眉間尺
3行でわかるあらすじ
七兵衛が家紋が分からず町内のやかん先生に相談し、かたばみ(片喰)や巛紋の説明を求める。
先生が巛紋の由来を説明するため、中国の干将・莫邪夫婦とその子・赤(眉間一尺)の伝説、三つ巛の由来を長々しく語る。
最後に七兵衛が「かたばみもよしましょう」「三人の尻だから」と下ネタ言葉遊びでオチをつける。
10行でわかるあらすじとオチ
七兵衛が提灯屋で家紋付き提灯を注文するも、自分の家紋が分からない。
町内のやかん先生に相談すると、先生が「家々には必ず家紋がある」と説明する。
七兵衛が両親の着物に「うわばみ」模様と言うと、先生が「かたばみ(片喰)だろう」と修正する。
七兵衛が縁起のいい太鼓の紋にしたいと言うと、先生が「巛紋だが、あまり縁起がいいとは言えぬ」と答える。
先生が巛紋の由来を説明するため、中国の楚王の姃が鉄の丸魂を産んだ話から始まる長大な物語を語り始める。
干将・莫邪夫婦が剣を作り楚王に殺され、子の赤(眉間一尺)が仲間とともに復讐する話を詳細に説明。
三人の首が釜の中で戦い、それが三つ巛の由来だという壮大な結末まで語る。
先生が「巛は三人の首の形じゃ、あまり目出度い物ではないな」と結んだ後、七兵衛がオチをつける。
「かたばみもよしましょう」「なぜだ」「三人の尻だから」と言葉遊びでオチとなる。
解説
「眉間尺」は古典落語の中でも特に「謟釈落語」と呼ばれるジャンルの代表作で、学者の長々しい講釈と市井の人の単純な反応のギャップを笑いの種にした作品です。
タイトルの「眉間尺」は中国の古典『搜神記』に登場する人物で、眉間(眉と眉の間)が一尺(約30センチ)あるという異形の人物として描かれています。
この落語の最大の特徴は、やかん先生の博学ぶりと七兵衛の素朴さの対比であり、長大な中国古典の話が最後に下ネタの一言で落とされる構成にあります。
オチの「三人の尻」は、「かたばみ(片喰)」の「かた」を肩や尻の意味に取り、「み」を身体や尻の意味に解釈した精巧な言葉遊びです。
この作品は江戸時代の庄民の知的好奇心と、同時に権威や知識を笑い飛ばす床民文化の精神をよく表した作品として評価されています。
あらすじ
七兵衛が提灯屋へ町名と名前をつけた提灯をあつらえに行くと、裏には家紋を入れた方がいいと言われたが、どんな家紋か分からない。
町内のやかん先生に聞きに行くと、
先生 「・・・家々には必ず家紋がある。紋はその人の氏より出たものだ」
七兵衛 「へえ、あっしは家は宇治より安い静岡で・・・」
先生 「お茶ではない。両親が紋の付いた着物を着ていたのを見たことがあるだろう」
七兵衛 「ああ、それならうわばみです」
先生 「大蛇(うわばみ)なんて紋はない。かたばみ(片喰)だろう」
七兵衛 「そうだそうだ、かたばみかたばみ。気のきかねえ紋で、今度は威勢のある縁起のいい太鼓の紋にしようと思いまさあ」
先生 「それは巴紋だが、あまり縁起がいいとは言えんな」、「へえ、そりゃあなぜです?」
先生 「唐土(もろこし)の楚王の妃は太っていて夏の暑さに耐えられずに、毎夜黒鉄(くろがね)を抱いて寝ていた」
七兵衛 「助兵衛な女ですね。真っ黒な棒を抱いて寝るなんて」
先生 「そうではない。
体を冷やすためだ。だが、不思議なことに妃は孕(はら)んで鉄の丸魂を産んだな」
七兵衛 「そうでしょ、やっぱり助兵衛だ」
先生 「黙って聞きなさい。
楚王は珍しがって唐土一番の干将という刀鍛冶に刀剣を二ふり作らせた。
干将は古今無双の鉄味(かねあじ)の剣を打ち上げたが、あまりの上作ゆえ、一ふりを隠してしまった。
それを楚王の知るところとなって、干将と莫耶夫婦は首を刎ねられた。
子の赤は刀一ふりを持って山中に逃れ隠れた。赤は眉間の広さが一尺あったというな」
七兵衛 「おっそろしいでこすけですねえ、大文字屋か福助さんの祖先ですかい?」
先生 「楚王の捕り手は迫って来て、赤は親の仇を報じ難きを嘆き悲しんでいた」
七兵衛 「そんな大でこじゃどこへ隠れたって、頭から知れらあねぇ」
先生 「そこに侠客が来て、"汝、吾にその剣と首を渡さば、吾、汝のために楚王を討って恨みを晴らさん"と、言ったな」
七兵衛 「うまいこと騙(かた)ってその侠客、赤の首と刀を持って楚王に差し出してごっそりと褒美にあずかろうという魂胆が見え透いてまさぁね」
先生 「赤は喜んで自らの首を刎ねた。
だが死骸は刀剣を支えにして倒れず立ったままだ。侠客が死骸に向かって、"吾、汝に背かず"と誓うと、赤の死骸は安心したのかばたりと倒れた」
七兵衛 「なるほど刀剣はもとは鉄の棒だ。これを棒立ちという」
先生 「侠客は赤の首を楚王に差し出して首実検を請うた。その首、今だ生けるがごとしで、楚王は首を三日三晩煮るように命じたな」
七兵衛 「トロトロ軟らかく煮込んで、首煮込みで一杯やろうと・・・」
先生 「煮ても煮ても首は少しも崩れないと聞いた楚王は釜の中をのぞいた。
そこへ後ろから侠客が近づいて干将の剣で楚王の首を釜の中に打ち落とした。
釜の中では赤の首と楚王の首が戦い始めた。
その形勢たるや赤に利あらずと見た侠客は、加勢せんと自らの首を刎ねて釜の中に入った。
三人の首は釜の中をぐるぐると回って戦い続けた。
これを三つ巴の争という。
後の世にあまり罪深きものゆえ、太鼓にその形をつけて打ち叩きて罪の滅せんことを計る。
国乱れたるたるゆえ、家々の軒下に太鼓を吊るしておいて、非常事態の時にはこれを打ち、村中が集まり来りて大勢で防いだ。太平の世になって太鼓の入り用もなくなり、蔦をからんで、これに鳥が来て刻をつくっておる」
七兵衛 「それで軒下の瓦には巴の紋をつけるんで」
先生 「火事を防ぐともいうが、巴は三人の首の形じゃ、あまり目出度い物ではないな」
七兵衛 「へえ、なるほどねえ。それじゃ、かたばみもよしましょう」、「なぜだ」
七兵衛 「三人の尻だから」
落語用語解説
この演目に登場する落語ならではの言葉や、江戸時代の文化について解説します。
- 眉間尺(みけんじゃく):中国の古典『搜神記』に登場する人物。眉間(眉と眉の間)が一尺(約30cm)あるという異形の姿。この落語の題名。
- やかん先生:町内の物知りとして頼りにされる人物。「薬缶」は湯を沸かす道具だが、「半可通」(中途半端な知識人)を揶揄する呼び名でもある。
- かたばみ(片喰):カタバミという植物をモチーフにした家紋。三つ葉のクローバーに似た形で、繁殖力が強いことから子孫繁栄の象徴とされた。
- 巛紋(みつどもえ):三つ巴紋のこと。渦巻き状の紋様が三つ組み合わさった家紋で、火除けの意味があるとされた。
- 干将・莫邪(かんしょう・ばくや):中国の伝説上の名刀鍛冶夫婦。絶世の名剣を作ったとされ、その剣の名前にもなっている。
- 唐土(もろこし):中国のこと。「唐」の国を指す古い呼び方で、落語では中国の故事を語る際によく使われる。
- 講釈落語(こうしゃくらくご):学者や物知りが長々と講釈を垂れ、それを庶民が茶化すという構成の落語。「眉間尺」はその代表作。
- 家紋(かもん):家系や血筋を表す紋章。江戸時代には武士だけでなく町人も家紋を持ち、着物や提灯などに使用した。
- 首実検(くびじっけん):討ち取った敵の首が本物かどうか確認する儀式。戦国時代や江戸時代の武家社会で行われた。
- 下ネタオチ:真面目な話を卑俗な言葉遊びで落とす技法。この噺では壮大な中国伝説が「三人の尻」という下ネタで締めくくられる。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ七兵衛は「うわばみ」と「かたばみ」を間違えたのですか?
A: 江戸時代の庶民は必ずしも高い教育を受けておらず、聞き覚えた言葉を音だけで覚えていることが多かったためです。「かたばみ」という植物の名前を「うわばみ(大蛇)」と勘違いしたのは、七兵衛の素朴な無学ぶりを表現しています。このような言葉の取り違えは落語の定番の笑いの技法です。
Q2: やかん先生の講釈は本当の中国の伝説ですか?
A: はい、『搜神記』という中国の古典に記された伝説を基にしています。ただし落語では演者によって脚色や省略が加えられ、より劇的で分かりやすく語られます。干将・莫邪の剣の伝説、眉間尺(赤)の復讐譚、三つ巴の由来など、実際の古典文献に基づいた内容です。
Q3: 七兵衛の合いの手はどんな役割を果たしていますか?
A: 先生の長い講釈に対して、七兵衛が的外れな解釈や下品な連想を挟むことで、重々しい中国古典の話を笑いに変える役割を果たしています。「助兵衛な女」「首煮込みで一杯」「大文字屋か福助さんの祖先」などの突っ込みは、庶民の素朴な発想を表現しています。
Q4: なぜ巴紋は「縁起がいいとは言えない」のですか?
A: やかん先生の講釈によれば、三つ巴は三人の首が釜の中で戦い続けた形を表しているため、血なまぐさい由来を持つとされます。ただし実際には火除けや水の象徴として縁起の良い紋とされることが多く、先生の説明は学者ぶった解釈とも言えます。
Q5: 「棒立ち」という言葉遊びはどういう意味ですか?
A: 赤の死骸が刀を支えにして倒れずに立っていたという話を聞いて、七兵衛が「鉄の棒で立っているから棒立ち」と言葉遊びをしたものです。真剣な復讐譚の中で、こうした軽妙な掛け言葉を挟むことで笑いを生んでいます。
Q6: オチの「三人の尻」とはどういう意味ですか?
A: やかん先生が「三つ巴は三人の首だから縁起が悪い」と説明したのを受けて、七兵衛が「それならかたばみ(片喰)も三人の尻だからダメだ」と言葉遊びをしました。壮大な中国伝説の講釈が、最後は下品な言葉遊びで落とされるというギャップが笑いを生む秀逸なオチです。
名演者による口演
この演目は多くの名人によって演じられてきました。
- 三遊亭圓生(六代目):長大な眉間尺の物語を淀みなく語り、やかん先生の博学ぶりと七兵衛の素朴さの対比が見事。
- 古今亭志ん生(五代目):七兵衛の的外れな合いの手が絶妙で、特に下ネタの言い回しが志ん生らしい味わい。
- 柳家小三治:講釈部分を丁寧に語りながらも、七兵衛の無邪気な突っ込みで笑いを取る緩急が巧み。
- 桂米朝(三代目):上方版として演じ、やかん先生の講釈に関西弁の味わいを加えた独特の演出。
- 春風亭一朝(八代目):講釈噺の伝統を受け継ぎ、長い物語部分を飽きさせずに聞かせる技術が光る。
関連する落語演目
講釈落語や知ったかぶりを描いた演目をご紹介します。
https://wagei.deci.jp/wordpress/konnyakumondou/
禅問答の知ったかぶりを描いた滑稽噺。講釈と庶民のギャップという共通点があります。
https://wagei.deci.jp/wordpress/hachimondou/
問答形式の噺。知識のすれ違いを笑いに変える構成が類似しています。
https://wagei.deci.jp/wordpress/tenshiki/
父と子の会話を描いた噺。世代間のコミュニケーションギャップという点で関連します。
https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/
夫婦の情愛を描いた人情噺。庶民の日常を描く古典落語の名作です。
この噺の魅力と現代への示唆
「眉間尺」の最大の魅力は、学者の長大な講釈と庶民の素朴な反応のギャップにあります。やかん先生が語る中国古典の物語は、実際には『搜神記』という古典に基づいた由緒ある伝説です。干将・莫邪夫婦の名剣製作、楚王の妃が鉄の丸魂を産む不思議な話、眉間が一尺ある異形の子・赤の復讐譚、そして三つ巴の由来となる釜の中での三人の首の戦いと、壮大かつ荘厳な物語が展開されます。
しかし七兵衛は、この重々しい物語に対して「助兵衛な女」「首煮込みで一杯」「大文字屋か福助さんの祖先」といった的外れで下品な突っ込みを入れ続けます。学問と権威を茶化す江戸の庶民文化の精神が見事に表現されています。
そして最後のオチは秀逸です。先生が「三つ巴は三人の首だから縁起が悪い」と締めくくると、七兵衛は「それならかたばみも三人の尻だからダメだ」と言葉遊びで返します。長大な講釈が最後には下ネタの一言で落とされるという構成は、知識や権威に対する庶民の健全な反骨精神を象徴しています。
現代社会でも、専門家の難解な説明が一般人には理解されず、むしろ素朴な疑問や単純な発想の方が本質を突いていることがあります。この噺は、知識の権威性と庶民の素朴な知恵のバランスの大切さを、笑いと共に教えてくれる作品と言えるでしょう。
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