鍬潟
3行でわかるあらすじ
背丈二尺二寸の小男が隣の甚兵衛さんに身長の悩みを相談し、小さな力士鍬潟が雷電を破った伝説を聞く。
小男は相撲取りになると決意して三保ケ関部屋に入門し、厳しい稽古に励む。
疲れて座布団をかけて寝た翌朝、足が布団からはみ出ているのを見て身長が伸びたと勘違いする。
10行でわかるあらすじとオチ
背丈二尺二寸という極端に小さな男が、隣に住む甚兵衛さんに身長の悩みを相談する。
甚兵衛さんは昔、三尺三寸の小さな力士鍬潟が六尺五寸の雷電を負かした話をする。
鍬潟は身体に油を塗り、九十六回も待ったを続けて雷電を油断させる作戦を使った。
九十七回目に素早く立ち上がって土俵を回り、油でツルツル滑る身体で雷電を翻弄した。
最後は雷電の後ろから尻を突いて土俵に手をつかせ、見事に勝利を収めた。
この話に感動した小男は自分も相撲取りになりたいと決意し、甚兵衛さんの紹介で三保ケ関部屋に入門する。
親方は最初は子供の冗談かと思ったが、小男の真剣さを見て稽古をつけることにした。
小男は転がされても摘まみ出されても諦めず、根性だけは親方も感心するほど稽古に励んだ。
疲れ果てて家に帰った小男は、そのまま座布団をかけて寝てしまった。
夜中に目覚めて足を伸ばすと布団からはみ出ており、身長が伸びたと勘違いして喜ぶが実は座布団をかけて寝ていただけだった。
解説
「鍬潟」は上方落語の演目で東京にも移植された古典落語です。身体的なコンプレックスを抱く小男が努力によって成長しようとする姿を描きながら、最後は典型的な仕組みオチで落とす構成になっています。
この噺の見どころは、まず鍬潟と雷電の相撲の場面です。史実の雷電為右衛門は信濃出身で生涯成績254勝10敗という驚異的な強さを誇った力士でした。その雷電を小さな鍬潟が知恵と工夫で破ったという痛快な逸話が、小男に夢と希望を与える重要な役割を果たしています。
オチは「小粒」などと同様の仕組みオチで、実際には身長は変わっていないのに座布団をかけて寝たために足がはみ出し、身長が伸びたと勘違いするというものです。努力の成果を実感したいという小男の純粋な気持ちと現実のギャップが、微笑ましい笑いを生んでいます。演者には技術的に難しく、現在では研究会などで時折演じられる程度の演目となっています。
あらすじ
「山椒は小粒でひりりと辛い」とはいうものの、背丈が二尺二寸ではいくらなんでも小さ過ぎる男。
甚兵衛さんにもう少し大きくなれないかと相談に行く。
甚兵衛 「困ったな。引っ張り伸ばすわけにも行かず・・・どうだい、相撲取りにでもなって見たら」
小男 「甚兵衛さんまで、俺を馬鹿にするんですかい」
甚兵衛 「そんなことはないよ。昔、身の丈が三尺三寸しかない鍬潟が六尺五寸もある雷電を負かしたことがある」
小男 「雷電に金を払って八百長相撲で負けてもらったとか・・・」
甚兵衛 「いいや、金や力で勝ったのではない。
知恵で勝ったんだよ。
なにせあの頃は、雷電が強過ぎて客の入りが悪くなった。勧進元は何とか客足が増えるようにと、千秋楽に面白い珍しい取り組みを考えて、大男と小男の一番となったんだ」
小男 「客と勧進元はそれでいいでしょうが、負けると分かっている鍬潟は可哀想で・・・」
甚兵衛 「鍬潟は負けるにしてもただで負けるのは癪に障る。何かいい手立てはないかと考えた末、身体中に油を塗って土俵へ上がった」
小男 「油なんか塗ったって雷電は屁とも思わないでしょ」
甚兵衛 「鍬潟にはまだ作戦がある。
行司の軍配が返っても立ち上がらずに待ったの連続だ。
九十六回も待ったを続けた。雷電はこいつは百回まで待ったするつもりだなと少し油断したな」
小男 「雷電もよく数えてましたね」
甚兵衛 「雷電の油断を見て取った鍬潟は九十七回目にサーッと素早く立ち上がって、土俵の中をクルクルと回り始めた。
雷電は一掴みで土俵から摘まみ出そうとするが、体に触るとツルリツルリ。
鍬潟にあちこちと動かれていい加減目が回って来た雷電の後ろに回った鍬潟が、尻を思い切り突くと雷電は前につんのめってバッタリと土俵に手をついた。観客はやんややんやの大喝采・・・」
小男 「あっしも一生懸命稽古したら二代目の鍬潟になれませんかねえ?」
甚兵衛 「二尺二寸ではなあ・・・お前が本気なら成れるか、成れないか、わしの知り合いの三保ケ関親方へ世話してやろうか。その代わり稽古は辛いぞ、辛抱できるか?」
小男 「どんな辛抱でもします」、ということで甚兵衛の手紙を持って三保ケ関部屋へ。
親方は子どもが甚兵衛さんの手紙を持ってきたと思ったら、これが弟子入り志願の当の本人。
追い返すわけにも行かず、弟子に稽古の真似事をさせればすぐに怖くなって諦めて帰るだろうと、稽古土俵へ入れた。
弟子もこんなに小さくては稽古にもならないが、当人はすっかりその気で、転がされようが、摘まみだされようが、潰されようがこりずに向かって行く。
さすがくたくたに疲れて今日はこれまで。
見ていた親方も根性だけには感心して冗談半分に、「甚兵衛さんにいい弟子を世話してくれたと言ってくれ。
未来の横綱が出来ますって。
お前も毎日稽古に励めば身体もずーっと大きくなる。明日も早く来いよ」
すっかり気を良くした小男、意気揚々と家に帰ると疲れがどっと出て、そのままバタンキュウで寝てしまった。
夜中に目を覚ましてぐっと伸びをすると布団から足がはみ出している。「やっぱり稽古はするもんだ。親方の言うとおりこんなに身体が大きくなった」、よく見ると座布団掛けて寝ていた。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 二尺二寸(にしゃくにすん) – 約67センチメートル。大人の男性としては異常に小さく、現実には考えられない身長です。落語らしい誇張表現です。
- 三尺三寸(さんじゃくさんすん) – 約100センチメートル。鍬潟の身長として設定されており、これも極端に小さい設定です。
- 六尺五寸(ろくしゃくごすん) – 約197センチメートル。雷電為右衛門の身長として伝えられています。実際の雷電は身長197cm、体重169kgという巨体でした。
- 雷電為右衛門(らいでんためえもん) – 江戸時代中期から後期にかけて活躍した実在の大相撲力士。生涯成績254勝10敗2分14預という驚異的な記録を持ち、歴代最強の力士の一人とされています。
- 三保ケ関(みほがせき) – 江戸時代に実在した相撲部屋。落語ではよく登場する部屋の一つで、親方が人情味あふれる人物として描かれることが多いです。
- 待った – 立合いの仕切りで、力士が準備ができていない時に行う中断の動作。現在は制限がありますが、江戸時代は回数制限がありませんでした。
- 勧進元(かんじんもと) – 興行の主催者。相撲興行を企画・運営する人で、現在の日本相撲協会のような役割を果たしていました。
- 仕組みオチ – 落語のオチの種類の一つ。物理的な仕掛けや状況によって生まれる勘違いで落とすオチ。「鍬潟」では座布団をかけて寝たことで身長が伸びたと勘違いします。
- 千秋楽(せんしゅうらく) – 相撲興行の最終日。一番の盛り上がりを見せる日で、特別な取組が組まれることもありました。
- 土俵(どひょう) – 相撲を取る円形の競技場。直径4.55メートルの円内で勝負が行われます。
よくある質問(FAQ)
Q: 鍬潟という力士は実在したのですか?
A: いいえ、鍬潟は架空の力士です。ただし、小さな力士が大きな力士を知恵で破るという話は、江戸時代の相撲界でいくつか伝説として語られていました。この噺はそうした民間伝承を元にした創作です。
Q: 雷電為右衛門は本当にそんなに強かったのですか?
A: はい、実在の雷電為右衛門は歴代最強と言われる力士です。生涯成績254勝10敗2分14預という驚異的な記録を持ち、勝率.962は江戸時代の力士の中でも群を抜いています。あまりに強すぎて横綱になれなかったという説もあります。
Q: なぜ雷電は横綱になれなかったのですか?
A: 諸説ありますが、当時の横綱は単なる番付ではなく、免許制の名誉称号でした。雷電はあまりに強すぎて他の力士が相手をしたがらず、興行的に問題があったため横綱免許が与えられなかったという説があります。
Q: 座布団をかけて寝たら本当に身長が伸びたように見えますか?
A: はい、座布団を頭の上にかけて寝ると、布団の端から足がはみ出して見えます。これは「小粒」という別の噺でも使われる仕組みオチの典型的なパターンです。
Q: 二尺二寸という身長は現実的ですか?
A: いいえ、約67センチメートルという身長は幼児程度で、大人としては不可能です。これは落語の誇張表現で、極端に小さい男性というキャラクターを強調するための設定です。
Q: この噺は現代でも演じられていますか?
A: あまり頻繁には演じられません。演者にとって技術的に難しく、相撲の場面を表現する演技力が求められるため、研究会などで時折演じられる程度になっています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。相撲の場面を臨場感たっぷりに表現し、小男の純粋な気持ちと努力を温かく描きました。鍬潟と雷電の取組の描写が特に見事でした。
- 古今亭志ん生(五代目) – 破天荒な語り口で知られる名人。小男のキャラクターを愛嬌たっぷりに演じ、最後の座布団オチを絶妙なタイミングで決めました。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。この噺の上方版を演じ、関西弁での軽妙な語り口で小男の奮闘を描きました。
- 柳家小三治(十代目) – 現代の名人。独特の間とテンポで、小男の純粋さと滑稽さを同時に表現します。相撲の場面の描写も丁寧で分かりやすいです。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 美声と流麗な語り口で人気を博した名人。小男の真剣さと、最後のオチの微笑ましさを見事に演じ分けました。
関連する落語演目
同じ仕組みオチの古典落語



相撲を題材にした古典落語

コンプレックスを抱える主人公の落語


努力と工夫を描いた古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「鍬潟」の最大の魅力は、身体的なコンプレックスを抱える小男が、努力と希望を持って立ち向かう姿を温かく描いている点にあります。二尺二寸という極端に小さな身長設定は落語らしい誇張ですが、現代でも身長や体格にコンプレックスを持つ人は少なくありません。
特に印象的なのは、鍬潟と雷電の取組の場面です。圧倒的な体格差を知恵と工夫で克服するという痛快な逆転劇は、「弱者が強者を倒す」という普遍的なカタルシスを提供します。九十六回も待ったを続けて相手を油断させ、身体に油を塗って捕まえにくくするという戦術は、知恵の重要性を教えてくれます。
実在の雷電為右衛門は、生涯成績254勝10敗2分14預、勝率.962という驚異的な記録を持つ歴代最強の力士です。あまりに強すぎて横綱になれなかったという説もあるほどで、その雷電を小さな鍬潟が破ったという設定は、聞き手に大きな夢と希望を与えます。
最後の座布団オチは、「小粒」などと同様の仕組みオチです。一晩の稽古で身長が伸びるはずがないのに、疲れて座布団をかけて寝たために足がはみ出し、本当に身長が伸びたと勘違いする。努力の成果をすぐに実感したいという小男の純粋な気持ちと、現実のギャップが微笑ましい笑いを生んでいます。
この噺は、努力することの大切さと同時に、即効性を求める人間の性(さが)も描いています。現代社会でも「すぐに結果が出ないと諦める」という傾向がありますが、小男のように純粋に努力を続ける姿勢は、私たちに大切なことを教えてくれます。
また、三保ケ関親方の対応も印象的です。最初は冗談かと思った親方が、小男の真剣さを見て稽古をつけ、励ましの言葉をかける。「根性だけには感心した」という親方の言葉は、努力する者を決して見捨てないという江戸っ子の人情を表しています。
実際の高座では、小男の小ささを表現する仕草、鍬潟と雷電の取組の場面の描写、そして最後の座布団オチの演じ方など、演者の技量が問われる場面が多くあります。特に相撲の場面は、演者の身振り手振りで臨場感を出す必要があり、高度な技術が求められます。
機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。努力と希望、そして微笑ましい勘違いが織りなす、心温まる名作です。


