棒鱈
3行でわかるあらすじ
寅さんと熊さんが料理屋で酒を飲んでいるが、隣の座敷の侍の古風な言葉遣いを熊さんがからかう。
酔った熊さんが隣の部屋に転がり込んで侍にマグロの刺身を投げつけ、怒った侍が刀を振り上げて喧嘩になる。
料理人が胡椒を振りまいて仲裁に入り、みんなくしゃみをして喧嘩が終わり「胡椒(故障)が入った」というオチで締めくくられる。
10行でわかるあらすじとオチ
寅さんと熊さんが料理屋の二階で酒を飲んでいる。
隣の座敷では侍と芸者が盛り上がって歌を歌っている。
侍が「えぼえぼ坊主の酢っぱ漬け」「赤ベロベロの醤油漬け」と古風に料理を注文する。
侍が「もずのくつばす」「いちがちぃはテンテコテン」など変な歌を歌う。
熊さんが侍をからかって「イモ侍」と言い、酔って小便に立つ。
熊さんが障子ごと隣の部屋に転がり込んでしまう。
熊さんが侍に「マグロのさすむ」と言って刺身を投げつける。
刺身が侍の顔にくっつき、侍が「武士の顔面に赤ベロベロを」と怒る。
侍が刀を振り上げて喧嘩になり、料理人が胡椒を振りまいて仲裁に入る。
みんながくしゃみをして喧嘩が終わり「胡椒(故障)が入った」がオチ。
解説
「棒鱈」は、江戸時代の料理屋を舞台にした酒呑み噺の代表作で、熊さんと古風な侍との言葉や文化の違いから生まれる滑稽な対立を描いた作品です。侍の古風な言葉遣いと熊さんの江戸っ子気質の対比が見事に表現されており、特に侍が「えぼえぼ坊主の酢っぱ漬け」(マグロの刺身)や「赤ベロベロの醤油漬け」(タコの三杯酢)と表現する場面は、時代による言葉の変化を巧妙に笑いに変えています。
また、侍が歌う「もずのくつばす」や「いちがちぃはテンテコテン」などの古謡は、実際の古い民謡をパロディ化したもので、江戸時代の観客には馴染みのある歌だったと考えられます。これに対して熊さんが「四国西国島々までも」などの都々逸で応戦する構図は、古典と新しい文化の対立を表現しています。
最後のオチである「胡椒(故障)が入った」は、料理人が胡椒を振りまいてみんながくしゃみをして喧嘩が止まったことを、機械などの「故障」にかけた洒落で、江戸落語の言葉遊びの絶妙さを示した名場面です。喧嘩という緊迫した場面を、身近な調味料で一気に笑いに転換する構成は、落語の持つユーモアセンスの高さを物語っています。
あらすじ
寅さんと熊さんが料理屋の二階で酒を飲んでいるが、男二人だけでは面白くもない。
隣の座敷では芸者が入って盛り上がっている。
そこで女中を呼んで、
熊さん 「芸者を一匹生け捕って来てもれえてぇな。粋な年増がいいぞ、年増ったって七十七なんてのはダメだぞ、二七、八、三十デコボコってとこで、酒を飲みたがらねぇ、料理を食いたがらねぇ、祝儀を欲しがらなねぇ、帰(けえ)る時にゃこっちに祝儀をくれるってとこを頼みてぇな。」
女中「ほほほっ、・・・難しいご注文で。はい、かしこまりました」
熊さん「かしこまってばかりいねえで、とっとと立ってさっさと芸者呼んで来い!」
寅さん 「よせよ!姐(ねえ)さん、勘弁してくれ、こいつは酒癖が悪いもんだから。これ少ないけど、取っておいてくれ」
熊さん 「隣の座敷は、また芸者が入りやがったな」、一方隣の座敷では、
芸者 「旦那、ちっともお出でがないじゃありませんか。近頃ではもっぱら品川の方で御遊びだとか・・・」
侍「いやぁ、大井、大森、蒲田、川崎らと、品川へ逗留いたしておった。品川の倉相模と言う見世で、もぐらと言う女が出てびくっりしたぞ」
芸者 「いやですよご冗談ばかり。
土蔵相模で小倉さんと言うお方でしょう。あらお料理はまだですか?なにか召し上がったらいかがです、旦那の好きなものは何でしたっけ?」
侍 「わしの好きなものは、えぼえぼ坊主のそ(酢)っぱ漬け、赤ベロベロの醤油漬けたい」
芸者 「何です、それは?」
侍 「マグロのサスムと、タコのサンビイス(三杯酢)だ」
熊さん「寅さん、今の聞いたか、隣のイモ侍の言いぐさ。赤ベロベロのしょう油漬、マグロのさすむだってやがら」
侍 「おい、今、隣の座敷でイモ侍と言ったぞ」
芸者 「そんなことより旦那、久しぶりに何か歌ってくださいよ」
侍 「おお、そうか、わしの歌が聞きたいか。
では、もず(百舌鳥)のくつばす(口ばし)てのを歌おう。♪「もずのぉ~くつばすぅ~、三郎兵衛の薙刀、差せ~や唐傘ぁ~、ワツキり、チャッキリ、鍋の墨かきゃ、たぬきゃぁの腹鼓、ほらぁ、ポンポン」
熊さん 「何でぇ、ありゃ歌かぁ? たぬきゃ~の腹鼓ってやがら、あのイモ侍の野郎。
都々逸でも歌いやがれてぇんだ。”四国西国島々までも都々逸は恋路の橋渡し”、”明けの鐘ゴンと鳴る頃三日月形の♪櫛が落ちてる~四畳半~”、こうこなくっちゃいけねえ。ここの四畳半に落ちてんのは、えぼえぼ坊主と赤ベロベロベロじゃあ、色気も素っ気もねえや」
芸者 「旦那、お隣では粋な唄歌ってますよ。三味線に合うような粋な唄、お願いしますよ」
侍 「よし、十二ヶ月と言うのを歌おう。♪いちがちぃ(一月)はぁ松飾り、にがちぃはテンテコテン、さんがちぃは雛まちゅり、しがちぃはお釈迦様~」
熊さん 「あれが歌かぁ、いちがちぃはテンテコテンだってやがら。にがちぃはお釈迦様、さんがちぃはテンテコテン、しがちぃはテンテコテン」
寅さん 「お前ぇのは、みんなテンテコテンじゃねぇか」
侍 「次は琉球を歌うぞ。♪琉球ぅ~おじゃるなぁら~、わらず(草鞋) 履いておじゃぁれ。
琉球はぁいすわらぁ(愛し(いとし)やら?)こいすわらぁ(恋しやら?)。はあ、酒は飲め飲め、二六(にろく)まんず(饅頭)の、一つふけたら、食わんば、食わんば、ぱ~っぱ」
熊さん 「はっはっはっ、ぱ~っぱだってやがら。俺ちょっとイモ侍の顔見て来る」
寅さん 「よせ! こういう所は他の座敷なんか覗くもんじゃねえんだ。
隣で何をしようと隣の勝手だ。
無粋なことするんじゃねえや。いい加減酔っぱらっちまいやがって、・・・もう帰るぞ!」
熊さん 「すまん、俺ちょっと小便して来る」と、ふらふらしながら廊下へ出たが、どんな顔した野郎か見たくてしょうがなく、障子の隙間から覗いたが、酔っているから、障子ごと隣の部屋へドタンと転がり込んでしまった。
侍 「こらあ!何のために、わしが部屋へ乱入をいたしたか!」
熊さん 「何でえ~、お前か、今、たぬきゃ~、いちがちいっ~、テンテコテン、テンテコテンって言ったのは手めえか。・・・マグロのさすむだ、これでも食うらえ!」と、刺身を投げつけた。
これが侍の顔にベッタッくっついて、
侍 「これはけしからん、武士の顔面に赤ベロベロをかけおって!手討ちにしてくれるそこに直れ!」
熊さん 「斬れるものなら斬ってみやがれ!斬って赤い血が出なけりゃ、赤えのと取り替えてやらあ、銭は取らない西瓜(すいか)野郎だ。どうせおめえの刀は竹光でアカベロベロも斬れやしめぇ」
侍 「う~ん!何たる悪口雑言、もはや許すわけには参らんぞ!」と、刀を振り上げた。
驚いた芸者 「二階のお客様同士が喧嘩ですよぉ!」、ちょうど調理場で鱈(たら)もどきを料理していた料理人が、あわてて両手に棒鱈と胡椒を持って二階に駆け上がり、胡椒を振り回しながら仲裁に入った。
侍 「誰も止めるでないぞ、ふあぁ~くしょん、へ~っくしょん、」
芸者 「お止めてください、~くしょん、くしょん、はくしょん」
熊さん 「何だぁこりゃ?変なもん掛けやがって。へぇ~っくしょん、へっくしょん」
店の者➀ 「二階の喧嘩はどうなった?」
店の者➁ 「心配ない、胡椒(故障)が入った」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 棒鱈(ぼうだら) – 北海道産の真鱈を天日で干して棒状にした保存食。江戸時代には高級食材として珍重され、正月料理などに使われました。
- 侍言葉 – 武士階級が使用していた独特の言い回し。「えぼえぼ坊主」(マグロ)、「赤ベロベロ」(タコ)など、現代では理解しにくい表現が多くありました。
- 都々逸(どどいつ) – 江戸時代に流行した七七七五の26文字からなる俗謡。恋愛を主題にしたものが多く、庶民に親しまれました。
- 三杯酢(さんばいず) – 酢・醤油・みりんを合わせた和え物用の調味料。タコや貝類によく使われる伝統的な味付けです。
- 品川 – 東海道第一の宿場町。遊郭があり、江戸の遊び場として有名でした。「土蔵相模」は実在した高級妓楼。
- 竹光(たけみつ) – 竹で作った模造刀。貧乏な侍が真剣の代わりに差していたことを揶揄する言葉。
- 熊さん・寅さん – 落語に頻繁に登場する江戸っ子の代表的なキャラクター。粗野だが人情味があり、権威に屈しない性格が特徴。
- 料理屋の二階 – 江戸時代、料理屋の二階は宴会や密会に使われる半プライベート空間でした。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ侍は古風な言葉遣いをしているのですか?
A: 江戸時代、武士階級は独特の言葉遣いや教養を持っており、庶民とは異なる文化を維持していました。この噺では、その格式張った言葉遣いが滑稽さを生む仕掛けになっています。
Q: 「もずのくつばす」や「いちがちぃはテンテコテン」は実在の歌ですか?
A: これらは実際の古い俗謡や童歌をパロディ化したものです。「もずのくつばす」は鳥の百舌鳥を題材にした歌で、「十二ヶ月」は月々の行事を歌った童歌でした。
Q: 胡椒で本当に喧嘩が止まるのですか?
A: 実際、胡椒を大量に撒かれるとくしゃみが止まらなくなり、刀を振り回すどころではなくなります。江戸時代の知恵として、喧嘩の仲裁に香辛料を使うことはあったようです。
Q: この噺は江戸落語と上方落語の両方にありますか?
A: 「棒鱈」は主に江戸落語の演目です。料理屋の描写や熊さん・寅さんという江戸っ子の登場人物など、江戸の町人文化が色濃く反映されています。
Q: 「故障」と「胡椒」をかけたダジャレは当時から受けていたのですか?
A: はい、江戸時代の人々は言葉遊びを大変好み、このような洒落は大いに受けていました。特に落語では、緊張した場面を言葉遊びで笑いに転換する技法が確立されていました。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。熊さんの江戸っ子気質と侍の堅物ぶりの対比を見事に演じ分け、特に喧嘩の場面の迫力は圧巻でした。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。品のある語り口ながら、庶民的な熊さんの描写も絶妙。胡椒のくしゃみの場面の演技が特に印象的でした。
- 三遊亭圓生(六代目) – 正統派の語り口で知られる名人。侍の古風な言葉遣いを格調高く演じながら、その滑稽さも巧みに表現しました。
- 春風亭柳朝(五代目) – 粋な江戸前の芸風で、料理屋の雰囲気を見事に再現。熊さんの酔態の描写が特に評判でした。
関連する落語演目
同じく「酒呑み噺」の古典落語
武士と町人の対立を描いた落語
言葉遊びのオチが秀逸な落語
この噺の魅力と現代への示唆
「棒鱈」は、身分や文化の違いから生まれる誤解とすれ違いを、ユーモラスに描いた作品です。侍の古風な言葉遣いを熊さんがからかう場面は、権威主義への批判精神と、江戸っ子の反骨精神を表現しています。
現代においても、世代間の言葉の違いや、専門用語による意思疎通の難しさなど、この噺が描くコミュニケーションの問題は身近なテーマです。また、酔った勢いでの失言が大きなトラブルに発展する展開は、現代の飲み会でも起こりうる普遍的な状況でしょう。
最後の「胡椒(故障)が入った」というオチは、緊迫した状況を一瞬で笑いに転換する落語の妙技を示しています。物理的な介入(胡椒)と言葉遊び(故障)を組み合わせた二重構造のオチは、落語という話芸の奥深さを感じさせます。
実際の高座では、侍の歌う古謡の節回しや、熊さんの酔態、くしゃみの連発など、演者の個性が光る見せ場が多い噺です。特に、胡椒でくしゃみをする場面は、演者によって様々な工夫があり、観客を大いに楽しませます。機会があれば、ぜひ生の落語会でご覧ください。









