汲みたて
3行でわかるあらすじ
美人の小唄師匠に恋する長屋の男たちが、師匠と建具屋の半公の仲を嫌って大川で邪魔をしに行く。
半公と口喧嘩になり「糞でもくらえ」「糞をくらうから持って来い」のやり取りが続く。
そこへ肥舟(し尿汲み取り舟)が現れて「汲みたていっぺいあがるけえ」と絶妙なタイミングで声をかける。
10行でわかるあらすじとオチ
町内の美人の小唄師匠に恋する長屋の男たちが、みんなで師匠に言い寄っている。
鉄ちゃんが建具屋の半公と師匠がいい仲だと知らせに来て、連中は動揺する。
与太郎に確認すると師匠と半公の仲は本当で、師匠は長屋の連中を馬鹿にしているという。
師匠、半公、与太郎が柳橋から舟で大川に涼みに行くと聞いて、連中も舟を出す。
長屋の連中は笛や太鼓の馬鹿囃子で師匠たちの舟に近づいて邪魔をしようとする。
師匠の三味線で半公が唄おうとするところに大きな音で囃し立てて妨害する。
怒った半公が屋根舟から顔を出し、連中と言い合いになる。
半公が「師匠を煮て食おうと焼いて食おうとこっちの勝手だ、糞でもくらえ」と悪態をつく。
長屋の連中が「糞をくらうから持って来い」と応酬する。
そこへ肥舟が現れて「汲みたていっぺい(一杯)あがるけえ」と声をかけ、絶妙なタイミングでオチとなる。
解説
「汲みたて」は滝亭鯉丈が文政3年(1820年)に出版した『花暦八笑人』を原話とする古典落語で、江戸時代の長屋の暇人たちの恋愛模様をユーモラスに描いた作品です。
この落語の最大の見どころは、物語の終盤で登場する肥舟(し尿汲み取り舟)の絶妙なタイミングにあります。
長屋の連中と建具屋の半公が「糞でもくらえ」「糞をくらうから持って来い」という下品な口喧嘩をしているまさにその瞬間に、肥舟が通りかかって「汲みたていっぺいあがるけえ」と声をかけるという、これ以上ない完璧なタイミングでオチをつけています。
このオチは「地口落ち」の典型例で、言葉の偶然の一致による笑いを生み出しています。
また、この作品は江戸落語では珍しく夕涼みのシーンで「ハメモノ」(BGM)が入ることでも知られており、三味線の音色が物語に華を添えています。
現在では演じる噺家が少なくなった演目ですが、江戸時代の庶民の恋愛感情と、それを取り巻く社会の様子を生き生きと描いた名作として評価されています。
あらすじ
町内の美人の小唄の師匠を張り合っている長屋の連中。
芸の上達は二の次で、皆あわよくば師匠をなんとかしようという下心を持った狼連だ。
今日も集まって稽古の様子や師匠のうわさをしていると、鉄ちゃんが入ってくる。
いい男が出来たからもう師匠のことはあきらめろという。
鉄ちゃんが稽古屋を覗いてみると、建具屋の半公と師匠が火鉢をはさんでよろしくやっていたという。
連中は半信半疑で、師匠の家に手伝いに行っている与太郎に問いただすと、二人は鉄ちゃんの言うとおりの仲らしい。
与太郎は師匠が長屋の連中のことを有象無象なんて馬鹿にしていることまで暴露する。
今日、師匠、半公、与太郎の三人で柳橋から舟を出し大川(隅田川)に涼みに行くという。
おさまらない連中は自分たちも舟を仕立て、師匠たちの舟に近づき笛、太鼓の馬鹿囃子で驚かして邪魔をしてやろうと大川へ繰り出す。
師匠の三味線で半公が唄いだそうとする所へ舟を近づけ、ドンドン、ピイヒャラ、テケテケ、チキチッチと大きな音で囃し立てる。
怒った半公が屋根舟から顔を出し連中と言い合いになる。
半公 「なにをべらぼうめ、師匠を煮て食おうと焼いて食おうとこっちの勝手だ、何言ってやんで糞でもくらえ」
長屋の連中 「なに、糞でもくらえ」
半公 「糞でもくらえ」
長屋の連中 「糞をくらうから持って来い」
そこへ肥舟が一艘、すう-と入ってきて、 「汲みたていっぺい(一杯)あがるけえ」
落語用語解説
小唄(こうた)
江戸時代に流行した短い歌曲の一種で、三味線の伴奏で歌われる芸事です。長唄や端唄とは異なり、粋で洒脱な雰囲気を持つ短い歌で、町人文化の中で親しまれました。小唄の師匠は芸事を教えるだけでなく、美人であれば男性の弟子が多く集まることもあり、この噺のような恋愛模様が展開されることもありました。
建具屋(たてぐや)
障子、襖、戸、窓などの建具を作る職人のことです。江戸時代の職人の中でも技術を要する仕事で、器用な職人として尊重されていました。この噺の半公は建具屋の職人で、小唄師匠と親しい仲になっています。
与太郎(よたろう)
落語に頻繁に登場する愚鈍でのろまな若者のキャラクター名です。「与太郎」という名前は落語の典型的な愚か者の代名詞として使われ、多くの噺に登場します。この噺では師匠の家に手伝いに行っている与太郎が、師匠と半公の関係を暴露する役割を担っています。
大川(おおかわ)
隅田川の江戸時代の呼び名です。江戸の人々にとって大川は夕涼みの名所で、夏になると多くの舟が出て涼を取りました。柳橋から舟を出して大川を遊覧することは、江戸の粋な遊びの一つでした。
柳橋(やなぎばし)
現在の台東区と中央区の境界付近にあった橋で、大川(隅田川)に舟を出す船宿が並ぶ花街でした。江戸時代から明治時代にかけて、芸者遊びや舟遊びの拠点として栄え、粋な遊び場として知られていました。
肥舟(こえぶね)
江戸時代にし尿(汲み取り便所の排泄物)を運搬するために使われた舟のことです。し尿は農家の肥料として価値があり、専門の業者が舟で運搬していました。「汲みたて」とは汲み取ったばかりのし尿のことで、このオチでは「糞をくらうから持って来い」という会話の直後に肥舟が登場する絶妙なタイミングが笑いを生んでいます。
屋根舟(やねぶね)
屋根の付いた遊覧用の舟のことで、夏の暑さや雨を避けるために屋根が設けられていました。裕福な人々や芸者遊びなどで使われ、舟の中で三味線を弾いたり酒を飲んだりして楽しむことができました。半公と師匠が乗っているのはこの屋根舟です。
地口落ち(じぐちおち)
落語のオチの一種で、言葉の偶然の一致や洒落、語呂合わせによって笑いを生み出す手法です。「汲みたて」では「糞をくらうから持って来い」という会話の直後に肥舟が「汲みたていっぺいあがるけえ」と声をかける偶然の一致が地口落ちの典型例となっています。
よくある質問
Q1: なぜ長屋の男たちは小唄の師匠に夢中になったのですか?
A1: 小唄の師匠が美人だったからです。江戸時代の長屋住民は職人や商人が多く、芸事を習うことは文化的な娯楽でした。しかしこの噺の男たちは芸の上達よりも、美人の師匠に言い寄ることが目的だったのです。「あわよくば師匠をなんとかしようという下心を持った狼連(おおかみづれ)」と表現されているように、純粋に芸事を学ぶためではなく、恋愛感情や下心が動機でした。
Q2: 建具屋の半公はなぜ師匠と親しくなれたのですか?
A2: 噺の中では明示されていませんが、建具屋という職業柄、師匠の家の建具の修理などで出入りする機会があり、そこから親しくなったと推測されます。また、半公は長屋の連中とは異なり、下心だけではなく誠実に師匠と向き合っていた可能性があります。師匠が半公を選んだということは、単なる恋愛遊戯ではなく、真剣な関係だったことを示唆しています。
Q3: 肥舟とは何ですか?なぜこのタイミングで登場するのですか?
A3: 肥舟は江戸時代にし尿を運搬する舟で、農家の肥料として使うために隅田川などを行き来していました。このオチの絶妙さは、半公と長屋の連中が「糞でもくらえ」「糞をくらうから持って来い」という下品な口喧嘩をしているまさにその瞬間に、肥舟が通りかかって「汲みたていっぺいあがるけえ」(汲み取ったばかりの便を一杯いかがですか)と声をかけるという、これ以上ないタイミングの偶然にあります。
Q4: 「汲みたていっぺいあがるけえ」の意味は何ですか?
A4: 「汲みたて」は汲み取ったばかりのし尿、「いっぺい」は一杯、「あがるけえ」は「差し上げますよ」という意味の江戸弁です。肥舟の業者が「汲み取ったばかりの新鮮な肥料を一杯いかがですか」と客に声をかけている言葉です。この言葉が「糞をくらうから持って来い」という会話の直後に聞こえることで、まるで「糞を持って来い」という要求に応えるかのような絶妙なタイミングとなり、笑いを生んでいます。
Q5: この噺は江戸落語と上方落語のどちらですか?
A5: 「汲みたて」は江戸落語の演目です。文政3年(1820年)に滝亭鯉丈が出版した『花暦八笑人』を原話とする古典落語で、隅田川(大川)や柳橋といった江戸の地名が登場し、江戸の長屋文化を背景にしています。また、肥舟という江戸特有の風俗を扱っている点も、典型的な江戸落語の特徴です。
名演者による口演
八代目 桂文楽
「黒門町の師匠」として知られる名人で、「汲みたて」でも江戸の情緒を丁寧に描き出しました。長屋の男たちの嫉妬心や、半公との口喧嘩の場面を細やかに演じ、最後の肥舟登場の絶妙なタイミングを見事に表現しました。文楽の演じる「汲みたて」は、江戸の下町の人情と滑稽さが調和した傑作として評価されています。
三代目 三遊亭金馬
軽妙洒脱な語り口で知られる金馬師匠は、「汲みたて」でも長屋の男たちの騒々しさをユーモラスに演じました。特に大川での馬鹿囃子の場面や、半公との口喧嘩での応酬を、テンポ良く聞かせる技術に優れていました。金馬の演じる「汲みたて」は、笑いの中にも江戸の粋を感じさせる高座でした。
五代目 古今亭志ん生
破天荒な芸風で知られる志ん生師匠は、「汲みたて」でも長屋の男たちの滑稽さを大胆に表現しました。特に「糞でもくらえ」「糞をくらうから持って来い」という下品な応酬を、臆することなく演じ、最後の肥舟登場での爆笑を引き出す技術は見事でした。
十代目 柳家小三治
現代の名人として知られる小三治師匠は、「汲みたて」を演じる数少ない現役落語家の一人です。長屋の男たちの嫉妬心を丁寧に描き、単なる滑稽噺ではなく、人間の感情の機微を感じさせる演出が特徴です。小三治の演じる「汲みたて」は、笑いの中にも人間への温かい眼差しが感じられる高座として評価されています。
関連する演目
この噺と同じく、長屋を舞台にした恋愛噺や、絶妙なタイミングのオチを持つ落語をご紹介します。
この噺の魅力と現代への示唆
「汲みたて」は、嫉妬と恋愛感情という普遍的な人間の感情を、江戸の庶民文化を背景に描いた作品です。現代でも、好きな人が他の誰かと親しくしているのを見て嫉妬し、邪魔をしたくなる気持ちは誰にでも理解できるものでしょう。
長屋の男たちの行動は、客観的に見れば子供じみた嫌がらせですが、その気持ちは現代のSNSでの「いいね」やコメントの応酬、恋愛における嫉妬心の表現と本質的には変わりません。相手を振り向かせようとして逆効果になる様子は、現代の恋愛においても共感できる失敗談です。
この噺の最大の魅力は、何と言っても最後の肥舟登場のタイミングです。「糞をくらうから持って来い」という会話の直後に「汲みたていっぺいあがるけえ」と声がかかる偶然の一致は、計算された脚本の妙と言えます。このような「絶妙なタイミング」は、落語だけでなく、現代のコメディやお笑いにも通じる笑いの基本原理です。
また、この噺は江戸の衛生事情を反映した貴重な資料でもあります。し尿が肥料として価値を持ち、専門の業者が舟で運搬していたという事実は、江戸のリサイクル社会を物語っています。現代の環境問題やサステナビリティの観点から見ても、興味深い歴史的背景と言えるでしょう。
「汲みたて」は、人間の感情の普遍性と、江戸特有の文化が融合した、まさに古典落語の名作です。現在では演じる噺家が少なくなっていますが、機会があればぜひ実際の高座でお楽しみください。











