厄払い
3行でわかるあらすじ
与太郎が大晦日に厄払いの仕事をするが、伯父さんから教わった厄払いの文句を満足に覚えられずにカンニングペーパーを頼りに商家を回る。
「鶴は十年」と短命にしたり、「東方朔」の読み方がわからずに「とうぼう、とうぼう…」と詰まってしまい、ついには面倒くさくなって逃げ出す。
それを見た商家の旦那が「逃げて行く。それで、いま逃亡(東方)と言ってた」と駄洒落を言うオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
働かずにぶらぶらしている与太郎を心配した伯父さんが、大晦日の厄払いの仕事を教えて稼がせようとする。
伯父さんは厄払いの口上を教えるが、与太郎には難しすぎるため紙に書いてひらがなを振って渡す。
与太郎は練習もせずに寝てしまい、夜になってから厄払いに出かけて既に済んだ家で断られる。
本職の厄払いについて回って迷惑がられ、ようやく商家で厄払いを頼まれて家に上がり込む。
図々しくも前払いで豆を食べ、茶を催促し、一銭五厘の小銭を数えて「身代は立派だがやっぱり懐は苦しいか」と生意気を言う。
カンニングペーパーを見ながら厄払いの口上を始めるが、「あらめ うでたいな」と最初から苦戦する。
「鶴は十年」と短命にし、「亀は万年」も「万」が読めずに店の看板「万屋」を見て「亀はよろず年」とする。
次の「東方朔」でひらがなが振っておらず「とうぼう、とうぼう…」と詰まってしまう。
面倒くさくなった与太郎が一目散に逃げ出し、それを見た旦那が店の者に様子を聞かせる。
旦那が「逃げて行く。それで、いま逃亡(東方)と言ってた」と駄洒落を言うオチで終わる。
解説
「厄払い」は与太郎噺の代表作の一つで、正月にちなんだ季節感のある落語です。
大晦日の厄払いという年末年始の風習を背景に、与太郎の間抜けさと知識不足を巧みに描いています。
物語の核心は「東方朔」という古代中国の故事に登場する人物名が読めずに詰まってしまう場面で、これが最終的に「逃亡(東方)」という駄洒落のオチに繋がる巧妙な構成になっています。
与太郎が「鶴は十年」と短命にしてしまったり、「万」が読めずに店の看板を見て「よろず年」と言い換える場面など、与太郎らしい機転の利かせ方も見どころです。
厄払いの口上自体も「鶴は千年、亀は万年、東方朔は八千歳」など縁起の良い言葉を並べた伝統的なものを使用しており、江戸時代の年末年始の風俗を知る上でも価値のある作品となっています。
あらすじ
おなじみの与太郎さん。
いい歳して毎日ぶらぶら遊んでいてお袋さんの世話になっている。
心配した伯父さんが、大晦日の「厄払い」を言って回り、小銭と豆をもらって稼いで来てお袋に渡すように言い、厄払いの文句を教える。
伯父さん 「あ~らめでたいなめでたいな、今晩今宵のご祝儀に、めでたきことにて払おうなら、まず一夜明ければ元朝の、門(かど)に松竹、注連(しめ)飾り、床に橙(だいだい)鏡餅、蓬莱山に舞い遊ぶ、鶴は千年、亀は万年、東方朔(とうぼうさく)は八千歳、浦島太郎は三千年、三浦の大助百六ツ、この三長年が集まりて、酒盛りをいたす折からに、悪魔外道が飛んで出で、妨げなさんとするところ、この厄払いがかいつかみ、西の海へと思えども、蓬莱山のことなれば、須弥山(すみせん)の方へ、さらぁ~りさら~り」だが、むろん与太郎さんが覚えるのは無理な話、伯父さんは紙に書いてカナを振って渡す。
家に帰った与太郎さん、厄払いの文句を練習でもすればいいものを、ゴロっと寝てしまい、夜になって起きだして、のそのそと厄払いに出かけた。
もう厄払いの済んだ家に入って断られ、「もう一ぺん払いなさい」で追っ払われる。
前を上手な掛け声の本職の厄払いが歩いている。
与太郎さんはしつこく後をつけ回し、困った厄払いは逃げ出した。
ある商家で声を掛けるとまだ厄を払っていないからと頼まれ、家の中へ呼び入れられる。
図々しくも前払いでもらった豆を食い、茶を催促し小銭を数える。「何だ、一銭五厘か。身代は立派だがやっぱり懐(ふところ)は苦しいか」なんて言いようだ。
やっと本業を思い出した与太郎さん、カンニングペーパーを取り出し、厄払いの始まりだ。
最初から「あらめ うでたいな」と苦戦だ。「鶴は十年」と短命、「亀は万年」だが、万にカナが振っていない。
この店の看板が「万屋」だったことを思い出し、店の名を聞くと、「万屋(よろずや)」で、「亀はよろず年」となった。
次の「東方朔」の朔も振りガナなしだ。「とうぼう、とうぼう・・・・」と詰まって、面倒くさくなって逃げ出した与太郎さん。
お祓いの部屋が静かになったので、旦那が店の者に様子を見にやると、もぬけのから。
表の通りを一目散で駆けて行く与太郎を見つけて、
店の者 「あっ、旦那、厄払いが逃げて行きます」
旦那 「逃げて行く。それで、いま逃亡(=東方)と言ってた」
落語用語解説
厄払い(やくばらい)
大晦日に家々を回って厄を払う言葉を唱え、豆や小銭をもらう年末の風習。「厄払い」と呼ばれる人が縁起の良い口上を唱えて一年の厄を払った。
東方朔(とうぼうさく)
中国前漢時代の人物で、8000歳まで生きたとされる伝説的な長寿者。厄払いの口上では鶴亀、浦島太郎とともに長寿の象徴として登場する。
与太郎(よたろう)
落語に頻繁に登場する間抜けなキャラクター。物覚えが悪く、言われたことをまともにできないが、憎めない愛嬌がある。
鶴は千年、亀は万年
長寿を祝う縁起の良い言葉。鶴は千年、亀は万年生きるとされ、めでたい席でよく使われる。
浦島太郎(うらしまたろう)
竜宮城に行って三千年を過ごしたとされる昔話の主人公。厄払いの口上では長寿の象徴として登場する。
三浦の大助(みうらのおおすけ)
106歳まで生きたとされる武将・三浦義明のこと。厄払いの口上では長寿者の一人として数えられる。
よくある質問(FAQ)
Q: 厄払いの口上にはどのような意味がありますか?
A: 厄払いの口上は、新年を迎えるにあたって縁起の良い言葉を並べ、悪いものを追い払う意味があります。長寿の象徴(鶴亀、東方朔、浦島太郎など)を次々と唱えることで、家に福を呼び込むとされていました。
Q: なぜ与太郎は「鶴は十年」と間違えたのですか?
A: 与太郎は伯父さんから教わった口上を覚えられず、カンニングペーパーを見ながら読んでいました。「千年」を「十年」と読み間違えたことで、本来の縁起の良さが台無しになっています。これは与太郎の知識不足と読解力のなさを表しています。
Q: オチの「逃亡(東方)」の意味は?
A: 与太郎が「東方朔」の読み方がわからず「とうぼう、とうぼう」と詰まっていたところ、面倒になって逃げ出しました。それを見た旦那が「逃亡(とうぼう)」と「東方(とうぼう)」を掛けて、「だから逃亡と言っていたのか」と洒落を言っています。
Q: この噺はいつ頃演じられますか?
A: 「厄払い」は大晦日や年末年始を舞台にした噺なので、主に年末の落語会で演じられることが多いです。季節感のある演目として親しまれています。
Q: 与太郎はなぜ仕事を引き受けたのですか?
A: 与太郎は普段から母親の世話になっており、心配した伯父さんが厄払いで稼がせようとしました。与太郎自身は働く気があまりないようですが、伯父さんに言われて仕方なく引き受けた形です。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
与太郎噺の名手として知られ、「厄払い」では与太郎の間抜けさを愛嬌たっぷりに演じた。厄払いの口上を間違える場面での独特の間が絶妙。
三代目 三遊亭金馬
与太郎の純朴さと滑稽さを見事に表現し、年末の寄席で「厄払い」を定番演目として演じた。
六代目 三遊亭円生
格調高い語り口の中にも与太郎の愛嬌を織り込み、厄払いの口上を格調高く演じながらも笑いを誘った。
関連する演目
同じく「与太郎」が主人公の古典落語



同じく「正月・年末年始」を題材にした古典落語


同じく「言葉遊び」がオチの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「厄払い」の魅力は、与太郎の間抜けさと、それでも憎めない愛嬌にあります。厄払いの口上を覚えられず、カンニングペーパーを見ても間違え、最終的には逃げ出すという展開は、誰もが経験したことのある「やらかし」の感覚に通じます。
現代でも、仕事のプレゼンや試験で準備不足がばれる瞬間は誰にでもあります。与太郎のように「面倒くさくなって逃げ出す」という行動は、決して褒められたものではありませんが、その正直さには共感できる部分もあります。
また、この噺は江戸時代の年末年始の風習を知る上でも貴重な資料です。厄払いの口上に登場する東方朔や三浦の大助など、現代ではあまり知られていない人物についても触れており、当時の教養文化を垣間見ることができます。
実際の高座では、厄払いの口上を与太郎がどう間違えるかが見どころです。落語会で「厄払い」がかかった際には、演者の与太郎の演じ方に注目してみてください。


