猫と金魚
3行でわかるあらすじ
隣の猫に金魚を食べられて困る旦那が、トンチンカンな番頭と、虎という名前の頭に猫退治を頼む。
番頭は鼠年で猫が苦手、頭の虎さんも実は猫が怖くて威勢だけ。
風呂場で猫と格闘した虎さんは負けて「濡れねずみ」になってしまう。
10行でわかるあらすじとオチ
旦那が隣の猫に金魚を食べられて困っている。
番頭に湯殿の棚に金魚鉢を上げてもらうが、番頭は鉢だけを上げて金魚を縁側に置く。
旦那の指示で金魚鉢に金魚と水を入れて棚に置くが、窓の高さが同じで猫の手が届く。
番頭は鼠年のため猫が苦手で退治できない。
旦那は頭の虎さんを呼び、猫退治を頼む。
虎さんは最初威勢よく振る舞うが、実は猫が怖くて逃げ腰になる。
旦那に弱虫と言われて面目を保つため、風呂場に猫退治に向かう。
風呂場でドタンバタンと格闘音が聞こえ、悲鳴と助けを呼ぶ声が響く。
旦那が様子を見に行くと、虎さんは猫に負けて水浸しになっている。
「虎という名前でも猫にはかなわない、濡れねずみになった」というオチで落とす。
解説
「猫と金魚」は、動物の名前を使った言葉遊びと、登場人物の性格描写が絶妙に組み合わされた滑稽噺です。番頭の与太郎らしいトンチンカンぶりと、虎という名前なのに猫が怖い頭の意外性が笑いを誘います。
この噺の見どころは、まず番頭の頓珍漢ぶりです。金魚鉢を上げろと言われて鉢だけを上げ、金魚を上げろと言われて今度は金魚だけを上げる。一つずつしか理解できない与太郎特有の間抜けぶりが、前半の笑いを支えています。
物語の核心は「虎」という強そうな名前の人物が、実際には猫を怖がっているという設定です。十二支では虎の方が上位にあるのに、現実では猫の方が強いという逆転現象を利用した構成が巧妙です。威勢よく啖呵を切っていた虎さんが、実際に猫と対峙すると弱腰になる様子は、虚勢を張る人間の滑稽さを見事に描いています。
オチは「濡れねずみ」という表現に集約されています。虎という獰猛な動物の名前を持ちながら、最も弱々しい「濡れねずみ」になってしまうという落差が、この噺の核心的な笑いです。動物の序列(虎>猫>鼠)を逆手に取った、落語ならではの諧謔精神が表現されています。
あらすじ
旦那 「おい、番頭、番頭、困るんだよ。うちの金魚がなくなるんだよ」
番頭 「はぁ?あたし食べませんよ」
旦那 「隣の猫が来てうちの金魚食べちゃっうんだよ」
番頭 「お隣の猫が旦那の金魚食べたらあたしが怒られるんですか。お隣の猫とあたしと、できているとこうおっしゃりたいんで」
旦那 「そうじゃないよ。隣の猫の手が届かない高いとこへ、金魚を上げてもらいたいんだよ」
番頭 「ここらで一番高い風呂屋の煙突の上はどうでしょう」
旦那 「お前、大丈夫か?そんな高いとこに上げたら金魚見えないだろ」
番頭 「双眼鏡でのぞけばどうです」
旦那 「ふざけてないで、湯殿の棚に金魚鉢上げておくれ」
番頭 「はい、金魚鉢棚に上げました。・・・金魚はどこへ置いたらいいんでしょう。縁側でピチピチ跳ねてますが・・」
旦那 「こら、そんな馬鹿なことを。
金魚が大事なんだよ。金魚上げてくれ」
番頭 「金魚棚に上げました。金魚鉢はどこに置きましょ」
旦那 「お前、いい加減に怒るよ。金魚鉢に金魚と水を入れ棚の上に置くんだよ」
番頭 「旦那の言われたとおりにしました。・・・けど、旦那に言ったほうがいいかどうか悩んでいるんことがあるんですが」
旦那 「なにを悩んでるんだい?」
番頭 「湯殿の棚の高さと、隣の家の窓の高さが同じで、開いている窓から猫が手を出して金魚鉢をかき回しているんです」
旦那 「馬鹿、そんなことで悩むな!なんで何で猫をつかまえてこらしめないんだよ」
番頭 「あたしは鼠年なもんで、猫は大の苦手でだめなんです」
呆れた主人は、頭(かしら)の虎さんを呼びにやる。
威勢のいいことばかり並べていた頭だが、猫をこらしめてくれと頼むと急に弱気になり、意気地がない。
手下を三人ばかり連れて来て、足場を組んでからやるから三日ほど待ってくれなどという始末。
旦那 「ははぁ、お前さん、ほんとは猫が恐いんだな」、そこまで言われちゃと頭は威勢よく風呂場へ飛び込んだ。
フロの中でドタンバタンと頭と猫の格闘する音が聞こえ、
旦那 「おぉ、やってるやってる、さすがは頭だ。遠慮しないで思い切りこらしめてやっとくれよ」、するとザブンという音と、「きゃ~」という悲鳴と、「助けて~」という頭の声。
戸を開けて入って、
旦那 「どうしたんだ」
頭 「あたしは猫にはかなわない」
主人 「おまえは虎さんだ」
頭 「名前は虎でも猫にはかなわない。このとおり濡れねずみになりました」
落語用語解説
猫と金魚(ねこときんぎょ)
この噺のタイトルで、隣の猫に金魚を食べられる騒動と、猫退治に失敗する顛末を描いた与太郎噺です。動物の名前を使った言葉遊び(虎、猫、鼠)と、トンチンカンな番頭、威勢だけの頭という人物造形が絶妙に組み合わされています。
番頭(ばんとう)
商家の使用人の最高位で、主人の補佐役を務めます。しかしこの噺の番頭は典型的な与太郎タイプで、金魚鉢だけを上げて金魚を縁側に置くなど、トンチンカンな行動を繰り返します。一つずつしか理解できない間抜けぶりが笑いの中心です。
金魚鉢(きんぎょばち)
金魚を飼う容器のこと。江戸時代から金魚飼育は庶民の娯楽として人気があり、縁側や座敷に金魚鉢を置いて鑑賞するのが一般的でした。この噺では猫に狙われる獲物として登場します。
湯殿の棚(ゆどののたな)
風呂場の壁に設置された棚のこと。江戸時代の商家では内風呂があり、湯殿には着替えや道具を置く棚がありました。旦那は猫の手が届かない高い場所として、この棚に金魚鉢を置くよう指示します。
鼠年(ねずみどし)
十二支の一番目で、子年とも言います。番頭は「鼠年だから猫が苦手」という理由で猫退治を断ります。実際には生まれ年と猫への恐怖心は無関係ですが、与太郎らしい屁理屈として笑いを誘います。
頭(かしら)
職人や鳶職などの親方、棟梁のこと。この噺では「虎さん」という名前の頭が登場し、最初は威勢よく振る舞いますが、実は猫が怖くて逃げ腰になります。虎という名前と実際の弱さのギャップが笑いを生みます。
虎(とら)
十二支の三番目で、獰猛な動物の代表格。この噺の頭は「虎さん」という強そうな名前を持ちながら、実際には猫を怖がっています。虎>猫>鼠という動物の序列を逆手に取った設定が面白さの核心です。
威勢がいい(いせいがいい)
元気で景気がよく、勢いがあること。虎さんは最初「威勢のいいことばかり並べていた」と描写されますが、猫をこらしめてくれと頼まれると急に弱気になります。虚勢を張る人間の滑稽さが表現されています。
足場を組む(あしばをくむ)
高所作業のために仮設の作業台を設置すること。虎さんは「手下を三人ばかり連れて来て、足場を組んでからやるから三日ほど待ってくれ」と言い訳します。猫一匹退治するのに足場を組むという大袈裟な提案が、怖がっていることを暴露しています。
意気地がない(いくじがない)
勇気や根性がないこと。虎さんは旦那に「急に弱気になり、意気地がない」と見抜かれてしまいます。虎という名前とは裏腹に、実際には臆病な性格であることが明らかになります。
ドタンバタン
格闘や乱闘の音を表す擬音語。風呂場で虎さんと猫が格闘する場面で使われ、激しい戦いを想像させます。しかし最後には虎さんの悲鳴と助けを呼ぶ声が聞こえ、負けたことが分かります。
濡れねずみ(ぬれねずみ)
水に濡れてびしょびしょになった惨めな姿のこと。虎さんは風呂場で猫と格闘して水浸しになり、「濡れねずみになりました」と告白します。虎という獰猛な動物の名前から、最も弱々しい「濡れねずみ」になるという落差がオチの核心です。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ番頭は金魚鉢だけを上げたのですか?
A: 番頭は典型的な与太郎タイプで、一つのことしか理解できない間抜けな性格です。「金魚鉢を上げろ」と言われて、文字通り「金魚鉢」だけを上げ、金魚本体は縁側に置いてしまいました。次に「金魚を上げろ」と言われると、今度は金魚だけを上げて金魚鉢はそのまま。一度に複数のことを考えられない与太郎らしいトンチンカンぶりです。
Q2: 番頭が「鼠年だから猫が苦手」というのは本当ですか?
A: これは番頭の屁理屈です。十二支で鼠は猫に追われる関係にあることから、「鼠年に生まれたから猫が苦手」という理由をでっち上げました。実際には生まれ年と動物への恐怖心は無関係ですが、与太郎らしい突飛な言い訳として笑いを誘います。
Q3: 虎さんはなぜ最初は威勢が良かったのですか?
A: 虎さんは頭(親方)という立場上、弱みを見せられなかったのです。呼ばれて登場した時は威勢のいいことばかり言っていましたが、実際に猫をこらしめてくれと頼まれると急に弱気になりました。面目を保とうと虚勢を張っていたことが明らかになります。
Q4: 「足場を組んで三日待ってくれ」というのはどういう意味ですか?
A: 虎さんが時間稼ぎをして逃げようとした言い訳です。猫一匹退治するのに、わざわざ手下三人を連れて足場を組むなど、通常あり得ない大袈裟な準備です。旦那もこれを聞いて「お前さん、ほんとは猫が恐いんだな」と見抜きました。
Q5: なぜ「濡れねずみ」がオチになるのですか?
A: このオチには三重の意味が込められています。第一に、虎という獰猛な動物の名前を持ちながら、最も弱々しい「濡れねずみ」になったという落差。第二に、動物の序列(虎>猫>鼠)を逆転させた言葉遊び。第三に、実際に風呂場の水に濡れて惨めな姿になったという視覚的な笑い。これらが重なって、強烈なオチを形成しています。
Q6: この噺の教訓は何ですか?
A: 「虚勢を張っても、いざという時にはボロが出る」という教訓が込められています。虎さんは名前の強さと威勢の良さで押し通そうとしましたが、実際に猫と対峙すると弱さが露呈しました。また、番頭のトンチンカンぶりは「一を聞いて十を知る」ことの大切さを逆説的に教えてくれます。
名演者による口演
古今亭志ん生(ここんていしんしょう)
志ん生の「猫と金魚」は、番頭のトンチンカンぶりを存分に描いた演出が特徴です。金魚鉢だけを上げる場面、金魚だけを上げる場面など、与太郎の間抜けさを生き生きと表現しました。虎さんの虚勢と弱さの落差も見事で、最後の「濡れねずみ」のオチも絶妙なタイミングでした。
三遊亭円生(さんゆうていえんしょう)
六代目円生の「猫と金魚」は、登場人物それぞれの性格を丁寧に描き分けた演出が特徴です。困り果てる旦那、トンチンカンな番頭、威勢だけの虎さんという三者三様の個性が際立ち、それぞれの掛け合いが楽しめる仕上がりでした。
桂米朝(かつらべいちょう)
米朝師匠の「猫と金魚」は、上方落語らしい丁寧な状況描写が光ります。金魚鉢の位置関係、隣家の窓の高さ、風呂場の構造など、場面設定を細かく語ることで、観客が情景を具体的にイメージできる仕上がりになっていました。
柳家小三治(やなぎやこさんじ)
小三治師匠の「猫と金魚」は、虎さんの心理描写が繊細です。威勢よく振る舞いながら内心では怖がっている様子、旦那に弱虫と言われて面目を保とうと風呂場に向かう心情など、虎さんの内面が丁寧に表現されています。
三遊亭金馬(さんゆうていきんば)
三代目金馬の「猫と金魚」は、風呂場での格闘場面の描写が秀逸です。ドタンバタンという音、ザブンという水音、虎さんの悲鳴と助けを呼ぶ声など、音の表現が豊かで、聴衆は実際に格闘の様子を目の当たりにするような臨場感を味わえました。
関連する落語演目
粗忽長屋
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/
与太郎タイプの間抜けな人物が登場するという点で共通しています。「猫と金魚」の番頭も、「粗忽長屋」の登場人物も、一つのことしか考えられず、トンチンカンな行動を繰り返します。与太郎噺の系譜として楽しめる演目です。
初天神
https://wagei.deci.jp/wordpress/hatsutenjin/
親子の掛け合いが笑いを生むという構造が共通しています。「猫と金魚」では旦那と番頭の掛け合いが、「初天神」では父親と金坊の掛け合いが笑いの中心です。どちらも相手の言うことを理解しない滑稽さが描かれています。
時そば
https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/
騙しと失敗という構造が共通しています。「時そば」では蕎麦屋の勘定をごまかそうとして失敗し、「猫と金魚」では虎さんが虚勢を張って猫退治に挑んで失敗します。どちらも計画が裏目に出る痛快さがあります。
強情灸
頑固な主人と使用人という関係性が共通しています。「猫と金魚」では旦那と番頭の主従関係、「強情灸」では主人と長屋の住人の関係が描かれます。どちらも主人の指示を受ける側の反応が笑いを生みます。
饅頭こわい
虚勢を張る人物が登場するという点で共通しています。「饅頭こわい」では饅頭が好物なのに怖いふりをし、「猫と金魚」では虎さんが強いふりをして実は猫が怖い。どちらも本音と建前の落差が笑いを生む演目です。
この噺の魅力と現代への示唆
「猫と金魚」の最大の魅力は、動物の名前を使った多重的な言葉遊びにあります。虎(頭の名前)、猫(実際の動物)、鼠(番頭の生まれ年、そして濡れねずみ)という三つの動物が、それぞれ異なる文脈で登場し、最後に「濡れねずみ」というオチで収束します。虎>猫>鼠という序列が、実際には逆転してしまうという皮肉が効いています。
この噺が現代にも通じるのは、「虚勢を張っても実力が伴わなければ意味がない」という普遍的な教訓を描いている点です。虎さんは名前の強さと威勢の良さで押し通そうとしましたが、実際に猫と対峙すると弱さが露呈しました。現代社会でも、見栄や虚勢だけで実力が伴わない人は、いざという時に失敗するという教訓は変わりません。
また、番頭のトンチンカンぶりは、「コミュニケーション能力の欠如」という現代的な問題を先取りしています。旦那の指示を一つずつしか理解できず、全体像を把握できない番頭の姿は、指示の意図を汲み取れない人への風刺とも読めます。
さらに、この噺は「名前と実態の乖離」というテーマも扱っています。虎という強そうな名前を持ちながら、実際には猫より弱いという設定は、名前や肩書きだけでは人の本質は測れないという教訓を含んでいます。現代でも、役職や学歴といった「名前」と実際の能力の乖離は広く見られる現象です。
最後の「濡れねずみ」というオチは、視覚的な笑いと言葉遊びが重なった見事な締めくくりです。風呂場で水浸しになった惨めな姿と、虎から鼠へという動物の序列の逆転が同時に表現され、聴衆に強烈な印象を残します。弱者が強者を打ち負かすという逆転劇は、時代を超えて共感を呼ぶ噺なのです。
関連記事もお読みください





