関の津富
3行でわかるあらすじ
大酒豪で破天荒な俳諧師・関の津富が10年の放浪から江戸に戻り、剣術道場で打ちのめされつつも俳句で感心させる。
殿様の軸に勝手に賛を書いて逆に褒美をもらい、羽織を拝領する。
最後に乞食のお菰さんに出会い、「菰(雲)の上人」と洒落を言って締めくくる。
10行でわかるあらすじとオチ
俳諧師の関の津富は大酒豪で浪費家、女房に逃げられても気にしない変わり者。
江戸を出て10年間全国を放浪し、乞食同様の姿で江戸に戻ってくる。
腹を空かせて剣術道場に武者修行と偽って入り、酒肴を馳走になる。
試合を断れず木刀を握るが、素人なのですぐに打ちのめされてしまう。
「夕立に打たれてふとる田面かな」と俳句を詠んで道場を後にする。
経師屋で英一蝶の軸に勝手に「猿猴の片肌寒し冬の月」と賛を書いてしまう。
殿様の預かり物と聞いて屋敷に連れて行かれるが、殿様は賛を絶賛して酒盛りになる。
寝込んでしまった津富に殿様は羽織を掛けてやり、「下伏して花を着かぶる果報かな」と詠んで退出。
柳原で乞食のお菰さんの頭を蹴ってしまい、「夢破る風の粗忽や春の宵」と詠むが面白くないと言われる。
津富は「俳諧に貴賤はない、わしの目から見ればお主は菰(雲)の上人に見える」と洒落で締める。
解説
「関の津富」は、破天荒な俳諧師の生き様を通じて、俳諧の持つ力と人間の面白さを描いた古典落語です。
主人公の津富は、世間の常識に囚われない自由奔放な生き方をしており、その場その場で即興の俳句を詠みます。
剣術道場では打ちのめされても俳句で感心させ、殿様の軸に無断で賛を書いても、その才能で逆に褒美を得る。
最後のオチは「菰(こも)」と「雲(くも)」をかけた洒落で、乞食を「雲の上人」と表現する機知に富んだ言葉遊びです。
身分や貧富の差を超えて、俳諧の心で人を見る津富の姿勢が、この噺の魅力となっています。
あらすじ
俳諧師の関の津富(しんぷ)は、大酒豪で浪費家で変わり者。
女房は愛想をつかして出て行ってしまったが、無頓着でおかまいなし。
呑気なもんでぶらりと江戸を出て旅回り、「・・・予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず・・・」なんて心境ではさらさらない。
行き当たりばったりで全国を俳諧行脚というより、あちこちと徘徊して早や十年の歳月が流れた頃、江戸へ戻って来た。
その姿は乞食同様で一文無し、腹が減ってしょうがない。
神田お玉が池あたりまで来ると、やっとうの掛け声が聞こえてきた。
見ると千葉鈍作の門札の出た剣術の道場だ。「武者修行の者と言えば飯を食わせてくれて、わらじ銭もくれるだろう」、むさ苦しい格好で門を叩いた。
予定どおり酒肴を馳走になったが、
鈍作 「折角、お越しになったのだから、一手、お相手願いたい」ときた。
津富先生、断り切れずに木刀を握ったが、もとより素人のへっぴり腰だ。
鈍作 「うむ、これは隙だらけと見せかけて誘い込む剣法か」、なんて勘ぐったりもしたが、すぐに見破り、「エイッ!」と大上段から唐竹割の一撃で津富は伸びてしまった。
バケツで水をかけられ息を吹き返して、俳諧師だと名乗ると、
鈍作「おぉ、左様ですか、座興に一句所望いたす」
津富 「夕立に打たれてふとる田面(たのも)かな」と詠んで立ち去った。
ほろ酔い加減で経師屋をのぞくと、がらくたばかりの軸の中に、猿と月を描いた軸が掛かっている。
その出来栄えの見事さに津富は思はず店に入っていきなり軸に、「猿猴の片肌寒し冬の月」と讃を書いてしまった。
驚いた主人、「なにをするんだ。
これは雲州公様から預かった英一蝶の画だぞ。
とんでもないことをしてくれた。これから謝りに行くから一緒に来なさい」と、津富をお屋敷に連れて行く。
主人から話を聞いた殿さま、「一蝶の画に落書きとな、不届き千万、無礼なやつ」とお冠だが、軸の讃をしばし見て、「・・・この画にしてこの讃あり」と大絶賛。
喜んだ殿さまは三人で酒盛りで和気あいあい。
たらふく飲んで食った津富先生は殿さまの前で寝込んでしまった。「まあ、よいではないか」と殿さまは着ていた羽織を掛けてやる。
やっと目を覚ました津富、羽織を押し頂いて、「下伏して花を着かぶる果報かな」と詠んで屋敷を出る。
羽織を売っ払ってまた一杯やろうと柳原の土手まで来ると、和泉橋の脇で寝ていたお菰さんの頭に蹴つまづいてしまった。「すまん、すまん」と平謝りして、
津富 「"夢破る風の粗忽や春の宵"、どうだ面白いだろう、これで勘弁してくれ」
お菰さん 「面白くもなんともござりません」
津富 「おお、面白くないか、正直者はおれは大好きだ。
どこが面白くないか聞かせてくれ。おれもそのお菰の上に座って聞くから」
お菰さん 「あなたがお座りになるようなところじゃございません」、まあ、津富の身なりもお菰さんと変わらないのだが。
大事に抱えている殿さま拝領の羽織は別にして。
津富 「いやいや、俳諧に貴賤はない。わしの目から見れば、お主は菰(雲)の上人に見える」
落語用語解説
- 俳諧師(はいかいし) – 俳句(俳諧)を専門とする文人。江戸時代には各地を旅しながら句会を開き、弟子を取って生計を立てていました。
- 英一蝶(はなぶさいっちょう) – 江戸時代中期の画家(1652-1724)。流罪から赦免された後の作品は特に評価が高く、この噺でも貴重な軸として登場します。
- 千葉鈍作 – この噺に登場する架空の剣術道場主。「鈍作」という名は剣術の腕前を皮肉った命名かもしれません。
- お菰さん(おこもさん) – 菰(こも)を被って寝起きする乞食のこと。「菰」と「雲」の音が似ていることがオチに使われています。
- やっとう – 剣術のこと。木刀を打ち合う音から来た俗称です。
よくある質問(FAQ)
Q: 「菰(雲)の上人」というオチはどういう意味ですか?
A: 「お菰さん」の「菰」と「雲」の音が似ていることを利用した地口落ちです。「雲の上人」は高僧や身分の高い人を指す言葉ですが、津富は貧しい乞食に対して「俳諧に貴賤はない」と言いながら「雲の上人に見える」と洒落ています。
Q: 津富の俳句「夕立に打たれてふとる田面かな」の意味は?
A: 剣術道場で打ちのめされたことを、夕立に打たれた田んぼが水を吸ってふくらむ(太る)様子に喩えた即興句です。自分の負けを認めながらも俳句の才で感心させるところに津富の機知が光ります。
Q: 実在の俳諧師がモデルになっていますか?
A: 特定のモデルは不明ですが、松尾芭蕉の「奥の細道」を彷彿とさせる描写があります。「片雲の風に誘はれて」という部分は芭蕉の文章のパロディとなっています。
名演者による口演
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。津富の飄々とした人柄と俳句の風雅さを見事に表現。上方落語の格調高い語り口で知られました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。津富の破天荒さと俳人としての品格を絶妙なバランスで演じました。
- 柳家小三治 – 人間国宝。津富の自由奔放な生き方を温かみのある語り口で描きました。
関連する落語演目
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この噺の魅力と現代への示唆
「関の津富」は、世俗的な成功や富に囚われない自由な生き方を描いた作品です。大酒豪で破天荒、女房に逃げられても気にしない津富の姿は、現代人から見れば無責任にも映りますが、俳諧という芸に生きる潔さが清々しく感じられます。
剣術道場では打ちのめされても俳句で切り返し、殿様の軸に無断で落書きしても才能で褒美を得る。津富の人生は、実力があれば道は開けるということを教えてくれます。
最後に乞食に対して「俳諧に貴賤はない」と言い切る津富の姿勢は、芸術や文化の本質を突いた言葉として心に残ります。身分や貧富を超えた人間の価値を問いかける、味わい深い一席です。


