こぶ弁慶
3行でわかるあらすじ
大津宿で宴会中、壁土を食べた男の肩にこぶができ、それが武蔵坊弁慶だと名乗り始める。
弁慶は絵師・浮世又平の描いた絵姿が壁土に塗り込められていたと説明し、日に飯2升酒3升を要求。
蛸薬師参りの帰り道で大名行列に出会い弁慶が暴れるが、殿様に「夜のこぶ(昆布)は見逃しがならん」と言われる。
10行でわかるあらすじとオチ
伊勢参りの帰り、大阪の清八・喜六が大津宿の岡屋に泊まる。
宿で宴会になり、壁土を食べる変わった男が現れて実際に壁土をたらふく食べる。
その男は熱を出し、肩に人間の頭ほどのこぶができて目鼻口ができ物を言い始める。
こぶは武蔵坊弁慶だと名乗り、大津の絵師・浮世又平の描いた絵姿が壁土に塗り込められていたと説明。
弁慶は日に飯2升酒3升を要求し、男は医者に見せても治らず困り果てる。
友達の勧めで蛸薬師へお参りするが効果なし。
ある日の帰り道で大名行列に出くわし、こぶの弁慶が伴の者を投げ飛ばして大暴れ。
殿様が試し斬りにしようとするが、弁慶は疲れて寝てしまう。
男が助けを求めると、殿様が「昼間なら勘弁もするが夜のこぶ(昆布)は見逃しがならん」と返答。
「こぶ」と「昆布」を掛けたダジャレで締めくくる絶妙なオチ。
解説
「こぶ弁慶」は「宿屋町」の後半部分としても演じられる長編落語で、前半の宿屋での賑やかな宴会から一転、奇想天外な怪談風の展開となる構成が特徴的です。
壁土を食べるという突拍子もない設定から、肩にできたこぶが武蔵坊弁慶だと名乗るという荒唐無稽な展開は、落語ならではの自由な発想力を示しています。
特に注目すべきは、絵師・浮世又平(実在の江戸時代の絵師)の描いた弁慶の絵姿が壁土に塗り込められていたという設定で、これは当時の建築技法や絵画の扱いを反映した興味深い発想です。
最後の「夜のこぶ(昆布)は見逃しがならん」というオチは、「こぶ」と「昆布」の音の類似を利用した典型的な地口オチで、弁慶の勇ましさと最終的な無力感を対比させつつ、食べ物の「昆布」で全体を締めくくる秀逸な言葉遊びとなっています。
大名行列での弁慶の暴れっぷりと、疲れて寝てしまうという人間臭い描写も魅力の一つです。
あらすじ
お伊勢参りをすませた大阪の清八、喜六の気楽な二人連れが大津宿に着く。
近江屋やら若狭屋やらあちこちの宿屋の客引き女が声をかけるが、「定宿がある」といって断るが、ちょっと別嬪の客引き女の、岡屋という宿に泊まることにする。
宿に入ると女中がタライに湯を入れて足を洗いに来る。
女中は喜イさんの足を洗いながら涙をこぼし始める。
国元のいい男を思い出して泣いているのかと聞くと、毛深い喜イさんの足を見て、家で飼っていた牛の足を洗った時のことを思い出したのだという。
わらじを片方はいたまま部屋にあがったり、宿賃が安すぎるなんて見栄を切って、結局、上、中、並の並にしたり、飯が先が風呂が先かで二人でもめ、風呂にお膳を運べなんて言ったりのその賑やかなこと。
いざ夕飯を食べ始め陽気に酒を飲んで大声で話していると、隣の部屋の一人旅の男が仲間に入れてくれと入ってくる。
するとあちこちの部屋からも客が二人の部屋へ押しかけ、部屋のふすまを取り払って、三味線の弾ける女の子もあげてのドンチャン騒ぎになる。(ここまで『宿屋町』)
宴たけなわの頃に、一人の男が真っ青な顔で飛び込んでくる。
廊下で魔物に出くわしたという。
よく聞くとこれが小さな蜘蛛。
この男を仲間に加え恐い物の話から、好物の話になる。
一番好きな物は、「酒」、「女」、「寿司」、「羊羹」など十人十色でさまざまだ。
そのうち一人の男が「つち」が好きだという。「すし」かと聞くと「土」だ。
古い壁土ほどの美味いものはないという。
廊下に落ちていたこの宿の壁土なんかも美味そうだけど、よその家の物だから我慢をしているという。
これを聞いた連中、壁土を食べる所を見せてもらおうと、落ちている壁土の所へ男を連れて行く。
男は美味い、美味いと言って壁土を食べ始める。
食べ足らずに壁からかき落としてぎょうさん食って、そのまま部屋に帰り寝てしまった。
翌朝、壁土を食った男はえらい熱を出して、2.3日宿屋で寝ていたが、ついに通し駕篭で京都へ帰る。
住んでいるのが綾の小路の麩屋(ふや)町というあやふやな所。
4.5日も経つと熱も下がり、元気になったが右肩にポツンとでき物ができ、これがだんだん大きくなり、ついには人間の頭ほどのこぶ(瘤)となって、目鼻、口ができ物を言い始めた。
こぶ 「わしは、武蔵坊弁慶じゃ 大津宿の岡屋半左衛門の宿の壁土の中には、大津の絵師、浮世又平の描いた我が絵姿が塗り込めてあった。
なんとかして壁土から抜け出し、再び源氏の御代にせんと心を砕いていたが、その方が壁土を食ろうたによって体を借りて出てきた。これからは、日に飯2升、酒3升、ちょいちょい遊びに連れて行け」なんて言い草だ。
医者に見せてもこんなけったいな病は分かるはずもなく、仕方なく家で枕ふたつ並べて寝ていると、心配した友達が様子を見に来る。
友達は医者にも見放された苦しい時の神頼み、蛸薬師さんへこぶと言わずいぼだと言って蛸を断って日参してみろという。
男はこぶを風呂敷に包み、スイカかなんかを運んでいるような格好で、近くの蛸薬師さんへ毎日お参りだ。
そんなある日の夕方、蛸薬師さんからの下向道で、大名行列に出くわす。「控えい、控え~」の声にも、こぶの弁慶さんは頭も下げようともしない。
それどごろか、いきなり行列の前へ躍り出て、曲者、無礼者とかかってきた伴の者を手当たりしだい投げ飛ばし、大音声で名乗りを上げる。
そこへ、駕篭から降りた殿様、行列を妨げた無礼者を新刀の試し斬りにするという。
暴れ放題、言い放題のこぶ弁慶は疲れたのか、もう男の肩で寝てしまっている。
男 「どうぞお助けを・・・・昼間ならまた御威光にかかわることもござりましょうが、このとおり夜に入りましたんで、どうぞお見逃しのほどを」
殿様 「昼間ならばまた勘弁のいたしようもある。夜のこぶ(昆布)は見逃しがならんわい」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい) – 平安時代末期の僧兵。源義経の忠臣として知られ、怪力無双の豪傑として伝説化されています。歌舞伎「勧進帳」などでも有名です。
- 大津宿(おおつしゅく) – 東海道五十三次の53番目の宿場町。現在の滋賀県大津市にあたり、京都に近い重要な宿場でした。
- 宿屋町(やどやまち) – 宿場町の宿屋が立ち並ぶ通り。この噺の前半部分は「宿屋町」という独立した演目としても演じられます。
- 客引き女 – 宿屋の女中や娘が、旅人を自分の宿に呼び込む役割。江戸時代の宿場町の風物詩でした。
- 定宿(じょうやど) – 常宿。旅の途中でいつも泊まる決まった宿のこと。
- 通し駕篭(とおしかご) – 途中で乗り換えずに目的地まで行ける駕籠。病人の搬送などに使われました。
- 浮世又平(うきよまたへい) – 江戸時代初期の絵師・岩佐又兵衛のこと。「浮世絵の祖」とも呼ばれる実在の画家で、武者絵を得意としました。
- 蛸薬師(たこやくし) – 京都市中京区にある永福寺の通称。いぼ取りの霊験があるとされ、蛸を断って祈願する風習がありました。
- 大名行列(だいみょうぎょうれつ) – 大名が参勤交代などで移動する際の行列。厳格な格式があり、庶民は道を譲り頭を下げる必要がありました。
- 新刀の試し斬り(しんとうのためしぎり) – 新しく作った刀の切れ味を試すこと。罪人の死体などで行われましたが、場合によっては無礼者に対して行うこともありました。
- 地口(じぐち) – ことわざや慣用句をもじった言葉遊び。「こぶ」と「昆布」を掛けたオチは典型的な地口です。
よくある質問(FAQ)
Q: 壁土を食べるという設定は本当にあったのですか?
A: これは落語の創作ですが、江戸時代には土を食べる「食土症」という症状が実際にありました。栄養不足や精神的ストレスから土や壁土を食べる人がいたことが記録されています。落語ではこれを極端に誇張して笑いに変えています。
Q: 浮世又平(岩佐又兵衛)は実在の絵師ですか?
A: はい、実在の絵師です。岩佐又兵衛(1578-1650)は江戸時代初期の画家で、「浮世絵の祖」とも呼ばれます。武者絵を得意とし、特に弁慶の絵を多く描いたことで知られています。落語ではこの史実を巧みに利用しています。
Q: オチの「夜のこぶ(昆布)は見逃しがならん」の意味は?
A: これは「こぶ」と「昆布」の音の類似を利用した地口(言葉遊び)です。表面的には「昼間なら見逃すが夜の昆布(夜盗)は見逃せない」という意味ですが、実際は男の肩の「こぶ」を指しています。弁慶の勇ましさと最終的な無力感を対比させた秀逸なオチです。
Q: この噺は「宿屋町」と同じですか?
A: 「こぶ弁慶」の前半部分が「宿屋町」です。「宿屋町」は大津宿での賑やかな宴会までを描いた独立した演目として演じられることもあります。「こぶ弁慶」はその後日譚として、壁土を食べた男のその後を描いた続編的な作品です。
Q: 蛸薬師で蛸を断つのはなぜですか?
A: 蛸薬師(永福寺)には、いぼやこぶを取る霊験があるとされ、祈願する際に蛸を食べないことを誓う風習がありました。これは「蛸の吸盤のようないぼを取り除く」という民間信仰に基づいています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三代目桂米朝 – 上方落語の人間国宝。宿屋での賑やかな宴会から奇想天外な展開まで、格調高い語り口で演じました。弁慶のキャラクター設定が秀逸です。
- 五代目古今亭志ん生 – 江戸落語の名人。壁土を食べる男の描写や、こぶの弁慶の台詞回しが絶品で、荒唐無稽な設定を自然体で表現しました。
- 桂文枝(六代目) – 上方落語協会会長。宿屋町の賑やかさと後半の怪談風の展開の対比を鮮やかに演じ分けています。
- 柳家小三治(十代目) – 現代の名人。丁寧な語り口で奇想天外な物語を説得力を持って描き、最後の地口オチまで見事に締めます。
関連する落語演目
旅を題材にした古典落語
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地口・ダジャレのオチが秀逸な古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「こぶ弁慶」の最大の魅力は、賑やかな宴会から一転して奇想天外な怪談風の展開へと変化する構成の妙にあります。前半の「宿屋町」部分では、大津宿での客引き合戦、毛深い足を見て牛を思い出す女中、わらじを片方履いたまま上がる無作法な客など、江戸時代の宿場町の雰囲気が生き生きと描かれています。
壁土を食べるという突拍子もない設定は、現代の感覚からは信じがたいものですが、江戸時代には実際に「食土症」という症状があったことが記録されており、落語はこれを極端に誇張して笑いに変えています。「古い壁土ほど美味いものはない」という男の台詞は、異常な嗜好をさらりと語る落語特有のユーモアです。
肩にできたこぶが武蔵坊弁慶だと名乗る展開は、まさに落語ならではの自由な発想です。特に注目すべきは、実在の絵師・岩佐又兵衛(浮世又平)の描いた弁慶の絵姿が壁土に塗り込められていたという設定で、史実(岩佐又兵衛は武者絵の名手)を巧みに利用した構成になっています。
「日に飯2升、酒3升、ちょいちょい遊びに連れて行け」と要求する弁慶の人間くささも魅力的です。伝説の豪傑が現代に蘇っても結局は食欲と娯楽欲に支配されているという描写は、英雄の脱神話化とも言えます。
蛸薬師への参詣という民間信仰の描写も興味深い要素です。医者に見放された時の神頼みは、現代でも見られる人間の普遍的な行動パターンです。風呂敷に包んだこぶを「スイカかなんかを運んでいるような格好」で運ぶという描写は、悲壮感を笑いに変える落語の技巧を示しています。
大名行列での弁慶の暴れっぷりは、この噺のクライマックスです。「控えい、控え~」の声にも頭を下げず、伴の者を投げ飛ばす場面は、権威に対する庶民の痛快な反発を代弁しています。しかし最終的には疲れて寝てしまうという人間臭い描写が、英雄の神話性を解体しています。
オチの「夜のこぶ(昆布)は見逃しがならん」は、典型的な地口オチです。「昼間なら見逃すが夜の昆布(夜盗)は見逃せない」という意味と、実際の肩の「こぶ」を掛けた二重の意味があります。弁慶の勇ましさが最終的には食べ物の「昆布」というダジャレに収斂する構造は、権威や英雄を笑い飛ばす落語の本質を示しています。
実際の高座では、演者によって宿屋での宴会の賑やかさや、こぶの弁慶の台詞回しが大きく異なります。特に弁慶のキャラクター設定(荒々しいか人間くさいか)は演者の個性が光る部分です。










