湯屋番
3行でわかるあらすじ
大家の若旦那が遊びが過ぎて勘当され、大工の熊五郎の家に居候するが女房に迷惑がられて湯屋で働くことになる。
番台に座って妄想の一人芝居を演じ、2号さんとの恋愛劇を勝手に展開して客を魅了してしまう。
客が夢中になって見ているうちに下駄が混乱し、「順々にはかせて、一番しまいは裸足で帰します」というオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
大家の遊び人の若旦那が遊び過ぎて勘当され、出入りの大工職人熊五郎の家の2階に居候している。
何もしないで食っちゃ寝ているので熊さんの女房が迷惑し、熊さんに若旦那の仕事探しをせっつく。
熊さんが湯屋奉公を勧めると、若旦那は外回りでリヤカーを引く仕事を断り、番台に座ると言い出す。
昼飯時に鉄五郎の代わりに番台に座ることになり、女湯を期待するがガラガラで男湯は混雑している。
汚いケツや毛むくじゃらの足ばかりであてが外れ、若旦那は妄想の世界に入り込む。
夕方、大会社の社長の2号さんが女中の清と湯屋に来て若旦那を見初める設定で一人芝居を始める。
2号さんの家に引っ張り込まれ酒を飲み、雷で2号さんが癪を起こして気絶する場面まで演じる。
若旦那が盃洗の水を口移しで飲ませる演技をし、2号さんとの恋愛劇が佳境に入る。
客が夢中になって軽石で顔をこすり血だらけになるほど見入っているうちに下駄が混乱してしまう。
客が「俺の下駄がどこかへ行った」と文句を言うと、「順々にはかせて、一番しまいは裸足で帰します」と答えるオチ。
解説
「湯屋番」は江戸時代の湯屋文化と勘当された若旦那の心理を巧妙に描いた古典落語の名作です。この演目の最大の魅力は、現実逃避の手段として繰り広げられる一人芝居の滑稽さと、最後の実用的でありながら絶妙なオチにあります。
物語の前半では若旦那の境遇と湯屋での期待外れが丁寧に描かれ、後半の妄想劇への伏線として機能しています。特に女湯がガラガラで男湯が混雑しているという現実と、美しい2号さんとの恋愛劇という妄想の対比が見事に表現されています。若旦那の一人芝居は、雷の効果音から癪の演技、口移しの水まで詳細に描かれ、聞き手も客と同様に引き込まれる構成になっています。
最後の「順々にはかせて、一番しまいは裸足で帰します」というオチは、一人芝居に夢中になった客たちの下駄が混乱したという状況への実用的な解決策でありながら、湯屋という場所柄と裸足という状況が絶妙にマッチした秀逸な落ちとなっています。現代でも湯屋文化への郷愁と人間の妄想癖への共感で愛され続けている古典落語の傑作です。
あらすじ
大家(たいけ)の若旦那、遊びが過ぎて勘当中で、出入りの大工職人の熊五郎の家の2階に居候の身の上。
何もしないで食っちゃ寝てばかりいるので、熊さんの女房は迷惑だ。
女房にせっつかれ、熊さんは若旦那に湯屋へ奉公を勧める。
紹介状を持って奴湯へ来た若旦那、早速女湯の入口から入ろうとする。
湯屋の鉄五郎に外回りで、リヤカーを引いておが屑、かんな屑を集める仕事と言われた若旦那、もちろんノーで番台に座ると言い出す。
ちょうど昼飯時で、その間鉄さんの代わりに番台に座ることになった若旦那、鉄さんが下りてないのに番台に上がろうとする喜びようだ。
さて、番台に上がって早速、女湯を眺めるもこれがガラガラ、それに引きかえ男湯は混んでいる。
汚いケツ、毛むくじゃらの足のオンパレードで色気も何もあったもんじゃない。
あてがはずれた若旦那、こうなりゃ自分の妄想の世界にどっぷりと入るしかない。
夕方、どこかの大会社の社長の2号さんが女中の清と一緒に湯屋に来て若旦那を見初める。
ある日、若旦那が2号さんの家の前を通ると清が見つける。「今日は釜が壊れて早じまい」じゃ色っぽくないから、「母の墓参り」にしよう。
すると2号さんが泳ぐように出てきて家の中に引っ張り込まれる。
若旦那は自分の手を引っ張って痛い、痛いと大騒ぎだ。
湯の客も番台の一人芝居に気づき面白がって見物だ。
座敷にあがった若旦那、2号さんと酒を差しつ差されつ。
その内、やらずの雨から雷がゴロゴロ、2号さんは怖がって蚊帳の中へ、すると雷がカリカリと鳴った途端、近所に落ちる。2号さんは癪を起して気を失う。
若旦那、盃洗の水を口から口への口移し。
2号さん(芝居がかりになり) 「まあ、今の水のうまかったこと、雷さまは怖くとも、あたしにとっては結びの神」
若旦那 「さては今のはそら癪か」
2号さん 「うれしゅうござんす番頭さん」と佳境に入る。
見ている客は夢中になって、軽石で顔をこすって血だらけになったりしている。
すると若旦那は頭をポカポカとぶたれる。
客 「馬鹿、てめえが間抜けなこと言っているから俺の下駄がどこかへ行っちまった」
若旦那 「そこの柾の下駄をはいてらっしゃい」
客 「で、どうすんだい」
若旦那 「順々にはかせて、一番しまいは裸足(はだし)で帰します」
落語用語解説
湯屋(ゆや)
江戸時代の銭湯。庶民の社交場として重要な役割を果たし、男湯と女湯に分かれていた。
番台(ばんだい)
湯屋の入口にある高い台。男湯と女湯の両方が見渡せる位置にあり、湯屋の店員が座って料金を受け取る場所。
勘当(かんどう)
親が子どもとの縁を切ること。遊びが過ぎた若旦那が実家から追い出される設定はこの噺の導入部となる。
2号さん(にごうさん)
妾のこと。この噺では大会社の社長の愛人という設定で、若旦那の妄想の相手として登場する。
盃洗(はいせん)
酒宴で杯を洗う水を入れた器。この噺では若旦那が口移しで2号さんに水を飲ませる場面で登場する。
柾の下駄(まさのげた)
柾目の木で作った上等の下駄。オチで若旦那が客に履かせる下駄として登場する。
よくある質問(FAQ)
Q: オチの「順々にはかせて、一番しまいは裸足で帰します」の意味は?
A: 若旦那の一人芝居に夢中になった客たちの下駄が混乱してしまったため、とりあえず順番に下駄を履かせていき、最後に下駄が足りなくなった人は裸足で帰ってもらうという実用的かつ滑稽な解決策です。
Q: なぜ若旦那は番台に座りたがったのですか?
A: 番台は女湯が見渡せる位置にあるため、若旦那は女性を眺められると期待していました。しかし実際には女湯はガラガラで男湯が混んでいたため、あてが外れてしまいます。
Q: 若旦那の一人芝居はなぜ客を魅了したのですか?
A: 若旦那は大家の息子として芝居見物などの教養があり、2号さんとの恋愛劇を情感たっぷりに演じました。客たちは軽石で顔をこすって血だらけになるほど夢中になって見入っていました。
Q: 熊五郎はなぜ若旦那を湯屋で働かせたのですか?
A: 勘当された若旦那が熊五郎の家で何もしないで食っちゃ寝しているので、熊さんの女房が迷惑していました。熊さんは女房にせっつかれて若旦那の仕事を探し、湯屋奉公を勧めたのです。
Q: この噺の面白さはどこにありますか?
A: 現実逃避の手段として繰り広げられる一人芝居の滑稽さと、それに夢中になる客たち、そして最後の実用的でありながら絶妙なオチの組み合わせが面白さの核心です。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
若旦那の一人芝居を情感たっぷりに演じ、客席も湯屋の客と一緒に引き込まれる名演で知られる。
八代目 桂文楽
2号さんとの恋愛劇の場面を格調高く演じながら、最後のオチで爆笑を誘った。
三代目 三遊亭金馬
若旦那の妄想と現実の落差をユーモラスに描き、湯屋の情景を生き生きと表現した。
関連する演目
同じく「若旦那」が主人公の古典落語


同じく「湯屋」が舞台の古典落語


同じく「妄想」がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「湯屋番」の魅力は、勘当された若旦那が現実逃避として繰り広げる一人芝居の滑稽さにあります。女湯を期待して番台に座ったものの、ガラガラの女湯と混雑した男湯という現実を前に、妄想の世界に逃げ込む様子は、現代人にも共感できる部分があるでしょう。
若旦那の一人芝居は、大会社の社長の2号さんに見初められ、恋愛劇が展開するという都合の良い妄想ですが、その情感たっぷりの演技に客まで引き込まれてしまうところが面白いポイントです。軽石で顔をこすって血だらけになるほど夢中になるという描写は、現代のドラマや映画に夢中になる視聴者の姿にも通じます。
銭湯文化が薄れた現代では、番台という存在自体が懐かしいものになりつつありますが、この噺は湯屋文化への郷愁と人間の妄想癖への共感で今も愛され続けています。落語会で「湯屋番」がかかった際には、若旦那の一人芝居の演じ分けと、最後の絶妙なオチに注目してみてください。


