身投げ屋
3行でわかるあらすじ
与太郎が勝さんから身投げ自殺を装って金を巻き上げる詐欺「身投げ屋」を教わり、両国橋で実行する。
紳士から50円をだまし取るが、本物の親子心中に出会って同情し、稼いだ金を全て渡してしまう。
しかし盲目の父親が目を開けて「次は吾妻橋だ」と言い、実は彼らも詐欺師だったことが判明する。
10行でわかるあらすじとオチ
与太郎がお金を探していると、勝さんが楽な稼ぎ方として「身投げ屋」を教える。
身投げ自殺を装って通りかかった人から同情を買い、借金返済名目で金をもらう詐欺だった。
与太郎は両国橋で紳士を相手に成功し、50円と残り50円の約束の名刺を手に入れる。
次の酔っぱらいからは3銭しかもらえず、今日は店仕舞いしようとする。
すると盲目の父親と子供の親子が現れ、本当に心中しようとしている。
父親が「お父さんはここから飛び込んで死ぬ」と言うのを聞いて与太郎は驚く。
人情に厚い与太郎は本物の親子に同情し、今日稼いだ金を全て差し出す。
父親は遠慮するが子供が受け取り、与太郎は江戸っ子の啖呵を切って立ち去る。
子供が「おじさん行っちまった」と言うと、盲目だったはずの父親が目を開ける。
父親が「よし、その金持って行け。次は吾妻橋だ」と言い、実は彼らも詐欺師だったオチ。
解説
「身投げ屋」は古典落語の中でも特に巧妙な構成と意外なオチで知られる名作です。表面的には詐欺をテーマにした滑稽噺ですが、実際には人間の善意と悪意、そして騙す者と騙される者の関係を多層的に描いた深い作品となっています。
この噺の技巧的な見どころは、三段構えの詐欺の描写とその後の大きなどんでん返しにあります。最初の紳士との場面では与太郎の詐欺が成功し、二番目の酔っぱらいとの場面では相手によって結果が異なることを示し、三番目で本物の親子心中に遭遇することで与太郎の人情が描かれます。
特に印象深いのは、与太郎が詐欺で得た金を本物の困窮者(と思われる)親子に差し出す場面です。「おれだって江戸っ子だ。一度出したもんをおめおめと引っ込められるか」という啖呵は、江戸っ子の心意気と人情の深さを表現した名場面として親しまれています。
しかし最後の大オチは聞き手の予想を完全に裏切ります。盲目だった父親が実は目が見えており、「次は吾妻橋だ」と言うことで、彼らもまた「身投げ屋」の詐欺師だったことが判明します。これにより、善意の与太郎が結果的に同業者に騙されたという皮肉な結末となり、人を見る目の難しさと世の中の複雑さを表現しています。現代でも詐欺の手口や人間心理の描写として通用する、古典落語屈指の傑作です。
あらすじ
与太郎が下を向いて何か探しているように歩いて来る」
勝さん 「何探してんだ。落とし物か?」
与太郎 「百円ばかり入ったガマ口」
勝さん 「百円、そんな大金どこで落としたんだ」
与太郎さん 「どっかに落こってねえかなあと」
勝さん 「そんな馬鹿な事言ってないで働きな。稼ぎに追いつく貧乏無しだ」
与太郎さん 「それが、おれより貧乏神の方が足が早えや。働いてもすぐ追いついて来やがるから、働かずにいたらずっと先に行っちまうだろう」
勝さん 「そんなら、楽な仕事教えてやろう。夜中に両国橋からドカンボコンをやるのよ」
与太郎さん 「なんだいそのドカンボンてえのは?」
勝さん 「大川へ身投げするのよ。
向こうから身なりのいい人が来たら、頃合いを見計らって飛び込む振りをするのよ。
きっと止めて訳を聞くだろうから、"借金がふくらんで、にっちもさっちも行かなくなりました。
いっそのこと死のうと・・・"なんて言うんだ。
きっと金で済むことならと、いくら要るんだと聞いて来る。そしたらよくその人の身なりなどを見て金の額を決めるのよ」
与太郎さん 「面白そうだな。でもそうならなかったらどうする?」
勝さん 「ならなくたって、元っこじゃねいか。
次の獲物を待ってりゃいいんだ。上手く行ったら泣きまねして礼を言いやいいんだ」、よし、やって見ようと与太郎さん、夜中に両国橋までやって来た。
こんな時間に橋を渡って行く身なりのいい人などおらず寒くてしょうがない。
それでも立派な身なりの人が来たと思ったらお巡りさん。
やっと待つ甲斐あって、帽子を被った身なりのいい紳士がやって来た。
与太郎 「・・・南無阿弥陀仏」と、欄干を乗り越える振りをする。
紳士 「これ、これ、君、君、待ちたまえ!」と、引き止める。「死なせてください」
紳士「君はなぜ、死にたがるんだ?」
与太郎 「借金で首が回らなくなって・・・」
紳士 「何だ金か、金で人の命が救えるなら・・・借金はいくらだ?」、ここが肝心と与太郎さん、紳士の頭の先から足の先までをよーく見て値踏みする。
与太郎さん 「時計はありますか?」
紳士 「ほれ、この通り舶来の金側だ」で、着物と羽織で五十円、時計が五十円と踏んで、
与太郎 「ええ、借金は百円で」
紳士 「君は百円あれば死なずに済むんだね。・・・今は五十円しか持っていない。これで片はつかないかね?」
与太郎 「それは駄目です。一銭たりともまかりません」
紳士 「道具屋かなんかで値引きの交渉しているみたいだな。
それじゃ明日、家(うち)に来なさい。その時に残りの五十円をやろう」、親切と言うか、人が好過ぎると言うのか。
きっと、こういう人が何度も振り込め詐欺に遇うのだろう。
与太郎 「証拠に名刺かなんかください」で、見事、現金五十円と五十円の証文代わりの名刺をゲット。
いつもの与太郎さんとは違う働きぶりだ。
与太郎 「命を助けて頂き、お金までもらって有難うございます。この御恩は・・・」と、涙声を出すのも忘れない。
これで帰ればいいものを身投げ屋の味をしめたか与太郎さん、次にやって来た男に狙いをつけて飛び込もうとすると、
男 「待て、待ちやがれ!」と、いきなり頭にポカリときた。
見ると気の荒そうな酔っぱらったおっさん。
男 「・・・借金ぐれえのことで。・・・いくらだその借金は?」、こいつからはたいしてふんだくれないと、
与太郎 「へえ、二円もあれば・・・」、「なに!たったの二円!」、「いえ、四円で」、「四円ばかりで何だ」と、だんだん吊り上がって行って、
与太郎 「十円あれば・・・」、男は懐に手をつっこみ、「無い、無(ね)えよ。仕方ねえから死んじまえ」とは恐れ入った。
それでも三銭出して男は行ってしまった。
与太郎さん、今日はこの辺で店仕舞いと帰ろうとすると、親子連れがやって来た。
男の子が目の見えない父親の手を引いているようだ。
橋の真ん中あたりまで行くと、
父親 「・・・お父(とう)さんはここから飛び込んで死んじまうから、お前は立派な人間になって・・・」
子ども 「嫌だよ・・・お父(とう)さんが死ぬなら僕も一緒に死ぬ・・・」
与太郎 「おや、ありゃあ本物だよ。ほんとの身投げ親子だよ。・・・困ったね、変なもんに会っちゃたよ」、親子が飛び込みかけるを、
与太郎 「ちょっと待って」と引き止め、「金だろ、金が無くって死ぬんだろ・・・よーし、ここに金がある。これをくれてやるから死ぬのは止めな」と、今日の稼ぎを差し出す。
父親 「いいえとんでもない。見ず知らずのお方に・・・」だが、子どもは「おじさん有難う」と金を受け取る。
父親はなおも子供に返すように言うと、子どもも仕方なく返そうとする。
与太郎 「おれだって江戸っ子だ。一度出したもんをおめおめと引っ込められるか」と、カッコ良すぎる啖呵を切って、その場を去った。
子ども 「あっ、おじさんお金を置いて行っちゃだめだよ・・・お父(とっつ)あん、もうおじさん行っちまったよ」
父親 「ほんとに行ってしまったか?」
子ども 「ほんとに行っちまったよ」、父親は目をぱっちりと開けて、
父親 「よーし、その金持って行け。次は吾妻橋だ」
落語用語解説
この演目に登場する落語ならではの言葉や、江戸時代の文化について解説します。
- 身投げ屋(みなげや):身投げ自殺を装って通行人から金を巻き上げる詐欺の手口。江戸時代に実際に存在したとされる犯罪行為。
- 両国橋(りょうごくばし):隅田川に架かる江戸の名橋。花火大会や見世物小屋で賑わう一方、身投げの名所としても知られた。
- ドカンボコン:橋から飛び込む擬音語。勝さんが与太郎に身投げ屋の手口を教える際に使った軽妙な表現。
- 与太郎(よたろう):落語に登場する間抜けで純朴な若者のキャラクター。しかし本作では詐欺を成功させる意外な一面も見せる。
- 稼ぎに追いつく貧乏無し:真面目に働けば貧乏にはならないという江戸時代の諺。与太郎はこれを逆手に取った屁理屈を言う。
- 金側(きんがわ):金製のケースを持つ高級懐中時計。紳士が身につけていた舶来品で、与太郎が値踏みの材料にした。
- にっちもさっちも行かない:身動きが取れなくなること。元は算盤の用語で、二進(にっち)も三進(さっち)も動かないという意味。
- 値踏み(ねぶみ):相手の服装や持ち物から財産を推測すること。与太郎は紳士を「頭の先から足の先まで」観察して100円と判断した。
- 吾妻橋(あづまばし):隅田川に架かるもう一つの橋。父親が「次は吾妻橋だ」と言うことで、彼らが詐欺を組織的に繰り返していることが判明する。
- 江戸っ子の啖呵(たんか):「一度出したもんをおめおめと引っ込められるか」という台詞は、江戸っ子の意地と人情を象徴する名台詞。
よくある質問 FAQ
Q1: 与太郎はなぜ最初の紳士から100円を要求したのですか?
A: 勝さんから「相手の身なりを見て金額を決めろ」と教わった与太郎は、紳士の着物と羽織で50円、舶来の金側時計で50円と値踏みして100円と決めました。普段は間抜けな与太郎ですが、ここでは意外なほど冷静に相手を観察し、詐欺師として的確な判断を下しています。
Q2: なぜ紳士は50円も渡してしまったのですか?
A: 人命を金で救えるならという善意と、人の良さからです。「きっとこういう人が何度も振り込め詐欺に遇うのだろう」という地の文は、現代の詐欺被害にも通じる人間心理を鋭く指摘しています。江戸時代も現代も、善意につけ込む詐欺の構造は変わらないのです。
Q3: 酔っぱらいはなぜ3銭しか出さなかったのですか?
A: 酔っぱらいは金額が上がるたびに「たったの二円」「四円ばかりで」と軽視し、最後は「仕方ねえから死んじまえ」とまで言います。この人物は善意ではなく酔った勢いで絡んできただけで、本気で助ける気がなかったことが分かります。相手によって詐欺の成否が変わるという現実を示しています。
Q4: なぜ与太郎は親子に金を渡してしまったのですか?
A: 間抜けで純粋な与太郎の本質が現れたシーンです。自分は詐欺をしていながら、本物の(と思われる)困窮者を見ると放っておけない人情の厚さを持っています。「おれだって江戸っ子だ」という啖呵は、詐欺で得た金であっても、一度出したものは引っ込めないという意地を示しています。
Q5: 父親が目を開けたシーンの意味は何ですか?
A: 最大のどんでん返しです。盲目だと思われていた父親が実は目が見えており、「次は吾妻橋だ」と言うことで、彼らもまた身投げ屋の詐欺師であることが判明します。与太郎の善意は裏切られ、詐欺師が詐欺師に騙されたという皮肉な結末となります。
Q6: このオチは何を意味していますか?
A: 人を見る目の難しさと、世の中の複雑さを表現しています。与太郎は詐欺をしながらも人情に厚く、本物だと信じて金を渡しましたが、相手もまた詐欺師でした。善意と悪意、本物と偽物の見分けがつかない人間社会の皮肉を、見事などんでん返しで描いた古典落語屈指の名作です。
名演者による口演
この演目は多くの名人によって演じられてきました。
- 三遊亭圓生(六代目):与太郎の純朴さと詐欺師としての変貌、最後のどんでん返しまでを緻密に演じ分けた名演。
- 古今亭志ん生(五代目):与太郎の間抜けさと人情の厚さを愛おしく描き、最後の皮肉な結末を効果的に表現。
- 柳家小三治:親子の演技と与太郎の反応を丁寧に描き、「次は吾妻橋だ」のタイミングが絶妙。
- 立川談志:詐欺という犯罪行為を通して人間の善悪を問う、現代的な解釈を加えた演出。
- 柳家喬太郎:与太郎のキャラクターに独自の解釈を加え、コミカルさと人情のバランスが秀逸。
関連する落語演目
詐欺や騙し合い、人情を描いた演目をご紹介します。
https://wagei.deci.jp/wordpress/sagitori/
詐欺をテーマにした噺。騙す者と騙される者の関係が共通しています。
https://wagei.deci.jp/wordpress/ryougokuhakkei/
両国を舞台にした噺。同じ場所設定で江戸の風情を描いています。
https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/
夫婦の情愛を描いた人情噺。人情の深さという点で関連します。
https://wagei.deci.jp/wordpress/tenshiki/
親子の絆を描いた噺。家族の情という共通テーマがあります。
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/
思い込みと勘違いを描いた噺。見た目と実態のギャップという点で類似しています。
この噺の魅力と現代への示唆
「身投げ屋」の最大の魅力は、三重の騙し合いを通して人間の善意と悪意、そして社会の複雑さを描いた構成の巧みさにあります。第一層では与太郎が紳士を騙し、第二層では与太郎が親子に善意を示し、第三層では実は親子が与太郎を騙していたという多層構造です。
特に注目すべきは、与太郎のキャラクターの多面性です。普段は間抜けで純朴な与太郎が、詐欺師としては意外なほど冷静に相手を値踏みし、紳士から50円と名刺を巻き上げることに成功します。しかし本物の(と思われる)親子心中に出会うと、詐欺で得た金を全て差し出してしまいます。「おれだって江戸っ子だ。一度出したもんをおめおめと引っ込められるか」という啖呵は、江戸っ子の意地と人情の深さを象徴する名台詞です。
そして最後の衝撃のオチ。盲目だった父親が目を開けて「次は吾妻橋だ」と言うことで、すべてが覆ります。与太郎の善意は裏切られ、詐欺師が詐欺師に騙されたという皮肉な結末です。しかしこの結末は、単なる笑い話ではなく、人を見る目の難しさと世の中の複雑さを深く考えさせます。
現代社会でも、振り込め詐欺や募金詐欺など、人の善意につけ込む犯罪は後を絶ちません。一方で、本当に困っている人を疑うことの難しさもあります。この噺は、善意と悪意の区別がつきにくい人間社会の現実を、江戸時代の両国橋を舞台に普遍的に描いた傑作と言えるでしょう。
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