品川SNS心中
今回は、古典落語の名作「品川心中」を現代のSNS社会に置き換えてお届けします。
原作は、遊廓で心中騒ぎを起こした男が、実はヘタレで最後まで遂行できずに逃げ出すという、シリアスなテーマをコミカルに描いた傑作です。
これを現代風にアレンジして、舞台は品川のタワーマンション、心中の相手は遊女ではなくインフルエンサー、そして目的は死ぬことではなく「バズること」。
SNS時代ならではの承認欲求と、現代っ子の打算的な恋愛観を、クスッと笑える長編落語に仕立ててみました。
承認欲求の塊
品川の高層タワーマンション群を見上げながら、一人の青年が歩いていました。
名前は田中翔太、25歳。都内のベンチャー企業でマーケティングの仕事をしていますが、給料は手取り20万円ほど。決して裕福ではありません。
翔太の最大の悩み、それは「バズらない」こと。
翔太「また『いいね』3個かよ…」
スマートフォンでInstagramの投稿を確認しながら、ため息をつきます。どんなに頑張って写真を撮って、キャプションを工夫しても、フォロワーは200人程度で増える気配なし。
翔太「俺もインフルエンサーになって、企業案件もらって稼ぎたいのに…」
そんな翔太が最近ハマっているのが、人気インフルエンサー「みくちゃん♡」のアカウント。
人気インフルエンサー「みくちゃん♡」
本名・佐藤美久、23歳。Instagramのフォロワー数50万人を誇る人気インフルエンサーです。
品川のタワーマンションに住み、毎日のように高級レストランやブランドショップの写真をアップ。企業からの案件収入で、月収は軽く100万円を超えています。
翔太は、みくちゃんの投稿に毎日欠かさず「いいね」とコメントを残していました。
「今日も美しいですね✨」
「そのバッグ、似合ってます💕」
「いつか一緒にお食事したいです🙏」
しかし、みくちゃんからの反応は皆無。翔太のコメントは、他の数百のコメントに埋もれてしまいます。
運命の出会い(?)
ある日、翔太が品川駅周辺を歩いていると、見覚えのある女性とすれ違いました。
翔太「あ…」
それは、間違いなく「みくちゃん♡」本人でした。
翔太「み、みくちゃん!」
美久「え?」
突然声をかけられて、美久は戸惑います。
翔太「あの、いつもInstagramを拝見してます!田中翔太です!」
美久「あ…ありがとうございます」
営業スマイルを浮かべる美久。しかし、明らかに早く立ち去りたそうです。
翔太「あの、今度お食事でも…」
美久「すみません、急いでるので」
そう言って、美久は足早に去っていきました。
翔太「ああ…」
企画の着想
その夜、翔太は考え込んでいました。
翔太「どうすれば、みくちゃんと付き合えるんだろう…」
普通のアプローチでは相手にされない。お金もない。特別なスキルもない。
そんな時、翔太の頭に突然アイデアが浮かびました。
翔太「そうだ!話題になるような企画をすればいいんだ!」
SNSで話題になることといえば…
翔太「心中だ!」
現代版心中企画
翔太が考えた企画、それは「SNS心中」。
実際に死ぬわけではなく、心中をするフリをしてSNSで生配信し、最後の最後で「やっぱり愛があれば生きていける」という展開で大団円。視聴者は感動し、二人は一気に有名になるという筋書きです。
翔太「天才的なアイデアじゃないか!」
早速、美久にDMを送りました。
「バズる企画があります。一緒にやりませんか?詳しくはお会いした時に説明します」
意外な返事
驚いたことに、美久から返事が来ました。
「興味あります。お話聞かせてください」
翔太「やったー!」
二人は、品川のカフェで待ち合わせることになりました。
カフェでの密談
翌日、品川駅近くのスターバックスで、翔太は美久に企画を説明しました。
翔太「つまり、僕たちが恋人同士という設定で、心中の生配信をするんです」
美久「心中…」
翔太「もちろん、本当に死ぬわけじゃありません。最後は『愛の力で生きていこう』って感動のフィナーレです」
美久「それって、炎上しません?」
翔太「炎上も含めてバズですよ!悪評も立てば山となる、です」
美久は、しばらく考え込んでいました。
美久「…面白そう」
翔太「本当ですか!?」
美久「でも、条件があります」
条件提示
美久「企画が成功したら、フォロワーの増加分に応じて、報酬をください」
翔太「報酬…」
美久「フォロワー1万人増えたら10万円。それで手を打ちましょう」
翔太は慌てました。そんなお金はありません。
翔太「あの…僕、そんなにお金持ってないんです」
美久「じゃあ、企画が当たったら稼げるでしょ?その売上から払ってもらえばいいです」
翔太「…分かりました」
こうして、二人の「SNS心中企画」が始まりました。
準備段階
企画実行に向けて、二人は着々と準備を進めました。
まず、翔太と美久が恋人同士であることを演出するため、デートの写真を撮影。品川のレストランやお台場の観覧車などで、ラブラブな写真をSNSにアップし始めました。
翔太「これで恋人設定は完璧だね」
美久「まあ、それなりに見えるんじゃない?」
しかし、演技とはいえ、翔太は本気で美久に恋してしまいました。
翔太「美久ちゃん、今度本当にデートしない?」
美久「は?これ、お仕事ですけど?」
翔太「そ、そうだけど…」
美久「勘違いしないでくださいね」
配信の準備
いよいよ心中配信の日が近づいてきました。場所は、品川のタワーマンション最上階。美久の知り合いが住んでいる部屋を借りることになりました。
翔太「台本はこれで大丈夫?」
二人で作成した台本には、以下のような内容が書かれていました。
「愛し合う二人だが、社会の障壁により結ばれない→心中を決意→感動的な愛の告白→最後の瞬間、愛の力で生きる決意→感動のフィナーレ」
美久「まあ、ベタだけど、視聴者は感動するんじゃない?」
翔太「きっと何十万回も再生されるよ!」
配信当日
いよいよ配信当日。
品川のタワーマンション最上階、午後8時。東京湾の夜景が美しく広がる中、翔太と美久はスマートフォンを三脚にセットして配信準備を整えました。
翔太「視聴者、今何人くらい?」
美久「えーっと…50人」
翔太「まだまだだね。でも、内容が内容だから、きっと増えていくよ」
配信開始。
生配信スタート
翔太「みなさん、こんばんは。突然こんな形で配信を始めて、申し訳ありません」
美久「実は…私たちには話さなければならないことがあります」
コメント欄に「何?何?」「急にどうした?」などの書き込みが流れ始めます。
翔太「僕たち…愛し合っているんです」
美久「でも…社会は私たちの愛を認めてくれません」
実際のところ、社会的障壁など何もありませんが、ドラマチックに演出します。
コメント欄「え?どういうこと?」「何があったの?」
視聴者数がじわじわと増えてきました。100人、200人、300人…
クライマックス
翔太「だから…僕たちは決めました」
美久「一緒に…この世を去ることを…」
コメント欄が一気に騒然とします。
「やめろ!」「警察!」「通報した!」
視聴者数は一気に1000人を突破しました。
翔太「美久…愛してる」
美久「私も…翔太のことを…」
二人は手を取り合い、ベランダの方向へ歩いていきます。
視聴者数は3000人に到達。
しかし…
その時、翔太の携帯電話が鳴りました。
プルルル…
翔太「え?誰だろう、こんな時に…」
着信画面を見ると「お母さん」の文字が。
翔太「…お母さん?」
美久「出ないでよ!今いいところなのに!」
しかし、翔太は慌てて電話に出てしまいました。
翔太「も、もしもし?」
母親「翔太!あんた何やってるの!?近所の奥さんがネットで見たって電話してきたわよ!」
現実の介入
翔太「え?お、お母さん…」
母親「すぐ家に帰りなさい!お父さんも心配してるのよ!」
翔太「でも、今…」
母親「『でも』じゃありません!心中なんてバカなこと考えないで!」
母親の大声が、配信にも入ってしまいました。
コメント欄「お母さんの声聞こえた」「ママに怒られてる」「これ、演技?」
翔太「…ちょっと待って」
配信を一時停止にして、翔太は美久に相談します。
翔太「どうしよう…お母さんが…」
美久「え?まさか帰るの?」
翔太「でも…お母さんが心配してて…」
美久の本音
美久「ちょっと待ってよ!ここまでやって、今やめるの?」
翔太「でも…」
美久「視聴者、もう5000人よ!このまま続ければ、絶対バズるのに!」
翔太「お母さんが泣いてる…」
美久「お母さんなんてどうでもいいでしょ!今はビジネスチャンスよ!」
美久の本性が露呈した瞬間でした。
翔太「ビジネスチャンス…?」
美久「そうよ!私はフォロワーを増やすために協力してるの!あなたの恋愛ごっこに付き合ってるんじゃないのよ!」
覚醒
翔太は、ようやく現実を理解しました。
美久は自分を愛してなどいない。全ては、フォロワーを増やすためのビジネス。そして、自分も同じだった。本当の愛を求めていたわけではなく、ただバズりたかっただけ。
翔太「…分かった」
美久「分かったなら、配信続けましょ!」
翔太「いや、やめる」
美久「え?」
翔太「この企画、やめだ」
配信終了
翔太は、再び配信をオンにしました。
翔太「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした」
コメント欄「どうした?」「続けろよ!」
翔太「実は…これ、全部演技でした」
コメント欄が炎上状態に。
「ふざけんな!」「時間の無駄!」「詐欺だ!」
美久「何やってるのよ!」
翔太「ごめん、美久ちゃん。俺、帰る」
美久「ちょっと!約束が!」
翔太「お母さんが呼んでるから」
実家への帰還
翔太は、品川から電車を乗り継いで、実家のある世田谷へ向かいました。
改札を出ると、母親が迎えに来ていました。
母親「翔太…」
翔太「お母さん…心配かけて、ごめん」
母親「もう…バカな子ね」
二人は抱き合いました。
家族の温かさ
実家のリビングで、両親と翔太は向かい合って座りました。
父親「お前、何を考えてるんだ?」
翔太「…有名になりたかったんだ」
母親「有名になって、どうするの?」
翔太「お金を稼いで…楽な生活がしたかった」
父親「バカ者。楽な生活なんて、この世にないぞ」
母親「それより、ちゃんと働いて、いい人見つけて、普通に幸せになりなさい」
翔太「普通って…」
父親「普通が一番難しいんだ」
その後の美久
一方、美久は配信が中止になったことで、逆に注目を集めることになりました。
「心中ドッキリ失敗女子」として、一時的に話題となったのです。
しかし、それは炎上系の注目。企業からの案件は激減し、フォロワーも減り続けました。
美久は、結局別の企画で復活を図ることになりましたが…それはまた別の話。
1年後
翔太は、SNSから距離を置いて、真面目に仕事に取り組むようになりました。
職場でも評価が上がり、小さな昇進も果たしました。
そして、会社の同僚である経理の女性・山田さんと、地味ながらも真剣な交際を始めています。
山田さん「翔太さん、今度の休み、一緒に映画見に行きませんか?」
翔太「いいね!でも、SNSには上げないよ」
山田さん「私もです。二人だけの時間にしましょう」
オチ
ある日、翔太が電車に乗っていると、隣に座った高校生がスマホで動画を見ていました。
画面には、見覚えのある女性が映っています。
美久「皆さん!今度は本当の恋をします!相手は…」
翔太は、苦笑いを浮かべながら、イヤホンをして音楽を聞き始めました。
そして、山田さんにメッセージを送ります。
「今日も会社でお疲れさま。今度の日曜、うちの実家に遊びに来ない?お母さんが手料理作ってくれるって」
山田さんからの返事。
「ぜひ!楽しみです♪」
翔太の顔に、自然な笑顔が浮かびました。
バズらない日常も、悪くない
まとめ
古典落語「品川心中」を、現代のSNS社会に置き換えてみました。
心中という重いテーマを、承認欲求やバズりたい願望に変換することで、現代的な軽さを演出したつもりです。
原作では、最後まで心中を遂行できない男の情けなさが描かれますが、こちらでは「お母さんの一言で我に返る」という、現代っ子らしいオチにしてみました。
SNS疲れという言葉もある昨今、たまには画面から離れて、リアルな人間関係を大切にするのも良いものかもしれませんね。
私も最近、投稿の「いいね」数を気にしすぎて疲れることがあるので、翔太の気持ちがちょっと分かります。やっぱり普通が一番…なのかもしれません。


