鯉舟
3行でわかるあらすじ
髪結いの磯七が若旦那と網打ちに行き、大きな鯉を釣り上げる。
鯉を料理しようとするが、包丁と剃刀を勘違いして鯉の髭を剃ってしまう。
鯉が逃げた後、戻ってきて「今度はこっち側も頼む」と言うオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
髪結いの磯七が若旦那の網打ちについて行き、舟に乗り込む。
大川で網を打つとまぐれにも大きな鯉がかかり、舟に引き上げる。
磯七が鯉を料理すると申し出るが、若旦那は「包丁と剃刀は違う」と止める。
磯七は「鯉は大名魚、まな板に乗った鯉」と言って包丁で撫でる。
しかし鯉は動くので「こりゃ旗本か」と言いながら何度も撫でる。
実際には剃刀で髭を剃るように鯉の髭を剃っている始末。
鯉は尻尾で舟縁を叩いて川に逃げてしまう。
磯七が「何が大名魚や」とぶつぶつ言っていると、鯉が戻ってくる。
鯉は家族に別れを告げてまたまな板に乗ろうとしていると磯七が説明。
磯七が「舟の中へ飛び込め」と呼びかけると、鯉は「今度はこっち側も頼む」と答える。
解説
「鯉舟」は江戸時代の市井の物語を描いた上方落語の代表作の一つで、穴沢の多い髪結いのキャラクターを主人公にした滑稽噺です。磯七のおしゃべりで世話好きな性格が、若旦那との網打ちで大いに発揮されます。
この噺の最大の見どころは、髪結いという職業の特性を活かしたオチにあります。磯七は毎日剃刀を扱っているため、無意識に鯉の髭を剃ってしまいます。これは「職人の習性」というテーマをユーモアに昇華させたもので、江戸の庶民にとっては身近な笑いでした。
最後の鯉のセリフ「今度はこっち側も頼む」は、鯉が磯七の髭剃りサービスを気に入ったという設定で、人間と動物の立場が逆転したブラックユーモアとなっています。このオチは落語の中でも特に秀逸で、聞き手の意表を見事に裏切る作品として現代でも愛されています。
あらすじ
散髪道具を下げて得意先を回っている髪結いの磯七。
なかなか愛嬌もん、世話好きの人気もん、「磯村屋」なんて役者の屋号みたいに呼ばれたりする。
ある若旦那が大川へ網打ちに行こうと舟で船頭と用意をしていると、橋の上から見つけた磯七がお供をさせてくれと降りてくる。
若旦那が、「今日は船頭と二人だけの網打ちで、遊山舟、屋形舟と違うやさかいあかん」と断るが、磯七はなんだかんだ、ごじゃごじゃと言って舟に乗り込んでしまった。
大川に出ても相変わらず喋り続ける磯七に、若旦那「早よ、網打たんかいな」で、磯七が網を打つと見事というか、まぐれなのか大きな鯉がかかった。
船頭に手伝ってもらって舟へ引き上げると、磯七が料理すると言い出す。
若旦那「そらあかんわ。船頭はんにまかしとき」、磯七「わたしかて出来ますがな、毎日、刃物持ってまんがな」、若旦那「庖丁と剃刀(かみそり)とは違うねやさかい」だが、磯七は聞かずに鯉を舟縁に置いて、船頭から包丁を借りて、「鯉はな”大名魚”、”まな板に乗った鯉”って言いますやろ、こぉー庖丁でス~ッとひとつ撫ぜたら、もぉ動きもせん」、だが鯉は動く。
また撫ぜてもまた動く。
磯七は、「こりゃ旗本か」なんて訳の分からぬことを言っている。
それでも三、四辺撫でると動かなくなった。
磯七は得意げに、「もぉ諦めてます。今から辞世を詠みまっせ、”風誘う、花よりもなお”・・・こぉやってな、鱗をシャイシャイと・・・」、若旦那「何やその手つきは」、どう見ても剃刀で髭(ひげ)をあたっているようにしか見えない。
若旦那「鯉の髭を剃って、どないすんねん」、磯七「髭を見たらほっとかれんのは癖・・・」、ゴジャゴジャ言ぅてるうちに鯉は尾でポ~ンと舟縁を叩いて川の中にドボーンと逃げてしまった。
磯七「何が大名魚や、旗本どころやでもないで・・・」、するとさっきの鯉がまた上がって来て顔を出した。
喜んだ磯七「若旦那、見てみなはれ、 あれ、妻や子どもに別れのひと言を言い残して”わしゃ改めてまな板に乗ろぉ”ちゅうて上がって来た。偉いやっちゃ、鯉、ここへ飛び込め!舟の中へ飛び込め!」、鯉は顔を上げると、
鯉 「磯はん、今度ぁこっちゃ側も頼んまっせ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 髪結い(かみゆい) – 江戸時代の理髪師。散髪道具を持って得意先を回る出張サービスが主流でした。髪を結うだけでなく、髭剃りや顔剃りも行い、庶民にとって身近な職業でした。
- 大川(おおかわ) – 隅田川の江戸時代の呼び名。江戸市民の行楽地として親しまれ、納涼舟や網打ちなどの娯楽が盛んでした。
- 網打ち(あみうち) – 投げ網で魚を捕る漁法。江戸時代は武士や町人が娯楽として楽しみ、釣った魚は料理して楽しみました。
- 大名魚(だいみょうぎょ) – 鯉の別名。高級魚として扱われ、武家の宴会などで珍重されました。身分の高い魚という意味で「大名」の名がつきました。
- まな板に乗った鯉 – 観念して諦めるという意味の慣用句。鯉は調理される際におとなしくしているという俗信から生まれた言葉です。磯七はこの慣用句を信じています。
- 剃刀(かみそり) – 髭を剃る道具。髪結いの必需品で、毎日研いで手入れをしていました。磯七は職業柄、剃刀の扱いに慣れすぎているのが笑いのポイントです。
- 屋号(やごう) – 商家や役者の家名。磯七が「磯村屋」と呼ばれるのは、役者のような人気者という意味で、江戸っ子らしい洒落た表現です。
- 船頭(せんどう) – 舟を操る職業の人。大川での網打ちや遊覧には船頭が不可欠で、料理の腕前も持っていることが多かったようです。
よくある質問(FAQ)
Q: 鯉は本当に動かなくなるのですか?
A: いいえ、これは「まな板に乗った鯉」という慣用句から生まれた俗信です。実際の鯉は調理される際も激しく暴れます。磯七がこの慣用句を文字通りに信じているところが笑いのポイントです。
Q: なぜ磯七は剃刀と包丁を間違えたのですか?
A: 職業病のようなものです。髪結いとして毎日剃刀で髭を剃っているため、無意識に同じ動作をしてしまいます。これは「職人の習性」をユーモラスに描いた設定で、江戸の庶民には非常に共感できる笑いでした。
Q: 最後に鯉が戻ってきたのはなぜですか?
A: これは落語のファンタジー的な演出です。鯉が磯七の髭剃りを気に入って「反対側も剃ってほしい」と戻ってくるという、人間と動物の立場が逆転したブラックユーモアになっています。
Q: 「こっち側も頼む」というオチの意味は?
A: 鯉が磯七の髭剃りをサービスと勘違いし、顔の反対側も剃ってもらいたいと言っているのです。料理されるはずが美容サービスを受けていたという勘違いと、鯉が喜んで戻ってくるという意外性が爆笑を誘います。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 上方落語の演目です。大阪弁での会話や、上方特有の軽妙な語り口が特徴です。江戸落語にも類似の演目がありますが、細部が異なります。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。磯七のおしゃべりなキャラクターと、鯉の髭を剃る仕草を見事に演じ、上方落語の魅力を存分に引き出しました。
- 桂枝雀(二代目) – 大阪落語四天王の一人。独特のテンポと表情で、磯七の慌てぶりと鯉とのやり取りを爆笑必至の演技で表現しました。
- 桂南光(三代目) – 「べかこ」の愛称で親しまれ、軽妙な語り口で磯七の世話好きな性格を愛嬌たっぷりに演じます。
- 桂文珍 – 現代の人気落語家。分かりやすい解説を加えながら、古典の面白さを若い世代にも伝える演出が特徴です。
関連する落語演目
同じく「職人」が主人公の古典落語



「魚・料理」がテーマの古典落語



「動物が喋る」古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「鯉舟」の最大の魅力は、「職業病」という普遍的なテーマを軽妙に描いている点です。
磯七が無意識に剃刀の動作をしてしまうのは、現代でも通じる「習慣の力」を示しています。長年同じ仕事をしていると、その動作が身体に染み付いて、無意識に出てしまうことは誰にでもあります。プログラマーがタイピングの夢を見たり、教師が日常会話でも説明口調になったりするのと同じ現象です。
また、磯七の「髭を見たらほっとかれんのは癖」という言葉は、職人の誇りと性(さが)を象徴しています。目の前に髭があれば剃らずにはいられないという強迫観念的な職人気質は、現代の職人やプロフェッショナルにも通じる姿勢です。良くも悪くも、仕事が人生の一部になっているという状態を、ユーモアを込めて描いています。
「まな板に乗った鯉」という慣用句を文字通りに信じる磯七の姿は、言葉と現実のギャップを笑いにしています。慣用句やことわざを鵜呑みにすると現実と食い違うという教訓を、笑いながら伝えている作品とも言えます。
最後のオチで鯉が「こっち側も頼む」と言うファンタジー的展開は、落語ならではの自由な発想です。現実ではあり得ないことをさらりと描くことで、聞き手の想像力を刺激し、笑いと共に不思議な余韻を残します。この「非現実を現実のように語る」技法は、落語の醍醐味の一つです。
実際の高座では、磯七が剃刀で鯉の髭を剃る仕草や、鯉が尻尾で舟縁を叩く動作など、演者の身体表現が大きな見どころとなります。特に最後の鯉のセリフは、演者によって声色や間が異なり、それぞれの個性が楽しめます。機会があれば、ぜひ生の落語会でこの滑稽な物語をお楽しみください。


