鷺とり
3行でわかるあらすじ
喜六が「こぼれ梅で雀を酔わせて捕まえる」という馬鹿げた計画を甚兵衛に話す。
円頓寺の池で鷺を帯に挟んで捕まえるが、鷺に運ばれて天王寺の五重塔の頂上へ。
僧侶たちが布団で受け止めようとするが、跳ね返って元の場所に戻ってしまうオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
居候の喜六が甚兵衛の家を訪ね、金儲けの計画を話す。
「こぼれ梅で雀を酔わせ、落花生を枕に寝かせて捕まえる」という荒唐無稽な案。
実際に試したが失敗したという喜六に、甚兵衛は円頓寺の鷺を取りに行かせる。
夜中に円頓寺へ忍び込んだ喜六は、寝ている鷺を次々と捕まえる。
入れ物がないので鷺の首を帯に挟み込んでいく。
塀から逃げようとするが梯子が無くなっていて困る。
朝になり鷺が目覚め、喜六を帯ごと空へ運んでしまう。
喜六は天王寺の五重塔の頂上にしがみつく羽目になる。
僧侶たちが布団で受け止めようと準備し、喜六が飛び降りる。
布団に落ちたが、僧侶が力一杯引っ張っていたため跳ね返されて元の塔の頂上に戻るオチ。
解説
「鷺とり」は上方落語の代表的な演目で、喜六と甚兵衛という上方落語でおなじみのコンビが登場する作品です。
喜六は愚か者の代表格として描かれ、甚兵衛は常識人として喜六の突拍子もない考えに振り回される役回りを演じます。
前半の「こぼれ梅で雀を酔わせて捕まえる」という荒唐無稽な計画は、喜六の愚かさを象徴的に表現しています。
物語の後半では、実際に円頓寺(萩の寺として有名)の池で鷺を捕まえる場面に移り、喜六が帯に鷺を挟み込むという非現実的な展開となります。
鷺に運ばれて天王寺の五重塔の頂上にたどり着くという展開は、落語特有の大げさな誇張表現で笑いを誘います。
最後に僧侶たちが布団で救出しようとして、逆に跳ね返してしまうオチは、善意の行動が裏目に出る皮肉な結末となっています。
この噺は江戸落語では「雁とり」として演じられることもあり、鷺が雁に変わるなど地域による違いがあります。
愚か者が真面目に奇想天外な計画を実行する様子と、それが思わぬ大騒動に発展する構成は、古典落語の王道パターンの一つです。
あらすじ
よその二階にやっかい(八階)になっている十階の身の上というけったいな喜六が甚兵衛さんの家に訪ねて来る。
なにか金もうけになることを考えているかと聞くと、喜六はいい考えがあるという。
それは上町の知り合いの家の庭に伊丹のこぼれ梅をまいて雀を取る「鳥とり」という。
その計略とは、雀がこぼれ梅を食べようとすると用心深い雀が、なにかたくらみがあるかもしれないから食べるなという。
そこへ江戸っ子の雀が来て、平気で食べてみせ、なんともない美味い物だというと、雀たちは一斉に食べ始める。
こぼれ梅は、みりんのしぼり粕、いわば酒粕のようなもの。
食べているうちに雀たちは酔ってきて眠くなってしまう。
頃合を見計らい、そこへ用意した落花生をまく。
雀たちは丁度いい枕があるといってみんなそこへ寝てしまう。
寝入ったところでほうきとちり取りでササ、サァ~と一網打尽という寸法だ。
甚兵衛さんは呆れて試したことがあるかと聞くと、喜六は一度やったことがあるという。
こぼれ梅をまいて雀たちが食べ始めたまでは計画通りだったが、落花生をまいたら一斉に飛び立って逃げてしまった。
落花生をまくのが早すぎたなんて調子だ。
甚兵衛さんは、実際に鳥が沢山集まるところへ行って取り方はそこで考えるようにと、鷺が沢山集まる池がある萩で有名な円頓(えんどう)寺に夜行ってみろと教える。
喜六は夜中に円頓寺へ行くが門は閉まっている。
昼間の左官が忘れた梯子を塀に立てかけ境内に入る。
池にはぎょうさんの鷺がいる。
みんなぐっすり寝込んでいるようだ。
今夜の寝ずの番はいい加減な鷺で、これもぐっすり寝入っている始末だ。
喜六は鷺の首をつかんで持ち上げても全然起きない。
こりゃあしめたと、入れ物がないので手当たり次第の鷺の首をつかんで帯の間に挟み込む。
もうこれ以上は無理となって、帰ろうと塀に上がり梯子を探すが見当たらない。
寺の夜回りがはずしたらしい。
塀の上でうろうろする内にあたりが白み始め、一羽の鷺が眼を覚ます。
寝ぼけながらもやっと人間に捕まっていることが気づく。
仲間の鷺を起こし、喜六の帯の間に挟まったまま空へ飛び出す。
驚いた喜六、どこかにつかまる物はないかと鷺に運ばれながら探していると目の前に鉄の棒。
必死にこれにつかまり、帯の間の鷺を逃がして一息ついてあたりを見回し、ここが天王寺さんの五重塔のてっぺんだと分かる。
下では何か変なものが天王寺さんの五重塔のてっぺんにくっついている、天王寺さんに何か異変が起こったのかと大勢が集まってくる。
よく見ると人間がしがみついていのだ。
寺の方でも放っておられず、五重塔の下で大きな布団の四隅を僧が持ち、ここへ飛び降りろと大声で叫ぶが上の男には聞こえず、大きな紙に「ここへ飛べ、救うてやる」と書いて喜六に見せる。
やっとこれを了解した喜六、「一、二、三(ひい、ふのみ)で飛び降りた。
うまく布団の上へズボッと落ちたが、坊さんたちが一生懸命、力一杯布団の四隅を引っ張っていたもんだから、トランポリンのように弾んで男はもとの五重塔のてっぺんへ逆戻りしちゃったとさ。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- こぼれ梅(こぼれうめ) – みりんの製造過程で出る搾り粕のこと。酒粕に似てアルコール分を含むため、食べると酔う可能性がある。江戸時代には庶民の間で食用や調味料として使われていました。
- 伊丹(いたみ) – 現在の兵庫県伊丹市。江戸時代は「伊丹諸白」という清酒の名産地として知られ、酒造りが盛んな地域でした。
- 円頓寺(えんどうじ) – 大阪市天王寺区にある寺院。萩の名所として知られ、「萩の寺」とも呼ばれています。実際に鷺などの鳥が多く集まる池があったとされます。
- 天王寺の五重塔(てんのうじのごじゅうのとう) – 四天王寺(大阪市天王寺区)にあった五重塔。現在の塔は戦後再建されたものですが、江戸時代から大阪のランドマークとして親しまれていました。
- 喜六と甚兵衛(きろくとじんべえ) – 上方落語に頻繁に登場する定番のコンビキャラクター。喜六は愚かで単純な男、甚兵衛は常識人として描かれることが多い。
よくある質問(FAQ)
Q: こぼれ梅で本当に雀は酔うのですか?
A: こぼれ梅はアルコール分を含むみりん粕ですが、実際に雀が酔うかどうかは定かではありません。落語の世界での設定として楽しむべき内容です。鳥類はアルコールに弱いとされますが、この噺はあくまで喜六の愚かさを表現するための荒唐無稽な計画として描かれています。
Q: 江戸落語と上方落語で違いはありますか?
A: この噺は「雁とり」として江戸落語でも演じられることがあります。主な違いは、捕まえる鳥が「鷺」か「雁」か、登場人物の名前や方言などです。基本的な構成とオチは同じです。
Q: この噺の時代設定はいつ頃ですか?
A: 明確な時代設定はありませんが、円頓寺や天王寺の五重塔が登場することから、江戸時代後期から明治時代初期の大阪が舞台と考えられます。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、現在も多くの上方落語家によって演じられています。荒唐無稽な展開と分かりやすいオチで、初心者にも楽しめる噺として人気があります。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語四天王の一人で人間国宝。喜六の愚かさと甚兵衛の呆れ顔を絶妙に演じ分け、荒唐無稽な展開を説得力をもって描きました。
- 桂枝雀(二代目) – エネルギッシュな演技で知られ、鷺に運ばれる場面などの動きの描写が特に秀逸。オーバーアクションながら観客を引き込む力がありました。
- 桂ざこば(二代目) – 豪快な語り口で喜六の馬鹿騒動を描き、五重塔から飛び降りる場面の迫力ある演技が魅力です。
- 桂南光(三代目) – テンポの良い語り口で、喜六と甚兵衛のやり取りを軽妙に演じます。
関連する落語演目
同じく「喜六と甚兵衛」が登場する古典落語


荒唐無稽な計画がテーマの古典落語



上方落語の他の名作



この噺の魅力と現代への示唆
「鷺とり」は荒唐無稽な計画を真面目に実行する喜六の姿を通じて、人間の愚かさを愛嬌たっぷりに描いた作品です。
こぼれ梅で雀を酔わせて捕まえるという馬鹿げた計画、鷺の首を帯に挟み込むという発想、そして最後に布団が逆にトランポリンになって元の場所に戻ってしまうという結末まで、すべてが非現実的でありながらも妙に納得させられる展開になっています。
現代に置き換えれば、しっかりとした計画を立てずに行動して失敗する人、善意の行動が裏目に出てしまう状況など、私たちの身の回りでも似たような出来事があるのではないでしょうか。
この噺は単なる笑い話ではなく、「計画性の大切さ」と「善意だけでは解決しないこともある」という教訓も含んでいます。実際の高座では、演者によって喜六のキャラクターや鷺に運ばれる場面の描写が異なり、それぞれの個性が光る噺でもあります。
機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


