布引の三
3行でわかるあらすじ
身重の浄瑠璃師匠・小まんが、怠け者の夫・政吉に代わって泥棒に入る。
引き窓から降りる途中で紐が切れて落下し、その場で出産してしまう。
店主が「布引の三じゃな」と言うと、小まんが「いいえ、細引きの産でございます」とオチを付ける。
10行でわかるあらすじとオチ
浄瑠璃師匠の小まんと大工の政吉が夫婦になるが、政吉は怠け者で働かない。
身重の小まんが流しに出て生計を立てている状況で、ますます生活に困窮する。
寒い雪の夜、政吉が小まんに品川まで仕事に行くよう強要する。
途中で雪が降り始め、政吉が泥棒を提案するが小まんが代わりに入ると申し出る。
政吉の指示で小まんが屋根から引き窓を開けて紐で降りようとする。
身重で紐が切れて落下、竈の角に腰をぶつけて出産してしまう。
店主と番頭が赤ん坊の泣き声を聞いて台所へ駆けつける。
外にいた政吉が「小まん」と呼ぶよう指示し、小まんが意識を取り戻す。
小まんが浄瑠璃のセリフを言うと店主が「布引の三じゃな」と反応する。
小まんが「いいえ、細引きの産でございます」と言葉遊びで落とす。
解説
「布引の三」は、人情噺の中でも特に印象的な作品で、悲惨な状況と滑稽な結末が巧妙に組み合わされた落語です。身重の女性が泥棒に入るという衝撃的な設定から、最後は浄瑠璃の知識を活かした言葉遊びで落とす構成が見事です。
この噺の背景には江戸時代の貧困問題があります。働かない夫と身重でも働き続ける妻という設定は、当時の社会情勢を反映しており、聞き手の同情を誘います。小まんの健気さと政吉の情けなさのコントラストが、物語に深みを与えています。
物語の転換点は、小まんが泥棒に入ることを申し出る場面です。妊婦が泥棒をするという非現実的な設定でありながら、「こんな身体が幸い」という小まんの言葉には、切羽詰まった状況での女性の強さと機転が表現されています。
オチは「布引の三」(源平布引滝三段目)と「細引きの産」の言葉遊びです。「布引」と「細引き」、「三段目」と「産」を掛けた地口オチで、浄瑠璃師匠である小まんの職業を活かした秀逸な仕掛けとなっています。悲劇的な状況を軽妙な笑いに転換する落語の真骨頂が発揮された作品です。
あらすじ
芝宇田川町に住む浄瑠璃の女師匠の竹本小まんは、弟子の大工の政吉といい仲になる。
母親の反対を棟梁に取りなしてもらって二人は世帯を持った。
すぐに政吉の怠け癖が出て、小まんは流しに出て生計を立てるようになった。
身重の身体になっても一向に政吉は働こうともせずに、酒を飲んでばかりいる。
冬になって寒い日に、
政吉 「今ここでおぎゃあと飛びだしゃぁ金が要る。今夜もう一晩出てくれねえか」
小まん 「馬鹿をお言いじゃないよ。この身体で、こんな雪でも降りそうな日に」
政吉 「今夜は降る気づかいはねえ。
どうか品川まで行ってくんねえ。おれが三味線持って行くから」、背に腹は替えられず、芝宇田川町を出て高輪の大木戸の手前あたりまで来るとぱらぱらと雪模様となった。
三味線を濡らさないようにと商家の軒で様子を見ていると、
政吉 「おや、ここは棟梁の出入り先だ。
一緒に何度が来たことがある。・・・この雪じゃ品川までは行かれねえや。おめえは先に帰んな」
小まん 「あたしを先に帰しておまえはどうすんのだい?」
政吉 「ここからひとっ走りして川崎の兄貴のとこへ行って金を都合してもらってくらぁ」
小まん 「嘘をお言いでないよ。
川崎に兄さんが居るなんて聞いたことないよ。・・・おまえの料簡は分かったよ。この家に泥棒に入ろうっていうんだろ」
政吉 「察しのとおりだ。もし捕まったその時は、やりくりのつかねえ所から貧の盗みに入りやしたと、棟梁の名を出して旦那の慈悲にすがるつもりだ」
小まん 「いかに困っているとはいえ、盗みに入ろうなどとは情けない料簡だよ。
棟梁の名前を出したら棟梁までにも迷惑がかかるじゃないか。そんなことも分からないのかねぇ。・・・それじゃいっそのことあたしが入ろう」
政吉 「馬鹿言え、そんな身体で・・・」
小まん 「こんな身体が幸いなんだよ。もし捕まった時はこんな身体で盗みに入りましたのはよくせきの事でございますと言って、このお腹を突き出したらきっと可哀想だと勘弁してくれるよ」、無茶苦茶な話だが政吉も納得して、
政吉 「梯子で土蔵に上って屋根を伝わって台所の上の引窓を開けて紐を垂らしてスルスルと下へ降りればちょうど下に竈(へっつい)がある。そこから店の帳場へ行って箪笥から・・・」
そんなに容易く物事が運ぶはずもないのだが、小まんは言われたとおりに屋根に上って引窓を開けて、紐にぶら下がって降りようとしたが、何せ身重で細い紐だからたまらない。
途中で紐はぴつんと切れてしまって落下、竈の角に腰をぶつけた途端に、「おぎゃぁ、おぎゃぁ・・・」
店の主人 「おい番頭さん、なんだか赤ん坊の泣き声がしたようだが?」、番頭と台所へ行くと赤子がいる。
番頭 「おや、引き窓が開いて雪が落ちている。この赤子も雪と一緒に降って来たようです」、なんて呑気なことを言っている。
主人 「こりゃ大変だ。
どこの女(ひと)か知らんが目を廻して倒れている。水を持って来い、・・・お~い、大丈夫かぁ、赤子を産んだ、母(かあ)さんやぁ~い」
番頭 「赤子を産んだおかみさんやぁ~い」、これを外で聞いた政吉、「あぁ、大変なことになっちまった。・・・も~し、番頭さん、その女を呼ぶんなら小まんと呼んでくんなさい。どうぞ小まんと言って・・・」
番頭 「何だか知らんが表から親切なお方が教えてくださった。お~い、小まんや~い」、主人も「小まんや~い」、やっと気がついた小まんに、
主人 「これ小まん、しっかりせい」
小まん 「御台様、白旗お手に入りましたか、父(とと)さん母(かか)さん、太郎吉は何処に」
主人 「おお、そおりゃぁ、布引の三(源平布引滝三段目)じゃな」
小まん 「いいえ、細引きの産でございます」
落語用語解説
この噺に登場する落語ならではの用語を解説します。
- 布引の三(ぬのびきのさん) – 「源平布引滝三段目」のこと。義経と静御前の別れを描いた浄瑠璃の名作。
- 細引き(ほそびき) – 細い紐や縄のこと。この噺では小まんが降りる時に使った紐を指す。
- 流し(ながし) – 家々を回って芸を披露し、謝礼を得る門付芸。浄瑠璃の流しで生計を立てていた。
- 引き窓(ひきまど) – 上下にスライドして開ける窓。台所などにある採光・換気用の窓。
- 竈(へっつい) – かまど。煮炊きをするための調理設備。小まんが落下してぶつけた場所。
- 高輪の大木戸(たかなわのおおきど) – 江戸の南の入口にあった関所。品川宿の手前に位置した。
- 棟梁(とうりょう) – 大工の親方。政吉の師匠で、店主の知り合い。
- よくせき – 切羽詰まった事情、やむを得ない事情。「よく事」が訛ったもの。
- 源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき) – 義太夫節の三大名作の一つ。源平合戦を背景にした物語。
- 御台様(みだいさま) – 将軍や大名の正室の敬称。浄瑠璃のセリフで源義経の妻を指す。
- 白旗(しらはた) – 源氏の旗印。浄瑠璃「布引の三」で重要な役割を果たす。
- 地口落ち(じぐちおち) – 言葉の音が似たものを掛け合わせて落とす技法。「布引の三」と「細引きの産」。
よくある質問(FAQ)
Q1: なぜ身重の小まんが泥棒に入ったのですか?
A: 怠け者の夫・政吉が働かず、身重でも流しで生計を立てていた小まんは、極貧状態でした。政吉が泥棒を企てた際、捕まった時に妊婦であることで情状酌量を期待できると考え、自ら泥棒に入ることを申し出ました。
Q2: 「布引の三」とは何ですか?
A: 「源平布引滝三段目」という浄瑠璃の名作のことです。義経と静御前の別れの場面で、小まんが気を失った際に無意識にこの浄瑠璃のセリフを言ったことから、店主が「布引の三じゃな」と反応しました。
Q3: オチの「細引きの産」の意味は?
A: 「布引の三(ぬのびきのさん)」と「細引きの産(ほそびきのさん)」の言葉遊びです。浄瑠璃の「布引の三段目」ではなく、「細い紐で降りて出産した」という実際の状況を表現した地口オチになっています。
Q4: この噺は実話ですか?
A: いいえ、創作です。ただし江戸時代の貧困問題や、働かない夫と苦労する妻という社会問題を反映した作品です。泥棒中に出産するという非現実的な設定ですが、人情噺として多くの人に愛されています。
Q5: なぜ政吉は働かないのですか?
A: 大工という職業を持ちながら、怠け癖があり働こうとしません。当時、このような「怠け者の夫」は落語の定番キャラクターで、社会問題として描かれることが多くありました。
Q6: 浄瑠璃師匠が流しをするのは珍しいですか?
A: 師匠といっても弟子を取って教える立場の人が、生活のために門付芸(流し)をするのは、かなり困窮した状況を示しています。本来は弟子から稽古代を受け取る側ですが、政吉が働かないため、自ら流しに出ざるを得なかったのです。
名演者による口演
この噺を得意とした演者たちをご紹介します。
- 古今亭志ん朝 – 小まんの健気さと政吉の情けなさを見事に演じ分ける。出産場面の描写が臨場感に満ちている。
- 柳家小三治 – 悲劇的な状況を軽妙に描きながら、人情の深さを感じさせる名演。オチの「細引きの産」が自然に響く。
- 三遊亭圓生 – 浄瑠璃の知識を活かした語り口が素晴らしい。「布引の三」のセリフが本格的で説得力がある。
- 桂米朝 – 上方版の演出では、小まんの苦境がより切実に描かれる。関西弁での語りが温かみを添える。
- 春風亭一朝 – 政吉の怠け者ぶりと小まんの献身的な姿の対比が鮮やか。泥棒場面の緊張感が秀逸。
関連する落語演目
この噺に関連する演目をご紹介します。
- 芝浜 – 夫婦の情愛を描いた人情噺の名作。怠け者の夫が改心する物語。
- 文七元結 – 貧困と人情を描いた名作。困窮した庶民の姿が共通する。
- 子別れ – 家族の絆を描いた人情噺。夫婦と子供の関係がテーマ。
- 時そば – 江戸の庶民生活を描いた古典。貧しいながらも機知で生きる姿。
- 粗忽長屋 – 長屋の人々の生活を描く。庶民の暮らしぶりが共通する。
この噺の魅力と現代への示唆
「布引の三」は、悲劇と喜劇が絶妙に融合した人情噺の傑作です。
身重の身体で泥棒に入るという非現実的な設定ながら、背景にある貧困問題は江戸時代の社会現実を反映しています。働かない夫と、身重でも働き続ける妻という構図は、現代でも通じる家庭問題として共感を呼びます。
小まんの「こんな身体が幸いなんだよ」という台詞には、極限状況でも前向きに生きようとする女性の強さが表現されています。一方で政吉の情けなさは、単に批判されるだけでなく、どこか憎めない愛嬌も感じさせます。
泥棒中に出産してしまうという衝撃的な展開は、落語ならではの荒唐無稽さです。しかし最後は浄瑠璃師匠という職業を活かした「布引の三」と「細引きの産」の言葉遊びで、悲劇を笑いに転換させる見事なオチとなっています。
この噺は、困難な状況でも笑いを忘れない庶民の強さと、言葉遊びで苦境を乗り越える落語の精神を体現した作品といえるでしょう。現代においても、逆境をユーモアで乗り越える姿勢の大切さを教えてくれます。





