天狗さし
3行でわかるあらすじ
天狗のすきやき屋を開こうとした男が鞍馬山で天狗を捕まえに行く。
暗闇で赤い衣の坊さんを天狗と間違えて竹に縛り付けて連れ帰る。
最後に竹を担いだ男に天狗さしかと聞くと、念仏ざし(物差し売り)だと答えてオチをつける。
10行でわかるあらすじとオチ
金儲けの相談に来た男が、天狗のすきやき屋を開くという荒唐無稽な計画を甚兵衛さんに話す。
男は「てんすき屋」として、カラス天狗を捕まえてすきやきにすれば珍しくて流行ると主張。
甚兵衛さんが鞍馬山の奥の院に天狗が降りてくるという話をすると、男は早速天狗捕獲の準備をする。
青竹、トリモチ、縄を用意して、鳥さしならぬ「天狗さし」として鞍馬山へ出発。
奥の院の大杉で待っていると、深夜に赤い衣を着た坊さんが出てきて、風で衣がひるがえる。
男は赤い羽の大天狗と勘違いし、竹で足を払い、さるぐつわをかませ、縄で縛って竹に通して山を下る。
京の町で人々が驚く中、男は10日後に大阪の店に来いと言い残して通り過ぎる。
向こうから青竹を10本ほど担いだ男がやってきて、商売敵かと思って呼び止める。
「お前も鞍馬の天狗さしか」と聞くと、相手は「いやあ、わしは五条の念仏ざしじゃ」と答える。
念仏ざし(物差し売り)と天狗さし(天狗を捕まえる)を掛けた言葉遊びのオチで締めくくる。
解説
「天狗さし」は、実在した「念仏ざし」という物差し売りと、架空の「天狗さし」という職業を掛けた言葉遊びが中心の古典落語です。冒頭に出てくる念仏ざしは、京都の五条で明治初期まで実際に存在した物差しを売る店のことで、この実在の職業名を最後のオチに使う構成が巧妙です。
主人公の男は、上下に臼を置いて餅をつく案や、10円札を9円で仕入れて11円で売る案など、現実離れした金儲けばかり考える愚か者として描かれています。天狗のすきやき屋という突拍子もない発想から、実際に鞍馬山で天狗を捕まえに行くという行動力だけは認めざるを得ませんが、暗闇で坊さんを天狗と間違えるという勘違いが笑いを誘います。
最後の「念仏ざし」と「天狗さし」の言葉遊びは、「さし」という同音異義語を使った典型的な落語のオチです。物差しを売る「念仏ざし」と、天狗を竹竿に刺して捕まえる「天狗さし」という、全く異なる意味を持つ言葉の組み合わせが、この噺の荒唐無稽さを象徴的に表現しています。
あらすじ
京都で明治の初め頃まで「念仏ざし」という物差しを売っていた店がありました。
甚兵衛さんの所へ、金儲けの相談に男が来る。
男は世の中には無駄なことが多すぎると言う。
餅をつく時、臼に杵を振り下げて餅をついた後、杵を振り上げる。
この振り上げる力が無駄だから、上にも臼を置いたら上下両方で餅がつけるという。
上に置いた餅は落ちてくるがそれをどうやって止めるのかと甚兵衛さんが聞くと、男は「それをあんたに相談に来た」という。
この男はこの前も10円札を9円で仕入れて11円で売って儲けるなんてことを考えるけったいな奴だ。
今日はまともな金儲けの話で相談に来たという。
食い物屋を始めようと、堺筋の八幡筋の西へ入った北側の店に手金まで打ってきたというので、今度ははっきりした話のようだと甚兵衛さんがどんな商売を始めるつもりか聞くと、すきやき屋、それも「てんすき屋」だ。
なんと「天狗のすきやき屋」だという。
鼻の高い大天狗の手下のカラス天狗を捕まえてきてすきやきにすれば珍しがって流行るだろうという魂胆だ。
甚兵衛 「流行るやろけど、その天狗をどっから仕入れるねん」
男 「それをあんたに相談に来たんや」、甚兵衛さんが天狗で一番有名なのは鞍馬山で、奥の院の大杉の所に夜、天狗が降りてきて羽を休めるてな話を聞いたことがあるというと、男は早速、青竹、トリモチ、縄まで用意して「鳥さし」ならぬ「天狗さし」に鞍馬山へ出かける。
奥の院に着いた時にはもう真っ暗でヘトヘト。
天狗が羽を休めるという大杉に寄りかかって待っているうちに眠気がさして、コックリ、ウトウト。
夜も更けて、深夜の行を終えた坊さんが奥の院の扉を開けて出てきた。
扉の開く音で目を覚ました男、見ると階段を何かが降りている。
そこへ一陣の風、坊さんの赤い衣が大きくひるがえった。
これが坊さんの災難だった。
男はてっきり赤い羽の大天狗と思い、竹で坊さんの足を払い、手拭でさるぐつわをかませ、縄でふん縛り、竹へ坊さんを通して山をドンドン下り出した。
京の町へ出た頃には夜も明けてきた。
早起きの町の人が坊さんがさるぐつわをかまされ、竹に宙吊りにされたまま通るのを見てびっくりして何事かと男に聞く。
男はここでは喋れない、10日ほどたってから大阪の堺筋、八幡筋、西へ入った北側の間口が二間半の店へ来いとわけの分からん事を言って通り過ぎて行く。
すると向うから大きな青竹を10本ばかり担いでやって来る奴がある。
男はもう真似する奴が現れて天狗を捕まえに行くとのだと思い、商売仇を呼び止める。
竹を持った男 「なんじゃ、わしのことか」
男 「お前も鞍馬の天狗さしか」
竹を持った男 「いやあ、わしは五条の念仏ざしじゃ」
落語用語解説
- 念仏ざし – 京都五条で明治初期まで実在した物差し売りの店。物差しを「さし」と呼んだことから名付けられた。
- 天狗さし – 天狗を竹竿で捕まえる人という意味の造語。「鳥さし」(鳥を捕まえる人)をもじった言葉。
- 鞍馬山 – 京都北部の山。天狗伝説で有名で、牛若丸(源義経)が天狗から剣術を学んだとされる。
- 奥の院 – 寺社の本堂から離れた場所にある霊験あらたかな場所。鞍馬山では天狗の住処とされた。
- トリモチ – 鳥を捕まえるための粘着性のある物質。モチノキの樹皮から作られた。
- さるぐつわ – 口に詰め物をして声を出せなくする道具。叫び声を防ぐために使われた。
よくある質問(FAQ)
Q: 「念仏ざし」は本当に実在したのですか?
A: はい、京都の五条で明治初期まで実際に物差しを売っていた店がありました。この実在の職業名を最後のオチに使う構成が巧妙な点です。
Q: なぜ男は坊さんを天狗と間違えたのですか?
A: 深夜の暗闘で坊さんの赤い衣が風でひるがえった姿を、赤い羽の大天狗と勘違いしたからです。思い込みの強さと暗さが災いしました。
Q: 「てんすき屋」という発想はどこから来たのですか?
A: 当時人気だったすきやき屋と、珍しい食材への好奇心を組み合わせた発想です。カラス天狗をすきやきにするという荒唐無稽さが笑いを誘います。
名演者による口演
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の重鎮。男の荒唐無稽な発想を軽妙に語り、最後の言葉遊びオチを見事に決めました。
- 桂枝雀(二代目) – 上方落語の名手。坊さんを天狗と間違えるくだりの臨場感が抜群でした。
- 笑福亭松鶴(六代目) – 上方落語の大御所。甚兵衛と男のやりとりを絶妙な間で演じました。
関連する落語演目
同じく「天狗」が登場する古典落語


同じく「勘違い・思い込み」がテーマの古典落語


言葉遊び・地口オチの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「天狗さし」は、荒唐無稽な発想と勘違いが生む笑いを楽しむ古典落語です。主人公の男は、上下に臼を置く餅つき機や10円札を9円で仕入れるなど、現実離れした金儲けばかり考えますが、行動力だけはあるという愚か者の典型です。
最後の「念仏ざし」と「天狗さし」の言葉遊びは、実在の職業と架空の職業を掛け合わせた巧みなオチです。思い込みの強さが招く勘違いは現代でも変わりません。根拠のない自信で突っ走る姿は、どこか現代のスタートアップ起業家を彷彿とさせます。


