蔵前駕篭
蔵前駕篭(くらまえかご) は、追い剥ぎが出没する蔵前で褌一丁の男が吉原へ向かい、追い剥ぎに先手を打つ痛快な江戸落語です。裸の男を見た追い剥ぎが「もう済んだか」と勘違いする、江戸っ子の度胸と知恵が光る一席。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 蔵前駕篭(くらまえかご) |
| ジャンル | 古典落語・滑稽噺 |
| 主人公 | 威勢のいい江戸っ子の男 |
| 舞台 | 幕末の蔵前・吉原への道中 |
| オチ | 「もう済んだか」 |
| 見どころ | 褌一丁で追い剥ぎを出し抜く逆転の発想と度胸 |
3行でわかるあらすじ
幕末の蔵前で追い剥ぎが出没し駕篭屋も怖がる中、吉原行きを諦めない男が褌一丁で駕篭に乗り込む。
天王橋を過ぎた辺りで追い剥ぎが現れ駕篭屋は逃走、黒覆面の浪士が駕篭を取り囲んで身ぐるみ剥がそうとする。
駕篭を開けると既に褌一丁の男がいて、追い剥ぎが「もう済んだか」と別の追い剥ぎにやられたと勘違いする。
10行でわかるあらすじとオチ
幕末の世情不安な頃、徳川方に味方する浪士が軍用金調達のため吉原行きの客を狙った追い剥ぎを行っていた。
暮れ六つを過ぎると駕篭屋は蔵前を通りたがらないが、威勢のいい男が芽町の駕篭屋江戸勘に吉原行きを依頼する。
男は追い剥ぎが出たら駕篭を捨てて逃げてもよいから行ってくれと頼み、駕篭屋も面目を立てて引き受ける。
男は支度と言って奥へ入り、着物を脱いで褌一丁になって着物を駕篭の座布団の下に隠して乗り込む。
駕篭屋は女郎買いの決死隊だと驚くが、酒手がはずんであるので威勢よく「ホイ駕篭」と出発する。
蔵前通りを進み天王橋を過ぎて榧寺あたりまで来ると、ついに黒覆面の追い剥ぎ一団が現れる。
駕篭屋は約束通り駕篭を放り出して一目散に逃げ、抜き身をぶら下げた浪士たちが駕篭を取り囲む。
追い剥ぎは軍用金のため身ぐるみ脱げと脅すが返事がないので駕篭を開けてみる。
すると褌一丁で腕組みしてあぐらをかいた男が堂々と座っている光景が現れる。
追い剥ぎは既に別の追い剥ぎに襲われて身ぐるみ剥がされた後だと勘違いし「もう済んだか」と言って立ち去る。
解説
「蔵前駕篭」は江戸落語の傑作で、原話は安永4年(1775年)の『浮世はなし鳥』の一遍「追剥」です。幕末の世情不安を背景に、機知に富んだ男の度胸を描いた痛快な作品として親しまれています。
この噺の最大の見どころは、追い剥ぎを逆手に取った男の逆転の発想です。追い剥ぎは「身ぐるみ剥ぐ」ことが目的ですから、最初から裸同然で乗り込めば剥ぐものがない。しかも着物は駕篭の座布団の下に隠しているので、追い剥ぎが去った後に着直せるという周到さです。この「先手を打つ」戦略が痛快な笑いを生みます。
駕篭屋との交渉場面も聴きどころの一つです。「追い剥ぎが出たら駕篭を捨てて逃げていい」という条件は、駕篭屋の安全を保証しつつ自分の覚悟を示す巧みな交渉術です。「女郎買いの決死隊」という駕篭屋の表現は、男の並々ならぬ決意をユーモラスに言い表しています。また、「向うへ行きゃあ女の子が親子共々暖めてくれる」という脳天気なセリフは、命がけの状況でも色気を忘れない江戸っ子の粋を象徴しています。
オチの「もう済んだか」は典型的な勘違いオチで、追い剥ぎが褌一丁の男を見て「既に別の追い剥ぎに襲われて身ぐるみ剥がされた後だ」と思い込んで立ち去るという笑いです。追い剥ぎ自身が「自分たちより先に仕事を済ませた奴がいる」と悔しがるというのも、犯罪者同士の縄張り意識を皮肉った秀逸な設定です。
成り立ちと歴史
「蔵前駕篭」の原話は安永4年(1775年)に刊行された笑話本『浮世はなし鳥』に収録された「追剥」という一遍です。この原話をもとに、幕末の世情不安を背景として落語に仕立て直されました。徳川方の浪士が軍用金調達のために追い剥ぎを行うという設定は、幕末の動乱期の実情を反映しており、当時の江戸の庶民にとってはリアリティのある物語でした。
舞台となる蔵前は現在の東京都台東区にあたり、幕府の米蔵が並んでいたことからその名がつきました。神田・日本橋方面から吉原へ向かう際の重要な通り道で、現在の国道6号線(江戸通り)に沿った場所です。天王橋や榧寺といった実在の地名が登場することで、聴き手に臨場感を持たせる構成になっています。幕末には治安が悪化し、実際に追い剥ぎ事件が多発していたため、この噺は庶民の不安と、それを笑い飛ばす度胸の両面を描いた作品として受け入れられました。
演者の系譜としては、八代目林家正蔵(林家彦六)がこの噺の名演者として知られ、男の度胸と駕篭屋の恐怖を対比的に演じ分ける芸で定評がありました。四代目橘家円蔵も江戸落語の正統派として品格ある口演を残し、初代三笑亭夢楽は独特の間と語り口で男の機転を際立たせました。現在でも江戸落語の寄席演目として親しまれています。
あらすじ
駕篭屋には店を構えた宿駕篭、今のハイヤーみたいなものと、町を流して歩くタクシーのような辻駕篭があった。
幕末の世の中がぶっそうな頃、徳川方に味方する軍用金にするという浪士の追いはぎが吉原行きの金を持っている客を狙って蔵前あたりに出て、客を身ぐるみ剥(は)いで行った。
暮れ六つを過ぎると駕篭屋は怖がって蔵前を通りたがらない。
神田、日本橋から吉原へ行くには蔵前を通らねばならず、こうなるとどうしても吉原へ行きたくなるのが助平の江戸っ子だ。
芽町の駕篭屋江戸勘に吉原まで行ってくれと威勢のいい男がやってくる。
蔵前あたりで追いはぎが出るので暮れ六つ過ぎは駕篭は出せないという。
男はうまく吉原まで行ったら一晩一緒に遊ばせる、もし追いはぎが出たら駕篭をほっぽり出して逃げ出してもかまわないから行ってくれと引き下がらない。
駕篭屋はなおも渋っていたが、男に情けない江戸勘は腰抜けだ言われて、そこまで言われりゃ面目丸つぶれなので駕篭を出すことになる。
男は支度があるといい奥へ入り着物を脱ぎ、褌(ふんどし)一丁の格好になり着物を駕篭の布団の下に置き駕篭へ乗り込む。
これを見た駕篭屋は女郎買いの決死隊だとびっくり。
風を切って行くから冷えますよというと、男は向うへ行きゃあ女の子が親子共々暖めてくれるなんて相変わらず脳天気で元気一ぱいだ。
いざ駕篭を出すと酒手がはずんであるから威勢がいい。「ホイ駕篭、ホイ駕篭」と蔵前通りを天王橋を過ぎ、榧寺あたりまで来ると追いはぎが現れる。
駕篭屋は駕篭を放り出し一目散に逃げてしまう。
黒覆面をして抜き身をぶら下げた追いはぎの一身が駕篭の回りを取り囲む。
追いはぎ 「我々は故あって徳川家に味方する浪士。
軍用金にこと欠いておる。
身ぐるみ脱いで置いて行け。
武士の情けだ襦袢だけは許してつかわす。中におるのは武家か町人か・・・」、返事がないので駕篭を開けると、褌一丁の男が腕組みしてあぐらをかいて坐っている。
追いはぎ 「うむ~ん もう済んだか」
落語用語解説
駕篭(かご)
江戸時代の交通手段の一つで、竹や木で作った箱に棒を通し、前後二人で担いで人を運ぶ乗り物です。宿駕篭(現在のハイヤーに相当)と辻駕篭(タクシーに相当)があり、この演目では芽町の駕篭屋「江戸勘」が登場します。吉原への移動手段として重要な役割を果たしていました。
蔵前(くらまえ)
現在の東京都台東区蔵前にあたる地域で、江戸時代には幕府の米蔵が並んでいたことから「蔵前」と呼ばれました。神田・日本橋方面から吉原へ向かう際の重要な通り道で、現在の国道6号線(江戸通り)に沿った場所です。幕末には治安が悪化し、追い剥ぎが出没することで知られていました。
追い剥ぎ(おいはぎ)
街道や人通りの少ない場所で、通行人を襲って金品を奪う強盗のことです。この演目では、幕末の世情不安の中で徳川方に味方する浪士が軍用金調達のため吉原通いの客を狙っていたという設定になっています。
暮れ六つ(くれむつ)
江戸時代の時刻の呼び方で、日没の時刻を指します。現在の午後6時頃にあたります。この時刻を過ぎると暗くなるため、追い剥ぎが活動しやすくなり、駕篭屋も蔵前を通りたがらなかったという設定です。
吉原(よしわら)
江戸時代に幕府公認で設けられた遊郭で、現在の東京都台東区千束付近にありました。「廓(くるわ)」とも呼ばれ、江戸の文化の中心地の一つでした。この演目では、男が命がけで通おうとする場所として描かれています。
よくある質問
なぜ男は褌一丁で駕篭に乗ったのですか?
追い剥ぎは身ぐるみ剥ぐため、最初から裸同然で乗り込めば「既に別の追い剥ぎにやられた後」と勘違いさせることができると考えたからです。この機転が追い剥ぎを撃退する鍵となります。男の知恵と度胸を象徴する場面です。
「もう済んだか」とはどういう意味ですか?
追い剥ぎが褌一丁の男を見て、「既に別の追い剥ぎに襲われて身ぐるみ剥がされた後か」と勘違いしたセリフです。自分たちより先に仕事を済ませた別の追い剥ぎがいると思い込んで立ち去るという、勘違いオチの典型的な表現です。
この話は実話ですか?
実話ではなく創作ですが、原話は安永4年(1775年)の笑話本『浮世はなし鳥』の一遍「追剥」とされています。幕末の世情不安と追い剥ぎの横行という歴史的背景を踏まえた物語として、江戸の庶民に親しまれました。
駕篭屋はなぜ逃げることを許されたのですか?
男は最初から「追い剥ぎが出たら駕篭を捨てて逃げてもよい」と約束していました。これは駕篭屋を説得するための条件であり、同時に男自身の覚悟を示すものでもあります。駕篭屋の安全を保証することで、吉原行きを実現させる交渉術でもありました。
なぜそこまでして吉原に行きたかったのですか?
「どうしても吉原へ行きたくなるのが助平の江戸っ子だ」という地の文が示すように、危険を冒してでも遊郭に通う江戸っ子の助平心と意地を誇張して描いた作品です。男の並々ならぬ執念を「女郎買いの決死隊」と表現するなど、滑稽さと度胸を兼ね備えた人物像が魅力です。
名演者による口演
林家彦六(八代目林家正蔵)
昭和の落語界を代表する名人で、「蔵前駕篭」を得意演目としていました。男の度胸と駕篭屋の恐怖を対比的に演じ分け、追い剥ぎの勘違いを見事に表現しました。テンポの良い語り口が特徴です。
橘家円蔵(四代目)
江戸落語の正統派として知られ、この演目でも品格を保ちながら男の破天荒さを表現しました。追い剥ぎの場面での緊迫感と、オチの「もう済んだか」での力の抜け方が絶妙でした。
三笑亭夢楽(初代)
独特の間と語り口で知られ、「蔵前駕篭」でも男の機転と度胸を際立たせる演出が評価されています。褌一丁で堂々と座る男の姿を視覚的に想像させる描写力が秀逸です。
柳家小さん(五代目)
人間国宝。庶民の生活感あふれる語り口で、駕篭屋と男のやり取りを生き生きと演じました。男の度胸と江戸っ子の意地を自然体で表現し、追い剥ぎが呆気にとられる場面の間が絶妙でした。
関連する演目
テーマ別のおすすめ演目
吉原を舞台にした落語
勘違いがテーマの落語
機転と度胸を描いた落語
- やかん – 泥棒が機転で難を逃れる噺
「蔵前駕篭」の魅力を現代に活かす
この演目は、機転と度胸によって困難を乗り越える人間の知恵を描いた作品です。
逆転の発想
追い剥ぎに襲われるという危機に対し、「最初から裸になる」という逆転の発想で難を逃れる主人公の機転は、現代のビジネスや人生における問題解決のヒントにもなります。「先手を打つ」「相手の意表を突く」という戦略の面白さが描かれています。
度胸と覚悟
褌一丁で駕篭に乗り込む男の姿は、目的のためなら恥も外聞も捨てる覚悟を示しています。現代でも、何かを成し遂げるためには時に大胆な行動が必要だという教訓として受け取ることができます。
江戸の治安と文化
幕末の治安悪化、吉原文化、駕篭という交通手段など、江戸時代の社会状況が生き生きと描かれています。歴史や文化を学ぶ上でも貴重な作品であり、当時の庶民の生活感覚を知ることができます。
「蔵前駕篭」は、笑いの中に機転と度胸を描いた痛快な作品です。ぜひ実際の口演で、男の破天荒な行動と追い剥ぎの勘違いの妙をお楽しみください。





