軽石屁
3行でわかるあらすじ
伊勢参りの帰り道で清八が喜六を騙して駕籠に乗って先に行き、怒った喜六が仕返しを企む。
喜六は軽石の粉を酒に入れて駕籠屋に飲ませ、おならが止まらない駕籠屋に清八は途中下車を余儀なくされる。
最後に喜六が仕返しの理由を「当て擦り」と説明し、清八が「軽石使こたんか」と返す言葉遊びのオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
伊勢神宮参拝後の喜六と清八が東海道を通って大阪へ帰る道中、鈴鹿峠の茶屋で休憩する。
喜六が足の痛みを訴えると清八が駕籠交渉を代行し、自分を越後の縮緬問屋の旦那と偽って駕籠に乗り先に行ってしまう。
騙されて茶代まで払わされた喜六は腹を立て、峠越えをして道中の煮売屋で清八への仕返しを企む。
喜六は軽石を見つけて粉にし、「軽石の粉を飲むとおならが出る」という民間伝承を利用することを思いつく。
煮売屋の主人も面白がって協力し、軽石の粉をぬか袋に入れて一升徳利の酒に沈める作戦を立てる。
清八の乗った駕籠が到着すると喜六は駕籠屋を店に引き入れ、軽石入りの酒を勧めて何杯も飲ませる。
出発すると駕籠屋がおならを連発し始め、前と後ろからの屁攻めで清八は困り果てて途中下車する。
ネタばらしをした喜六に清八が理由を問うと、喜六は普段馬鹿にされているので「当て擦り」でやったと説明する。
清八が「当て擦る?それで軽石使こたんか」と返し、「当て擦る」と「軽石」をかけた言葉遊びでオチとなる。
上方落語らしい機知に富んだ仕返し話として、喜六の意外な一面と絶妙な言葉遊びが光る名作。
解説
「軽石屁」は上方落語の代表的な連作「伊勢参宮神乃賑」(通称「東の旅」)の一編で、おなじみの喜六・清八コンビによる道中記です。この連作は伊勢神宮参拝から近江・京都を経て大阪に戻る旅路を描いており、「軽石屁」はその最初の演目として位置づけられています。
この噺の魅力は、普段ボケ役として描かれる喜六が見せる意外な機転と復讐心にあります。清八に騙されて怒った喜六が、「軽石の粉を飲むとおならが出る」という当時の民間伝承を巧妙に利用する発想は、江戸時代の庶民の知恵と遊び心を表現しています。軽石は火山ガスが固まったものなので、それが再び溶けてガスになるという理屈は荒唐無稽ながらも一定の説得力があり、落語らしいナンセンスな科学的説明が笑いを誘います。
オチの「当て擦る→軽石使こた」は上方落語特有の言葉遊びの技法で、仕返しの動機と使用した道具を巧妙にかけています。「当て擦る」は関西弁で嫌味を言う・皮肉を言うという意味で、喜六の心境を表現すると同時に、軽石を「使こた(使った)」という関西弁の響きとの音韻の妙が効いた秀逸な締めくくりとなっています。
あらすじ
伊勢神宮内宮へ参拝した喜六・清八の二人連れ、大阪への帰りは東海道回りとする。
津城下の追分で伊勢街道から伊勢別街道に入り、関宿の東の追分で東海道に合流した二人は鈴鹿峠から近江の水口宿を目指す道中だ。
関宿から筆捨山の眺めを楽しみながら坂下宿へ上り、そこから鈴鹿峠越えとなる。
二人は峠下の茶屋で一休み。
喜六はまた足が痛いとごね出す。
ちょうど茶店の向いに客待ちの駕籠が一丁、駕籠代は喜六持ちということで、喜六が駕籠代の交渉に行く。
清八は「足が痛い」なんて言ったら、駕籠屋から足元を見られて高い駕籠賃を吹っかけられると注意したのに、喜六は「足が痛いから乗るわけじゃない」と手の内をさらけ出す。
代って清八が駕籠屋と応対して駕籠賃をまけさせ、自分は越後の縮緬(ちりめん)問屋の旦那で、駕籠賃はお供の喜六からもらってくれといい、駕籠に乗り込み先に行ってしまった。
やっと清八に騙されたと気づいた喜六、茶代まで払うはめになる。
茶店の婆さんから近道を聞いた喜六は痛い足を引きずりながら鈴鹿峠を越え本街道に合流し、道沿いの煮売屋で一休み。
清八の乗った駕籠はまだ通っていないようだ。
清八に騙されて腹の虫がおさまらない喜六はなんとか仕返しがしたい。
田舎なので煮売屋の中はまるで荒物屋、いろんな物が並んでいる万屋(よろずや)だ。
喜六は軽石を見つけ計略を思いついた。
軽石を砕いて粉にし、徳利の酒の中に入れて駕籠屋に飲ませるという寸法だ。
昔から 「軽石の粉を飲むとおならが出る」言う。
軽石入りの酒を飲んだ駕籠屋が担ぎだすと、屁がブゥブゥ出る。
乗ってるやつは前と後ろから屁攻めに会って、もがき苦しむという趣向だ。
これを聞いた煮売屋のおやじも、けっこうな退屈しのぎで面白いと大乗り気。
軽石のカケラが浮かないように、軽石をぬか袋に入れて一升徳利の酒に沈めるという妙案まで伝授する悪魔の仕掛け人だ。
さあ、準備万端、今や遅しと待ち構えている所へ、清八の乗った駕籠が到着だ。
喜六は手を振って駕籠を止め、駕籠屋を店に引き入れて一休みさせ、駕籠屋に軽石入りの酒を勧める。
喜んだ駕籠屋は湯呑に注いだ酒を飲み始める。
口の中がモロモロするが、それが上等の酒の証拠だなんて言って何杯もお代わりする。「軽石の粉を飲むとおならが出る」という原理は、火山の爆発で出たガスが、ギュ~と固まったものが軽石で、それが再び溶けてガスになるという、化学的にまったく無理のない理論?、屁理屈なのだ。
さあ、ぼちぼち出発と、駕籠屋の後棒が肩を入れると思わず、プゥ~。
先棒が旦那さんに失礼だ謝れと言って肩を入れるとプゥ~と清八の顔へ直撃だ。「すんません」、プゥ~、「すんません」、プゥ~の掛け合いで駕籠は進んでいくが、たまらないのは清八。「もう降ろしてくれ、祝儀やるから堪忍してちょうだい」と値を上げて途中下車だ。
駕籠屋は、「向こうの水口の宿まで着いてないのに祝儀まで、どうもありがとうございま(スゥ~)」だ。
これを見て、ゲラゲラ笑っていた喜六は今のは趣向だとネタをばらす。
清八 「何でそんなしょ~もないことすんねん?」
喜六 「元はと言えばお前が悪いのや。
わしをお供扱いにするし、茶代も駕籠代も払わすし。だいたい普段からお前、わしのことをちょっと 馬鹿にしてるさかい、ちょっと当て擦りでやらしてもらったんや」
清八 「当て擦る? あぁ、それで軽石使こたんか」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 喜六(きろく)と清八(せいはち) – 上方落語を代表するコンビキャラクター。喜六は正直者だがおっちょこちょいで騙されやすい性格、清八は口が達者で喜六を騙したりからかったりする役回り。江戸落語の「与太郎」や「熊さん八っつぁん」に相当する庶民キャラクターです。
- 伊勢参宮神乃賑(いせさんぐうかみのにぎわい) – 通称「東の旅」と呼ばれる上方落語の連作シリーズ。喜六と清八が伊勢神宮参拝から大阪への帰路を描いた一連の演目で、「軽石屁」はその第一編として位置づけられています。
- 鈴鹿峠(すずかとうげ) – 三重県と滋賀県の境にある峠。東海道五十三次の難所の一つで、江戸時代の旅人にとって大きな関門でした。標高約380メートルで、伊勢参りの帰路で通る主要ルートでした。
- 駕籠(かご) – 江戸時代の乗り物。二本の棒に吊るされた箱型の座席を、前後二人の駕籠かきが担いで運びました。料金は距離と乗客の身分によって変動し、値段交渉が行われました。
- 縮緬問屋(ちりめんどんや) – 絹織物の一種である縮緬を扱う商人。越後(新潟)の縮緬は高級品として知られ、清八が自分を「越後の縮緬問屋の旦那」と偽ったのは、金持ちを装うためでした。
- 煮売屋(にうりや) – 調理済みの食品を売る店。現代の惣菜屋や食堂に相当し、街道沿いでは旅人向けに酒や料理を提供していました。この噺では万屋(よろずや)的な機能も兼ねています。
- 当て擦る(あてこする) – 関西方言で、遠回しに嫌味を言う、皮肉を言うという意味。直接言わずに相手に分からせる行為を指します。この噺のオチの重要な要素です。
よくある質問(FAQ)
Q: 「軽石屁」は「東の旅」シリーズの何番目の演目ですか?
A: 「東の旅」シリーズの第一編として位置づけられています。伊勢神宮参拝を終えた喜六と清八が大阪への帰路につく場面から始まり、この後「矢橋船」「三十石」などの演目が続きます。
Q: 軽石の粉を飲むと本当におならが出るのですか?
A: これは江戸時代の民間伝承で、科学的根拠はありません。噺の中では「火山のガスが固まったものが軽石で、それが再び溶けてガスになる」という屁理屈が展開されますが、あくまで落語的な発想です。実際には軽石を飲むのは危険なので絶対に真似しないでください。
Q: 鈴鹿峠は実際に東海道の難所だったのですか?
A: はい、東海道五十三次の中でも有数の難所でした。標高約380メートルの峠道で、江戸時代の旅人は徒歩で越えなければならず、多くの人が駕籠を利用しました。現在も国道1号線が通る交通の要所です。
Q: 喜六と清八はいつも喜六が騙される関係なのですか?
A: はい、基本的には清八が知恵者で喜六を騙したりからかったりする関係です。しかしこの「軽石屁」では、珍しく喜六が機転を利かせて清八に仕返しをするという逆転劇が描かれており、そこが見どころの一つです。
Q: このオチの「軽石使こたんか」はどういう意味ですか?
A: 「当て擦る(あてこする=嫌味を言う)」と「軽石使こた(軽石を使った)」の言葉遊びです。関西弁の音韻を活かした上方落語特有のオチで、仕返しの動機(当て擦り)と手段(軽石)を見事に掛け合わせた秀逸な締めくくりです。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。「東の旅」シリーズの復活に尽力し、喜六と清八の性格描写を確立しました。この「軽石屁」でも、喜六の意外な機転と清八の慌てぶりを見事に演じ分けました。
- 桂枝雀(二代目) – 抜群の身体表現力で知られる名人。駕籠屋のおならシーンでの音声表現と身振りが絶品で、聴衆を爆笑の渦に巻き込みました。
- 桂南光(三代目) – 「べかこ」の愛称で親しまれる上方落語の重鎮。軽妙な語り口で喜六の純朴さと仕返しの痛快さを巧みに表現します。
- 桂文枝(六代目) – 現代の上方落語界を代表する落語家。テンポの良い語り口で、若い世代にも「東の旅」シリーズの魅力を伝えています。
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この噺の魅力と現代への示唆
「軽石屁」の最大の魅力は、普段騙される側の喜六が見せる意外な機転と、痛快な仕返しの成功にあります。いつもはボケ役の喜六が、清八への復讐を綿密に計画し、煮売屋の主人まで巻き込んで実行に移す様子は、弱者の逆襲として観客の共感を呼びます。
特に注目すべきは、喜六が使った「軽石の粉を飲むとおならが出る」という民間伝承の活用です。科学的根拠のない迷信を巧妙に利用する発想は、江戸時代の庶民の遊び心と知恵を表現しています。「火山のガスが固まったものが再び溶けてガスになる」という屁理屈は、現代の疑似科学やフェイクニュースにも通じる面白さがあります。
また、駕籠屋という第三者を巻き込んでの仕返しという構造も秀逸です。清八への直接攻撃ではなく、駕籠屋の「おなら攻撃」で間接的に苦しめるという迂回戦略は、弱者が強者に勝つための知恵として、現代のビジネスや人間関係にも応用できる視点を提供しています。
オチの「当て擦る→軽石使こた」という言葉遊びは、上方落語特有の言語感覚の鋭さを示しています。単なるダジャレではなく、喜六の動機(普段の馬鹿にされている鬱憤を晴らす)と手段(軽石)を見事に結びつけた、計算された言葉の妙技です。
実際の高座では、駕籠屋のおならシーンでの音声表現が演者の腕の見せ所となります。「プゥ~」「スゥ~」といった擬音の表現、駕籠屋の困惑、清八の苦悶の表情など、演者によって様々な工夫が加えられます。ぜひ複数の落語家の口演を聴き比べてみてください。


