三年酒
3行でわかるあらすじ
酒好きの又八が叔父の家で三年間眠り続ける「三年酒」を飲んで仮死状態になってしまう。
死んだと勘違いした皆が遺言通り神道で葬式を出し土葬にする。
後で真相を知り掘り返すと生きていた又八がまた酒を求めて「やっぱり焼かな直らん」。
10行でわかるあらすじとオチ
酒好きの又八が池田の叔父の家で酔っぱらい帰宅後そのまま死んでしまった。
遺言で神道での葬式を希望していたため、檀那寺の和尚を説得する必要があった。
オネオネの佐助、高慢の孝助、こつきの源太の三人が交渉に向かう。
源太が和尚を脅して「生臭坊主」と騒ぎ立て、ついに和尚は渋々承諾。
神道で葬式を済ませ土葬にしたところへ叔父がやってくる。
実は又八が飲んだのは三年間眠り続ける「三年酒」という幻の酒だった。
急いで土から掘り返すと、土に埋めたため早く覚めたらしい。
生き返った又八は「水一杯、それから冷で一合」と酒を求める。
呆れた皆は「こいつ、やっぱり焼かな直らん」と嘆く。
酒好きの業は死んでも(死んでなかったが)治らないという皮肉なオチ。
解説
「三年酒」は、酒好きの業の深さを描いた上方落語の傑作です。三年間眠り続ける幻の酒という奇想天外な設定と、仮死状態を本当の死と勘違いする展開が見事に組み合わされています。
この噺の見どころは、檀那寺の和尚を説得する三人組のキャラクター設定です。オネオネの佐助、高慢の孝助、こつきの源太という三者三様の個性が、交渉場面に緊張感とユーモアを生み出しています。特に源太の「イワシ」から「生臭坊主」への連想は落語らしい言葉遊びの妙です。
オチは「焼かな直らん」という言葉の二重の意味にあります。最初は「酒好きは焼かなければ直らない」という意味で使われ、最後は文字通り「火葬にしなければ直らない」という意味になります。土葬にしたために生き返ってしまい、結局は酒好きの性分が全く直っていないという、循環構造の見事なオチになっています。
あらすじ
北安治川ニ丁目の播磨屋の又八が、池田の造り酒屋の叔父さんの所へ行ってベロベロに酔っぱらって帰って来て、ゴロッと寝込んだままコロッと死んでしまった。
又八の家に集まった友達は、「又はんの酒好きは"焼かな直らん"と言うてたんや。やぱり酒で命を・・・、なんぞ遺言なんかはなかったんかい」と聞くと、女房のおとわは「遺言など聞く間もあらしません」だが、「このところ茨住吉の田中左弁天太夫という人の神道講釈を聞きに行って、えらい感心してなるほど日本は神の国や、仏教をありがたいと思ってきたが間違うてた。わしが死んだら神道で葬式してくれ」、てなことを言うてました」
立派な遺言だが人別を預かる下寺町の檀那寺の「ずく念寺」の和尚を承知させねばならない。
そこで3人の交渉人が選ばれる。
まずは「オネオネの佐助」で、オネオネ、ダラダラ、グズグズと何を言っているのかさっぱり分からず、和尚は根負けして承知してしまうという魂胆。
オネオネでだめなら「高慢の孝助」が理詰めとハッタリの高飛車で和尚を説得する。
それでも和尚がウンと言わない時は、喧嘩好きの腕力勝負の「こつきの源太」を登場させるという算段だ。
重い使命を負った3人は下寺町へ向かう。
道すがら佐助は「オネオネ」言い通しだ。
下寺町の源証寺坂沿いの、銀杏と榎が目印のずく念寺へ着くと早速、佐助が神道で葬式を出させてくれと、オネオネと始めるが、和尚に「なに神道で葬式、たわけたことを。ごじゃごじゃ言うな、聞く耳持たん、帰れ」と一喝され高慢の孝助にバトンタッチだが、孝助さんでもあかん。
もう我慢ができないと最後の砦、切り札の「こつきの源太」が乗り出した。
源太「おのれ坊主、四の五ぬかしゃがると、この爪でキューと背中開いて、骨つまみだして酢につけて食うてまうぞ」、たじろいた和尚「まるで人をイワシ(鰯)みたいに言いなさる」、大声で源太「おぉ、イワシのイの字も言わんのに何で分かるんや。ここの坊主はイワシ食うとる生臭坊主や!」、近所中に筒抜けだ。
これにはさすがの和尚も参った。
葬式は形だけお経を上げ、後は寺と和尚の預かり知らぬ事、勝手にせい、ということで見事交渉は成立、意気揚々と伊勢音頭を歌いながら帰って来た。
早速、茨住吉から神主さんを呼んで葬式を済ます。
後片付けも終わった頃に、池田の叔父さんがやって来る。
旅をしていて帰ってから又八が死んだことを知ったという。
叔父さん「又公は死んじゃおらん。
わしの家に来て、飲むと三年は酔って眠って目が覚めんという唐土(もろこし)から入ってきた三年酒という酒を壺すっくり飲んでしもたんや。三年経ったら目が覚めるんじゃが、死体は焼いてしもうたか」
喜んだおとわ達はすぐに神道で土葬にしてある又八の遺体を掘り返す。
土に埋めたので早く醒(覚)めたようで、掘り返された又八「おーい、おとわ水一杯おくれ、それから冷で一合頼む」、「まだあんなこと言うとる。こいつ、やっぱり焼かな直らん」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 神道(しんとう) – 日本古来の宗教。江戸時代は仏教が主流でしたが、神道で葬式を行うという選択は珍しいものでした。この噺では遺言として神道での葬式を希望しています。
- 檀那寺(だんなでら) – 先祖代々の位牌を預かり、葬式や法事を行う寺のこと。人別(戸籍)も寺が管理していたため、勝手に神道で葬式を出すことはできませんでした。
- 土葬(どそう) – 遺体を火葬せずに土に埋める葬法。江戸時代は土葬が一般的で、火葬は僧侶など一部の人に限られていました。
- 生臭坊主(なまぐさぼうず) – 魚や肉などの生臭いものを食べる戒律を破った僧侶を指す言葉。僧侶への悪口として使われます。
- 三年酒(さんねんしゅ) – この噺に登場する架空の酒。飲むと三年間眠り続けるという設定で、唐土(中国)から入ってきたとされています。
- 冷(ひや) – 燗をつけずにそのまま飲む日本酒のこと。常温の酒を指します。
よくある質問(FAQ)
Q: 三年酒は実在する酒ですか?
A: いいえ、三年酒は落語の中で創作された架空の酒です。「飲むと三年間眠り続ける」という設定は、浦島太郎伝説のような時間の経過を感じさせる民話的な要素を取り入れたものと考えられます。
Q: なぜ又八は神道での葬式を希望したのですか?
A: 噺の中では「神道講釈を聞いて感心した」という理由が述べられています。江戸時代後期には国学の影響で神道への関心が高まり、仏教から神道への転向を考える人もいました。
Q: 「焼かな直らん」の意味は?
A: 二重の意味があります。一つは「酒好きは焼いて(火葬して)しまわないと直らない」という慣用的な意味。もう一つは、土葬にしたために生き返ってしまったので、「やはり火葬にしないと直らなかった」という文字通りの意味です。この二重の意味が落語のオチになっています。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、上方落語を中心に演じられています。酒好きの業深さを描いた噺として、酒呑み噺の代表作の一つとして親しまれています。
Q: オネオネ、高慢、こつきとはどういう意味ですか?
A: それぞれのキャラクターの特徴を表す言葉です。オネオネは「グズグズ、ダラダラとした様子」、高慢は「傲慢で理詰めな態度」、こつきは「喧嘩っ早く暴力的な性格」を指します。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。上方落語の復興に尽力し、この噺でも三人の交渉人のキャラクターを見事に演じ分けました。
- 桂枝雀(二代目) – 独特の爆発的な笑いで知られ、酒好き又八の業深さをコミカルに表現。観客を大爆笑に導きました。
- 桂文珍 – 現代的な間とテンポで演じ、若い世代にも人気。源太の啖呵の場面は迫力満点です。
- 笑福亭仁鶴(三代目) – 温かみのある語り口で、又八の酒好きぶりを愛嬌たっぷりに描きました。
関連する落語演目
同じく「酒」をテーマにした古典落語



「葬式」や「坊主」が登場する古典落語



上方落語の名作



この噺の魅力と現代への示唆
「三年酒」の魅力は、何といっても酒好きの業深さを描いた普遍的なテーマにあります。死んだ(と思われた)のに、生き返った瞬間にまた酒を求めるという又八の姿は、「好きなことはやめられない」という人間の性を見事に表現しています。
また、三人の交渉人がそれぞれの個性を発揮して和尚を説得しようとする場面は、現代のビジネスシーンでの交渉術を連想させます。オネオネ(粘り強く)、高慢(理詰めで)、こつき(強硬に)という三段階の攻め方は、今でも通用する交渉のパターンかもしれません。
「焼かな直らん」というオチは、依存症や習慣の根深さを皮肉った言葉としても読み取れます。江戸時代から現代まで、「やめたくてもやめられない」という人間の弱さは変わらないのでしょう。
実際の高座では、源太が和尚を脅す場面の迫力や、又八が生き返った瞬間の間の取り方など、演者によって様々な工夫が見られます。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


