悋気の火の玉
3行でわかるあらすじ
花川戸の鼻緒問屋の旦那が吉原で遊んで妾を囲い、本妻が嫉妬して「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」と拗ねる。
本妻と妾が藁人形に釘を打って呪い合い、ついに両方とも死んでしまう。
火の玉になった二人は毎晩喧嘩を続け、旦那が本妻の火の玉に煙草の火をつけようとすると「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」と避けて落ちる。
10行でわかるあらすじとオチ
花川戸の立花屋という鼻緒問屋の堅物旦那が仲間に誘われて吉原遊びにはまってしまう。
花魁を身請けして根岸の里に妾宅を構え、本宅20日・妾宅10日の生活を始める。
本妻が妾の存在を知って嫉妬し、お茶を入れても「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」と拗ねる。
旦那は面白くないので妾宅20日・本宅10日に変更し、本妻はますます怒る。
本妻は藁人形に五寸釘を打って妾を呪い始めると、妾も負けじと六寸釘で呪い返す。
七寸、八寸、九寸と釘の長さ競争が続き、「人を呪わば穴二つ」で両方とも死んでしまう。
二人の魂は火の玉となって毎晩大音寺の上空で喧嘩を始め、町の噂になる。
旦那が火の玉をなだめに大音寺へ行き、まず妾の火の玉から煙草の火をもらう。
続いて本妻の火の玉に煙草の火をつけようと煙管を近づけると、火の玉がすうーっと避ける。
そして生前と同じ「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」という台詞で落ちる。
解説
「悋気の火の玉」は、嫉妬をテーマにした古典落語の代表的な怪談噺です。1833年の滑稽本「延命養談数」に収録された話が原典とされ、安永年間(1772-1781)に実際にあった出来事を基にしているとも言われています。
この演目の最大の魅力は、死んでもなお続く女性の嫉妬心を超常現象と絡めてユーモラスに描いた点にあります。特に本妻の決まり文句「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」が、生前から死後まで一貫して繰り返されることで、女性の執念深さを滑稽に表現しています。
呪い合いのエスカレートも見どころの一つで、五寸釘から始まって九寸釘まで競い合う様子は、嫉妬に狂った女性の心理を巧みに描写しています。最後の「人を呪わば穴二つ」という格言通りの結末も、因果応報の教訓を含んでいます。
八代目桂文楽や五代目三遊亭圓楽の名演で特に有名になった演目で、現在でも多くの落語家に愛演されています。演じる際は、本妻の嫉妬深い性格と決まり文句を印象的に表現することで、より効果的な笑いを生み出すことができます。
あらすじ
「悋気は女のつつしむところ、疝気は男の苦しむところ」なんていいます。
妾宅で頭の白髪がみっともないと抜かれ、本宅では黒い髪ばかりだと商売に信用があるように見えないと黒髪を抜かれとうとう旦那ひとり坊主にしてしまったなんて話もあります。
浅草の花川戸の立花屋という鼻緒問屋の旦那はいたって堅物。
ある時仲間の寄り合いの流れで吉原に誘われた。
一度遊んでみるとすっかり味をしめ、吉原に日参するようになる。
そこは商売人のこと、そろばんをはじくとこれでは身代がもたないと分かり、花魁(おいらん)を身請けして根岸の里の妾宅に囲った。
月のうち本宅に20日、妾宅に10日泊まるようになる。
このごろ旦那の様子がおかしいと本妻が調べると妾宅があることがわかり面白くない。
旦那がお茶を入れてくれ頼んでも「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」と万事もこんな調子だ。
旦那はこれでは面白くないので、妾宅へ20日、本宅へ10日ということになる。
おさまらないのは本妻だ。
こうなったのもすべて根岸の女のせいだと、真夜中に藁人形を杉の大木に五寸釘で打ちつけ始めた。
にっくき女を祈り殺してしまおうという魂胆だ。
このことが根岸の女にも知れたから黙っちゃいない。
こっちは六寸釘を打ち始める。
本妻の方は根岸が六寸釘ならこっちは7寸釘だ、それなら8寸、9寸だと呪い競争だ。
「人を呪わば穴二つ」とやらで、本妻と妾は時を同じくして死んでしまった。
葬式も終わり初七日、真夜中になると花川戸の家から火の玉が上がって根岸の方へ飛んで行き、根岸からも花川戸を目指して火の玉が飛んで来て、ちょうど大音寺のところで、火の玉同士がぶつかって火花を散らして喧嘩を始めるという噂が立つ。
これでは店の暖簾にかかわると谷中の木蓮寺の和尚にお経をあげてもらうが、二つの火の玉ともとんと受けつけない。
旦那が両方の火の玉をなだめてからお経をあげれば成仏するだろうと大音寺の前へ行く。
旦那が煙草を吸おうとするが火道具を忘れてきた。
そこへ根岸の方からお妾さんの火の玉がやって来た。
旦那は火の玉から煙草の火をつけいろいろ言い聞かせていると、花川戸の方からうなりを生じてまっしぐらに本妻の火の玉が飛んで来た。
本妻の火の玉をなだめながら、旦那が煙草の火をつけようと煙管を近づけると、火の玉がすうーっとそれて、
「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」
落語用語解説
悋気(りんき)
嫉妬のこと。特に男女間の恋愛や夫婦関係における嫉妬を指します。「りんき」は「吝嗇(りんしょく)」と同じ語源で、相手を独占したいという欲望から生まれる感情を表します。江戸時代から「悋気は女のつつしむところ」という言葉があり、女性の嫉妬は身を滅ぼすという戒めとして広く知られていました。この噺では、嫉妬が死後まで続くという設定で、その執念深さを滑稽に描いています。
花川戸(はなかわど)
現在の東京都台東区浅草2丁目付近の地名。隅田川沿いに位置し、江戸時代には履物問屋や鼻緒問屋が多く集まった商業地域でした。浅草寺にも近く、吉原遊廓へのアクセスも良かったため、この噺の舞台として設定されています。「立花屋」という鼻緒問屋の名前も、この地域の商売を反映しています。
鼻緒問屋(はなおどんや)
草履や下駄の鼻緒を専門に扱う問屋。江戸時代、履物は庶民の必需品であり、鼻緒の需要は非常に高く、鼻緒問屋は堅実な商売として知られていました。この噺では、堅物の商人が遊興に走るという対比を際立たせるため、堅実な商売の代表として鼻緒問屋が選ばれています。
根岸の里(ねぎしのさと)
現在の東京都台東区根岸付近。江戸時代には江戸郊外の静かな住宅地で、特に妾宅を構える場所として知られていました。正岡子規が「根岸の里の侘住まい」と詠んだように、都会から少し離れた風情のある土地柄でした。吉原からも比較的近く、遊女を身請けした後に囲う場所として好まれました。
身請け(みうけ)
遊女を遊郭から引き取ること。多額の金銭を支払って遊女の年季(契約期間)を買い取り、自由の身にすることを指します。身請け後は妻として迎えるか、妾として囲うのが一般的でした。この噺では、花魁を身請けして妾宅に囲うという展開で、旦那の遊興がエスカレートする様子が描かれています。
藁人形と五寸釘(わらにんぎょうとごすんくぎ)
呪いの儀式で使われる道具。藁で作った人形に呪いたい相手の名前を書き、丑の刻(午前2時頃)に神木に五寸釘(約15cm)で打ち付けると、相手に災いが降りかかるという俗信。この噺では、本妻が五寸釘、妾が六寸釘と、釘の長さ競争になる展開が笑いを誘います。実際には迷信ですが、江戸時代には広く信じられていました。
人を呪わば穴二つ(ひとをのろわばあなふたつ)
人を呪い殺そうとすれば、自分も死ぬ運命になるという諺。墓穴が二つ必要になるという意味です。仏教的な因果応報の思想を表しており、この噺では本妻と妾が同時に死ぬという展開の伏線となっています。
大音寺(だいおんじ)
この噺に登場する寺の名前。実在する寺かどうかは不明ですが、花川戸と根岸の中間地点という設定で、二つの火の玉がぶつかる場所として描かれています。江戸時代の寺は怪談の舞台としてよく登場し、超常現象と仏教的世界観を結びつける役割を果たしていました。
よくある質問
Q1: この噺は実話に基づいているのですか?
この噺は安永年間(1772-1781)に実際にあった出来事を基にしているとされています。1833年の滑稽本『延命養談数』に収録された話が原典で、当時の江戸で実際に起きた嫉妬による呪い合い事件が元になっているという説があります。ただし、火の玉になって喧嘩を続けるという超常現象の部分は創作です。江戸時代には妾宅を持つ商人は珍しくなく、本妻と妾の確執は社会問題としても認識されていました。この噺は、そうした時代背景を反映しつつ、嫉妬という普遍的なテーマを怪談仕立てで描いた作品といえます。
Q2: 「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」とはどういう意味ですか?
「あたしの(=私の入れたお茶・私の火)じゃ(=では)うまくない(=美味しくない・気に入らない)でしょ ふん」という意味です。本妻が妾に嫉妬して拗ねている時の決まり文句で、「私のお茶よりも妾のお茶の方が美味しいんでしょう」という皮肉と拗ね方を表現しています。この台詞が生前から死後まで一貫して繰り返されることで、女性の嫉妬の執念深さを滑稽に表現しています。火の玉になってもなお同じ台詞を言うというオチは、嫉妬心が死後も変わらないという女性心理の本質を突いた秀逸な落ちです。
Q3: なぜ五寸釘から九寸釘までエスカレートするのですか?
これは嫉妬に狂った女性たちの競争心を滑稽に描いた演出です。本妻が五寸釘で呪えば、妾は「負けていられない」と六寸釘を使い、さらに七寸、八寸、九寸と長い釘を使う競争になります。この展開は、嫉妬がエスカレートしていく女性心理を象徴的に表現しています。また、九寸釘(約27cm)というのは実用的な釘としては異常に長く、この不条理さが笑いを誘います。最終的に「人を呪わば穴二つ」で両方とも死ぬという結末は、競争心と嫉妬心が自滅を招くという教訓を示しています。
Q4: この噺は怪談なのですか、それとも笑い話なのですか?
この噺は怪談と笑い話の要素を併せ持つ「怪談噺」の傑作です。火の玉が出現し、呪い合って死ぬという怪談要素がありながら、「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」という拗ねた台詞や、釘の長さ競争といった滑稽な要素が随所に盛り込まれています。特に、死んでもなお嫉妬を続け、火の玉になっても拗ねるという設定は、恐怖よりも笑いを誘います。落語における怪談噺の特徴は、超常現象を題材にしながらも最終的には笑いに転化させる点にあり、この噺はその典型例といえます。夏の高座でよく演じられる演目で、怪談の雰囲気を楽しみながら笑えるという独特の魅力があります。
Q5: この噺を得意とする落語家は誰ですか?
この噺は八代目桂文楽師匠と五代目三遊亭圓楽師匠の名演で特に有名です。文楽師匠の口演は、本妻の決まり文句「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」を印象的に演じ、女性の嫉妬心を巧みに表現していました。圓楽師匠の口演は、怪談の雰囲気と笑いのバランスが絶妙で、火の玉の場面での語り口が見事でした。現代では、柳家喬太郎師匠や春風亭一之輔師匠など、若手からベテランまで幅広い落語家がこの噺を演じています。演じる際のポイントは、本妻の拗ねた性格を一貫して表現し、生前と死後で同じ台詞を使うことで笑いを生み出すことです。
名演者による口演
八代目 桂文楽
「昭和の名人」と称された文楽師匠の口演は、この噺の代表的な名演として知られています。特に本妻の決まり文句「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」の演じ方が秀逸で、女性の拗ねた性格と嫉妬心を見事に表現していました。文楽師匠は細部まで計算された演出で知られ、本妻と妾の性格の違いを明確に描き分け、聴衆を笑いと怪談の狭間に引き込む技術は圧巻でした。
五代目 三遊亭圓楽
「笑点」でもおなじみの圓楽師匠(楽太郎時代含む)による口演は、怪談の雰囲気と笑いのバランスが絶妙です。火の玉が出現する場面での語り口は恐怖感を煽りながらも、本妻の台詞で一気に笑いに転化させる技術が見事です。圓楽師匠独特のテンポの良さで、呪い合いのエスカレートを軽妙に演じ、最後のオチまで聴衆を飽きさせません。
柳家喬太郎
現代の名手・喬太郎師匠の口演は、古典の枠組みを守りながらも現代的な感覚を取り入れた演出が特徴です。本妻と妾の心理描写をより詳細に演じ、女性の嫉妬心の複雑さを表現しています。特に火の玉になってからの場面での間の取り方が絶妙で、オチの「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」が自然に笑いを誘います。
関連する落語演目
同じく「怪談要素」を含む古典落語



同じく「嫉妬・女性の執念」をテーマにした古典落語



同じく「廓・遊郭」が舞台の古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
『悋気の火の玉』の最大の魅力は、嫉妬という普遍的な感情を怪談仕立てで描きながら、最終的には笑いに転化させる落語の技術にあります。死んでもなお続く嫉妬心という設定は、一見すると恐ろしい話ですが、「あたしのじゃうまくないでしょ ふん」という拗ねた台詞で一気に滑稽な笑い話に変わります。
この噺が現代にも通じるのは、嫉妬という感情が時代を超えて変わらない人間の本質だからです。本妻と妾という関係性は現代では一般的ではありませんが、パートナーへの嫉妬や独占欲、競争心といった感情は、現代社会でも様々な形で存在しています。
また、呪い合いがエスカレートして両方とも滅びるという展開は、感情的な対立が自滅を招くという教訓を含んでいます。現代のSNSでの炎上や誹謗中傷の応酬なども、この噺の呪い合い競争と本質的には同じ構造を持っているといえるでしょう。
落語という芸能は、こうした人間の愚かさや執念を笑いに転換することで、聴衆に気づきを与えます。ぜひ実際の高座や音源でこの噺をお楽しみください。怪談の雰囲気を味わいながら、最後には笑えるという独特の魅力があります。


