がりでその姿を見た盗人が大入道と勘違いしたという設定です。
Q: 「嘘つきは盗人の始まり」という言い回しの面白さは?
A: 本来は「嘘つきは泥棒の始まり」という慣用句ですが、相手が既に盗人なので「始まり」どころではないという皮肉な笑いになっています。
Q: 最後のオチ「首を継いでもらいたい」の意味は?
A: 江戸時代の死刑(斬首刑)と、仏師の首継ぎ技術を掛け合わせた言葉遊びです。現実には不可能なことを真面目に頼む滑稽さがオチの面白さです。
Q: この噺は実話に基づいているのですか?
A: 創作落語ですが、江戸時代の職人と盗人の実態、刑法の厳しさなど、当時の社会背景を反映した作品です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 飄々とした語り口で、仏師屋の度胸の良さと盗人の情けなさの対比を見事に演じました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 品格ある語りで、職人の気質と江戸の風俗を丁寧に描写。特に首継ぎの場面の描写が秀逸でした。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。温かみのある語り口で、情けない盗人に愛嬌を持たせる演じ方が特徴的でした。
- 春風亭一之輔 – 現代の名手。テンポの良い語り口で、若い世代にも人気の高座を展開しています。
関連する落語演目
同じく「盗人」がテーマの古典落語
職人が登場する古典落語
仏教・仏像が関わる古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「仏師屋盗人」は、職人の誇りと度胸、そして情けない盗人の対比が生む笑いの傑作です。現代でも通じる「相手のペースに巻き込まれる」という状況の可笑しさが描かれています。
特に興味深いのは、仏師屋が盗人から煙草入れをちゃっかり懐に入れる場面です。これは「盗人から盗む」という逆説的な行為で、善悪の境界線の曖昧さを示しています。現代社会でも、立場や状況によって加害者と被害者が入れ替わることがありますが、この噺はそうした人間関係の複雑さを軽妙に描いています。
また、盗人が仕事(首継ぎ)を手伝わされる展開は、「労働の尊さ」というテーマも含んでいます。盗みという不正な手段で金を得ようとした者が、結局は汗を流して働くことになるという皮肉な展開は、勤労の価値を説く教訓にもなっています。
最後のオチは、死刑という重い現実を笑いに転換する江戸時代の精神性を表しています。避けられない運命を笑い飛ばす強さと、それでも生きることへの執着を示す人間味が、この噺を単なる笑い話以上の深みのある作品にしています。
職人の技術への誇り、人間の弱さと強さ、そして生きることの滑稽さと尊さ。これらすべてが詰まった「仏師屋盗人」は、時代を超えて愛される理由がここにあります。







