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【AI落語】習字教室

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習字教室
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習字教室

今回もまた落語に挑戦してみました。実は私、字が下手でして、メールやワープロに頼りきりの現代でも、たまに手書きをしなければならない時に恥ずかしい思いをすることがあります。そんな体験から思いついた一席です。まあ、この落語も字と同じで、下手は下手なりに味があると思って書いておりますが、果たしてどうでしょうか。

まくら

江戸時代でも、今でも、字の上手下手はその人の教養を表すとされていました。寺子屋で習字を習うのが一般的でしたが、中には独特な教え方をする先生もいたようで。

あらすじ

「金さん、あんたの字、相変わらずミミズがのたくったみてえだね」

「うるせえな、長さん。俺だって努力してるんだよ」

「努力って、どんな?」

習字教室に通い始めたんだ」

「へえ、それは感心だね。どこの先生に習ってるんだい?」

「神田の奥の方にある、墨雲斎ってえ先生だ」

「聞いたことねえな。まあ、頑張れよ」

初日の衝撃

翌日、金さんは意気揚々と習字教室へ向かった。

「すみません、墨雲斎先生はいらっしゃいますか?」

「はい、私が墨雲斎です。自由に、のびのびと書きなさい」

「え?手本は?」

「手本など必要ありません。あなたの心の声を筆に込めて書けばよいのです」

「心の声って…何を書けばいいんで?」

「今、この瞬間に感じることを」

金さんは困惑しながらも、「腹減った」と書いてみた。

「素晴らしい!飢餓感が筆に表れています

「え、本当ですか?」

「ええ、特にこの『腹』の字の丸みが、空腹の切なさを表現していますね」

「そ、そうなんですか…」

独特すぎる指導法

二回目の授業では、さらに奇妙なことが始まった。

「今日は目を閉じて書いてみましょう」

「目を閉じて?見えませんよ」

「見ることは書くことの邪魔になります。心の目で書くのです

「はあ…」

金さんは恐る恐る筆を取り、目を閉じて書いてみた。当然のことながら、線はあちこちに飛び散った。

「先生、これじゃあ何が書いてあるか分からない」

「分からなくてよいのです。抽象的な美しさがあるじゃないですか」

「抽象的って…」

「現代芸術の精神に通じるものがありますね」

エスカレートする教育法

三回目の授業は更に過激だった。

「今日は足で筆を持って書いてみましょう」

「足で?」

「手は固定観念に縛られています。足は自由な発想を生みます」

「そんな馬鹿な…」

金さんは渋々足の指に筆を挟み、恐る恐る紙に向かった。

「うまく力が入らねえ…」

「それでいいのです。力を抜いた線こそ美しいのです」

「でも、これじゃあ…」

「見てください、この踊るような躍動感!」

迷走する金さん

一ヶ月後、金さんの字はますます下手になっていた。

「金さん、前より字が下手になってねえか?」

「いや、それが芸術性を追求してるもんで」

「芸術性って…普通の字も書けないじゃないか」

「先生が言うには、普通は芸術の敵だって」

「そんな先生、大丈夫か?」

ある日、金さんは町の書道展を見に行った。そこには美しい楷書や行書がずらりと並んでいた。

「やっぱり、こういう字が書けるようになりたいんだよなあ…」

正統派の先生との出会い

偶然、書道展で出会った老先生が声をかけてきた。

「お若いの、書道に興味がおありで?」

「はい、でも全然上達しなくて…」

「どちらで習っていらっしゃる?」

「墨雲斎先生という方に」

「墨雲斎?…ああ、あの方は前衛書道の方ですね」

「前衛?」

「伝統的な書道とは正反対の、型破りな書道です」

「そうだったんですか…」

老先生は丁寧に教えてくれた。

「書道の基本は正しい姿勢筆の持ち方です」

「当たり前のことですが」

「当たり前のことが一番大切なのです。まず『一』から始めましょう」

基本への回帰

新しい先生のもとで、金さんは一から学び直した。

「横画は右上がりに、そして最後はきちんと止める

「なるほど、こうですね」

「そうそう、とても良くなりました」

「前の先生は、『止める』ことは自由を妨げるって言ってました」

「それも一つの考え方ですが、まずは基本を身につけてからですね」

三ヶ月後、金さんの字は見違えるように上達していた。

「金さん、字がうまくなったじゃないか!」

「ああ、ちゃんとした先生に習い直したんだ」

「前の先生はどうした?」

「あの先生はね、字を習いに来たんじゃないって言われた」

「え?何しに来たって?」

芸術を理解しに来たんじゃないかって」

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は習字教室を舞台にした落語でした。学ぶということは、まず基本を身につけることから始まるという、当たり前だけれど大切なことを描いてみました。私も基本を大切にして落語を作っていこうと思います。まあ、基本ができてない落語家が基本の大切さを説くのも説得力がありませんが。

それにしても、型破りな指導法の先生というのは、現実にもいそうですよね。自分は字を習いに来たのに、結果的に現代アートを学んでいたなんて、まさに想定外の展開でした。

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