明石名所
3行でわかるあらすじ
喜六と清八が金比羅参りの帰りに明石の名所を巡り、人丸神社を参拝する。
喜六が拝殿の鏡に映った自分の顔を神様だと勘違いして拝んでしまう。
清八が柿本人麻呂にまつわる様々な逸話を語りながら、二人は舞子へと向かう。
10行でわかるあらすじとオチ
讃岐の金比羅参りを済ませた喜六と清八が、船で室津に渡り明石を観光する。
明石城を見物後、人丸神社へ向かう道中で清八が忠度塚や腕塚神社を説明する。
延命水の亀の水で喜六が「不老長寿になれる」と勘違いして清八に訂正される。
縁切り坂の七下り半を上って人丸神社に到着し、拝殿で参拝する。
喜六が拝殿の鏡に映った自分の顔を見て「愛嬌のある神さん」と勘違いする。
清八が「鏡にお前の顔が写っただけ」と呆れながら指摘する。
境内を巡りながら清八が盲杖桜の由来や絵馬堂の猿の絵について語る。
柿本人麻呂の歌の逸話では、「焚かぬ火の灰」の難題に悩んだ話が披露される。
玉津島明神の化身である老人のヒントで人麻呂が見事に歌を詠む話で盛り上がる。
最後は気の合う二人が舞子へと進んで行き、旅の続きを予感させて終わる。
解説
「明石名所」は上方落語の「西の旅」シリーズの一部で、喜六と清八という定番コンビが明石の名所を巡る旅噺です。この噺の魅力は、関西弁による絶妙な掛け合いと、明石の実在する名所の詳細な紹介が巧みに組み合わされている点にあります。
特に人丸神社(柿本人麻呂を祀る)を中心とした明石の観光案内は非常に詳しく、延命水の亀の水、縁切り坂(七下り半)、盲杖桜、絵馬堂など、実際の名所が次々と登場します。清八の博識ぶりと喜六の天然ボケが対照的で、喜六が鏡に映った自分を神様と勘違いする場面は特に有名な笑いどころです。
また、柿本人麻呂にまつわる数々の逸話、特に「焚かぬ火の灰」の難題を玉津島明神の助けで解決する話は、古典的な教養と庶民的な笑いが見事に融合した上方落語の真骨頂を示しています。演者は関西弁の自然な流れと、豊富な知識を分かりやすく伝える技術が求められる、技巧的な一席です。
あらすじ
讃岐の金比羅参りをすませた喜六と清八、船で室津に渡り、山陽道に出て東に向かい播州巡りをしながら大坂に帰って行く。
清八 「あれが明石城や」
喜六 「へぇ~、小さいお城やなぁ」
清八 「土地の人が聞いたら怒るで」
喜六 「大きい城や、植木鉢の上に置いたら・・・」、明石の宿場通りを抜けて北へ、人丸神社へ向う。
清八 「この道標を左に行けば忠度塚と腕塚神社があるんや」
喜六 「腕塚ってなんやねん?」
清八 「岡部六弥太に右腕を斬り落されたという平忠度(ただのり)の右腕を祀っていて、腕・腰の病にご利益あるんやそうな」
喜六 「忠度はん、六弥太の嫁はんにただ乗りして右腕斬られたんやろか」
清八 「そんアホな、源平合戦の時の話や・・・ここ右行けば休天(やすみてん)神社や。大宰府へ左遷される途中の菅原道真公がこのあたりで休んだんやそうや」
喜六 「学問はずっと休んでいるさかい、寄らんとこ」
清八 「ここが人丸さんの麓や、これが延命水の亀の水や。
日本二水、天王寺さんの亀の水とここだけや。
この水飲んだら三年寿命が延びるちゅう水や。額に”万代も尽きせず飲めや亀の水 清き流れに御手を洗うて”とあるやろ」
喜六 「大した水やなぁ、この水飲んだら三年寿命延びるんやろ、死にかけたらこの水飲んで三年延びて、ほでまた死にかけたらこの水飲めば不老長寿やがな」
清八 「そやないわ、寿命が三年延びるっちゅうことや。
この石段も日本二坂やで。
もう一つはやっぱり大坂や。
大坂高津の西坂、あれが三下り半。
人丸さんのこの坂 が七下り半の縁切り坂、離縁状坂、去り状坂、あんまりゲンのええ坂やないね。夫婦(みょ~と)が手をつないで上がると、縁が切れるっちゅうぐらいやなぁ」 、石段を上って、
清八 「ここが月照寺、・・・これが”船形八房の梅”じゃ」
喜六 「誰が植えてん?」
清八 「大石内蔵助が植えたとも、間瀬久太夫が植えたとも言うようやなぁ」、人丸神社の境内に入って、拝殿でお賽銭を入れて手を叩いて拝んで、
喜六 「あぁ、出はった。神さんが出はったが、・・・えらい愛嬌のある神さんやなぁ。 わいが笑たら向こぉもニコニコッと笑いはんねやが・・・、何じゃ見覚えのあるよぉな顔やが、神さんにしてはちっと貧相な・・・」
清八 「アホ、正面の鏡にお前の顔が写ったんねやないか」、裏へ回って、
清八 「これが火除け塚で、”ほのぼのと足の元まで火は来ても 明石といえばすぐに人丸(火止る)”、明石はこの歌があるために昔から大火事は無いというくらいやで」
喜六 「清やん、お前何でもよぉ知ってるなぁ」
清八 「これが有名な盲杖桜や。 昔、筑紫の国から座頭さんが、京都へ官を受けに船に乗って来なはったやが、明石の浦まで来て風待ちをすることになったんや。
朝顔日記の浄瑠璃のサワリにも”泣いて明石の風待ちに”という文句があるがな。 風待ちの間に皆が人丸さんへ参詣に行くと言うので座頭さんも一緒について来たんや。皆は明石の浦の景色を見て、えぇ、景色やなあと感心しているが、座頭さんには見えへんから口惜しがったなあ」
喜六 「座頭さんなら、口欲しからんで、目欲しがるもんやで、えらい勘違いやで」
清八 「勘違いはお前や。
座頭さんはどうしても景色が見とうて、自分一人、この地に残って七日七夜断食して人丸さんに祈ったんや。
願上りに時に、”ほのぼのとまこと明石の神なれば ひと目を見せよ人丸の塚”と詠んだんや。
ほたら不思議なことに目ぇがパッチリと開きよった。
それも束の間、また閉じてしもうた。
ひと目がいけなかったと、今度は” ほのぼのとまこと明石の神 なれば われにも見せよ人丸の塚”で、バッチリ目が開いた。
そしてついていた杖を突き刺してお礼を言って帰ったんや。
その杖が桜の木になってな、芽が出て花が咲く。
目出度い不思議なことでこれが”盲杖桜”という名が付いたんや。考えると歌の理といぅものは恐ろしぃなぁ」
喜六 「わては質(ひち)の利のほうが恐ろしいで」
清八 「ここは絵馬堂や」
喜六 「この中のこの猿、よぉ描いたるなぁ」
清八 「へえ、お前でも分かるか。
あんまりよぉ描いたぁんので、この猿が額から抜け出してな、夜な夜な田畑を荒らした。
ほで村の人が困って金網をこしらえてこの額へ張り付 けんや。それからこっち、この猿は出て来なくなったんや」
喜六 「この猿の絵描いたんが人丸さんか?」
清八 「なんやお前、人丸さんが誰か知らんでお参りしてたんか。
柿本人磨呂ちゅうて歌の神様、”和歌三神”のひとりや。
ある時、人丸さんに朝廷から、”家(や)の中の雪”という難題が下がった。
人丸さんにはこんなのは朝飯前で、”天窓を閉め忘れたか南無三宝 荒神松に積る白雪”、朝廷は天晴であると褒めておいて、”石の袴”とまた難題をつきつけよった。
人丸さん、こんなもん屁の河童と、”仰せなら石の袴も縫いもせめ 真砂の糸を給われや君”、あとで一休さんもパクッたか、一休さんをパクッて人丸さんの歌にしたんやろか。
まあ、まだ朝廷の嫌がらせは続いて、”焚かぬ火の灰”と来やがった。
人丸さん、これが歌に出来なくて七日七晩悩んだ末、”このぐらいのことが歌にならん。これではわしも世の末じゃ 生きておる甲斐がない”」と、明石の浦へ入水に行ったなぁ」
喜六 「明石の浦に雑炊吸いにか?」
清八 「じゅすい、海に入って死ぬことや。
すると近くで釣りをしていた白髪の老人が近寄って来て、” なに故、入水をするのじゃ?”、”焚かぬ火の灰”の歌がでけんために死ぬ”と言うと、”わしは人丸とは歌詠みの名人と聞いておったが、このくらいのことが歌にならんよぉでは、まだまだ歌道に暗いなぁ”と言って、”わしなれば「夜もすがら」と言うわい”と、人丸さんの肩をちょいと叩いて笑っている。
ここまでヒントをもらえば後は簡単だ。”夜もすがら川辺にもゆる蛍火の 明くれば草に灰かかるらん”」と詠んで礼を言おうとすると、老人は小舟に乗って朝霧の中を淡路島の方へ行ってしまっている。
人丸さんあれは日頃信ずる玉津島明神に違いないと、”ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島かくれ行く船をしぞ思う”」と、感謝を込めて老人を見送ったというのや」
気が合って仲のいい二人は舞子へと進んで行った。
落語用語解説
西の旅(にしのたび): 上方落語の代表的な旅噺シリーズ。喜六と清八という定番コンビが金比羅参りから帰る道中で様々な名所を巡る。「明石名所」「煮売屋」「三十石」など複数の演目がある。
喜六清八(きろくせいはち): 上方落語の定番コンビキャラクター。喜六は天然ボケで無学、清八は博識でしっかり者という対照的な性格設定。関西弁の絶妙な掛け合いが魅力。
人丸神社(ひとまるじんじゃ): 兵庫県明石市にある柿本人麻呂を祀る神社。正式名称は柿本神社だが、地元では「人丸さん」と親しまれている。歌の神様として有名で、実際に多くの歌人が参拝した。
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ): 飛鳥時代の歌人で、万葉集を代表する歌人の一人。「和歌三神」の一人として歌の神様として崇められた。この噺では様々な逸話が紹介される。
七下り半(ななくだりはん): 人丸神社へ続く石段。「下り半」は離縁状(三下り半)を連想させ、縁切り坂とも呼ばれる。夫婦で手をつないで上ると縁が切れるという言い伝えがある。
よくある質問(FAQ)
Q: 喜六が鏡に映った自分を神様だと勘違いする場面は実話ですか?
A: これは落語の創作です。喜六の天然ボケキャラクターを象徴する有名な場面で、「西の旅」シリーズの中でも特に人気のある笑いどころです。拝殿の鏡に映った自分の顔を「愛嬌のある神さん」と表現するところに、喜六の純粋さと愚かさが表れています。
Q: 「焚かぬ火の灰」の逸話は史実ですか?
A: これは古くから伝わる伝説で、史実として確認されているわけではありません。柿本人麻呂にまつわる様々な伝説の一つで、歌の神様としての人麻呂の才能と、玉津島明神への信仰を表す物語として語り継がれています。
Q: 明石の名所は実在しますか?
A: はい、噺に登場する名所のほとんどが実在します。人丸神社(柿本神社)、明石城、忠度塚、延命水の亀の水、盲杖桜などは今も明石に残っています。ただし時代の変化で一部は失われたり、形を変えたりしています。
Q: なぜ「西の旅」シリーズは人気があるのですか?
A: 喜六と清八という魅力的なキャラクターの掛け合いが面白いことに加え、実在の名所や歴史的逸話を楽しく学べる教養的な要素があるためです。また、関西弁の自然な会話のリズムが心地よく、聴いていて飽きない構成になっています。
Q: この噺はどれくらいの長さですか?
A: 「明石名所」は「西の旅」シリーズの一部で、通常20分から30分程度の演目です。ただし演者によっては他の「西の旅」演目と組み合わせて長編として演じることもあります。
名演者による口演
この噺は上方落語の旅物として、多くの名人によって演じられてきました。
桂米朝: 上方落語の人間国宝として、「西の旅」シリーズを得意とした。喜六と清八のキャラクター造形が見事で、特に清八の博識ぶりと喜六の天然ぶりの対比を巧みに表現しました。
桂枝雀: エネルギッシュな演出で知られる枝雀師匠は、喜六のボケに独特の解釈を加え、観客を大いに笑わせました。テンポの良い掛け合いが特徴でした。
桂南光: 「西の旅」シリーズを十八番とし、明石の名所について詳細に語る清八の説明が分かりやすく、喜六の勘違いも愛嬌たっぷりに演じました。
桂ざこば: 大阪らしい軽妙な語り口で、関西弁の自然な流れを大切にした演出。喜六と清八の友情も温かく表現しました。
関連する落語演目
旅を題材にした噺:

この噺の魅力と現代への示唆
「明石名所」は、観光案内と笑いが見事に融合した上方落語の傑作です。清八が語る明石の名所や柿本人麻呂の逸話は実際の史実や伝説に基づいており、聴きながら明石の歴史や文化を学ぶことができます。まさに「笑いながら学ぶ」という落語の教育的側面を体現した演目と言えるでしょう。
喜六と清八という対照的なキャラクターの関係性も魅力的です。喜六は無学で天然ボケですが、純粋で素直な性格。清八は博識で真面目ですが、喜六の勘違いにも嫌な顔をせず優しく訂正します。この二人の友情は、異なる個性を持つ者同士が互いを受け入れ、楽しく旅を続ける姿を描いており、現代の人間関係にも通じる温かさがあります。
また、この噺には「教養の楽しさ」というテーマも含まれています。清八が語る歴史や伝説、和歌の知識は、旅をより豊かにする要素です。現代の旅行でも、訪れる場所の歴史や文化を知ることで、体験がより深まるという普遍的な真理を示しています。
実際の高座では、演者によって名所の説明の詳しさや喜六のボケの強度が異なり、それぞれの解釈が楽しめます。関西弁の美しいリズムと、歴史の重みを感じさせる逸話、そして笑いが三位一体となった、上方落語ならではの魅力が詰まった名作です。


