弥次郎
3行でわかるあらすじ
うそつき弥次郎が隠居に「今日は嘘はつかない」と嘘をついて、奥州での武者修行の大ホラ話を披露する。
山賊退治、大イノシシとの格闘、庄屋の娘に求婚されて道成寺まで逃げる話を展開し、隠居の鋭いツッコミを巧妙にかわす。
最後に自分が安珍という山伏だったと明かすと、隠居が「道理でホラを吹き通しだ」と言うオチで締めくくられる。
10行でわかるあらすじとオチ
うそつきで有名な弥次郎が隠居のところにやって来て「今日は嘘はつかない」ともう嘘を言っている。
隠居に何か話してくれと言われ、奥州への武者修行での出来事を語り始める。
恐山の麓で山賊に囲まれたが、大岩をちぎって投げつけて追い払ったという大ホラを展開。
今度は大イノシシが突進してきたので木に登ったが、そこには天狗がいて進退ここに極まった状況に。
イノシシが木の根を掘り始めたので、木からイノシシに飛び降り馬乗りになって金玉を握りつぶし、腹を裂くと子が16匹出てきた。
隠居が「雄なのに子が生まれるのか」とツッコむと、弥次郎は「それが畜生の浅ましさ」と軽くかわす。
村人が大猪退治のお礼に来て、庄屋の娘に求婚されるが、修行中だと言って逃げ出す。
紀州の日高川を渡り道成寺の水がめに隠れるが、娘は1尺5寸の蛇になって川を渡り水がめに七巻半巻きつく。
隠居が「そんなに巻けるか」と突っ込むと「それが伸びた」と答え、やがて蛇はナメクジに溶かされてしまう。
隠居が「その時お前は武士か」と聞くと「安珍という山伏で」と答え、隠居が「道理でホラを吹き通しだ」というオチ。
解説
弥次郎は、うそつきの弥次郎が隠居に大ホラ話を聞かせる古典落語で、安珍清姫の伝説をパロディ化した傑作です。
物語の構造は弥次郎の一方的なホラ話ではなく、隠居の的確なツッコミと弥次郎の巧妙な切り返しの掛け合いが見どころとなっています。
特に「雄なのに子が生まれるのか」「1尺5寸の蛇がそんなに巻けるか」といった隠居の論理的なツッコミに対し、弥次郎が「畜生の浅ましさ」「それが伸びた」と無理やりな理由で切り抜ける展開が秀逸です。
最後のオチは安珍清姫伝説の安珍(山伏)と「ホラを吹く」を掛けた言葉遊びで、弥次郎の正体が明かされると同時に、彼の大ホラ話の本質を表現する絶妙な落としどころとなっています。
あらすじ
うそつき弥次郎が隠居の所へやって来る。「今日は嘘はつかない」ともう嘘を言っている。
隠居が何か話してくれと言うと、奥州へ武者修行に行った時のことを話すという。
恐山の麓で山賊に囲まれたが、大岩を小脇に抱え、ちぎっては投げ、ちぎっては投げして山賊を追い払った。
今度は大イノシシが突進して来た。
逃げて木に登ったが、そこには天狗がいて進退ここに極まった。
木の根元を猪が掘り始め、木が倒されそうになったので、木から猪の上に飛び降り馬乗りになって、股ぐらから手を入れ金玉を握りつぶし、とどめをさそうと腹を裂くと中から子が16匹、シシ十六とはこのことよ。
隠居 「金玉があるからオスだろう、何で子が生まれるんだ」
弥次郎は「それが畜生の浅ましさ」と軽くかわす。
村の方から大勢人がやって来る。
山賊の仲間が仕返しに来たかと身構えると、村人たちで田畑を荒らす大猪を退治してくれたお礼に来たのだ。
庄屋の家に招かれ大歓迎され、庄屋の娘に惚れられ女房にしてくれと迫られる。
まだ修行中の身、やらねばならぬ事があると逃げ始めるが、娘もどこまでも追ってくる。
どんどん逃げて紀州の日高川を渡し船で渡って道成寺の台所の大きな水がめの中に隠れた、娘も渡し船で渡ろうとしたが、船頭を買収して渡さないように言ってあるので渡れない。
すると女心の執念で1尺5寸の蛇に化けて川を渡って、道成寺にたどりつき、水がめに七巻半巻きついた。
隠居 「1尺5寸の蛇がそんなに巻けるか」
弥次郎 「それが、伸びた」、しばらくすると蛇の形はなくなってしまった。
水がめの底に蛞蝓(ナメクジ)がべっとりついていて、蛇を溶かしてしまったのだという。
隠居 「まるで虫挙(むしけん)だね、その時お前はまだ武士かい」
弥次郎 「安珍という山伏で」
隠居 「道理でホラを吹き通しだ」
落語用語解説
安珍清姫(あんちんきよひめ)
紀州道成寺に伝わる伝説。修行中の僧・安珍に恋した清姫が、逃げる安珍を追いかけて蛇に化身し、道成寺の鐘の中に隠れた安珍を焼き殺すという悲恋物語。能や歌舞伎、浄瑠璃の題材として有名。
道成寺(どうじょうじ)
和歌山県日高郡日高川町にある天台宗の寺院。安珍清姫伝説の舞台として知られ、現在も多くの参拝者が訪れる。
ホラを吹く
大げさな嘘をつくこと。法螺貝を吹くと大きな音がすることから転じた表現。この噺では「法螺」と「山伏が吹く法螺貝」を掛けている。
山伏(やまぶし)
山岳信仰に基づく修験道の修行者。法螺貝を吹いて合図をしたり、修行の一環として使用した。
恐山(おそれざん)
青森県にある霊場。日本三大霊山の一つとされ、古くから死者の霊が集まる場所として信仰されてきた。
虫拳(むしけん)
江戸時代の拳遊び。蛙・蛇・なめくじの三すくみで勝負を決める。蛙は虫を食べ、蛇は蛙を食べ、なめくじは蛇を溶かすという関係。
武者修行(むしゃしゅぎょう)
武士が腕を磨くために諸国を巡って修行すること。江戸時代の落語では、大げさな冒険談の舞台としてよく使われる。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ弥次郎は「今日は嘘はつかない」と言ったのですか?
A: これ自体が最初の嘘であり、落語のお約束です。「嘘をつかない」と宣言することで、これから語る話が全て嘘であることを暗示し、聴衆に「どんな嘘が出てくるか」という期待を持たせる効果があります。
Q: 「シシ十六」の意味は何ですか?
A: 「四四十六」(しし・じゅうろく)という九九の掛け算と、「イノシシ16匹」を掛けた言葉遊びです。弥次郎がイノシシの腹を裂いたら16匹の子が出てきたという荒唐無稽な話を、九九で正当化しようとする滑稽さがあります。
Q: なぜ蛇がナメクジに溶かされるのですか?
A: これは「虫拳」という江戸時代の遊びに基づいています。蛇はナメクジに負け、ナメクジは蛙に負け、蛙は蛇に負けるという三すくみの関係があり、弥次郎はこの俗信を利用してホラ話を展開しています。
Q: オチの「ホラを吹き通し」はどういう意味ですか?
A: 「安珍」という名前と「ホラを吹く」を掛けています。安珍は山伏(修験者)であり、山伏は法螺貝を吹くことで知られています。「法螺(ホラ)を吹き通し」は、山伏が法螺貝を吹くことと、弥次郎が嘘をつき通したことの両方を意味する絶妙な言葉遊びです。
Q: この噺は上方落語ですか、江戸落語ですか?
A: 「弥次郎」は主に江戸落語として演じられますが、上方でも「鉄砲勇助」という類似の演目があります。ホラ話を題材にした噺は各地に存在し、地域によって細部が異なります。
名演者による口演
三代目 三遊亭金馬
昭和の名人として知られ、「弥次郎」を得意演目とした。弥次郎のホラ話を生き生きと語り、隠居とのテンポの良い掛け合いで観客を笑わせた。
五代目 古今亭志ん生
独特の語り口で「弥次郎」を演じ、弥次郎の図々しさと隠居の呆れた様子を絶妙に表現した。特にホラ話のエスカレートする様子の演出に定評があった。
十代目 柳家小三治
人間国宝として知られる名人。「弥次郎」では弥次郎と隠居の掛け合いを丁寧に演じ、言葉遊びの面白さを際立たせた。
関連する演目
同じく「嘘つき・ホラ話」がテーマの古典落語



同じく「隠居との掛け合い」が楽しめる古典落語



同じく「伝説のパロディ」を題材にした古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「弥次郎」の魅力は、荒唐無稽なホラ話と隠居の的確なツッコミの絶妙な掛け合いにあります。弥次郎のホラ話は明らかに嘘なのに、どこかで辻褄を合わせようとする姿勢が滑稽で、聴く者を引き込みます。
現代のSNS時代にも通じるテーマがあります。誇張された話や「盛った」エピソードは今も日常的に見られますが、弥次郎のように堂々と、しかも楽しそうに嘘をつく姿は、ある種の清々しさすら感じさせます。
また、隠居のツッコミも見どころです。「雄なのに子が生まれるのか」「1尺5寸の蛇がそんなに巻けるか」という論理的な指摘に対し、弥次郎が「畜生の浅ましさ」「それが伸びた」と無理やり切り抜ける展開は、現代のボケとツッコミの原型とも言えます。
実際の高座では、弥次郎のホラ話をどれだけ生き生きと語れるかが演者の腕の見せ所です。落語会で「弥次郎」がかかった際には、ホラ話のエスカレートする様子と隠居の呆れた反応の対比に注目してみてください。


