焼き塩
3行でわかるあらすじ
女衆が里からの手紙を侍に読んでもらうが、侍は字が読めず「もう間に合わん」と嘘をついて泣く。
女衆も母親の死を覚悟して泣き、塩売りも心中だと勘違いしてもらい泣きする。
実際は母親が回復したという良い知らせで、塩売りの涙の理由は「商売が泣き塩」だった。
10行でわかるあらすじとオチ
大店の女衆が里から手紙をもらい、母親の病気を心配している。
番頭が出かけているので、通りかかった若い侍に読んでもらう。
侍は字が読めないが見栄を張り、適当に「もう間に合わん」と言って涙を流す。
女衆は母親の死を覚悟してワーワーと泣き始める。
通りかかった塩売りがそれを見て、身分違いの恋の心中だと勘違いする。
塩売りも可哀そうに思ってもらい泣きを始める。
近所の人が手紙を実際に読んでくれる。
手紙には母親が回復に向かっているという良い知らせが書いてあった。
女衆は安心して笑顔になり、侍は字が読めない恥を語る。
塩売りがなぜ泣いたのかと聞かれ「商売が泣き塩」と答える。
解説
「焼き塩」は勘違いから生まれる騒動を描いた心温まる人情噺です。
武芸一筋で字が読めない侍の見栄、母親を心配する女衆の親孝行、そして状況を勘違いした塩売りの人情深さが巧みに描かれています。
物語の展開は三段構えになっており、最初は悲劇的に見えた状況が実は杞憂だったという安堵感と、最後の塩売りの言葉遊びで笑いを誘う構成となっています。
オチの「泣き塩」は「焼き塩」を涙に掛けた洒落で、塩売りが涙を流したことと商売の品物を重ね合わせた絶妙な言葉遊びです。
江戸時代の庶民の人情と、階級の違いを超えた人間の優しさを描いた秀作です。
あらすじ
大店に奉公している女衆(おなごし)へ里から手紙が来る。
先日、村の人にばったり会った時、母親が病気で容態が重いと言っていたのが気にかかる。
いつも読んでもらっている二番番頭は出かけている。
一刻も早く手紙の中身を知りたい女衆はちょうど店の前を通りかかった若い侍に読んでくれと頼む。
侍は往来の真ん中で手紙を開き、二、三度目を走らしてたかと思うと、ポロッと涙を一筋流した。
これを見た女衆が、「母(かか)さんの病気のことが書いてございまっしゃろか?」と心配そうに問うと、侍は「残念なことじゃが、もう間に合わん」で、女衆もワァーと泣き始めた。
往来の真ん中で、若い侍と女衆が泣いているのを通行人が不思議がって見ている。
そこへ「焼き塩~焼き塩~」と、塩売りの親爺が通りかかる。 泣いている二人と、手に持っている手紙を見て、身分違いの恋、結ばれぬ恋を嘆いて泣いているのだと勘ぐって、これは心中物だ、若い身空に可哀そうなことだと、もらい泣きをし出した。
これを回りで見ていた近所の人が声を掛ける。
女衆は、「もう間に合わん」と聞いて母親の身を案じて泣いていると言い、なるほどもっともなことだ。
侍は、「武芸一筋で読み書きの方には身を入れず、未だ字が読めない。若い女中から文(ふみ)を読んでくれと言われ、文を広げたがまったく分からず往来の真ん中で恥を掻いたことが、"残念なことじゃが、もう間に合わん"」と読み書きの手習いをしなかったことを悔やんで涙を落としたと言う。
これもまあ分かる。
近所の人は、手紙を受取り読みあげると、「もはや本復も間近く、近々床離れと相成るべく、何とぞご放念くだされたく・・・・」で、安心した女衆はすっかり笑顔になって、「ありがとうございます」
さて、塩売りの親爺はなんで泣いたのだろうと、「あんた何で泣いてんねん?」
塩売りの親爺 「いや、わたいはあんた・・・・商売が"泣き塩ぉ~"」
落語用語解説
女衆(おなごし)
商家や大店に雇われた女性の使用人。住み込みで働き、家事や接客などを担当した。里(実家)との連絡は手紙が主な手段だった。
焼き塩(やきしお)
塩を焼いて精製したもの。江戸時代には「焼き塩~」と声を上げて売り歩く塩売りがいた。この噺ではオチの「泣き塩」と掛けられている。
二番番頭(にばんばんとう)
商家の番頭の中で二番目の地位にある者。筆頭番頭(大番頭)の下で、帳簿管理や取引の処理を行った。
心中(しんじゅう)
相思相愛の男女が、身分違いなどの障害により添い遂げられない場合に一緒に命を絶つこと。江戸時代には歌舞伎や浄瑠璃の題材としても人気があった。
地口(じぐち)
言葉の音や響きを利用した洒落のこと。この噺では「焼き塩」と「泣き塩」を掛けている。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ侍は字が読めなかったのですか?
A: 江戸時代の武士は、武芸一筋で育てられた者も多く、読み書きを軽視する傾向がありました。この侍も「武芸一筋で読み書きの方には身を入れず」と告白しており、剣術などの修行を優先した結果、学問がおろそかになったケースです。
Q: 塩売りはなぜ心中だと勘違いしたのですか?
A: 若い侍と女衆が往来で手紙を手に泣いている姿を見て、身分違いの恋で結ばれない二人が心中を決意したと思い込みました。江戸時代には心中物が流行しており、庶民もそうした物語に親しんでいたため、すぐにそのような発想に至ったのです。
Q: オチの「泣き塩」の意味は?
A: 「焼き塩」という商売の呼び声と、涙を流した(泣いた)ことを掛けた言葉遊びです。塩売りが涙を流した理由を聞かれ、「商売が泣き塩」と答えることで、「焼き塩」売りが「泣き塩」になったという洒落になっています。
Q: この噺の教訓は何ですか?
A: 「人の話を鵜呑みにしない」「確認することの大切さ」が教訓として読み取れます。侍は字が読めないのに見栄を張って嘘をつき、塩売りは状況を勘違いしてもらい泣きをしました。しかし、結果的には良い知らせだったため、全てが杞憂に終わる温かい結末になっています。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
独特の間と人情味あふれる語り口で「焼き塩」を演じ、侍の見栄と塩売りの勘違いを愛嬌たっぷりに表現した。
三代目 古今亭志ん朝
父・志ん生譲りの話芸で「焼き塩」を継承。女衆の不安と安堵の感情の起伏を繊細に演じ分けた。
関連する演目
同じく「勘違い」がテーマの古典落語


同じく「言葉遊び」が楽しめる古典落語


同じく「侍」が登場する古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「焼き塩」の魅力は、勘違いの連鎖から生まれる人情の温かさにあります。侍は字が読めない恥を隠そうとして嘘をつき、女衆は母の死を覚悟し、塩売りは心中だと思い込んでもらい泣きをする。全員が勘違いしているにもかかわらず、そこには人を思いやる心があります。
現代社会でも、勘違いから生まれるトラブルは少なくありません。しかしこの噺は、勘違いがあっても人の善意は本物であることを教えてくれます。塩売りがもらい泣きをしたのは、見知らぬ二人を心から心配したからです。
また、「見栄を張ることの愚かさ」も描かれています。侍が最初から「読めない」と正直に言えば、このような騒動は起きませんでした。しかし、武士としての面目を保とうとしたことが、かえって恥をさらす結果となりました。
実際の高座では、三者三様の泣き方の演じ分けが見どころです。落語会で「焼き塩」がかかった際には、それぞれの泣く理由の違いに注目してみてください。


