猫の恩返し
3行でわかるあらすじ
魚屋の金さんが拾って育てた猫の駒が、博打で困った金さんのために小判を盗んで恩返しをする。
しかし駒は盗みの現場で見つかり、泥棒猫として殺されてしまう。
金さんは駒の死を機に改心し、やがて「猫金」として評判の魚屋を営むようになる。
10行でわかるあらすじとオチ
魚屋の金さんは大晦日に博打で仕入れ用の三両をすってしまい途方に暮れる。
金さんが拾って育てた猫の駒は、金さんの愚痴を聞いて枕元に小判三両を置く。
喜んだ金さんは二日の朝、買い出しをして得意先の旦那の家へ初荷を届ける。
旦那の家では大晦日に小判三両が盗まれ、前夜も猫が金庫を開けようとしていたという。
みんなで猫を追い詰めて棒で叩き殺してしまったが、その猫は駒だった。
金さんは事情を話し、旦那は駒の恩義に感心して五両を与え、ねんごろに葬るよう言う。
金さんは回向院に立派な墓を作り、それが鼠小僧の墓の隣にある猫塚となる。
以後、金さんは博打も酒もやめて魚屋一筋で働き、三年で立派な店を構える。
旦那の世話で嫁をもらい、夫婦で営む店は「魚金」より「猫金」と呼ばれる。
店は大繁盛し、駒の恩返しが金さんの人生を変えたという話で締めくくられる。
解説
「猫の恩返し」は、動物の恩義と人間の更生を描いた感動的な人情噺です。拾われた猫が命がけで恩返しをするという設定は、日本の民話にも通じる普遍的なテーマですが、落語では猫が泥棒扱いされて殺されるという悲劇的な展開が加わることで、より深い感動を呼びます。
この噺の特徴は、単なる動物の恩返し話にとどまらず、金さんの人生の転機として描かれている点です。駒の死をきっかけに博打と酒を断ち、真面目に働いて成功するという展開は、江戸時代の勧善懲悪的な価値観を反映しています。また、実在する回向院の猫塚(鼠小僧の墓の隣)という具体的な場所を登場させることで、話にリアリティを与えています。
「魚金」が「猫金」と呼ばれるようになるというオチは、駒への供養と感謝の気持ちが商売繁盛につながったという、人情噺らしい温かい結末です。演者は駒の健気さと金さんの心情変化を丁寧に描写することで、聴衆の涙を誘う一席となります。
あらすじ
八丁堀玉子屋新道に住む棒手振りの魚屋の金さん。
大晦日にひとり者の気楽さから悪友に誘われて博打に手を出して、仕入れ用の三両までもすってしまった。
金さんは七、八年前にゴミ溜めに捨てられていた仔猫を拾って駒と名をつけ、たいそう可愛がっている。
毎晩、駒に魚をやり、駒が美味そうに食べるのを見ながら、酒を飲むのを楽しみにしている。
この日も博打で三両すった金さんが家に帰ると、駒だけはいつものように、「ニャ~ニャ~」鳴いて甘えて出迎えてくれる。
駒を相手に、博打で三両すって二日の朝の買い出しに行けなくなったと愚痴を言いながらちびちび飲んで、「猫に三両の工面はできねえからなあ」と、ぼやいて寝てしまった。
夜中に目を覚ますと枕元に小判が三両ある。
そんな馬鹿なと頬っぺたをつねって見たが夢ではない。
元旦の朝早く、顔なじみに質屋の伊勢屋の番頭に小判を見せると間違いなく本物という。
喜んだ金さん、家に帰って小判を隠し、朝湯に入ってさっぱりして帰り、"こいつは春から縁起がいいわい"と酒を飲み始めた。
そばにちょこんと座って、いっちょ前にお酌でもしているような駒に、「この小判はお前が持って来たんじゃあるめえ」と話しかけると、「ニャ~ン」。
酔って来た金さん 「どうせくわえて来るんなら、もっとくわえて来いよ」と、冗談なんか言いながら駒を相手に長々と飲んで寝てしまった。
二日の朝、買い出しの帰りに堀留のひいきの旦那のところへ年始の挨拶と初荷を持って行くと、番頭が浮かない顔をしている。
金さん 「番頭さん、正月早々、なにかあったんですかい?」
番頭 「大晦日に小判三両がなくなったんだ。
外から泥棒が入った様子もなく、店の者でそんな不届きを働く者はいない。
おかしいと思って気をつけていると、昨日の夜にガタガタと大きな音がするんだ。
音のする座敷に行って見ると大きな猫が用ダンスを開けようとしている。
鍵が掛かっていて開かないのに、そこは畜生の浅ましさだ。
さては大晦日の三両もこの猫の仕業と、みんなで棒で追い回したんだ。
猫はすばしっこくてなかなか捕まらない。
やっと座敷の隅に追い詰めてみんなで棒で叩いたら死んでしまった。
こらしめてやるだけで殺すつもりはなかったのだが、正月早々、猫とはいえ無益な殺生をしたと心持が悪いんだよ。これから旦那の言いつけで回向院へ葬りに行くところなんだ」
小判三両と猫に心あたりのある金さんが猫の死骸を見ると、やっぱり駒だった。
金さんは涙にくれながらこれこれしかじかと事情を話した。
これを聞いた旦那は、猫とはいえ、拾って可愛がって飼ってくれた金さんへの恩を忘れない立派な猫だと感心する。
旦那は金さんに三両はなかったことにして、他に五両を与えて猫を回向院にねんごろに葬ってやれという。
早速、金さんは両国の回向院に駒のために立派な墓を作ってやった。
それが鼠小僧次郎吉の墓の隣にある猫塚だ。
それからというもの金さんは、博打はもとより酒もやめて魚屋一筋で働いた。
魚を見る目は確か、売るに来る時間も正確で客も増え、三年も経たないうちに表通りに立派な"魚金"の店を持つことが出来た。
すぐに堀留の旦那の世話で気立てのいい嫁さんをもらい、夫婦そろって魚金より"猫金"で評判の店を大繁盛させていった。
落語用語解説
猫の恩返し(ねこのおんがえし)
この噺のタイトルで、拾われて育てられた猫が命がけで恩返しをする物語です。日本の民話にも多い動物の恩返し譚の一つですが、落語では猫が泥棒扱いされて殺されるという悲劇的な展開が加わり、深い感動を呼ぶ人情噺となっています。
棒手振り(ぼてふり)
天秤棒で商品を担いで売り歩く行商人のことです。この噺では金さんが棒手振りの魚屋として登場し、仕入れ用の三両を博打ですってしまうという設定で、庶民の生活の厳しさを表現しています。
八丁堀玉子屋新道(はっちょうぼりたまごやしんみち)
現在の東京都中央区八丁堀にあった町名です。江戸時代には町人が多く住む地域で、この噺では金さんが住む場所として設定されています。
駒(こま)
金さんが拾って育てた猫の名前です。ゴミ溜めに捨てられていた仔猫を拾い、七、八年も可愛がって育てました。金さんへの深い恩義を感じて命がけで恩返しをする、この噺の中心的な存在です。
大晦日(おおみそか)
一年の最後の日である12月31日のことです。この噺では金さんが大晦日に博打で三両をすってしまい、翌日の買い出しができなくなるという窮地に立たされます。商売人にとって正月の買い出しは重要で、その金を失うことは深刻な事態でした。
三両(さんりょう)
江戸時代の貨幣単位で、一両は現代の価値で約10万円程度とされています。三両は約30万円に相当し、魚屋の金さんにとっては仕入れに必要な重要な資金でした。
回向院(えこういん)
東京都墨田区両国にある浄土宗の寺院で、江戸時代から庶民の信仰を集めていました。この噺では金さんが駒の墓を作った場所として実在の寺院が登場し、物語にリアリティを与えています。
猫塚(ねこづか)
回向院にある猫の供養塔のことで、この噺では駒の墓として鼠小僧次郎吉の墓の隣にあるとされています。実際の回向院には様々な動物の供養塔があり、江戸時代の人々の動物への慈愛を示しています。
鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)
実在した江戸時代の盗賊で、大名屋敷から金を盗んで貧しい人々に分け与えたという伝説があります。回向院に墓があり、この噺では駒の墓の隣という設定で、泥棒猫と義賊という対比が興味深い配置となっています。
堀留(ほりどめ)
現在の東京都中央区日本橋堀留町にあった地域で、江戸時代には商人の町として栄えていました。この噺では金さんのひいきの旦那が住む場所として登場し、駒の恩返しの舞台となります。
初荷(はつに)
正月に初めて届ける商品のことで、商売人にとっては新年の挨拶を兼ねた重要な行事でした。金さんが二日の朝に旦那の家へ初荷を届けに行く場面が、駒の死を知る重要な場面となります。
用ダンス(ようだんす)
衣類や貴重品を入れる箪笥のことです。この噺では駒が旦那の家の用ダンスを開けようとして見つかり、泥棒猫として追い詰められる場面で登場します。
よくある質問 FAQ
Q1: 駒はどうやって小判を手に入れたのですか?
A1: 駒は旦那の家から小判三両を盗んで、金さんの枕元に置きました。猫が金さんの愚痴を聞いて「猫に三両の工面はできねえからなあ」という言葉に反応し、恩返しをしようと決意したのです。しかし、大晦日に盗んだ後、再度用ダンスを開けようとして見つかり、泥棒猫として殺されてしまいました。猫の純粋な恩義の心が、悲劇的な結末を招いたのです。
Q2: なぜ旦那は金さんに五両も与えたのですか?
A2: 旦那は駒の恩返しの心に深く感動したからです。「猫とはいえ、拾って可愛がって飼ってくれた金さんへの恩を忘れない立派な猫だ」と評価し、盗まれた三両はなかったことにして、さらに五両を与えました。駒を「ねんごろに葬ってやれ」という言葉には、動物への慈愛と、金さんへの配慮が込められています。江戸時代の商人の懐の深さを示す場面です。
Q3: 金さんはなぜ改心できたのですか?
A3: 駒の命がけの恩返しと、その悲劇的な死が金さんの心を変えたからです。自分の愚かな博打のために、七、八年も可愛がってきた駒が命を落としたという事実は、金さんに深い後悔と自責の念をもたらしました。駒の死を無駄にしないため、金さんは博打も酒もやめて真面目に働くことを決意し、実際に三年で立派な店を構えるまでになりました。
Q4: 「猫金」という呼び名にはどんな意味がありますか?
A4: 店の正式名称は「魚金」ですが、人々は駒への供養と感謝の気持ちを込めて「猫金」と呼ぶようになりました。これは駒の恩返しが金さんの成功の原点であることを示しており、金さん自身も駒への感謝を忘れていないことを象徴しています。商売繁盛も駒のおかげという意味が込められた、温かい呼び名です。
Q5: この噺は実話ですか?
A5: 創作ですが、回向院の猫塚や鼠小僧の墓など、実在する場所を登場させることで物語にリアリティを与えています。江戸時代には動物の恩返し譚が多く語られ、人々は動物にも魂があり恩義を理解すると信じていました。この噺は、そうした時代の価値観を反映した人情噺です。
Q6: なぜ駒は殺されてしまったのですか?
A6: 旦那の家の人々は、駒が用ダンスを開けようとしているのを見て、大晦日の三両を盗んだのもこの猫だと判断しました。猫を追い詰めて「こらしめてやるだけで殺すつもりはなかった」のですが、追い詰められた駒が逃げ回った結果、みんなで棒で叩いて死なせてしまいました。純粋な恩返しの心が、誤解によって悲劇を生んだのです。
名演者による口演
三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)
金馬はこの『猫の恩返し』を得意とし、駒の健気さと金さんの心情変化を丁寧に描きました。特に金さんが駒の死骸を見て涙にくれる場面では、深い感情を込めた語りで聴衆の涙を誘い、最後の「猫金」で評判の店を営む場面では、温かい人情を感じさせる名演でした。
五代目古今亭志ん生(ここんていしんしょう)
志ん生はこの噺を独特の飄々とした語り口で演じながらも、駒の恩返しの場面では深い情感を込めました。金さんが駒に「この小判はお前が持って来たんじゃあるめえ」と話しかける場面では、人間と動物の心の通い合いを温かく表現し、聴衆の心を打ちました。
八代目桂文楽(かつらぶんらく)
文楽はこの噺を緻密な構成で演じ、駒が殺される場面の悲劇性と、金さんの更生という二つの要素を見事にバランスさせました。番頭が猫を追い詰めて殺してしまった経緯を語る場面では、誤解による悲劇を丁寧に描写し、深い余韻を残しました。
六代目三遊亭円生(さんゆうていえんしょう)
円生はこの噺を人情噺の名作として演じ、駒の恩義と金さんの改心を格調高く描きました。旦那が駒の心を「立派な猫だ」と評価する場面では、江戸時代の人々の動物への慈愛を丁寧に表現し、最後の「猫金」というオチを深い感動とともに締めくくりました。
十代目柳家小三治(やなぎやこさんじ)
小三治はこの噺を現代的な感覚で演じ、駒と金さんの心の通い合いを細やかに描きました。金さんが毎晩駒に魚をやり、駒が美味そうに食べるのを見ながら酒を飲む場面では、孤独な男と猫の温かい絆を表現し、その絆が悲劇と更生を生む展開を深い余韻とともに伝えました。
関連する落語演目
芝浜
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『芝浜』は妻の献身によって夫が改心する人情噺の名作です。『猫の恩返し』も駒の命がけの恩返しによって金さんが更生するという構造が共通しており、大切な存在の犠牲が人生の転機となるという点で共通するテーマがあります。
文七元結
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『文七元結』は人情と再生を描いた人情噺です。『猫の恩返し』も金さんが駒の死をきっかけに更生し、立派な店を構えるまでになるという再生の物語で、人情噺として共通する要素があります。
子別れ
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『子別れ』は親子の情愛を描いた人情噺の代表作です。『猫の恩返し』では金さんと駒の関係が親子のような深い絆として描かれており、大切な存在を失う悲しみと、その思い出を胸に生きる姿が共通しています。
時そば
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『時そば』は江戸の庶民の生活を描いた噺です。『猫の恩返し』も棒手振りの魚屋という庶民を主人公にしており、江戸時代の商人の暮らしと、動物との共生を描く点で共通しています。
芽か木か
https://wagei.deci.jp/wordpress/mekauma/
『芽か木か』は植木屋と旦那のやり取りを描いた噺です。『猫の恩返し』でも金さんと旦那の関係が描かれ、旦那の懐の深さと庶民への配慮という点で共通する要素があります。
この噺の魅力と現代への示唆
『猫の恩返し』は、動物の恩義と人間の更生という二つのテーマを見事に融合させた感動的な人情噺です。表面的には猫の健気な恩返し物語ですが、実は深い人間性の洞察を含んでいます。
この噺の核心は、駒の純粋な恩義の心です。ゴミ溜めに捨てられていた仔猫を拾い、七、八年も可愛がって育ててくれた金さんへの感謝を、駒は命をかけて表現します。金さんが「猫に三両の工面はできねえからなあ」と愚痴をこぼすと、駒は本当に三両を手に入れて枕元に置きます。この純粋さが、物語の最も感動的な部分です。
しかし、その純粋な恩義が悲劇を招くという展開が、この噺の深みを生んでいます。駒は盗みという手段を選びますが、それは悪意からではなく、金さんを助けたい一心からです。猫には善悪の区別がつかず、ただ恩返しをしたいという気持ちだけがあります。この無垢な動機が、誤解によって泥棒猫として殺されるという悲劇を生むのです。
番頭が「こらしめてやるだけで殺すつもりはなかった」と語る場面も重要です。人々も悪意があったわけではなく、盗みを働く猫を懲らしめようとしただけです。しかし、結果として命を奪ってしまいました。善意と善意がすれ違い、悲劇が生まれるという構造は、人間社会の縮図でもあります。
金さんの更生という後半の展開も見事です。駒の死を知った金さんは、自分の愚かな博打のせいで大切な駒を失ったという深い後悔に苛まれます。しかし、その後悔を自己憐憫に終わらせず、駒の死を無駄にしないために更生を決意します。博打も酒もやめて真面目に働き、三年で立派な店を構えるまでになるという展開は、人間の可能性を示しています。
旦那の懐の深さも印象的です。盗まれた三両をなかったことにし、さらに五両を与えて駒を「ねんごろに葬ってやれ」と言います。猫の恩義の心を理解し、金さんの更生を助けるこの行為は、江戸時代の商人の美徳を表現しています。
「猫金」という呼び名は、この噺の温かい結末を象徴しています。正式名称は「魚金」ですが、人々は駒への感謝を込めて「猫金」と呼びます。駒の恩返しが金さんの成功の原点であり、その思い出が商売繁盛の礎となっているのです。
現代への示唆として考えると、この噺は「恩義」の意味を教えてくれます。駒のような純粋な恩義の心は、現代社会では失われつつあるかもしれません。しかし、誰かに助けられたことを忘れず、恩返しをしようとする心は、人間関係の基本です。
また、この噺は「更生」の可能性も示しています。金さんは博打で身を持ち崩していましたが、駒の死という大きな犠牲をきっかけに、人生をやり直すことができました。どんなに落ちぶれていても、大切な存在の犠牲を無駄にしないという決意があれば、人は変われるという希望のメッセージが込められています。
『猫の恩返し』は、笑いではなく涙を誘う人情噺ですが、その感動は単なる悲しみではありません。駒の純粋な恩義、金さんの更生、旦那の懐の深さ、そして「猫金」として繁盛する店という温かい結末が、人間と動物の絆、そして人生の再生という普遍的なテーマを、深い感動とともに伝えてくれる名作です。
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