首ったけ
3行でわかるあらすじ
辰さんが吉原の馴染みの花魁紅梅と騒音を巡って喧嘩になり、腹を立てて別の見世の若柳のところに通うようになる。
吉原で火事が起きて辰さんが若柳を助けに駆けつけると、おはぐろどぶで溺れて助けを求める女がいる。
助けようと顔を見ると元の馴染みの紅梅で「今度ばかりは首ったけだよ」と言うダジャレオチで落とす。
10行でわかるあらすじとオチ
辰さんが吉原の馴染みの花魁紅梅のところに行くが、隣の大広間で騒がしく騒いでいて寝られない。
若い衆に静かにさせるよう頼むが理屈っぽく断られ、紅梅に直接苦情を言うことになる。
紅梅は最初は引き止めるが、辰さんが帰ると言い張ると「それじゃお帰んなさい」と開き直る。
さらに「静かなところがよかったらお寺にでも泊まりなよ」と追い打ちをかけられる。
怒った辰さんは二度と来ないと言って見世を出るが、向かいの見世のくぐり戸が開いているのを見つける。
そこで若柳という花魁と知り合い、すっかり気に入られて若柳のところに通うようになる。
ある日吉原の方角で火事の半鐘が鳴り響き、辰さんは若柳を助けに大急ぎで吉原に駆けつける。
吉原の女たちが寝ぼけ眼で着の身着のまま逃げ惑う中、おはぐろどぶで溺れて助けを求める女を発見する。
辰さんが助けようと手を差し出してその顔を見ると、それは喧嘩別れした元の馴染みの紅梅だった。
紅梅が「辰さん、今度ばかりは首ったけだよ」と言って、恋に夢中の意味と首まで泥に浸かった状況を掛けたオチとなる。
解説
「首ったけ」は吉原を舞台にした廓噺の代表作で、「首ったけ」という慣用句を巧みに使った言葉遊びが秀逸な作品です。「首ったけ」とは本来「首の高さまで相手にほれ込んでいる、夢中になっている」という意味ですが、この噺では実際に首まで泥に浸かった状況と重ねて落としています。
この噺の見どころは、辰さんと紅梅の痴話喧嘩から始まって、別の花魁若柳との新しい関係、そして火事という非常事態での運命的な再会という劇的な展開です。特に吉原の火事の描写は臨場感があり、遊女たちが慌てふためく様子が生き生きと描かれています。
おはぐろどぶは吉原を囲む堀で、遊女の逃亡を防ぐ役割も果たしていました。この場所での再会というのも、吉原の地理と歴史を知る者には印象深い設定です。オチは典型的なダジャレオチですが、状況の絶妙さと言葉の二重の意味が相まって、聞き手に強烈な印象を残す名作として評価されています。
あらすじ
吉原のいつもの見世に登楼(あが)った辰さん。
なじみの花魁(おいらん)の紅梅は、他の客たちと大広間へ入った切りで顔を見せない。
大広間ではどんちゃん騒ぎで、かっぽれなんか踊って、飛んだり跳ねたりズシン、ドシン、バタン、その騒々しいこと。
辰さん「こりゃたまらん、とても寝ちゃいられん」、静かにさせようと若い衆(し)を呼ぶ。「へえへえ」と重ね返事でやってきた若い衆は理屈っぽく、「・・・当今はどちらも不景気で、夜中に芸者衆でも上げて騒いでおりますと、近所の同業者に対しても、手前どもの営業隆盛を誇るというというようなことに・・・」と、どんちゃん騒ぎを止めさせようとは全く思っちゃいない生意気な口ぶりだ。
頭に来た辰さんが、「うるさくて寝られないから帰る」と言うと、若い衆「わたしにあなたが帰るというのを止める権利はございませんが、後で紅梅さんになぜ帰したと言われた時、弁解の余地がございません」ときた。
どうしても帰ると言う辰さんに、若い衆は仕方なく紅梅を呼ぶ。
紅梅は初めは「あらいやだよ。何だって今頃帰るの・・・」と引き止めていたが、帰ると言って聞かない辰さんに、「ふーん、それじゃあ仕方がない。
お帰んなさい。お帰りよ」と開き直った。
さらに「そんなに静かなとこがよかったらどっかのお寺にでも泊まりなよ」と追い打ちをかけた。
辰さん「・・・二度とてめえのところへなんぞ来るもんか」、「何だい、一人でいい男がって、こっちにゃ、いい人がついてるんだよ」、「なんだ、この女(あま)!」と手を上げそうになるのをこらえて、階子段(はしご)を下りて見世を出た。
帰ると言ってもこの時間、どうしようと向こうの見世を見るとくぐり戸がすこし開いている。
寝ずの番のおやじに、「寝るだけでいいから、あげてくれ」と頼むと、おやじは辰さんのことを知っている。
さらに若柳というおいらんが辰さんのことを噂していると言う。
捨てる神あれば何とかで辰さんはこの見世にあがる。
若柳は喜んで辰さんは大もて、次の晩も、その次も、すっかり辰さんは若柳のところへ通うことになった。
ある日の昼間、辰さんは家にいると、「ジャンジャンジャン・・・」と半鐘が響いた。
火事は吉原方向だ。
吉原の昼間の火事は大きくなる。
若柳に実を見せなきゃと、大急ぎで吉原に駆けつける。
ちょうど吉原の女たちは眠りについた頃で、寝ぼけ眼(まなこ)、着の身着のまま、異様な格好で逃げ惑っている。
中には火事場の糞力か、尻をはしょって、葛籠(つづら)を背負って駆け出して来るという石川五右衛門みたいな女郎もいる。
辰さんがおはぐろどぶまで来ると、どぶに落ちてもがいて助けを求めている女がいる。
これを見た辰さんが助けてやろうと手を差し出し、ひょいとその顔を見ると、これが紅梅だ。
辰さん 「てめえか、ざまあ見ろ、さんざん俺をこけにしやがって。沈むだけ沈んで泥をうんと食らっちまえ」
紅梅 「辰さん、お願いだから助けておくれよ。今度ばかりは首ったけだよ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 首ったけ(くびったけ) – 恋に夢中になっている、ほれ込んでいるという意味の慣用句。首の高さまで相手にのめり込んでいる状態を表します。この噺では、文字通り「首まで泥に浸かっている」状況と掛け合わせたダジャレオチになっています。
- 吉原(よしわら) – 江戸時代の公認遊郭。現在の東京都台東区千束にあり、江戸文化の中心地の一つでした。多くの落語の舞台となっています。
- 花魁(おいらん) – 吉原などの遊郭で最高位の遊女。教養があり、芸事にも秀でており、客を選ぶ権利も持っていました。紅梅と若柳は花魁という設定です。
- 登楼(あが)る – 遊郭に上がること、遊郭で遊ぶこと。「あがる」は吉原では専門用語として使われました。
- おはぐろどぶ – 吉原を囲む堀のこと。お歯黒のように黒く濁った水だったことからこう呼ばれました。遊女の逃亡を防ぐ役割も果たしており、深さは約2メートルほどありました。
- 見世(みせ) – 遊郭での店のこと。遊女を抱える店を「見世」と呼びました。辰さんは紅梅の見世から若柳の見世に乗り換えています。
- くぐり戸 – 大きな門の横に設けられた小さな出入口。吉原では各見世にくぐり戸があり、閉店時間外の出入りに使われました。
- 若い衆(わかいし) – 遊郭で働く男性従業員。客の案内や雑用を担当しました。この噺では理屈っぽい若い衆が登場します。
- かっぽれ – 江戸時代の民謡で、宴会などで踊られる陽気な踊り。「かっぽれかっぽれ」という囃子言葉で知られます。
- 半鐘(はんしょう) – 火事を知らせるための鐘。江戸では火事が頻繁に起きたため、半鐘の音は緊急事態を示す合図でした。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ辰さんは紅梅と喧嘩したのですか?
A: 隣の大広間で客たちが騒がしく騒いでいて寝られなかったからです。辰さんが若い衆に静かにさせるよう頼みましたが理屈をこねて断られ、紅梅に直接苦情を言ったところ開き直られて怒りが爆発しました。江戸っ子の短気な性格と、花魁のプライドがぶつかった典型的な痴話喧嘩です。
Q: おはぐろどぶとは何ですか?
A: 吉原を囲む堀のことで、お歯黒のように黒く濁った水だったことからこう呼ばれました。深さは約2メートルあり、遊女の逃亡を防ぐ役割も果たしていました。火事の際には、このどぶに落ちて溺れる遊女もいたという悲劇的な歴史があります。
Q: 「首ったけ」というオチの意味は?
A: 紅梅の「今度ばかりは首ったけだよ」という台詞には二つの意味があります。一つは「あなたに首ったけ(夢中)よ」という恋の言葉、もう一つは文字通り「首まで泥に浸かっている」という状況の説明です。この二重の意味を掛け合わせた秀逸なダジャレオチです。
Q: 吉原の火事はよくあったのですか?
A: はい、江戸時代には吉原でも頻繁に火事が起きました。木造建築が密集していたため、一度火事が起きると大火災になることも多く、多くの遊女が犠牲になりました。特に「吉原の昼間の火事は大きくなる」と言われたのは、遊女たちが昼間は寝ていて逃げ遅れることが多かったからです。
Q: なぜ辰さんは紅梅を助けないと言ったのですか?
A: 辰さんは紅梅に「さんざん俺をこけにしやがって」と怒りを表明しています。痴話喧嘩で開き直られた恨みが残っていたからです。ただし、これは口で言っているだけで、実際には助けたと考えられます。江戸っ子の意地っ張りと人情の両面が表れた場面です。
Q: この噺は実話に基づいていますか?
A: 架空の物語ですが、吉原の火事や、おはぐろどぶで溺れる遊女といった要素は実際にあった出来事をベースにしています。痴話喧嘩から別れて別の花魁のところに通うという展開も、当時の吉原ではよくあった話でしょう。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の大名人。廓噺を得意とし、この噺でも辰さんの江戸っ子気質と紅梅の気の強さを対比させながら、火事の場面の臨場感を見事に表現しました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。格調高い芸風で知られますが、この噺では痴話喧嘩のリアリティと吉原の風俗描写の緻密さが光りました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 美声と端正な語り口で知られる名人。辰さんと紅梅の会話の間の取り方が絶妙で、最後のオチへの持って行き方が秀逸でした。
- 柳家小三治 – 現代の名人。吉原の雰囲気と遊女たちの人間性を丁寧に描き、単なるダジャレオチを超えた人間ドラマに仕立てます。
関連する落語演目
同じく「吉原・廓噺」の古典落語




「痴話喧嘩・男女の仲」がテーマの落語


「火事」が登場する落語


「ダジャレオチ」の落語


この噺の魅力と現代への示唆
「首ったけ」の最大の魅力は、「首ったけ」という慣用句を文字通りの状況と掛け合わせた秀逸なダジャレオチにあります。紅梅がおはぐろどぶで首まで泥に浸かりながら「今度ばかりは首ったけだよ」と言う場面は、言葉の二重の意味が視覚的にも理解できる名シーンです。
現代社会でも、元恋人との偶然の再会は誰もが経験しうる出来事です。この噺では、痴話喧嘩で別れた二人が、火事という非常事態で運命的に再会するという劇的な設定が、聞き手の心を掴みます。辰さんの「ざまあ見ろ」という言葉と、それでも結局は助けてしまう(であろう)人情が、江戸っ子の複雑な心理を表しています。
吉原という特殊な世界を舞台にしていますが、テーマは普遍的です。プライドと恋心の葛藤、別れと再会、意地と人情──これらは時代を超えて共感できる人間の感情です。紅梅の「今度ばかりは首ったけだよ」という台詞には、辰さんへの恋心の告白と、命がけの懇願の両方が込められています。
吉原の火事とおはぐろどぶという歴史的事実を背景にしていることも重要です。江戸時代、吉原では頻繁に火事が起き、多くの遊女が逃げ遅れて命を落としました。おはぐろどぶは遊女の逃亡を防ぐために作られた堀で、皮肉にも火事の際には彼女たちの命を奪う罠となったのです。この噺は、そうした悲劇的な歴史を背景に、笑いと人情を織り交ぜた作品です。
辰さんの行動も興味深いです。若柳を助けに駆けつけたはずが、結局は紅梅と再会してしまう。人生の皮肉というか、運命のいたずらを感じさせる展開です。現代でも、新しい恋人ができた後に元恋人と偶然会ってしまうという経験は、多くの人が共感できるでしょう。
痴話喧嘩の場面も秀逸です。騒音問題から始まり、辰さんの「二度と来るもんか」、紅梅の「お帰んなさい」という応酬は、プライドのぶつかり合いです。どちらも意地を張って引けないという状況は、現代のカップルの喧嘩にも通じるリアリティがあります。
実際の高座では、演者が吉原の火事の臨場感をどう表現するか、辰さんと紅梅の再会の瞬間をどう演じるかが見どころです。特に最後の「今度ばかりは首ったけだよ」という台詞の言い方一つで、この噺の印象が大きく変わります。ぜひ生の落語会や動画配信で、複数の落語家の演じる「首ったけ」を聴き比べて、その違いを楽しんでください。


