茗荷宿
3行でわかるあらすじ
没落した宿屋に百両持ちの商人が泊まり、夫婦は茗荷を食べさせて荷物を忘れさせようと企む。
客は茗荷づくしの料理を満足して食べて出て行くが、すぐに戻って荷物を回収する。
結局、客が忘れていったのは宿賃の支払いだけだった。
10行でわかるあらすじとオチ
東海道の神奈川宿で、道楽で身上を潰した元料理屋の夫婦が営む寂れた宿屋がある。
江戸への夜逃げを決めた晩、百両を持った商人が泊まりに来る。
亭主は最初は殺して奪おうとするが、女房に止められる。
代わりに茗荷を食べさせて物忘れさせ、荷物を忘れさせる作戦を立てる。
翌朝、先祖の命日と偽って茗荷づくしの料理を出す。
茗荷茶、茗荷飯、茗荷の味噌汁、茗荷の酢の物などを客は美味しいと平らげる。
満腹した客は荷物を忘れて出て行き、夫婦は大喜び。
しかしすぐに客は戻ってきて、預けた荷物を持って行ってしまう。
がっかりした夫婦が何か忘れ物はないか探すと、女房が気づく。
「宿賃の払いを忘れていった」というオチで終わる。
解説
茗荷宿は、「茗荷を食べると物忘れをする」という俗信を題材にした古典落語の名作です。
この俗信は江戸時代から広く知られており、実際には科学的根拠はありませんが、落語の題材として絶好のものでした。
本作の見どころは、悪巧みをする宿屋夫婦の浅はかさと、それが裏目に出る展開の絶妙さです。
最初は殺人まで考える亭主が、茗荷という平和的な手段に切り替える過程も面白く、茗荷づくしの料理を次々と出す場面は演者の腕の見せ所となっています。
オチは典型的な「考えオチ」で、百両を狙った夫婦が結局は宿賃という最も基本的な収入を取り損ねるという皮肉が効いています。
この噺は東海道の宿場町を舞台にしており、江戸時代の旅籠屋の様子や商人の旅の様子なども垣間見ることができる、風俗史的にも興味深い作品です。
あらすじ
東海道の神奈川宿に茗荷屋という代々繁盛した料理屋があった。
当代の亭主は道楽者で、身上(しんしょう)を潰してしまい仕方なく宿場のはずれに小さな宿屋を出したが、客あしらいも悪く、家も汚くなり泊まる者もいなくなる有様だ。
亭主夫婦は宿をたたんで、江戸に出て一から出直そうと決めたある夜更けに、年配の商人風の旅の男が一晩泊めてくれと入って来る。
男は商用の百両が入っているという荷物を預け、すぐにぐっすりと寝入ってしまう。
百両に目がくらんだ亭主は台所から出刃包丁を取り出し客間に向かうが、女房に気づかれ浅はかなことと思いとどまる。
だが女房も喉から手が出るほど百両が欲しい。
そこで妙案が思い浮かんだ。
宿の裏にごっそり生えている茗荷(みょうが)を刈って客の男に食べさせるのだ。
茗荷は物忘れをさせるという。
客に茗荷ばかり食べさせ預けた荷物のことなど忘れさせてしまおうという算段だ。
翌朝、ぐっすり寝て気分よく起きてきた男に、宿の女房は「今日は先祖の命日で、茗荷を食べる慣わしになっています」と、茗荷茶、茗荷の炊き込みご飯、茗荷の味噌汁、茗荷の酢の物など茗荷づくしを膳に並べる。
男は「美味い、美味い」と茗荷をたらふく、満腹、満足して預けた荷物も忘れて宿を立って行った。
宿屋夫婦はまんまと計略が成功し、百両が手に入ったと大喜びも束の間、男はすぐに戻って来て預けた荷物を持って行ってしまった。
糠喜びでがっかりした夫婦、
亭主 「何か忘れていった物はないか」、しばらくして女房が気づく。
女房 「あ、あるある」
亭主 「何を」
女房 「宿賃の払いを忘れていった」
落語用語解説
茗荷(みょうが)
ショウガ科の植物で、香味野菜として使われます。「茗荷を食べると物忘れする」という俗信がありますが、科学的根拠はありません。
神奈川宿(かながわしゅく)
東海道五十三次の宿場町の一つ。江戸から3番目の宿場で、現在の横浜市神奈川区にあたります。
旅籠屋(はたごや)
江戸時代の宿泊施設。食事と寝床を提供する宿で、木賃宿よりは格上でした。
百両(ひゃくりょう)
江戸時代の大金。現在の価値で1000万円から2000万円程度とされ、庶民にとっては一生かかっても稼げない金額でした。
身上(しんしょう)
財産や家産のこと。「身上を潰す」は財産を使い果たすという意味です。
道楽者(どうらくもの)
酒・博打・女遊びなどに耽溺する人。真面目に働かず、財産を浪費する人を指します。
出刃包丁(でばぼうちょう)
魚をさばくための刃が厚い包丁。この噺では凶器として登場しますが、本来は料理道具です。
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)
江戸と京都を結ぶ街道に設けられた53の宿場町。歌川広重の浮世絵で有名です。
商人(あきんど)
商売を生業とする人。この噺の客は百両という大金を持ち歩く、かなり裕福な商人です。
宿賃(やどちん)
宿泊料金のこと。江戸時代の旅籠屋では、食事込みで200文(現在の5000円程度)が相場でした。
夜逃げ(よにげ)
借金などから逃れるため、夜中にこっそり引っ越すこと。この噺の夫婦も店を畳んで江戸に逃げる予定でした。
膳(ぜん)
食事を載せる台。一人ずつ個別の膳で食事を出すのが江戸時代の作法でした。
よくある質問 FAQ
Q1: 茗荷を食べると本当に物忘れをするのですか?
A1: 科学的根拠は全くありません。この俗信の由来は、釈迦の弟子・周利槃特(しゅりはんどく)が物覚えが悪く、死後に墓から茗荷が生えたという仏教説話によるとされています。実際には茗荷は栄養価の高い健康食品で、物忘れを引き起こす成分は含まれていません。
Q2: なぜ亭主は最初に殺人を考えたのですか?
A2: 百両という大金に目がくらんだためです。江戸時代の落語では、金銭欲に駆られた人間の浅はかさを描くことが多く、殺人を考えるほど追い詰められた夫婦の困窮を示しています。ただし女房に止められることで、人間性が完全には失われていないことも表現されています。
Q3: なぜ「先祖の命日」と嘘をついたのですか?
A3: 茗荷ばかりの料理を出す不自然さを誤魔化すためです。「先祖の命日に茗荷を食べる慣わし」という嘘をつくことで、客に不審がられずに大量の茗荷を食べさせることができます。宗教的・伝統的な理由であれば客も納得しやすいという計算です。
Q4: 客はなぜすぐに荷物を取りに戻ってきたのですか?
A4: 茗荷の効果が全くなかったからです。俗信を信じて悪巧みをした夫婦の計画が完全に失敗したことを示しています。客は最初から荷物のことを忘れておらず、単に宿を出た後に思い出して取りに戻っただけです。
Q5: 客は本当に宿賃を払い忘れたのですか?それともわざと?
A5: 落語の解釈としては両方あり得ます。純粋に払い忘れたという解釈と、悪徳宿屋への仕返しとしてわざと払わなかったという解釈です。どちらにしても、百両を狙った夫婦が最も基本的な収入である宿賃すら取れなかったという皮肉が効いています。
Q6: この噺の教訓は何ですか?
A6: 主な教訓は「不正な手段で得ようとしたものは手に入らない」ということです。また、「根拠のない俗信を信じることの愚かさ」や「欲に目がくらむと冷静な判断ができなくなる」という人間の弱さも描かれています。正直に商売をしていれば、少なくとも宿賃は得られたはずなのです。
名演者による口演
五代目古今亭志ん生
志ん生の「茗荷宿」は亭主の浅はかさと女房の悪知恵を絶妙に演じ分け、茗荷づくし料理の描写が食欲をそそる名演でした。
三代目古今亭志ん朝
志ん朝は客の商人を上品に演じ、宿屋夫婦との対比を鮮やかに描き、オチの皮肉を効果的に表現しました。
立川談志
談志は夫婦の没落の過程を詳しく語り、悪に手を染めざるを得ない人間の悲哀も感じさせる深い演出でした。
三代目桂米朝
米朝は上方版として演じ、茗荷の俗信の由来も丁寧に説明し、教養的な側面も楽しめる高座でした。
五代目柳家小さん
小さんは女房の悪知恵と亭主の単純さの対比が巧みで、茗荷料理の場面を特に膨らませた演出が印象的でした。
関連する落語演目
宿屋の仇討
https://wagei.deci.jp/wordpress/yadoyagataki/
宿屋を舞台にした噺。宿屋での騒動という点で「茗荷宿」と共通する設定があります。
東の旅①
https://wagei.deci.jp/wordpress/higashinotabi1/
東海道を旅する噺。宿場町の様子や旅の描写という点で「茗荷宿」と時代背景を共有しています。
西の旅①
https://wagei.deci.jp/wordpress/nishinotabi1/
西国街道の旅を描く噺。江戸時代の旅と宿場町という共通テーマがあります。
三人旅
https://wagei.deci.jp/wordpress/sannintabi/
旅を題材にした噺。旅籠屋での出来事や旅の風情という点で関連性があります。
もう半分
https://wagei.deci.jp/wordpress/mouhanbun/
欲に目がくらんだ夫婦の話。悪事を企てて報いを受けるという構造が「茗荷宿」と似ています。
この噺の魅力と現代への示唆
「茗荷宿」の最大の魅力は、「茗荷を食べると物忘れをする」という俗信を巧みに使った痛快なオチです。百両という大金を狙って悪知恵を働かせた夫婦が、結局は最も基本的な収入である宿賃すら取り損ねるという皮肉は、見事な「考えオチ」の典型例です。
没落した宿屋という設定も秀逸です。元は繁盛していた料理屋だったのに、当代の道楽で身上を潰してしまったという背景は、人間の弱さと因果応報を示しています。夜逃げを決めた最後の晩に大金持ちの客が来るという展開は、運命の皮肉を感じさせます。
亭主が殺人を考える場面は衝撃的ですが、女房に止められることで人間性が完全には失われていないことを示しています。しかし代わりに茗荷で物忘れさせようという発想も十分に悪質で、人間の欲深さと浅はかさが見事に描かれています。
茗荷づくしの料理の場面は、演者の腕の見せ所です。茗荷茶、茗荷飯、茗荷の味噌汁、茗荷の酢の物など、次々と料理名を挙げていく様子は、落語のリズム感と想像力を楽しめる部分です。客が「美味い、美味い」と満足して食べる様子も、夫婦の企みとのギャップが笑いを誘います。
俗信を信じて悪事を企むという構造は、現代でも通じる教訓を含んでいます。科学的根拠のない迷信や噂を鵜呑みにして行動することの愚かさは、現代のSNSでのデマ拡散や健康食品詐欺などにも通じる問題です。
オチの「宿賃の払いを忘れていった」は、因果応報の見事な表現です。百両を狙った夫婦が、結局は数百文の宿賃すら得られなかったという結末は、不正な手段で得ようとしたものは決して手に入らないという教訓を示しています。
客が宿賃を払い忘れたのが本当のミスか、それとも悪徳宿屋への仕返しかは、解釈の余地があります。どちらにしても、茗荷を大量に食べさせた夫婦の行為が、結果的に自分たちの損失につながったという皮肉は変わりません。
現代への示唆としては、「楽して稼ごうとする心理の危険性」が挙げられます。正直に商売をしていれば少なくとも宿賃は得られたはずなのに、大金欲しさに悪知恵を働かせた結果、何も得られませんでした。これは現代の詐欺や違法ビジネスに手を出す人々への警告ともなります。
また、「俗信や迷信に頼ることの愚かさ」も重要なテーマです。科学的根拠のない情報を信じて重要な判断をすることは、江戸時代も現代も変わらず危険です。情報リテラシーの大切さを、笑いとともに教えてくれる噺です。
東海道の宿場町という舞台設定も魅力的です。神奈川宿は実在の宿場町で、江戸時代の旅の様子や旅籠屋の実態を垣間見ることができます。歴史的・文化的な価値も高い噺です。
道楽で身上を潰すという設定は、江戸時代の商家によく見られた問題でした。代々築いてきた財産を一代で潰してしまう当主の存在は、家業の継承という難しさを示しています。現代の家業継承問題にも通じるテーマです。
関連記事もお読みください
時そば – 古典落語の代表作
https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/
文七元結 – 人情噺の最高傑作
https://wagei.deci.jp/wordpress/bunshichi/
目刻の三馬 – 江戸の庶民を笑いで描く
https://wagei.deci.jp/wordpress/mekauma/


