たけのこ
3行でわかるあらすじ
武士が隙家のたけのこを可内(下男)に掘らせて食べようとするが、盗泉の水は飲まずの教えを引用して咒める。
しかしたけのこ好きの武士は「たけのこが心き込んだので手討ちした」と芝居がかった謝罪をさせる。
隙家の主人も同じ調子で対応し、最後に竹の皮を形見として渡したところ「かわいや」と掛詞オチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
ある武家の屋敷で、武士が可内(べくない:下男の名前)に今日のおかずを尋ねる。
可内が「たけのこでございます」と答えると、武士がどこから来たものか尋ねる。
可内が「隙家のたけのこがこちらの庭に出ましたので掘り出しました」と言う。
武士は「渇しても盗泉の水は飲まず」の教えを引用して咒めるが、実はたけのこが大好物。
武士は隙家に「不埒にもたけのこが心き込みました故、無礼千万と手討ちにいたしました」と謝罪させる。
顉家の主人も「お手討ちはやむなきところだが、遺骸はこちらへお下げ渡しを」と同じ調子で返す。
武士は再び可内を遉い、「死骸は当方にて手厚く、腹(原)のうちに葬り、骨は明朝、高野(厕)に納まる」と言う。
そして竹の皮を形見として渡すよう指示する。
可内が再び隙家に行き、竹の皮をばらまくと「これはたけのこの形見でございます」と言う。
隙家の主人が「うーむ、もはやお手討ちに相成ったか。可哀や。かわ(皮)いや(皮嫌や)」と掛詞オチで終わる。
解説
「たけのこ」は、武家を舞台にした古典落語の滑稽噺で、最後の掛詞オチが特徴的な作品です。江戸時代の武士道や礼節を背景にしながら、人間の欲望と道徳の間で揺れ動く姿をユーモラスに描いた作品です。
この噺の面白さは、武士の矛盾した性格にあります。「渇しても盗泉の水は飲まず」という中国の古事を引用して道徳論を語りながら、実際にはたけのこ好きで食べたくて仕方がないという人間的な弱さを、武士らしい体裁を保ちながら表現しています。
「不埒にもたけのこが心き込みました故、手討ちにいたしました」という表現は、たけのこを人間のように擬人化した絶妙な着想で、「手討ち」という武士的な表現でたけのこを食べることを正当化しています。さらに「腹(原)のうちに葬り、骨は明朝、高野(厕)に納まる」という表現は、消化から排泄までの過程を葬儀に例えたユーモラスな表現です。
隙家の主人も同じ調子で「お手討ちはやむなきところ」と返すことで、両者がたけのこをめぐる芝居を楽しんでいる様子が描かれています。
オチは「掛詞オチ」の一種で、「かわいや」が「可哀や(かわいそうだ)」と「かわ(皮)いや(皮が嫌だ)」の二つの意味に解釈できることを利用した言葉遊びです。竹の皮を形見として渡された状況で「皮嫌や」という意味でも取れるところが絶妙で、単なる悲しみから一転して笑いを誘う巧妙な構成です。
この作品は、武士道という厓しいテーマを扱いながら、人間の素直な欲望と言葉遊びの面白さで軽やかに作品に仕上げた、落語の技巧が光る名作です。
あらすじ
ある武家の屋敷。
武士 「これ可内(べくない)、きょうのおかずは何じゃ」
可内 「たけのこ(竹の子・筍)でございます」
武士 「珍味じゃが、いずこよりの到来物か、八百屋で買い求めたものか」
可内 「ご隣家のたけのこが、こちらの庭に出ましたんで堀出しました」
武士「何と、"渇しても盗泉の水は飲まず"とは古人の戒め。何という事をいたすのか」、と咎めだてはしたものの、この武士はたけのこが大の好物。
武士 「隣家へ行って、"不埒にもご当家様のたけのこが、わが家の庭に忍び込みました故、無礼千万と手討ちにいたしました"と、申して参れ。わしは鰹節のダシを取っておくから」、可内が隣家へ行ってこの口上を述べると、
隣家の主人 「相分かった。不届き至極なたけのこ、お手討ちはやむなきところだが、遺骸はこちらへお下げ渡しを・・・」
可内 「あの、うちの旦那、かつおのだし、炊いて待っとりまんので」
隣家の主人 「だし諸共にても一向に苦しゅうない」、戻った可内がいきさつを話すと、
武士 「ほう、死骸を引き渡せとな。
ダシ諸共でも苦しゅうないか。・・・可内、もう一度行ってまいれ。
不埒なたけのこめは、すでに当方にて手討ちにいたしました。
死骸は当方にて手厚く、腹(原)のうちに葬り、骨(こつ)は明朝、高野(厠)に納まるでございましょう。これはたけのこの形見でございますと言うて、この竹の皮をばらまいて来い」、再度、隣家へ行った可内に、
隣家の主人 「ああ、可内、かつおのダシも持って参ったか」
可内 「いや、そうやおまへんので。・・・・これはたけのこの形見でございます」と、皮をバラバラバラー、
隣家の主人 「うーむ、もはやお手討ちに相成ったか。・・・・可哀や。かわ(皮)いや(皮嫌や)」
落語用語解説
- 可内(べくない) – 武家に仕える下男の名前。「べからず」の「べく」から来た滑稽な名前。
- 手討ち – 主君や武士が無礼者を斬り捨てること。この噺ではたけのこを「斬る」ことの言い換え。
- 渇しても盗泉の水は飲まず – 中国の故事。困っていても不正な手段は使わないという道徳の教え。
- 掛詞オチ – 同音異義語を使った言葉遊びでオチをつける落語の技法。
- 高野(こうや) – 高野山のこと。この噺では「厠(かわや)」との掛詞で使われている。
- 形見 – 亡くなった人を偲ぶために残された品。ここでは竹の皮を形見に例えている。
よくある質問(FAQ)
Q: 「かわいや」というオチの意味は?
A: 「可哀や(かわいそうだ)」と「皮いや(皮は嫌だ)」の掛詞です。たけのこを食べられて悲しいという意味と、残った竹の皮は要らないという意味が重なっています。
Q: なぜ武士はたけのこを「手討ち」と表現したのですか?
A: 隣家のたけのこを盗んで食べたことを、武士らしく体裁を保って説明するためです。「たけのこが勝手に入り込んだので処罰した」という筋書きで、実際は食べたかっただけという滑稽さを表現しています。
Q: 「腹のうちに葬り、骨は高野に納まる」とは?
A: 「腹(原)のうちに葬る」は食べること、「骨は高野(厠)に納まる」は排泄することを葬儀に例えた言葉遊びです。消化から排泄までの過程を武士らしく表現した滑稽な台詞です。
名演者による口演
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。武士の格式と滑稽さを絶妙に演じ分けました。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。可内の素朴さと武士の見栄を対比させて表現しました。
- 桂文楽(八代目) – 昭和の名人。掛詞オチの間合いが絶妙でした。
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同じく「武士・武家」がテーマの古典落語


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食べ物がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「たけのこ」は、武士道という厳しいテーマを扱いながら、人間の素直な欲望と言葉遊びの面白さで軽やかに仕上げた古典落語の名作です。道徳論を語りながら実際は食べたくて仕方がないという武士の姿は、建前と本音のギャップを描いています。
「かわいや」の掛詞オチは、悲しみから一転して笑いを誘う巧妙な構成で、落語の技巧が光ります。体裁を保ちながら本音を通す人間模様は現代にも通じるテーマです。


