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【古典落語】幽霊飴 あらすじ・オチ・解説 | 死んだ母親が六道銭で飴を買い土中で我が子を育てた究極の母性愛

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古典落語-幽霊飴
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幽霊飴

3行でわかるあらすじ

珍皇寺門前の六道の辻の飴屋に青白い女が六日間続けて一文銭で飴を買いに来る。
七日目は銭を持たずに飴を求め、飴屋が後をつけると高台寺の墓地で姿が消える。
墓を掘ると妊娠したまま死んだ女性の遺体と土中で生まれた赤子があり、母親の霊が六道銭で飴を買い我が子を育てていた。

10行でわかるあらすじとオチ

珍皇寺門前の六道の辻にある飴屋に、ある夜からやせた青白い女が一文銭で飴を買いに来るようになる。
女は音もなく現れ、大事そうに飴を持って去っていき、店には冷気が漂うため飴屋は不審に思う。
六日間続けて来た後、飴屋の主人は六道銭(死者に持たせる六文の銭)の話をして正体を推測する。
七日目の夜、女は「おあしがございませんが飴を一ついただけませんか」と銭を持参せずに頼む。
飴屋が店の者に女の後をつけさせると、女は三年坂から二年坂を上り高台寺の墓地に入っていく。
新しい塔婆のところで女の姿がかき消すように見えなくなり、寺に相談して墓を掘り返すことになる。
墓からは妊娠したまま死んだ若い女性の遺体が出てきて、土中で子どもが生まれ飴で育てられていた。
赤子はまだ生きており、子どものない飴屋夫婦がこの子を引き取って大事に育てる。
子どもは立派に成長して高台寺の坊さんになり、飴で育ててくれた母親の供養をする。
母親の一念で六道銭を使って飴を買い土中で子を育てたのは「こおだいじ(高台寺・子を大事)」のオチ。

解説

「幽霊飴」は、母性愛をテーマにした感動的な怪談噺として親しまれている古典落語の名作です。舞台となる京都の珍皇寺や六道の辻、高台寺は実在の場所で、特に六道の辻はあの世とこの世の境目とされる霊場として知られています。

この噺の巧妙な構成は、前半の不気味な怪談から後半の感動的な母子愛へと転換する点にあります。最初は恐ろしい幽霊の話として始まりながら、真相が明らかになると母親の愛情の深さに感動させられる構造になっています。六道銭という仏教的な要素も、物語に説得力を与える重要な設定です。

最後のオチは「こおだいじ」という言葉に「高台寺」と「子を大事」の二重の意味を持たせた言葉遊びです。単なるダジャレではなく、物語全体のテーマである母性愛を表現した絶妙な落とし方となっており、感動的な内容を軽やかに締めくくる落語ならではの技法が光っています。

あらすじ

ある夜、珍皇寺門前の六道の辻の飴屋の戸を叩く音がする。
店の者が出てみると、やせた青白い女が、「えらい夜分遅うにすみませんが、飴を一つ売っていただけませんか」と、一文銭を差し出した。「はい、どうぞ」、女は礼を言って大事そうに飴を持って、音もなく店から出て行った。

次の日も夜中にやって来て一文銭を出して飴を一個買って行く。
後ろ姿を見送って、
飴屋の主人 「どうもあれはただもんやないな。あの女が入って来ると一緒に冷気が入って来るようで身体が震えてくる」

女は六日間続けて飴を買いに来た。
女が店を出た後で、
主人 「あしたも一文銭持って買いに来たら、あれは人間で安心やが、あした銭持って来なかったら人間やないで」、「なんでですねん」

主人 「人間、死ぬ時には、三途の川の渡し賃として六道銭というて銭六文を棺桶に入れるんや。
それを持って飴買いに来たんやないかと思うんや。そやさかい、七文、八文も銭が続きゃ、あれは人間ちゅうことや」

店の者 「あした銭持って来なんだら追い返しまひょか」

主人 「そんなことすれば祟りがあるぞ。
このあたりは六道の辻いうて、あの世とこの世の境目、冥界への入口ともいわれておる。
謡曲の「熊野」(ゆや)にも"愛宕の寺も打ち過ぎぬ 六道の辻とかや げに恐ろしやこの道は 冥途に通うなるものを 心ぼそ鳥辺山煙の末も うす霞む"と語られておる。
あした女が銭を持って来なくても飴はあげなさい。
きっと冥界から毎晩通って来なければならない事情があるのだから、けっして粗略にしてはならんぞ」

次の夜は戸締りもしないで待っていると、音もなく入って来て、
女 「実は今日はおあしがございませんが、飴を一ついただけまへんやろか」

主人 「よろしいおます。銭は今度持ってきて来ておくなはれ」と、飴を渡して店の者にこっそりと女の後をつけさせた。

女は脇目もふらずに、三年坂から二年坂を上り、高台寺の墓地へと入って行った。
そして一つの新しい塔婆のところまで来ると、その女の姿はかき消すように見えなくなってしまった。

寺に顛末を話してそこの墓を掘って見ると、お腹に子どもを宿したまま死んだの若い女の墓で、土中で子どもが生まれ、母親の一念で飴を買いに来て、それで赤子を育てていたのだ。

幸いにも飴のおかげか、赤子はまだ生きていた。
子どものない飴屋の主人夫婦がこの子を引き取り、大事に育てた。

のちにこの子は立派に成長して、飴屋夫婦に孝行を尽くし、高台寺の坊さんになって飴で育ててくれた母親の供養したという。

母親の一念で、一文銭を持って飴を買って墓の中で子を育てていたという、それもそのはずで、「こおだいじ(高台寺・子を大事)」


落語用語解説

六道の辻(ろくどうのつじ)
京都の珍皇寺門前にある場所。あの世とこの世の境目とされ、冥界への入口と言われている霊場。

六道銭(ろくどうせん)
死者に持たせる六文の銭。三途の川の渡し賃として棺桶に入れられた。この噺では母親の霊がこの銭で飴を買いに来る。

珍皇寺(ちんこうじ)
京都市東山区にある臨済宗の寺院。六道の辻に位置し、小野篁が冥界に通ったという伝説で知られる。

高台寺(こうだいじ)
京都市東山区にある臨済宗の寺院。豊臣秀吉の正室ねねが秀吉の菩提を弔うために建立した。この噺のオチにも使われている。

塔婆(とうば)
卒塔婆の略。故人の供養のために墓に立てる細長い木の板。この噺では新しい塔婆が母親の墓の目印となる。

三年坂・二年坂(さんねんざか・にねんざか)
京都の清水寺へ続く坂道。この噺では女の霊が通る道として登場する。


よくある質問(FAQ)

Q: オチの「こおだいじ(高台寺・子を大事)」の意味は?
A: 赤子が育てられ後に坊さんになった「高台寺」という地名と、母親が六道銭で飴を買って「子を大事」に育てたという二つの意味を掛けた言葉遊びです。感動的な物語を軽やかに締めくくる落語らしいオチです。

Q: なぜ母親は飴を買いに来たのですか?
A: 妊娠したまま死んだ母親が、土中で生まれた赤子を育てるために六道銭を使って飴を買いに来ました。飴は乳の代わりとして赤子に与えていたのです。

Q: 六道銭が六文なのに六日間買いに来たのはなぜですか?
A: 六文の銭を一文ずつ使って六日間飴を買いに来ました。七日目は銭が尽きたため「おあしがございません」と言って飴を求めています。

Q: この噺は実話に基づいていますか?
A: 「子育て幽霊」「飴買い幽霊」の伝説は日本各地にあり、京都の六道珍皇寺には「幽霊飴」を売る老舗の飴屋が今も存在します。

Q: 赤子はなぜ土中で生き延びることができたのですか?
A: 落語の設定上、母親の霊が六日間飴を買い与えて育てたことになっています。母性愛の強さが超常現象を起こしたという感動的な解釈が込められています。


名演者による口演

三代目 桂米朝
京都の情景を丁寧に描き、前半の怪談から後半の母性愛への転換を見事に演じた名演で知られる。

六代目 笑福亭松鶴
飴屋の主人の人情味あふれる対応と、母親の霊の哀しさを情緒豊かに表現した。

桂枝雀
独特のテンポで怪談の雰囲気を盛り上げながら、最後のオチで笑いと感動を両立させた。


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この噺の魅力と現代への示唆

「幽霊飴」の魅力は、前半の怪談的な雰囲気から後半の感動的な母性愛への転換にあります。青白い女が毎晩飴を買いに来るという不気味な導入から、その正体が我が子を守るために冥界から通い続けた母親だったという真相は、聞く者の心を強く揺さぶります。

現代でも母親の愛情の深さは普遍的なテーマです。自分の命がなくなっても子どもを守ろうとする一念は、時代を超えて共感を呼びます。また、飴屋の主人が「きっと冥界から通わなければならない事情がある」と察して、銭がなくても飴を渡す人情も見どころです。

京都の六道珍皇寺には今も「幽霊飴」を売る老舗があり、この噺の舞台を訪れることができます。落語会でこの噺がかかった際には、怪談から感動への転換と、最後の「こおだいじ」のオチまでの流れに注目してみてください。

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