両国八景
3行でわかるあらすじ
両国の川開きで酔っ払った熊さんが、薬売りの五臓円の練り薬を「酒の肴になる」と言って食べる。
次に接ぎ粉屋の接着剤まで「味に変わりはねえだろ」と食べてしまい、口がくっついて開かなくなる。
虎さんがヘラで口をそいで開かせ、詫びに接ぎ粉を買うと店主が「口開けは半額」と言うオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
居酒屋で酔っ払った熊さんが小僧をからかいながら飲み、なかなか帰ろうとしない。
虎さんが現れて勘定を払い、持ち合わせのない熊さんを連れ出す。
両国広小路の川開きで花火見物の賑わい、香具師の店が並んで口上を述べている。
薬売りが五臓円の練り薬を実演販売し、「十文でお試しを」と客を呼び込む。
熊さんが「酒の肴になる」と言って薬を食べ、虎さんが慌てて引きずり出す。
接ぎ粉屋が早接ぎの粉(接着剤)を実演し、「口開けのため十文」と安売りしている。
熊さんが「色が悪いが味に変わりはねえだろ」と接着剤を口に入れて食べてしまう。
口がくっついて開かなくなり、熊さんが泣き出して大騒ぎになる。
虎さんがヘラを借りて熊さんの口の周りをそいで、なんとか口を開かせる。
虎さんが詫びに接ぎ粉を一袋買うと、店主が「口開けは半額でございます」と言うオチで落とす。
解説
「両国八景」は江戸時代の両国川開きの賑わいを背景にした古典落語で、酔っ払いの熊さんが起こす騒動を描いた作品です。
両国の川開きは享保18年(1733年)に始まった歴史ある行事で、旧暦5月28日から8月28日までの納涼期間の初日を指し、花火が打ち上げられて多くの見物客で賑わいました。
この噺の一部は後に独立して「蝦蟇の油」という演目になっており、香具師の口上が見どころの一つとなっています。
物語では、薬売りの五臓円や接ぎ粉屋(接着剤屋)といった実際に江戸時代に存在した商売が登場し、当時の縁日の雰囲気を伝えています。
熊さんが接着剤を食べて口がくっつくという荒唐無稽な展開から、「口開け」という言葉を「初売り」と「口を開ける」の二つの意味で使った洒落でオチをつける構成は、言葉遊びを得意とする落語の真骨頂です。
酔っ払いの無茶苦茶な行動と、それを収拾する虎さんの苦労が、江戸庶民の日常的な人間関係を温かく描いた名作といえます。
あらすじ
居酒屋で小僧をからかいながら飲んでいる熊さん。
もう店を閉めると言われながら、もう一杯、もう一杯と中々帰ろうとしない。
そこに入って来た兄貴分の虎さんが勘定を払って熊さんを連れ出す。
熊さんは、「湯の帰り道で持ち合わせが無いのでまぬけなやつが来るまでねばっていた」、との言い草だ。
酔ってずっこけそうな熊さんを抱えるように両国広小路まで来ると、今日は両国の川開きで花火も上がり、見物客で賑わっていて、いろんな店が出て香具師が大きな声で口上を並べている。
熊さんはよろけながら、ひとだかりのしている店の前に立ち止まる。
薬売り 「さあさあ、人間は病の器だよ。
トロトロッと眠ると高いとこから落ちる夢を見る。
全身にはびっしょりと汗をかいている、こういう時はご用心だよ。
ここに解剖図が掛けてあるだろ。
これが人間の内臓で、上から肺臓、心臓、腎臓、肝臓、・・・、これを合わせて五臓六腑という。
この穴が一つでも塞がれば歩けなくなる。
手前ここに持ちたる五臓円の練り薬、これを舐めてごらんよ。
気持ちがパーッとして、精神がさわやかになり、どんな難病でもよく治る。
いつもは二十文だが、口開けのお客さんに限り十文にしておく。だれかお試しなさるかな」、「お試しくれ・・・こりゃいいね。
酒の肴になる。もう一辺おくれ」、あわてて虎さんが引きずり出した。
すぐに熊さんはまた店の前で止まって、
接ぎ粉屋 「さあさあ、皿を割った、丼を割ったときは、焼き接ぎ屋に持って行けば三日四日と時間がかかる。
そんな時にはこの早接ぎの粉があったらご重宝。
まず、この板に粉を乗せて水を一、二滴垂らし良く練る。
どうだもう下の板がくっついてくる。
今日はこの欠けた湯呑みを接いで見せよう。
この薬を欠けた所に薬を惜しまずに塗って、グッと押さえつける。
薬がはみ出した所はヘラでそいで取ってもらう。
錦絵のお皿や丼に接ぎ跡が残って嫌だというお方は、おまけにあげるこの金粉を刷毛に付けてちょちょいと塗ると、金の早継ぎと変わったね。
このまま冷やせばけっこうなのだが、お急ぎの方は火であぶっていただければ早く乾いてくっつく。・・・いつもは二十文だが、今日は口開けのため十文だ。誰かお試しなされる方はないか」
熊さん 「おお、お試しなさるよ。・・・こりゃ色が悪いな。でも味に変わりはねえだろ」と、接着剤を口に入れた熊さん、もぐもぐと噛んだがすぐに固まり始めて口がくっついて開かなくなって泣き出した。
虎さんが接ぎ粉屋からヘラを借りて熊さんの口の周りをそいで、
虎さん 「上唇と下唇を持ってパットはがしてみろ」、熊さん、上下に唇を引っぱるとやっと口が開いた。
虎さん 「すまなかったな。
お詫びに一袋もらって行くよ。いくらだ」
接ぎ粉屋 「へえ、十文でございます」、
虎さん 「十文?バカに安いな」
接ぎ粉屋 「へへっ、口開けは半額でございます」
落語用語解説
両国(りょうごく)
現在の東京都墨田区にある地域で、隅田川に架かる両国橋の周辺を指します。江戸時代には武蔵国と下総国の境界にあたるため「両国」と呼ばれました。川開きや花火大会、相撲興行などで賑わう江戸随一の歓楽街で、この噺では川開きの賑わいが舞台となっています。
川開き(かわびらき)
享保18年(1733年)に始まった両国の納涼行事。旧暦5月28日から8月28日までの期間の初日を指し、隅田川で花火が打ち上げられました。水神祭と飢饉・疫病の犠牲者の慰霊を兼ねており、江戸三大祭りの一つとして多くの見物客で賑わいました。この噺では、川開きの賑やかな雰囲気が重要な舞台設定となっています。
香具師(やし・こうぐし)
縁日や祭りの際に露店を出して商売をする人々。薬売りや接ぎ粉屋など、様々な商品を独特の口上で売り歩きました。この噺では、薬売りの五臓円と接ぎ粉屋が登場し、江戸時代の香具師の実演販売の様子が詳しく描かれています。
五臓円(ごぞうえん)
五臓六腑に効くとされる万能薬の一種。練り薬の形状で販売され、香具師が口上で効能を説明しながら売っていました。この噺では、熊さんがこれを「酒の肴になる」と言って食べてしまうという荒唐無稽な展開になります。実際には薬として舐めるものでしたが、熊さんの酔っ払いぶりを表現する小道具として機能しています。
接ぎ粉(つぎこ)
陶器や磁器を接着するための粉状の接着剤。水を加えて練り、割れた食器などの修理に使われました。江戸時代には「早接ぎの粉」として香具師が実演販売しており、この噺では熊さんがこれを食べて口がくっついてしまうという笑いの核心となっています。
口開け(くちあけ)
商売で初めて商品を売ること、または初売りのこと。縁起を担いで通常より安い価格で販売する習慣がありました。この噺のオチでは、「口を開ける」という文字通りの意味と「初売り」という商売上の意味を掛けた言葉遊びとなっており、落語らしい秀逸なオチになっています。
ヘラ
接着剤をそぎ取るための道具。この噺では、熊さんの口の周りに付いた接着剤をヘラでそいで、なんとか口を開かせる場面で使われます。接ぎ粉屋の商売道具でもあり、修理の実演にも登場する重要な小道具です。
よくある質問
Q1: 両国八景とは何ですか?
「両国八景」というタイトルは、中国の瀟湘八景(しょうしょうはっけい)になぞらえて、両国周辺の八つの名所や風景を表す言葉として使われました。この噺では、両国の川開きの賑やかな情景を背景に、様々な香具師の店が並ぶ様子を描いており、タイトルの「八景」は賑わいの多様性を表現しています。実際の噺の内容は、酔っ払いの熊さんが起こす騒動が中心ですが、両国の風物詩を織り込んだ作品となっています。
Q2: 熊さんはなぜ接着剤を食べたのですか?
熊さんは泥酔しており、正常な判断ができない状態でした。薬売りの五臓円を「酒の肴になる」と言って食べた後、接ぎ粉屋の接着剤も「色が悪いが味に変わりはねえだろ」と判断して食べてしまいます。これは酔っ払いの無茶苦茶な行動を極端に表現したもので、江戸時代の落語では酔っ払いが常識外れの行動をする設定がよく使われました。熊さんの愚かさと酔いの深さを滑稽に描いた場面です。
Q3: 「口開けは半額」とはどういう意味ですか?
このオチは二重の意味を持つ言葉遊びです。一つ目は「口開け(初売り)は半額」という商売上の意味で、縁起を担いで最初のお客さんに安く売るという習慣を表しています。二つ目は「口を開けた(熊さんの口を開かせた)から半額」という文字通りの意味です。虎さんが詫びに一袋買うと言った時、接ぎ粉屋が「口開けは半額でございます」と答えることで、熊さんの口を開けたことと初売りの両方を意味する洒落となっており、落語らしい巧妙なオチとなっています。
Q4: この噺と「蝦蟇の油」の関係は?
「両国八景」の一部、特に薬売りの口上の場面が独立して「蝦蟇の油」という演目になりました。「蝦蟇の油」では、筑波山の四六の蝦蟇(ガマガエル)から採った油を万能薬として売る香具師の口上が中心となっています。「両国八景」では接着剤を食べて口がくっつくという展開がメインですが、「蝦蟇の油」では薬売りの口上そのものが見どころとなっており、二つの噺は共通の要素を持ちながら異なる方向性を持っています。
Q5: この噺を得意とする落語家は誰ですか?
この噺は多くの落語家によって演じられていますが、特に古今亭志ん朝師匠や柳家小三治師匠の口演が評価されています。志ん朝師匠は香具師の口上を軽妙に演じ、熊さんの酔っ払いぶりと虎さんの苦労を対比させる技術が見事でした。小三治師匠は両国の賑わいをリアルに再現し、特に接ぎ粉屋の実演販売の場面が詳細で聴き応えがあります。現代でも若手からベテランまで幅広い落語家がこの噺を手がけており、香具師の口上と言葉遊びのオチで観客を楽しませています。
名演者による口演
三代目 古今亭志ん朝
志ん朝師匠の口演は、香具師の口上を軽妙なテンポで演じる技術が見事です。特に薬売りの五臓円の説明と接ぎ粉屋の実演販売の場面での語り口が秀逸で、江戸時代の縁日の雰囲気を見事に再現しています。熊さんの酔っ払いぶりと虎さんの苦労の対比も絶妙で、最後の「口開けは半額」というオチを自然に聞かせる技術が光ります。
柳家小三治
小三治師匠の口演は、両国の川開きの賑わいをリアルに描き出しています。特に接ぎ粉屋が板を接着する実演の場面での詳細な描写が印象的で、聴衆の想像力を刺激します。熊さんが接着剤を食べて口がくっつく場面での慌てぶりと、虎さんがヘラでそいで口を開かせる苦労を丁寧に演じています。
五代目 古今亭志ん生
江戸落語の巨匠・志ん生師匠の口演は、酔っ払いの熊さんの無茶苦茶な行動を愛おしく描いています。特に居酒屋で小僧をからかう場面から、接着剤を食べて泣き出すまでの一連の流れが自然で、江戸庶民の日常的な人間関係を温かく表現しています。
関連する落語演目
同じく「酔っ払い」が登場する古典落語



同じく「言葉遊びのオチ」が特徴の古典落語



同じく「両国・江戸の賑わい」が舞台の古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
『両国八景』の最大の魅力は、江戸時代の縁日の賑やかな雰囲気と、酔っ払いの無茶苦茶な行動を滑稽に描いた点にあります。香具師の口上は江戸時代の実演販売の様子を伝える貴重な資料でもあり、落語を通じて当時の商売の技術を知ることができます。
この噺が現代にも通じるのは、「酔っ払いの愚かさ」という普遍的なテーマを扱っているからです。熊さんが接着剤を食べてしまうという極端な行動は、現代でも酔って判断力が鈍り、常識外れの行動をしてしまう人々の姿と重なります。また、虎さんのように後始末をする側の苦労も、現代の飲み会や宴会で見られる光景です。
また、「口開けは半額」という言葉遊びのオチは、日本語の多義性を活かした秀逸な表現です。一つの言葉が複数の意味を持つことで生まれる笑いは、落語の真骨頂であり、現代の言葉遊びやダジャレの原点ともいえます。
さらに、香具師の実演販売という文化も興味深いテーマです。現代のテレビショッピングや通信販売も、本質的には香具師の口上と同じ技術を使っており、人を引きつけて商品を売る技術は時代を超えて変わらないことがわかります。
落語という芸能は、こうした江戸時代の文化と人間の愚かさを笑いに転換することで、聴衆に気づきを与えます。ぜひ実際の高座や音源でこの噺をお楽しみください。香具師の口上と言葉遊びのオチが光る名作です。


