音曲質屋
3行でわかるあらすじ
月に一度の音曲質屋の日、芸事を披露して出来に応じて金を貸す制度で、太神楽、泣き売、酔っぱらいなど様々な人が登場する。
最後に現れた声色男は見事な噺家五人の物まねで白浪五人男を披露し、千両の価値があると自賛する。
しかし「芸を盗んできた」と言ったため、質屋の主人に「盗品は扱わない」と断られてしまう。
10行でわかるあらすじとオチ
伊勢屋質店で月に一度の音曲質屋の日、芸事を披露して出来に応じて金を貸すイベントが開催される。
番頭が口上を述べ、質に取った芸事は返済まで封印になると説明する。
最初の太神楽の男は扇子を一回まわすだけの粗末な芸で、主人も呆れて二文だけ渡す。
次の男は芸がないが家庭の苦境を泣いて訴え、実はこれも「芸」だったと明かして一分をもらう。
酔っぱらいの熊さんは「ゲェー」と吐いて三味線のおかみさんを逃がしてしまう惨事を起こす。
主人が「芸不作の日」として終了を検討していると、声色男が登場して噺家の物まねを申し出る。
彦六、文楽、可楽、志ん生、圓生の五人の声色で白浪五人男を演じ、見事な出来で店の者も大受けする。
得意になった声色男は「千両役者も顔負け」と千両を要求するが、主人は一文も貸せないと断る。
理由を聞かれた声色男が「寄席を梯子して噺家の芸を盗んできた」と自慢すると、主人が決定的な一言を放つ。
「質屋は盗品は扱いません」というオチで、芸を「盗んできた」という言葉を逆手に取った見事な言葉遊びで落とす。
解説
「音曲質屋」は、江戸時代の質屋文化と芸能文化を巧妙に組み合わせた落語の秀作です。通常の質屋が物品を担保に金を貸すのに対し、芸事を担保にするという斬新な設定が物語の核となっています。
この噺の面白さは、登場人物の多様性にあります。太神楽の男の稚拙極まりない芸、泣き売の男の巧妙な演技、酔っぱらいの惨事など、それぞれが異なる種類の「芸」を披露することで、芸能に対する様々な視点を提示しています。特に泣き売の男が「これがあっしの芸で」と明かす場面は、同情を誘う演技も一種の芸能であることを示唆する秀逸な仕掛けです。
オチの仕組みは「盗む」という言葉の二重性を利用した地口オチです。声色男が「寄席を梯子して噺家の芸を盗んできた」と言うのは、芸を身につけるという意味での慣用的表現ですが、質屋の主人はこれを文字通りの「盗品」として解釈します。質屋の「盗品は扱わない」という商業倫理が、思わぬ形で芸能の世界に適用される逆転の発想が絶妙です。
また、冒頭で紹介される質屋にまつわる川柳群は、江戸時代の庶民生活における質屋の重要性を示しており、この設定に現実味を与えています。物語全体を通じて、質屋の主人が一貫して商人としての矜持を保ち続ける姿勢も、この噺の品格を高めている要素といえるでしょう。
あらすじ
昔は質屋さんは庶民の生活に身近で密着していた。「七つ屋」、「五二屋(ぐにや)」、「三四家」、「一六銀行」と愛称?がいくつもあるのもこれを物語るか。
川柳にも、「亭主の着物着て 質を受けに来る」、「質屋では利が喰い うちでは蚊に喰われ」(蚊帳を質に入れた)、「女房を質に入れても初鰹」、「初鰹女房は質を受けたがり」、「八月目に流れて女房くやしがり」(質流れと、流産を掛けている)、「抜いても見ぬに番頭百投げる」(侍のみじめさ、商人、金の強さか)
つい最近では「質屋にて愛もメッキと知らされる」(第三回ゴールド川柳)なんて痛快作もある。♪「・・・質屋通いは序の口で、退職金まで前借し・・・」、これも痛恨作か?
今日は伊勢屋質店の月に一度の芸事で金を貸す、その名も音曲質屋の日。
主人はこれが楽しみで、おかみさんの三味線の調子もいいようだ。
まずは番頭が口上で、「今日は芸事を披露していただき、その出来の良し悪しに応じてお金をお貸しいたします。
いくらお貸しするかは当店の主人が一人で決めさせていただきます。質に取った芸事はお貸ししたお金が返済されるまでは一斉、演じることは出来ずに、封印ということになります」
さあ、最初に舞台に上がったのは太神楽をやるという男、海老一兄弟の曲芸を期待した主人だが、なんとその芸とは指先で扇子を一回まわすだけ。
おまけに手のひらに扇子を立てて、一万回数えるなんて言い、なんと一、十、百、千、万と早口で数えただけで芸には程遠いお粗末。
主人も呆れて二文渡し、「お前さんの芸は封印しないよ。どこでやったって構いやしないから」と、投げやりだ。
次の男は下を向いて出て来て、もじもじしている。
主人 「お前さんの芸は何だね?」
男 「出来る芸なんぞは持ち合わせておりませんが、ぜひ旦那さんにお金を貸していただきたいと・・・」
主人 「そりゃあ駄目だよ、今日は何か芸事をやってお金を貸す日なんだから。明日はいつものように質草で貸すからまたお出でなさい」
男 「へえ、・・・それが質に入れる物もないような・・・先月に患っていたかみさんが死んじまって、残された三人の子どもと、寝たきりの年老いた父親の世話で仕事にも行けず・・・食う物もなくなって・・・」と泣き出す有様。
主人 「分かった、分った、もういい、もういいから・・・」と、番頭に一分包ませ、
主人 「これは返さなくともいいから」と差し出した。
男は受け取った途端にニコニコ顔になって、
男 「へへへ、これがあっしの芸で・・・」
主人 「なんだ今のは芸かい。
泣き売で商売してるんじゃないかい。それなら質に取ることもできやしない」
次に入って来たのはべれべれに酔っぱらた熊さん、宴会の席で余興でもやっているのかと思ったのか、みんなの前へ立ったのはいいけど、何も出来ずにみんなから「早く芸をやれ」とせがまれ、「ゲェー」とやったからたまらない。
一番近くにいた三味線のおかみさんは気分が悪くなって逃げ出してしまった。
主人 「今日はろくなものが出て来ないね。芸の間日(魔日か?)、芸不作の日のようだからそろそろお終いにしようか」
声色男 「ちょっとお待ちを。手前は声色をご披露いたします」
主人 「おお、そうですか。役者の声色・・・でも三味線が引っ込んでしまって・・・」
声色男 「あたしのは噺家の物まねで」と、彦六、文楽、可楽、志ん生、圓生の噺家五人男の声色で白浪五人男をやった。
「問われて名乗るもおこがましいが、・・・髷(まげ)も島田に由比ガ浜・・・、がきの頃から手癖が悪く・・・、今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に・・・、さてどん尻に控えしは・・・」、これが見事な出来で主人も感心して、店の者にも大受けだ。
得意満々になって、
声色男 「どうですあっしの芸は、千両役者も顔負けでしょう。千両貸しておくんなさい」
主人 「いや千両の値打ちがあっても、あなたには一文たりともお貸しできません」
声色男 「なぜだ、あっしは寄席をあっちこっち梯子して噺家の芸を盗んできたんだぜ」
主人 「質屋は盗品は扱いません」
落語用語解説
音曲質屋(おんぎょくしちや)
芸事を担保に金を貸す質屋。通常の質屋は物品を担保にするが、この噺では月に一度の特別な日に芸事を披露させ、その出来に応じて金を貸すという架空の設定。返済されるまで、質に取った芸は封印され演じることができないという面白いルールがある。
声色(こわいろ)
人の声や話し方を真似る芸。落語では役者や噺家の物まねをする演芸として人気があった。この噺では、彦六、文楽、可楽、志ん生、圓生といった実在の噺家の物まねをする設定になっている。
白浪五人男(しらなみごにんおとこ)
歌舞伎の演目「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」に登場する五人の盗賊。弁天小僧菊之助、日本駄右衛門、忠信利平、南郷力丸、赤星十三郎の五人で、特に「問われて名乗るもおこがましいが」で始まる名乗りの場面が有名。
太神楽(だいかぐら)
傘回しや鞠乗りなどの曲芸を見せる伝統芸能。江戸時代から庶民の娯楽として親しまれた。この噺では、扇子を一回まわすだけという粗末な芸として描かれ、笑いを誘う。
泣き売(なきうり)
同情を誘って物を売ったり金を得たりする商売。この噺では、家族の不幸を泣いて訴えることが一種の「芸」として描かれており、演技と現実の境界を曖昧にする面白さがある。
質流れ(しちながれ)
質に入れた品物を期限内に請け出せず、質屋の所有物となること。この噺では、芸を質に入れて返済しないと、その芸は二度と演じられなくなるという設定になっている。
芸を盗む(げいをぬすむ)
師匠や先輩の芸を見て学び、自分のものにすること。芸能の世界では肯定的な意味で使われる慣用句だが、この噺では文字通りの「盗品」として解釈されるところにオチの妙味がある。
よくある質問
Q1: この落語はどの地域の演目ですか?
A: 江戸落語の演目です。質屋を舞台にした噺で、江戸の噺家によって演じられてきました。登場する噺家の名前(彦六、文楽、可楽、志ん生、圓生)も実在の江戸落語家で、当時の寄席文化が反映されています。
Q2: 音曲質屋は実際に存在したのですか?
A: 音曲質屋は落語の創作で、実際には存在しませんでした。しかし、江戸時代の質屋は庶民の生活に密着した存在で、様々な物品を担保に金を貸していました。この噺は、そうした質屋文化を芸能の世界に応用した架空の設定です。
Q3: 泣き売の男の「芸」とは何ですか?
A: 家族の不幸を泣いて訴えることで同情を誘い、金を得るという演技そのものが「芸」だったという設定です。主人は本当に困っていると思って金を渡しますが、受け取った途端にニコニコ顔になり「これがあっしの芸で」と明かします。同情を誘う演技も一種の芸能であることを皮肉った場面です。
Q4: 最後のオチの「盗品は扱わない」の意味は?
A: 声色男が「寄席を梯子して噺家の芸を盗んできた」と言ったことを、質屋の主人が文字通りの「盗品」として解釈したというオチです。芸能の世界では「芸を盗む」は肯定的な意味(見て学ぶ)ですが、質屋の主人はこれを商売の倫理観から「盗品は扱わない」と断ります。言葉の二重性を利用した見事な言葉遊びです。
Q5: なぜ質屋の主人は千両の価値があると認めながら断ったのですか?
A: 声色男の芸は確かに見事でしたが、「芸を盗んできた」という言葉を聞いて、質屋としての矜持を貫いたからです。質屋は盗品を扱わないという商業倫理を、芸能の世界にも適用したという一貫性が、このオチの面白さであり、主人の商人としての品格を表しています。
名演者による口演
八代目桂文楽
文楽の「音曲質屋」は、質屋の主人の威厳と商人としての矜持が見事に表現されています。太神楽、泣き売、酔っぱらいと、それぞれの芸の粗末さを的確に演じ分け、最後の声色男との対比を際立たせます。オチの「盗品は扱いません」の言い方も、商人の誇りが感じられます。
五代目古今亭志ん生
志ん生の演じる質屋の主人は、どこか人間臭く温かみがあります。太神楽の男や泣き売の男に対する反応も、呆れながらも憎めない味わいがあります。声色男の演技も志ん生らしいユーモアで表現され、最後のオチまで自然な流れで聴かせます。
五代目柳家小さん
小さんは、登場人物一人一人のキャラクターを明確に演じ分けます。太神楽の男の下手さ、泣き売の男の巧妙さ、酔っぱらいの惨めさ、そして声色男の得意満々ぶりと、それぞれが生き生きと描かれます。質屋の主人の一貫した姿勢も説得力があります。
十代目柳家小三治
小三治の「音曲質屋」は、芸能に対する様々な視点が丁寧に描かれます。太神楽の粗末な芸、泣き売の巧妙な演技、そして声色男の見事な芸と、それぞれに対する質屋の主人の反応が、芸の価値とは何かを問いかけます。最後のオチも、言葉の二重性が効果的に活用されています。
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この噺の魅力と現代への示唆
「音曲質屋」は、芸能と商売、そして言葉の妙を巧みに組み合わせた落語の秀作です。
音曲質屋という架空の設定は、芸能の価値を金銭で測るという面白い試みです。太神楽の粗末な芸は二文、泣き売の巧妙な演技は一分、そして声色男の見事な芸は千両の価値があるとされます。
しかし、最後の最後で質屋の主人は、千両の価値があると認めながらも一文も貸さないと断ります。理由は「盗品は扱わない」という商業倫理。「芸を盗む」という芸能界の慣用句を、文字通りの「盗品」として解釈する逆転の発想が見事です。
これは現代社会にも通じる教訓です。どんなに優れた技術や作品でも、その獲得方法や来歴が問題であれば、価値は認められません。知的財産権やコピーライトの問題など、現代でも「芸を盗む」ことの是非は議論されています。
泣き売の男の場面も興味深いポイントです。同情を誘う演技が一種の「芸」として描かれており、演技と現実の境界が曖昧になります。現代のSNSでも、同情を誘う投稿で支援を集める行為が問題になることがありますが、これも一種の「泣き売の芸」と言えるかもしれません。
質屋の主人の一貫した姿勢も見事です。商人としての矜持を最後まで貫き、どんなに優れた芸でも「盗品」は扱わないという倫理観。この誠実さが、オチの説得力を高めています。
芸の価値、商売の倫理、そして言葉の二重性。「音曲質屋」は、笑いの中に深い洞察を織り込んだ、奥深い一席なのです。
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