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【古典落語】王子の幇間 あらすじ・オチ・解説 | 図々しい幇間が引き起こす大騒動と絶妙な仕返し

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話芸の殿堂-古典落語-王子の幇間
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王子の幇間

3行でわかるあらすじ

図々しくて嫌われ者の幇間平助が、旦那の家で使用人や猫をいじめ回し、あげくは鳶の頭に暗部をばらされて殴られる。
お内儀さんに旦那が花魁を身請けして自分を追い出すと吹き込み、一緒に駄目押ししようと計策する。
お内儀さんにまんまと乗せられ、金の延べ棒と思い込んで石臼を背負わされ、最後は「ご近火のお手伝い」と言い訳する。

10行でわかるあらすじとオチ

図々しくて鼻つまみ者の幇間平助が、呼ばれてもいないのに旦那の家にやってくる。
旦那が奥に引っ込んでしまうと、平助は小僧の長吉や女中のお鍋どんなどをからかい始める。
婆や、猫、鳶の頭と次々に標的を変えていじめ、特に鳶の頭には暗部をばらされてこっぴどく殴られる。
奥でお茶を飲んでいたお内儀さんのところへたどり着いた平助は、勝手にお菓子を食べてお茶まで飲んでしまう。
旦那が花魁を身請けしてお内儀さんを追い出すと平助が吹き込み、涙を流して同情するふりをする。
お内儀さんが「旦那がそういう心持ならあたしはお前さんと逃げてもいいんだよ」と言い出す。
お内儀さんは「この葛籠を背負っておくれ、金の延べ棒が63本入っている」と騙して石臼を背負わせる。
猫と鉄瓶も持たされた平助が「どうも色男の図じゃないね」と嘆くと、旦那が奥から出てくる。
旦那に「馬鹿、石臼が二つ入ってんだ」と種明かしされ、平助は「これはご近火のお手伝いでございます」と苦しい言い訳でオチ。
「火事なんざどこにもない」「今度あるまで背負っております」で結び。

解説

「王子の幇間」は初代三遊亭圓遊の創作落語として知られる明治時代の作品で、主な演者には8代目桂文楽などがいます。図々しくて嫌われ者の幇間を主人公に、その働きや人間関係の特徴を細かく描いたコメディ作品です。

この落語の最大の特徴は、平助という人物の図々しさとその往生際さを細かく描写したことです。呼ばれてもいないのにどこにでも出入りし、人の失敗や弱みにつけ込んで困らせて楽しんでいる姿は、現代にも通じるキャラクターです。

特に秀逸なのは、お内儀さんとのやり取りの部分です。平助が旦那の不倫を吹き込んで駄目押ししようとしたところ、逆にお内儀さんにまんまと乗せられてしまう展開は、落語の面白さを十分に発揮しています。金の延べ棒と思い込んで石臼を背負わされるというオチは、平助の欲深さと間抜けさを笑いのネタにしたものです。

また、「ご近火のお手伝い」という最後の言い訳は、火事の際の避難道具を連想させるもので、状況を無理矢理に説明しようとする平助の苦しい立場をユーモラスに表現した名オチです。この演目は江戸落語の伝統を受け継ぎながらも、明治時代の新しい感覚を取り入れた作品として評価されています。

あらすじ

旦那に東京中を引き回され、最後は王子稲荷でお百度を踏まされた幇間の平助、ついた仇名が"王子の幇間"。

平助は陰と日向、裏と表を使い分け、呼ばれてもいないのにどこにでも出入りし、人の失敗や弱みにつけ込んで困らせて楽しんでいる。
みんなから嫌われて鼻つまみ者になっているが、本人は平気の平左で一向にお構いなしに傍若無人に振舞っている。

今日も旦那の店へやって来ると、旦那はお内儀とちょっと打ち合わせて奥へ引っ込んでてしまった。
平助は小僧の長吉をよいしょして持ち上げ、女中の田舎育ちのお鍋どんを飯を炊くのが上手と褒めてから、顔の白粉が厚過ぎて歩くとぼとぼとを落ちてしまうとからかい、お鍋どんが泣き出すと、あんたの顔は泣く顔じゃないと馬鹿にし、着物から帯、はては足の大きいのに難くせをつけて笑っている。

次の標的は赤子を負ぶっている婆やだ。
あんたは先代萩の正岡のようだなんて持ち上げるが相手にされないので、今度はそばにいる猫だ。
猫を可愛がってあやしていたと思ったら化け猫扱いしてひっかかれ、挙句はちょうど居合わせた鳶の頭に五円くださいとしつこくせびったが、断られると頭(かしら)が花魁に惚れられているとか、女郎屋稲本の二階で三味線を弾いていたとすっぱ抜き、こっぴどく頭をぶたれる始末だ。

奥でお茶を飲んでいたお内儀のところへたどり着いた平助は勝手にお菓子にぱくつき、お内儀の茶碗でお茶も飲んでしまうという呆れた図々しさだ。

平助 「おや、今日は旦那様は・・・」

お内儀 「またしらばっくれて。
お前が取り巻いてどっかで遊んでいるんでしょ。
もう四日も帰って来やしない。どうせお前は旦那に頼まれて家の様子を見に来たんだろ」

平助 「それは濡れ衣で・・・、それなら私が大秘密を申し上げいたしましょう。
近々、旦那は稲本の瀬川花魁を身請けしますよ。そうして貴方を追い出して、その花魁がこの家に入って来ますよ。・・・実にあたくしは貴方が可哀想で、貴方が追い出されるようでは神も仏もない・・・」と、涙をボロボロと泣き出した。

お内儀 「お前さん泣いてくれんのは嬉しいけど目んとこにお茶殻がついてるよ」

平助 「あたくしはごく悲しくなると目からお茶殻が出ますので・・・、まだ大秘密があります。貴方とあたくしが姦通をしているという噂が・・・」

お内儀 「旦那がそういう心持ならあたしはお前さんと逃げてもいいんだよ」、「へぇっ!」と驚く平助に、

お内儀 「この葛籠を背負っておくれ。
金の延べ棒が六十三本入っているんだよ。この可愛がっている猫のミーとこの鉄瓶も持って行っておくれ」、重たい葛籠を背負わされて、

平助 「どうも色男の図じゃないね、こりゃあ・・・」

お内儀 「あたしを好きならぶっても怒らないね」と、ぽかぽかと平助の頭をぶちながら、

お内儀 「旦那さま、どうぞお出あそばせ」、奥から旦那が出て来ると、

平助 「あぁ、こりゃあ・・・旦那さまですか、ご機嫌よろしゅう・・・」

旦那 「馬鹿、こんな葛籠を背負いやがって」

平助 「へぇ、金の延べ棒が六十三本・・・」

旦那 「馬鹿、石臼が二つ入ってんだ。猫を提げて、鉄瓶提げよって、平助!なんてざまだ!」

平助 「へへっ、旦那様これは御近火のお手伝いでございます」

旦那 「火事なんざどこにもないだろが」

平助 「今度あるまで背負っております」

落語用語解説

幇間(ほうかん)

宴席で客を楽しませることを職業とする男性芸人。太鼓持ちとも呼ばれます。芸者が三味線や踊りで宴を盛り上げるのに対し、幇間は話芸や滑稽な芸、お世辞や機転で客を楽しませました。江戸時代から明治・大正にかけて花柳界で活躍しましたが、現代ではほぼ絶滅した職業です。客の機嫌を取るために図々しくふるまうこともあり、「幇間根性」という言葉は卑屈でおべっかを使う態度を指す否定的な意味で使われます。

王子稲荷(おうじいなり)

東京都北区王子に鎮座する稲荷神社。関東稲荷の総元締めとして江戸時代から庶民の信仰を集めました。「王子の幇間」という題名は、平助が旦那に東京中を引き回され、最後に王子稲荷でお百度を踏まされたことから付いた仇名です。王子稲荷は落語「王子の狐」でも有名な舞台で、大晦日には関東一円の狐が集まって狐火を灯すという伝説もあります。

鼻つまみ者(はなつまみもの)

周囲から嫌われて避けられる人のこと。鼻をつまんで臭いものを避けるように、誰もが関わりたくないと思う厄介者を指します。平助はまさにこの典型で、呼ばれてもいないのにどこにでも出入りし、人の弱みにつけ込んで困らせるため、みんなから嫌われています。しかし本人は「平気の平左」で一向に気にせず、傍若無人に振る舞っています。

身請け(みうけ)

遊女の借金を肩代わりして遊郭から身柄を引き取ること。江戸時代、遊女は多額の借金を背負って遊郭に身を売っており、その借金を全額返済しなければ自由になれませんでした。裕福な商人や武士が気に入った遊女を身請けして妻や妾にすることは珍しくありませんでしたが、莫大な費用がかかるため一大事でした。この噺では平助が「旦那が花魁を身請けする」という嘘をお内儀さんに吹き込みます。

葛籠(つづら)

竹や藤で編んだ蓋付きの収納容器。衣類や貴重品を入れて保管・運搬するために使われました。現代のトランクやスーツケースに相当します。この噺ではお内儀さんが「金の延べ棒が63本入っている」と嘘をついて平助に葛籠を背負わせますが、実際には重い石臼が二つ入っていました。葛籠は外から中身が見えないため、こうした騙しの道具として落語でよく使われます。

ご近火(ごきんか)

近所で火事が起きること。江戸は「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど火事が多く、近所で火事が起きれば延焼を防ぐために家財道具を避難させるのが常識でした。「ご近火のお手伝い」とは、火事の際に隣近所が協力して家財を運び出すことを指します。平助は石臼を背負い、猫と鉄瓶を提げた姿を見咎められて、苦し紛れに「ご近火のお手伝い」と言い訳しますが、火事などどこにもないため完全に嘘だとバレています。

先代萩(せんだいはぎ)

歌舞伎の演目で、伊達騒動を題材にした時代物。「竹の間」の場面では、忠臣の妻政岡が主君の若君を守るため、自分の息子を身代わりにして死なせる悲劇が描かれます。平助が婆やを「先代萩の政岡のようだ」と褒めるのは、赤子を背負っている姿が政岡に似ているという意味ですが、実際には単なるお世辞で、相手にされません。

よくある質問

幇間とはどのような職業だったのですか?

幇間(ほうかん)は、宴席で客を楽しませることを職業とする男性芸人で、太鼓持ちとも呼ばれました。芸者が三味線や踊りで宴を盛り上げるのに対し、幇間は話芸、滑稽な芸、お世辞、機転の利いた会話などで客を楽しませる役割を担いました。江戸時代から明治・大正にかけて花柳界で活躍し、宴会の司会進行や場の空気を和ませる重要な存在でした。しかし客の機嫌を取るために卑屈な態度を取ることもあり、「幇間根性」という言葉は否定的な意味で使われるようになりました。現代ではほぼ絶滅した職業ですが、わずかに東京や京都に数人が残っているとされます。平助のような図々しく嫌われる幇間は極端な例ですが、職業柄、人の顔色を伺い、おべっかを使う側面があったことは事実です。

なぜ平助は「王子の幇間」と呼ばれているのですか?

平助が「王子の幇間」と呼ばれる理由は、あらすじの冒頭に説明されています。旦那に東京中を引き回され、最後は王子稲荷でお百度を踏まされたことから、この仇名が付きました。お百度参りとは、願い事をするために神社の参道を百回往復する修行のような参拝方法ですが、平助の場合は旦那の命令で嫌々やらされたのでしょう。王子稲荷は江戸の北に位置し、当時の江戸っ子にとっては遠い場所でした。旦那が平助を東京中引き回した挙句、わざわざ遠い王子稲荷まで連れて行ってお百度を踏ませたというエピソードは、平助がいかに旦那に振り回されていたか、そして周囲からも厄介者扱いされていたかを象徴しています。この仇名は平助の不遇と滑稽さを表す印象的な呼び名です。

お内儀さんはなぜ平助を騙したのですか?

お内儀さんが平助を騙した理由は、平助の図々しさと悪意ある行動に対する「仕返し」です。平助は使用人や猫をいじめ回した挙句、お内儀さんに「旦那が花魁を身請けしてあなたを追い出す」という嘘を吹き込みました。これは夫婦仲を引き裂こうとする悪質な行為です。さらに「あなたと私が姦通している噂がある」という嘘まで付け加え、混乱を引き起こそうとしました。お内儀さんは最初から平助の嘘を見抜いており、旦那とも示し合わせていました。平助が「一緒に逃げましょう」と言い出すのを待って、「金の延べ棒が63本入った葛籠」という嘘で平助の欲深さを利用し、重い石臼を背負わせたのです。これは平助の悪行に対する痛快な仕返しであり、聴衆は溜飲を下げることができます。お内儀さんの機転と演技力が光る場面です。

オチの「ご近火のお手伝い」の意味を詳しく教えてください

「ご近火のお手伝い」とは、近所で火事が起きた際に、隣近所が協力して家財道具を運び出して避難させることを指します。江戸は木造家屋が密集していたため火事が多く、「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほどでした。近所で火事が起きれば、延焼を防ぐために素早く家財を運び出す必要がありました。平助は石臼の入った葛籠を背負い、猫と鉄瓶を提げた滑稽な姿を旦那に見られ、何をしているのか問い詰められます。そこで苦し紛れに「ご近火のお手伝いでございます」と言い訳しますが、火事などどこにも起きていないため、完全に嘘だとバレています。旦那が「火事なんざどこにもないだろが」と追及すると、平助は「今度あるまで背負っております」と往生際の悪い返答をします。この言い訳の苦しさと往生際の悪さが笑いのポイントです。

この噺が描く人間関係や社会風刺の意味は?

この噺は、嫌われ者の幇間を通じて、江戸から明治にかけての庶民社会の人間関係を描いています。平助は「鼻つまみ者」でありながら、旦那の家に出入りできる立場にあります。これは幇間という職業が持つ特殊な位置づけを示しています。平助は使用人を見下し、いじめることで優越感を得ようとしますが、これは社会的に低い立場にある者が、さらに弱い者をいじめる構造を表しています。また、鳶の頭に暗部をばらされて殴られる場面は、秘密を握っている者とそれを恐れる者の力関係を描いています。お内儀さんが平助を騙す場面は、知恵と機転で悪意ある者を懲らしめる痛快さを表現しています。全体として、この噺は図々しく嫌われる人物が最終的に報いを受けるという「因果応報」の物語であり、庶民の溜飲を下げる娯楽として機能していました。現代でも、厚かましい人や人の弱みにつけ込む人への風刺として通じるテーマです。

名演者による口演

八代目桂文楽「王子の幇間」

八代目桂文楽師匠による「王子の幇間」は、平助の図々しさと小心さを見事に演じ分けた名演です。文楽師匠は平助が使用人をいじめる場面では、その陰険さと悪意を際立たせ、聴衆に嫌悪感を抱かせます。一方、お内儀さんに騙されて石臼を背負わされる場面では、平助の間抜けさと慌てふためく様子を滑稽に演じ、笑いを誘います。特にオチの「ご近火のお手伝い」という苦しい言い訳と、「今度あるまで背負っております」という往生際の悪さは、文楽師匠の絶妙な間と表情で最大限に引き出されます。平助の卑屈さと傲慢さの二面性を巧みに表現した名演として知られています。

三遊亭圓生「王子の幇間」

六代目三遊亭圓生師匠の「王子の幇間」は、登場人物一人一人の性格を丁寧に描き分けた演出が特徴です。圓生師匠は小僧の長吉、女中のお鍋どん、婆や、鳶の頭など、平助にいじめられる人々の反応を細やかに演じ、それぞれの人物像を立体的に描きます。お内儀さんとの駆け引きの場面では、お内儀さんの冷静さと計算高さを際立たせ、平助が完全に掌の上で踊らされている様子を巧みに表現します。圓生師匠の重厚な語り口が、この噺に深みと人間ドラマとしての厚みを持たせています。

柳家小三治「王子の幇間」

柳家小三治師匠の「王子の幇間」は、平助の人間臭さと哀愁を浮かび上がらせた演出です。小三治師匠は平助を単なる悪役ではなく、生きるために図々しくならざるを得なかった哀れな存在として描きます。使用人をいじめる場面でも、どこか寂しさや劣等感を感じさせる演技で、平助の内面を表現します。お内儀さんに騙される場面では、欲に目がくらんだ人間の愚かさと同時に、どこか憎めない滑稽さを引き出します。オチの「今度あるまで背負っております」も、諦めにも似た心情を込めて語られ、笑いの中に余韻を残します。

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この噺の魅力と現代への示唆

「王子の幇間」は、図々しく嫌われる人物を主人公にした痛快な仕返し噺です。平助という人物は、現代社会にも通じる厄介な存在として描かれています。呼ばれてもいないのに勝手に出入りし、人の弱みにつけ込んで困らせる行為は、現代でいえばプライバシーの侵害やハラスメントに相当します。

平助が使用人をいじめる場面は、社会的に弱い立場にある者が、さらに弱い者をいじめることで優越感を得ようとする構造を描いています。これは現代の職場や学校でも見られるいじめやパワハラの構造と共通します。平助自身も幇間という社会的に低い職業に就いており、劣等感を抱えているからこそ、他人をいじめることで自尊心を保とうとしているのかもしれません。

お内儀さんが平助を騙す場面は、知恵と機転で悪意ある者を懲らしめる痛快さを表現しています。現代社会でも、理不尽な行為に対して正面から力で対抗するのではなく、知恵や制度を使って解決することの重要性が示唆されています。お内儀さんは旦那とも示し合わせており、夫婦の連携で平助に対処しています。これは現代の問題解決においても、個人で抱え込まず、信頼できる人と協力することの大切さを教えてくれます。

平助が石臼を金の延べ棒と勘違いする場面は、欲に目がくらむと判断力を失うという普遍的な教訓を含んでいます。現代でも、詐欺や悪質商法に引っかかる人は、「楽して大金を得られる」という甘い言葉に騙されることが多いのです。平助の失敗は、欲望をコントロールすることの重要性を示しています。

最後のオチ「ご近火のお手伝い」という苦しい言い訳と、「今度あるまで背負っております」という往生際の悪さは、嘘がバレた後の人間の滑稽さを描いています。現代社会でも、不正や嘘が発覚した際に、苦しい言い訳をする人は後を絶ちません。平助の姿は、そうした人間の愚かさを笑いに変える落語の力を示しています。

さらに、この噺は「因果応報」の物語として、悪行には必ず報いがあるという道徳的な教訓も含んでいます。平助が最終的に痛い目に遭うことで、聴衆は溜飲を下げることができます。現代でも、理不尽な行為に苦しむ人々にとって、このような勧善懲悪の物語は心の慰めとなるでしょう。

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