ろくろ首
3行でわかるあらすじ
二十五歳の与太郎が結婚を希望し、叔父が美しく富裕だが夜中に首が伸びるろくろ首の女性を紹介する。
婚礼の夜、嫁の首が伸びて行燈の油をなめる姿に驚いた与太郎が叔父の家に逃げ帰る。
叔父が「母親も首を長くして待っている」と言うと、与太郎は母もろくろ首だと勘違いして「家にも帰れない」と嘆く。
10行でわかるあらすじとオチ
二十五歳の与太郎が兄の幸せな家庭を羨んで、叔父に結婚の相談に行く。
叔父は麹町の大きな屋敷の美人で富裕な女性を紹介するが、彼女はろくろ首だった。
与太郎は夜中だけ首が伸び、自分は熟睡するから大丈夫だと縁談を承諾する。
挨拶が不安なので、下帯に毬の紐を結んで合図で返事する仕組みを作るが、猫が邪魔をして頓珍漢な受け答えになる。
それでも縁談はまとまり、吉日を選んで婚礼が行われる。
婚礼の夜、寝床が変わって眠れずにいると、隣の嫁の首が伸びて行燈の油をなめ始める。
驚いた与太郎は「伸びたー!」と叫んで叔父の家に逃げ帰る。
叔父は「首が伸びるのを承知で行ったのに」と呆れて説教する。
与太郎が「やっぱり母のそばが安心だ」と言うと、叔父は「母親も首を長くして待っている」と答える。
与太郎は母もろくろ首だと勘違いして「それじゃ、家にも帰れねえ」と途方に暮れる。
解説
『ろくろ首』は、日本の妖怪であるろくろ首を題材にした与太郎噺の代表作です。ろくろ首は、夜中に首が長く伸びて行燈の油をなめる妖怪として江戸時代から恐れられており、この噺はその民間信仰を巧みに取り入れています。
物語の見どころは、与太郎の単純さと恐怖心のギャップです。最初は「夜だけなら大丈夫」と軽く考えていた与太郎が、実際に目撃した時の恐怖で一目散に逃げ出す様子は、人間の現実とのギャップを面白おかしく描いています。また、挨拶の際の毬を使った合図システムが猫の邪魔で破綻する場面は、与太郎噺らしいドタバタ劇を演出しています。
この噺の最大の特徴は、「首を長くして待つ」という日本語の慣用句を巧妙に利用したオチです。この表現は「期待して待つ」という意味ですが、与太郎はろくろ首の恐怖体験のせいで文字通りの意味に解釈してしまいます。言葉遊びの要素と与太郎の純朴な性格が見事に組み合わさった秀逸なオチとなっています。
また、この噺は江戸時代の結婚制度や仲人の役割、家族関係なども描かれており、当時の社会背景を知る資料としても価値があります。妖怪という非現実的な要素を使いながらも、最終的には身近な慣用句でオチをつける構成は、古典落語の巧妙な話術の典型例と言えるでしょう。
あらすじ
今年二十五の与太郎さん。
自分はおふくろと二人暮らしなのに、兄貴は嫁をもらって子どももできて、楽しそうに暮らしているのが羨ましい。
自分も嫁取りをしようとおじさんの所へ相談に来る。
ちょうど麹町の大きなお屋敷から、お嬢さんの婿養子の相手を探す相談を受けていたおじさんは与太郎にこの話を持ちかける。
お嬢さんは両親は亡く、屋敷におつきの女中らと暮らしていて、親類縁者もなく莫大な財産があるという。
さらにたいそう器量よしで、気立てもいいという話。
いくら与太郎でも、「それなら何で今まで養子が来なかったのか?」と、訝(いぶか)るのは当然至極。
おじさんは、「お嬢様にはただ一つ、人には言えないことがある。夜中に首が伸びはじめて行燈の油をなめる・・・」という。
いくら金があって美人でも、"ろくろ首"では与太郎も尻込みする。
だが、与太郎「首が伸びるのは夜だけですかい?」、隠居「そうだ、それも真夜中のほんのちょっとの間だけだ」、与太郎「そんなら大丈夫だ。いったん寝たら地震、火事があろうが雷が落ちようが絶対に起きない」で、善は急げで隠居は与太郎を連れてお屋敷に行く。
先方での挨拶が難しいので、与太郎の下帯に毬(まり)の紐を結び付け、隠居が毬を一つ引いたら「左様左様」、二つは「ごもっともごもっとも」、三つで「なかなか」、ということにする。
お屋敷ではじめはとんとん拍子に話は進んだが、そのうちに猫が毬にじゃれつき、与太郎は頓珍漢な言葉を連発するハメとなった。
それでも縁談は無事まとまって、吉日を選んで婚礼となった。
さて、その夜、普段は寝つきのいい与太郎でも寝床が変わると寝つけない。
やっと、ウトウトし始めたら隣に寝ている嫁さん(お嬢さん)の動く気配で目が覚めた。
嫁さんの首が伸びて、行燈の油をなめ始めた。
びっくりして飛び出した与太郎はおじさんの家へ、「伸びたー!」と駆けこむ。
おじさん 「何だこんな夜更けに・・・馬鹿野郎、首が伸びるのを承知で行ったんじゃねえか」
与太郎 「・・・まさか初日からあんなに伸びるとは・・・、やっぱり家へ帰っておふくろのそばにいたほうが安心だ」
おじさん 「・・・お前のおふくろはこの縁談に大喜びで、うまくおさまってくれればいい、きっと明日はいい便りが聞けると、首を長くして待っているぞ」
与太郎 「えっ、おふくろも首を長くして・・・、それじゃ、家にも帰れねえ」
落語用語解説
ろくろ首(ろくろくび)
日本の妖怪の一種で、夜中に首が長く伸びる女性の姿をしています。江戸時代には行燈の油をなめる妖怪として恐れられていました。「ろくろ」は轆轤(ろくろ)のことで、陶芸などで使う回転する道具のように首が回転しながら伸びることから名付けられたとされています。実際には妖怪ですが、この噺では婿養子探しの相手として登場する設定が面白さを生んでいます。
与太郎(よたろう)
落語に登場する定番の愚かな若者のキャラクター。純朴で単純、世間知らずで騙されやすいが憎めない性格が特徴です。多くの与太郎噺では、その単純さゆえに起こるトラブルや誤解が笑いを生み出します。この噺では、「夜だけなら大丈夫」と軽く考えていた与太郎が、実際に首が伸びる姿を見て驚いて逃げ出すという、典型的な与太郎の性格が描かれています。
麹町(こうじまち)
現在の東京都千代田区麹町付近。江戸時代には武家屋敷が多く立ち並ぶ高級住宅地でした。「麹町の大きなお屋敷」という設定は、富裕で社会的地位の高い家柄を示しており、与太郎のような身分の者には不釣り合いな縁談であることを暗示しています。この対比が、ろくろ首という欠点の重大さを際立たせる効果があります。
婿養子(むこようし)
妻の家に入って妻の姓を名乗る結婚形態。江戸時代には跡継ぎがいない家や、娘しかいない裕福な商家などで行われました。この噺では、ろくろ首のお嬢さんに跡継ぎがいないため、婿養子を探しているという設定になっています。通常は名誉ある話ですが、ろくろ首という欠点のために婿が見つからないという皮肉な状況が描かれています。
行燈(あんどん)
江戸時代の室内照明器具。木や竹の枠に和紙を張り、中に油皿と灯心を入れて火を灯しました。この噺では、ろくろ首が夜中に首を伸ばして行燈の油をなめるという設定になっており、当時の妖怪伝承を反映しています。油は貴重品だったため、妖怪が油をなめるという話は江戸庶民にとって恐怖と同時に経済的な損失としても認識されていました。
毬の紐(まりのひも)
この噺で使われる小道具。与太郎が挨拶の返事ができないため、叔父が毬の紐を与太郎の下帯に結び、引く回数で返事を合図する仕組みです。しかし猫が毬にじゃれついて頓珍漢な返事になってしまうという、与太郎噺らしいドタバタ劇を演出する重要な道具立てとなっています。
首を長くして待つ(くびをながくしてまつ)
期待や待ち望む気持ちを表す日本語の慣用句。文字通りの意味ではなく、「楽しみに待つ」という比喩表現です。この噺のオチは、この慣用句を与太郎が文字通りに解釈してしまうという言葉遊びになっています。ろくろ首の恐怖体験の直後に「首を長くして」と言われたため、母親もろくろ首だと勘違いして「家にも帰れねえ」と嘆く展開が秀逸です。
よくある質問
Q1: ろくろ首は実際に江戸時代に信じられていたのですか?
はい、ろくろ首は江戸時代に広く信じられていた妖怪の一種でした。特に夜中に首が伸びて行燈の油をなめるという伝承は、多くの怪談話や絵巻物に描かれています。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』などにも登場し、庶民の間では実在する妖怪として恐れられていました。また、首が伸びる妖怪と、首が外れて飛び回る「抜け首」は区別されることもあり、この噺のろくろ首は首が伸びるタイプです。江戸時代の人々にとって、この噺のろくろ首は単なる空想ではなく、実在するかもしれない恐怖として受け取られていたと考えられます。
Q2: 与太郎が「夜だけなら大丈夫」と考えたのはなぜですか?
これは与太郎の単純で楽観的な性格を表現しています。与太郎は「自分は熟睡するから夜中に起きることはない」と考え、首が伸びる姿を見なければ問題ないと判断しました。これは与太郎噺の典型的なパターンで、頭で考えただけで実際の体験を想像できない単純さが描かれています。しかし実際には寝床が変わって眠れず、首が伸びる姿を目撃してしまうという展開は、理屈と現実のギャップを面白おかしく表現した古典落語の巧みな構成です。
Q3: 毬の紐を使った合図システムはなぜ失敗したのですか?
猫が毬にじゃれついたため、与太郎は叔父の意図とは関係なく紐を引かれ、頓珍漢な返事を連発してしまいます。これは与太郎噺によく見られる「単純な仕組みが予想外の邪魔で破綻する」というパターンです。一つ引いたら「左様左様」、二つで「ごもっとも」、三つで「なかなか」という簡単なルールでしたが、猫という予測不能な要素が加わることで、挨拶の場面が滑稽な混乱に陥ります。この場面は、綿密な計画も些細なことで崩れるという人間の営みの滑稽さを表現しています。
Q4: オチの「首を長くして待つ」という慣用句の意味は?
「首を長くして待つ」は「期待して楽しみに待つ」という意味の日本語の慣用句です。母親が与太郎の縁談の成功を楽しみに待っているという、ごく普通の表現です。しかし与太郎は、ろくろ首の恐怖体験の直後にこの言葉を聞いたため、母親も文字通り「首を伸ばして(ろくろ首のように)待っている」と解釈してしまいます。これは比喩表現を文字通りに受け取る与太郎の単純さと、状況によって言葉の意味が変わってしまう面白さを巧みに表現した秀逸な言葉遊びオチです。
Q5: この噺を得意とする落語家は誰ですか?
この噺は多くの落語家によって演じられてきましたが、特に古今亭志ん生師匠や古今亭志ん朝師匠の口演が有名です。志ん生師匠の口演は、与太郎の単純さと恐怖のギャップを絶妙に表現し、首が伸びる場面での語り口が見事でした。志ん朝師匠の口演は、毬の紐を使った挨拶の場面での猫の邪魔による混乱を詳細に演じ、聴衆を笑いに引き込む技術が光っていました。現代でも若手からベテランまで幅広い落語家がこの噺を手がけており、与太郎の性格描写と最後の慣用句オチの鮮やかさで観客を楽しませています。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
江戸落語の巨匠・志ん生師匠の口演は、与太郎の単純さと人間味を見事に表現しています。特に「夜だけなら大丈夫」と軽く考えていた与太郎が、実際に首が伸びる姿を見て「伸びたー!」と叫んで逃げ出す場面での、恐怖と慌てぶりの演じ分けが秀逸です。志ん生師匠独特の崩し方で、与太郎の愚かさを愛おしく描き出し、最後の慣用句オチを自然に聞かせる技術は圧巻でした。
三代目 古今亭志ん朝
志ん朝師匠の口演は、毬の紐を使った挨拶の場面での描写が詳細で見応えがあります。猫が毬にじゃれつく様子と、与太郎が頓珍漢な返事を連発する混乱を、テンポよく演じる技術が見事です。また、ろくろ首が首を伸ばして行燈の油をなめる場面での怪談的な雰囲気作りと、その直後の与太郎の慌てぶりのコントラストが絶妙で、聴衆を笑いと驚きの間で揺さぶります。
柳家小三治
小三治師匠の口演は、与太郎の純朴さと叔父の世話焼きな性格をバランスよく描いています。特に縁談の話を持ちかける叔父の説明と、与太郎の「夜だけなら大丈夫」という楽観的な反応の対比が面白く、与太郎の単純さが際立ちます。最後の「首を長くして待つ」という慣用句オチも、自然な流れで笑いを生み出す小三治師匠らしい演出となっています。
関連する落語演目
同じく「妖怪・怪談」をテーマにした古典落語



同じく「与太郎噺」の古典落語



同じく「慣用句・言葉遊びのオチ」が特徴の古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
『ろくろ首』の最大の魅力は、妖怪という非現実的な要素と、「首を長くして待つ」という日常的な慣用句を組み合わせた秀逸なオチにあります。与太郎が比喩表現を文字通りに解釈してしまうという単純さは、言葉の多様性と文脈の重要性を気づかせてくれます。
この噺が現代にも通じるのは、言葉の比喩表現を文字通りに受け取ってしまう誤解が、現代社会でも頻繁に起こるからです。特にメールやSNSなどのテキストコミュニケーションでは、文脈や状況が伝わりにくく、誤解が生じやすくなっています。この噺の与太郎のように、言葉の表面的な意味だけを受け取ってしまうことは、現代人にとっても他人事ではありません。
また、「頭で考えた理屈」と「実際の体験」のギャップも重要なテーマです。与太郎は「夜だけなら大丈夫」と理屈では納得していましたが、実際に目の当たりにすると恐怖で逃げ出してしまいます。これは、知識と経験の違いを示しており、現代社会でも「頭では分かっているが実際にやってみると違う」という経験は誰にでもあるでしょう。
落語という芸能は、こうした人間の愚かさや弱さを笑いに転換することで、聴衆に気づきを与えます。ぜひ実際の高座や音源でこの噺をお楽しみください。与太郎の単純さと、慣用句オチの鮮やかさが光る名作です。


